2018/09/18

漫才師・オール巨人が語る「チャック・ウィルソンに相撲で負けたことがいまだに悔しい」

今回は、2018年1月10日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
podcast前半を起こしたいと思います。


角田
ハマグリスナーの皆さん、こんばんは。京都御所は蛤御門前KBS京都ラジオからお送りしております。

ヘンな事件やヘンな人を弁護する「蛤御門のヘン」今夜はお正月特別企画ということで、お年玉スペシャルゲスト!

私が41歳になった今もいまだお年玉をいただいている方をゲストにお越しいただきました。オール巨人師匠です!

巨人
こんばんは、巨人です。よろしく!

角田
あけましておめでとうございます。

巨人
おめでとうございます、よう頑張っているなあ。

角田
いえいえ、もう今日はちょっと極度の緊張で見舞われておりまして・・。

巨人
何を言うてんねんな!気楽にやってください、僕は気楽にしますのでよろしくね。

角田
先月も私の誕生日のときにメッセージいただきまして。

巨人
そうそうそう、なんか他のくるよさんの番組で来たときちょっとディレクターに頼まれて「ちょっと録ってえな」言うて。

そんなん簡単なことやからね、なんぼでもやらせていただきますよ。

角田
私も41歳になってしまいまして・・

巨人
うわー、前厄やな。来年危ないで。

角田
でも数えで去年42だったんですね。

巨人
えっ、それややこしいことよう言うねんな。41、2、3とかなあ。

角田
よく分からないんですよ、自分がいま本厄なのか?後厄なのか?なんなのかも。

巨人
えーと八光が今年42とか言うてるけど、八光と一緒?

角田
八光さんより1個学年が上なので、だから後厄じゃないですか?

巨人
そうかも分からへんね・・あの・・どこまでしゃべっていいか分からへんけど。

角田
大丈夫です。

コンビ2人もグチャグチャな中での三夜連続3席漫才

巨人
「厄」っていうのは病気したり怪我したりとか言うけども。

逆にぎょうにんべんの「役」とかそっちの方がつくことがあって、めちゃめちゃ仕事ができるというか売れるときがあるねんてね。

八方さんがそうやってんって。他に42歳で売れてるのは、この間ある僕が出たテレビでやってたんやけど。

やっぱり42歳でグワーッと行った人がようさんいてると。八光もそうかも分からへんね。

阪神ちゃんは去年60歳で男の厄ど真ん中でもうグチャグチャなってましたけどね。

角田
メニエール病とかで?

巨人
昨日ちょっと僕、占いが大好きで調べていたらね。

去年の阪神くんどん底やわ、やっぱり。僕はあと2、3年大丈夫やねん。

角田
でも去年、巨人師匠も頚椎の手術をされて?

巨人
まあこれは去年手術やったんですけれども、それは別に一昨年やってその前にやっても、5・6年前から悪かったからね。

角田
そんなにずーっと調子悪かったんですか?

巨人
うん、それでまあ自力でなんとか治るかな?とか。自然治癒力ってあるやんか?それで治そうか思ったけど、やっぱアカンな(笑)

角田
でも師匠だったら自然治癒力強そうですもんね。

巨人
骨の異常はやっぱりちょっと無理やね。「これはちょっと変形は削ってもらわないとあかんね」って医者に言われてそれで削りましたけどね。

角田
でもその満身創痍の中、去年の夏3夜連続漫才ってされたじゃないですか?

巨人
これはほんまに阪神くんの調子の悪い、僕も首が悪くて手動かへん。だから首に湿布貼りながら3日間やりましたけどね。3本ずつね。

角田
いや僕もあの3日連続見に行かせていただいたんですけど。ちょっとなんか単純な表現になっちゃうんですけど、すごくて!

巨人
そうか?

角田
いやすごかったです!舞台袖で3日連続見せていただいて、それで15分の漫才を1日3本を3日連続で間にトークも入れてっていう形で。

そういう体の調子とかっていうのを聞いてましたんで、その中であの漫才をされるっていうことがすごいなあっていう。

巨人
過去ずっとやってきた慣れたネタばっかりやったんですけども。ただネタ合わせの時間に50?60時間やりましたね。

ほんで狭いところ入ったら阪神くんメニエールやから頭が痛くなるとかね、声が響いてネタ合わせできないんですよ。

だから広いところでネタ合わせせなあかんとか、ややこしかったんですが。なんとかまあようやれましたなと。

体型が変わらないオール巨人

角田
いやーでもね、もうすごかったです・・圧巻というか。私もその舞台袖で見てたんですけど。

まず舞台に上がられるときの後ろ姿というか・・私がもう弟子について二十何年前のときと全く一緒というか、格好いいなっていうちょっと小走りでセンターマイクに向かわれるじゃないですか?

巨人
自分の出て行く姿を見たことないねんけどね、これ本当に割とみんなに言われるんですよ。

「巨人・阪神師匠が出て行くとき格好いいですわ」ってある後輩何人かにも言われているんですよ。「出て行くときだけかい!」っていう話やねんけどな(笑)

角田
もう惚れ惚れと見てまして・・巨人師匠とかそれこそ私が18歳の時に弟子につかせていただいたときと体系的には全く変わっていらっしゃらない?

巨人
そうですね、体型はほとんど変わりませんね。

角田
すごいですね、僕はもう41歳になってもうこの有様というか・・

巨人
ちょっと肥えたな、アカンでアカンでそれ!

角田
いやだいぶ太りましたね。

巨人
どんどんどんどん病気が溜まっていってるんと違うか?

角田
どんどん顔が丸くなっていって・・(笑)もともと大きかったんが去年、娘が産まれて健康優良児で丸々太ってて「パパに似てる」って言われるのが嬉しくてちょっと寄せていっているところも(笑)

巨人
お前が寄せていっているのか(笑)

角田
嬉しくてどんどん丸くなっていっているんですけど、考えたら赤ちゃんってこれからハイハイしていって締まっていくじゃないですか?

でも僕はハイハイしないじゃないですか?

巨人
第一、産まれた時に子供って細い子はいてへんよ。だいたい丸顔ですよ。

角田
その中でも殊更に丸くて、もうパンパンなんですよ。

巨人
でもええやん、健康優良児最高や、一番ええことやもん。

角田
まあでもそう考えたらすごいなっていう今66歳ですよね?

巨人
66歳になりました。だから去年65歳のときにやったんですが。阪神くんが60歳で。

でもねDVDが3枚あるんですよ。自分で帰ってみんな観たんやけどね、やっぱり3日目が一番気が楽にしゃべってね。3日目の漫才はものすごい気が楽に見れた。

やっぱり2日目が「明日もあるのんか・・」と。初日は気合入ってできてんけどね。3日目がめっちゃめっちゃ自分で「ああこういうふうに気楽にやったらええな」と思って

全部観たんやけどね、直すところまだまだたくさんあったね。「ああ、ここはアカンわ」「これはこう喋らなアカンわ」「ネタ振り長いわ」とかね。

なんかね、43~44年やっているのにまだ反省してますね。

角田
それで巨人師匠がすごいと思うのは・・何年か前にお酒ご一緒にさせていただいているときに、ふとおっしゃったのが銀シャリのお二人の漫才がすごい面白くてそれが悔しかったっておっしゃってて。
未だにその感覚があるというのが・・

巨人
やっぱりね、僕らに考えられない漫才やられたり面白いツッコミやられたりすると、「うわっすごいな」っていう拍手を送りたいんでうけどね悔しいところが出て来ますね。

「なんで俺らにこれができへんのかな?」とかそれはある。

古今東西の漫才ベスト3に「銀シャリ」を選ぶ

角田
週刊プレイボーイで連載されているじゃないですか?あの中で古今東西の漫才でベスト3の中で・・

巨人
若手を入れないとあかんなと思って、最初は「いとし・こいし」「なんと雄二・ミヤコ蝶々」師匠やと思うんですが。3本目に銀シャリを入れたんですが。まあ銀シャリがちょっと頭出ていたかな?と僕は思って、僕が観た中ではね。

ただ方一方のツッコミだけ上手いとかネタ振りだけ上手いっていう人は他にもいてますけどね。

まあ総合トータル、ボケの鰻くんとツッコミの橋本くんものすごい上手いけどバランスが取れててねいいと思いますよ。「銀シャリ」っていう名前どうやって決まったか知ってる?

角田
知らないです。

巨人
鰻と橋本が名前をつけるときに、個人個人で考えてこようといっぱい名前を考えて来たんですって。それぞれその中に合わせたときに2人とも「銀シャリ」があったんやって!それで「銀シャリ」にしようかと、これまたすごいよね?

角田
すごいですね「銀シャリ」なんてそんな一般的な言葉ではないんですよね。普段使う言葉では。

巨人
そりゃ「銀シャリ」いう名前を自分の漫才師の名前にしようと思えへんわ。

角田
それを偶然コンビでっていうのは・・すごいなあ。

巨人
考えてたらしい両方ともあってんて、中に。

角田
そういう意味では師匠への質問でリスナーからいただいているのがございまして、こちらは北海道の50代の男性からいただきました。今「radiko」というのがございまして、北海道とかからも聞けるんですけど。

巨人
あーはいはい、たまに聞く聞く僕も。タブレットでradiko聞きますよ。

角田
この方は名前はひろちんさんです、ありがとうございます。

質問
巨人さんがゲストということでこれを質問していただきたいです。「ヤングおー!おー!」で全国から募集してコンビ名が決定したときの正直な気持ちを教えてください。

オール阪神・巨人というコンビ名について

巨人
あーなるほどね、これ5千通くらい来たんですよ。当時「ヤングおー!おー!」ってものすごい視聴率があって、毎週30%でおおいときは50%くらい行ってたんです。

角田
そんなおばけ番組だったんですか!

巨人
その中で5千通来ていろいろ「ビックコミック」とか僕が南出で阪神くんが高田やから「なんでこうだ」とかいっぱいあって。

「阪神・巨人」っていうのは何通かあったんですよ。でもその中で「オール」という屋号が付いてるがなかなかなくて。

で、付けたときに「僕、本当は阪神ファンやから巨人嫌やな」と思いながらしゃあないし。「まあ体がでかいから、そういう意味でええやん」っていうて付けたんですけども。

そのときかいしゃの偉いさんが富井さんっていう方がいたはったんですが、もう辞めはったんですが。

その人が「ええやんこの名前で、わけのわからんけどその名前で。売れへんかったらまた変えたらええがな」ってこんなんでしたよ(笑)

これほんまに会社の偉いさんが言いましたからね。「売れへんかったら変えたらええねん」って。

だから嫌な感じはあんまりなかったですけど、ただ阪神ファンやから嘘をついてるなみたいなことで。「僕は巨人ファンです」ってずーっと言うてましたからね当時は。

それである日から「ほんまは阪神ファンですねん」言うて「嘘つき!」って言われたことはありますけどね(笑)

角田
最初はやっぱりしっくりこない部分とかもやっぱり?

巨人
なんかねえ、当時も「やすし・きよし」さんとか「いくよ・くるよ」さんとか「たかし・ひろし」さんとかそういう普通の名前やったからね。

「阪神・巨人」って・・それで巨人は良かったんですけどね。阪神球団から文句が出かけたことがあったんですよ。

角田
ああ、そうだったんですか?でも今やったらもっと問題になりそうですよね。企業名が付いているんで、何年か前の高知東生さんが「東急」って書いてて東急電鉄からクレーム入って訴訟沙汰になったようなことがありましたよね?

巨人
今やったらちょっと無理かもわからへんね。ただね、びっくりしたのが「オール阪神」っていう会社あるねんな。阪神くん全く関係ないねん。

阪神地区のことをぜんぶやっているっていう「オール阪神」っていうところあんねん。びっくりしたわ!名刺もろうて「オール阪神です」って言われて「えっ!」って(笑)そんな会社もあるよ。

角田
でもそれは阪神師匠がまずありきでしょうね、きっとね。

巨人
先に阪神の方が出ていたと思う。40年前にあった会社ではないと思うけどね。

円満破門した弟子・有吉をライバル視する同期・堀之内

角田
でも私の兄弟子の堀之内さんって柔道整復師されている、あの人も巨人師匠のお名前から「ジークラス」っていう会社を巨人(GIANT)の「G」で巨人一門っていういみなんですかね?「巨人クラス」っていう形で会社されてますけどね。

巨人
ありがたいねえ、なんかね。でも上手いこといってるからええやんな。

角田
堀之内さんちょっと最近調子に乗ってるっていう、びわ湖放送・BBCで番組出てはるんですよ。

巨人
なにしとんねん、あいつは。そんなん全然聞いてへんで僕!

角田
師匠には隠しているみたいなんですけど。

巨人
この堀之内っていうのは皆さんご存知かどうか分かりませんが・・有吉って僕の弟子が・・まあ今はもう円満破門したんですけどね(笑)

角田
円満破門ってあるんですか(笑)

巨人
「もうお前もいつまでも言われていたら嫌やろ?」「俺もいつまでも言うの嫌やから」って言うて会ったときに「円満破門や」って言うて。

で、堀之内くんと一緒に有吉くんをテレビで取ったんです。

角田
「EXテレビ」ですね、紳助さんと上岡さんの。

巨人
その昔は「11PM」って言うてた番組ですね。あれで取ったんですけどね、その片割れが堀之内くんで・・ラジオ出てるの?

角田
ラジオじゃなくてテレビですね、

巨人
テレビ!!

角田
それでまた上の弟子の「コラアゲンはいごうまん」さんが大阪で独演会するときに誘ったら、「すいません、その日ロケですわ」って断られたっていう(笑)

巨人
調子乗っ取るな(笑)

角田
コラアゲンさんが怒られてて「兄さんまた出してあげますわ」って言われたらしくて。上から言うてたっていう(笑)

巨人
全員でいっぺん行きましょう。

角田
行きましょう、BBCで。その堀之内さんが未だにありよしさんをライバル視してるんですよ。

巨人
言うてるね。

角田
もう漫才やめて20年以上になるのにライバル視してて。前にお話したことがあるかと思うんですけれども。

有吉さんがとんねるずにお二人の番組でジャンケンに勝ったらおごらないとあかんみたいな・・自分で高額なものを買わないといけないっていう「男気ジャンケン」っていう

あれで128万の時計を買わされたことがあって、その翌日にそれを見ていた堀之内兄さんが同じ時計を買ったっていう、全く同じ時計を買ったっていう。

巨人
それを買えるのもすごいやんか。まあ有吉は全然そんなこと知らんと思うわ。ライバル意識を持ってられることをね。

でもそんなんようあるよ。高校のとき同級生の男の子がね、高校出てから漫才師になっていくやんか?それで僕の高校のときにそんなライバルでもなかったんけど勝手にライバルやと思うて・・

「俺は巨人に漫才に負けへんねん!」言うてね、どんどん会社が大きなったやつがおる。

親戚の兄ちゃんも僕が漫才やって売れていって、自分の会社まあ親戚の南出って同じ名前やけどね。そこの会社を大きしていった人もいてる。「親戚には負けへんで!」言うて。

角田
堀之内さんの原動力もたぶんそれなんでしょうね。

巨人
だから最終的には有吉に感謝しなあかんのちゃう?よう悪口ばっかり言っとったけどな(笑)

角田
よう見てますよ、いまだに。

巨人
いまだに!嫌いやのに見てるの(笑)

角田
いやあのね、たぶん好きやと思うんですよ。

巨人
いっぺんどっかで会わせたったらええな。

角田
でもなぜか有吉さんも時計を買っていることをご存知のようで、マツコさんとやっている番組あるじゃないですか?

あれで僕と同期の子が僕と同じように時計を買ってるみたいな話をされてたことがあったんです。

巨人
どっかから回っていくんでしょうね、話はね。師匠が知らんのにな(笑)

へーそうですか、でも良かった良かった。そういうライバルは持った方がいいよ。

僕なんかが弟子のときにライバルというのは、紳助さんがおって小枝さんがおって、さんまがおって。この4人が昭和49年に入ったからすごいライバル意識があって、

それでみんなめちゃめちゃ面白かったんですよ、ホンマに。さんま・紳助なんかめちゃめちゃ面白かったんですよ!弟子のときから。長谷川くんと杉本くんやねんけどな。

これが面白かってねえ・・「こんな面白いやつに負けられへんな」言うて全員が同じ年代に入った人間が頑張って。

紳助がよう言うとってんけど「車のレースに例えたら、僕ら3・4台が早かったと。ずーっと3人、4人が走っとったと。周回遅れでみんな後から付いてきたと。それで途中に小枝さんがおった」と。

だからさんま、紳助、僕はめちゃくちゃ早いこと走り過ぎたんやと。「でもライバルがおったから走れたんやと思うよ」っていつもよう言う

角田
いやでもすごいお三方ですよね?

巨人
そうですね、吉本興業としては豊作の年ですね、昭和49年はね。

角田
でもその中でも巨人・阪神のお二人はドラフト指名やって、よく紳助さんが「ドラフト1位で吉本に入団したんや」っていうのは。

巨人
素人番組出てるときにさっき出ましたけど「ヤングおー!おー!」という番組があって、

そこのプロデューサー一番上の人に見つけられて「お前ら素人か?」「はい」「そしたらお前ら吉本入れ」って言うてスカウトされたんですよ。それで吉本はいったんですけどね。

明石家さんまも阪神・巨人のファンだった

角田
もう素人の時代からヤンタンに出られてたんですね、三枝師匠の?

巨人
出てましたね、アマチュア番組にはちょこちょこ出ているときに「なんか面白いから『ヤングタウン』にって・・でもヤンタンってすごいよね?だからレギュラー持っていましたよ。

角田
阪神さんとかまだ高校生やったんですよね?そのとき千里でホテルに泊まって朝そこから高校に行ってたってこの間おっしゃってましたね。

巨人
あったかもわからへんね。そうか夜中帰られへんもん、あいつ泉大津やから。

角田
そのヤンタンをまだ素人のときのさんまさんが聞いていらっしゃったっていう話も聞いたんですけれども。

巨人
さんまはね、ホンマは巨人・阪神のファンやってんけどね。それは初めてさんまと吉本で会ったときに「南出くん、高田くんファンやってん!」って言いよったんやけどね。

それから一言もファンやっていうことを言わへんね、あいつ。どこで会うても、それで昭和49年やねんけどあいつは4月ぐらいに入ってるねん、吉本にね。

それで僕らは7月に入ったから、3ヶ月後やからこういう世界は1日でも先に入ったら先輩でしょ?だからさんまはお兄さんなんですけれども、僕はその前に噺家やってて僕ね。

だから僕の方がホンマは先輩なんですよ!

角田
噺家の世界でいうと。

巨人
ようするにこの芸の世界でいうと、だからさんまは「俺の方が先輩や!」って言うねんけど、「いや、お前は違う!絶対俺より後輩や!」

「いや、吉本入ったときから人生は始まんねん」とかよう分からへんこと言いよんねん、あいつ(笑)

だからいまだにさんまは僕のことを「後輩や、後輩や!」って。「落語やってるときは違うこっちゃ、それはアマチュアや!」とかね、認めませんわ。

角田
なんかテレビで拝見してても、巨人師匠はさんまさんのことを「さんまさん」っておっしゃるときが多いと思うんですけど?

巨人
最初は「さんま兄さん」って言ってましたね、吉本入ったときは先輩やったからね。「さんま兄さん」「小枝兄さん」「紳助兄さん」って言うてました。

角田
でも年齢でいうと巨人師匠が一番上?

巨人
一番上ですね。

角田
それでこういう質問も来てたんですけれども。ふんどしフリルさんからいただきました、ありがとうございます。

質問
巨人さんが2018年のいま漫才師になりたい高校3年生だとします。養成所のシステムはありません。そうだとすれば、高校卒業すれば巨人さんは誰の弟子になって漫才師を目指しますか?

香川
すごい質問(笑)

巨人
はっはあー・・今?

今現在、弟子入りするなら誰に?

角田
今ですね、NSCとか養成所もないという設定で。

巨人
「ならない」とかいうのでなしに「なる」として・・誰の弟子?・・誰の弟子に行くんやろう?今は弟子を取らんからなあ・・

角田
ちなみに今はいらっしゃらないんですよね?

巨人
僕は今はいないです。誰の弟子に行くんやろう?まともに考えたことはないけども・・いやー、松竹に行くかかな・・?

角田
えっ、それはなんでですか?競争率?

巨人
松竹の方が師弟関係がしっかりしてそうに思うし。だから「はるか・かなた」さんとかね、大事にしてくれそうですよ。優しいし。「たかし・ひろし」さんとか。

香川
そういう絆を求めてっていう?

巨人
吉本は・・「(ハイヒール)リンゴ・モモコ」言うてもなあ・・「こだま・ひびき」ちゃんかあ・・吉本ではちょっと見当たりませんねえ。行くんやったらいっそのこと西川きよし師匠かな?

角田
この間も新年会にいらしていて。

巨人
ちゃんと律儀に必ず来てくれはるからね、ありがたい。

角田
何年か前にきよし師匠にはじめて、弁護士になってからご挨拶を・・新年会のときですかね?させていただいたときに「弁護士の角田と申します」って言ったらきよし師匠が「一方的に存じ上げております」って言われまして、そんなわけないじゃないですか!(笑)

僕のような人間に「一方的に存じ上げております」って言われて「すごい人やな!」と。

香川
かなりの国民が知ってるわと。

巨人
ものすごいおもろい言い方やな(笑)あんまりおもろい言い方しはらへんねんけどね。

角田
どう考えても知ってるじゃないですか?いやすごい人だなと思いましたね。

巨人
まあきよし師匠かもわからへんね。でも僕が最初に弟子を取ったのが生意気にも程があるなあ・・32歳ぐらいでした。

角田
城戸兄さん。

巨人
この間、来てましたけどね。九州の大分から新年会。

角田
「未来世紀01」ってコンビでやってましたねえ。

巨人
「未来世紀01・02」か。

角田
32歳ですか!?

巨人
32歳、だからいまもう銀シャリとかその辺はもう40歳手前やろ、みんな?あそこらへんでも弟子を取らへんやんか、みんな?もう32歳言うたら今デビューしたての漫才師やで。それが弟子を取ってもうてん・・生意気なことしてましたね。

角田
でも僕らが子どものときのイメージから言うたら、もう物心ついたときに「巨人・阪神師匠」だったんですよね。

巨人
何なんでしょうねえ?

角田
だから僕はその「人間マンダラ」で高校生のときに初めてお会いしたときが、ちょうど今の僕ぐらいの歳なんですよ、巨人師匠が。42歳ぐらいで。

もうそのときのことを思い出したら、よく堀之内兄さんとも会ったら喋るんですけど。「今の僕らぐらいの歳やってんで、弟子付いてるときに巨人師匠は」とかって言うて。

「いやー、僕らヤバいなあ・・この風格の無さは」っていうことをいつも言うてるんですけど(笑)

巨人
いやいや、風格なんて全くないんですよ。やっぱりいつまで経っても、昔はじめて会うたこととか世話になった方は大きいものに見えてしまうよ。

角田
・・・・・・いやぁ・・そうとは思えない、本当に。僕ら17歳とかのときで、だからいまだにその巨人師匠と紳助師匠の迫力というか、恐いとかいう意味じゃなくて・・っていうのは弁護士業務とかしてても、あまり会わないんですよね。それですごい助かってるというか・・。

巨人
ハハハ(笑)・・あのー、ホンマにあの時期やっぱりね、50歳過ぎぐらいまでは「よしやるぞ!」っという気持ちがメチャメチャありましたからね。

だからその紳ちゃんなんかでも、例えば「人間マンダラ」いう番組やったけども。「マンダラ」いう番組もものすごい力を入れていたし。いろいろあれ20%を取ったことがあるんですよ、昼の番組やのに。

角田
そうですよね、日曜日のお昼で。

巨人
それで20%取ったらお金が出るとか金一封とかそんなことがありましたから。それにも目標があったし・・とにかくやる気満々でしたね、あのとき。やる気満々・遊ぶ気満々・勉強する気満々でしたからね、はい。あの気持ちはどこに行ったんでしょうね(笑)


チャック・ウィルソンとの戦いはいまだに悔しい

角田
いやでも師匠、55歳まではそういうお気持ちやったっておっしゃってたんですけど。この前、去年ふぐ料理に連れて行っていただいたときにお酒飲んで巨人師匠がおっしゃっていたのが・・

20年以上前やと思うんですけど「オールスター感謝祭」でチャック・ウィルソンに相撲で負けたことをいまだに悔しがっていらっしゃったんですよ。だからすごいなって思いまして、それが。

巨人
あれは、そうなんですよ・・チャック・ウィルソンねえ。もう目を見たら恐いぐらいな人やったんですけど。

角田
元グリーンベレーって一説には聞いたことがあるんですけども?

巨人
そうです、そうです。ものすごい(相撲の組み合いで)いい所を取れたんですよねえ。ええとこ取れてその体勢でいっとったら勝ったか分からへんのですよ!前褌(まえみつ)取って、いまだに思い出しますけどね(笑)

角田
だからそれをそのとき師匠がおっしゃっていて、あのとき蔵間さんが行司役やったんですよね?

巨人
そうなんです、僕の大親友。白血病で亡くなりましたけどね、ちょうど大震災あったときの後にすぐ亡くなったんですけれども。

角田
そのときに「蔵間さんが『あれは巨人の相撲やった』って言うてくれてたんや!」といまだにおっしゃっているのを聞いて・・

巨人
そう!「あのままなんでお前行けへんねん!」言うて。

香川
その技術がすごいですね、前褌取りにいけるっていう(笑)

巨人
取れてんけどね・・それで前褌取ったときに足が見えたんよね、チャックの足が。「この足を取ろう」と、なんで足を取ろうと思ったんかというと・・その前の年に吉本興業の関西の相撲大会があったんですよ。

その相撲大会で決勝で文福さん(桂文福・吉本随一の相撲通)と当たって、僕と。僕は文福さんに負けたんですよ。それはね、ええ体勢やったんですけど文福さんに足取られてんですよ。

それでその「足を取ったら勝てるん違うかな?」と思って、そのチャック・ウィルソンさんの足を取りに行ってしまってん。だからあの相撲が布石というかね、負けた足を・・

香川
ハハハ、相撲取りの発言(笑)

巨人
俺、相撲取りの親方みたいになってるやん(笑)

角田
だからそれをいまだにおっしゃってるのが、やっぱり巨人師匠すごいなっていうか・・

巨人
でもあのとき勝っていたら、もう伝説の男になってるからね。負けてしまったけども。チャックに勝ったら大変なことですよ。

角田
何年か前のお正月にダウンタウンの浜田さんと志村さんの番組でリアクションを巨人師匠に急に・・?

巨人
やっと今年なくなってん!

角田
総合格闘技の桜庭さんが巨人師匠に関節技を仕掛けたときあったじゃないですか?あの放送のあとにお会いしたときに巨人師匠おっしゃっていたのが、あれはまあ一方的に技を仕掛けられてたわけじゃないですか?

「よーいドン!でやらせて欲しかった」っておっしゃってたんですよ、総合格闘技ルールで。

巨人
でもあのときにね、ほんまのところ身体柔らかいんですよ。すっごい前屈なんかでもピシャッと付くし。で、桜庭くんが僕に技を掛けてギューッと足を開けて僕が「痛い、痛い!」言うててたでしょ?

角田
辱固め(はずかしがため)っていう技ですね。

巨人
嘘!あれ全然痛なかったんですよ。これ痛がらな桜庭くんに悪いやろうなと思って。ほんままだまだもっとイケるのになって思っててんけども。「痛い、痛い!」って言うてあげたの。

角田
総合格闘技とかバーリトゥードがもっと昔から巨人師匠の若いころにあったら・・?

巨人
たぶん行ってたかも分からへん。相撲取りになりたいというのとプロレスラーになりたいという夢がありましたからね。

オール巨人はゴッチ式トレーニングで鍛えている

角田
「ひょうきんプロレス」の動画とかを最近観たんですけど。巨人師匠が紳助師匠にキーロックをかけられたまま持ち上げてらっしゃるんですよ。あれってほんまにアンドレ・ザ・ジャイアントとかそういう普通に人ができない技をされてて・・

巨人
大阪府立体育館で女子プロレスがやってるその興行の中にほんまはお客さん全部女子プロレスを観に来てるねんけども、「ひょうきん族のプロレスをやらせてくれ」言うて行ったことがあってそこでやったんですね。

そのときは今そのVTR僕の家にあんねんけど、もう寂しなったら観るんですよ!もう自分で爆笑するもんな。

角田
いや面白いし、動きが尋常じゃないんですよ!巨人師匠のそういう芸人さんが企画でやってるんじゃなくて(笑)

巨人
あのときに(松本)竜介も動きがよかったし、阪神ちゃんは阪神ちゃんで面白いし。紳助は紳助でプロレスが好きやからね。

いや僕ほんまに人生いろんなことがやれたら、今は漫才やりましたけどね。スポーツ関係絶対行きたかったですね。ボクシングやりたかったなと思ってね。

角田
巨人師匠はたぶんハート的に絶対ダウンされないと思うんですよ。例えば総合格闘技でもタップはされないと思うんですよ、どんな腕の曲がり方をしていても。

巨人
そうですね、折れるまで・・レフェリーが止めるまで「参った!」せえへんか分からへんね。

角田
いまだにお家の2階からロープが下がっていて、腕の力だけで上ってらっしゃるじゃないですか?

巨人
上ってましたけど、やっとこの間はずしました。「もうええ!」と思って。でも外したロープがもったいないから横の柱にくくって今度綱引きみたいな引っ張ってます!まだ使うとんかい!(笑)

角田
でもそのトレーニングの仕方がナチュラルなトレーニングの仕方というか・・

巨人
そうそう、カール・ゴッチやね(笑)

角田
そうですよ!まさしくカール・ゴッチが新日本プロレスでやっていたトレーニングなんですよ。

巨人
これ聞いている皆さん、分かるか?(笑)

角田
腕の力だけで上っていくとか。

巨人
自分の身体の負荷が一番良いって言うんですよ。腕立てとかスクワット。スクワットでも昔はほんまに500回やってましたから毎日、漫才師やのにアホやろ(笑)

それで飽きてくるねん、時間かかるから。ほんで畳が汗でビチョビチョになったりするのよ。

角田
それ正しく猪木と馬場が日本プロレス入門したときのエピソードとして道場の水が溜まったっていうエピソード。

巨人
だからまずスクワットする前に裸足になったりしたら、週刊誌とか雑誌とか足の下に敷いて。それでないと畳がすれてくるんですよ・・どんな漫才師や(笑)

香川
そのノウハウ何なんですか!(笑)

巨人
なんやろうね(笑)それも悔しさからなんですけどね。山登ったときにめちゃめちゃしんどかったんですよ。兄貴と山に登って登山しているとき。「なんでこんな体力がないのんかな?」って思って、それで家でスクワットやったら100回くらいしかできなかったんですよ。

「これはあかんわ!」と思って、積み重なって500回までいって毎日200とか300,500とかやってたんですよ。その次、500回できてから山登ったらスイスイスイーですよ!全然しんどないね。

角田
そのあと何かだいぶ時間が経ってから膝にくるってこともないんですか?

巨人
全く膝・腰は痛めたことがないんですよ。これはもう親が大切なときから強い身体をくれましたね。うちのお父ちゃんもすごかったんですよ。軍曹やったんですけどね、昔ね。

兵隊さんの隊の運動大会とかあって、その体力測定があるんですよ。その軍で一番やったんですって、うちの親父。

香川
遺伝子や・・。

角田
それを考えるとグリーンベレーのチャック・ウィルソンにお父様のDNAを継ぐ巨人師匠が前褌をとったわけですから。

巨人
そうなんですよ。あれが悔しかったですね、いまだに。

角田
ちょっとここで1曲巨人師匠の曲を聴いていただきます。「男の子守歌」です。



(続く)

2018/07/01

明石家さんま研究家・エムカクが語る「さんまさんの特番にスタッフとして関わり、夢が1個叶った」

今回は2017年12月6日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
ポッドキャスト後半を起こしたいと思います。

前編はこちらから
明石家さんま研究家・エムカクが語る「さんまさんが本を出さないならば、自分が記録を残そうと思った」



角田
エムカクさんの声を聞いて、もしかして姜尚中と勘違いされてる方いらっしゃると思うんで。姜尚中じゃないですよ!姜尚中さんならこんなさんまさんの話ばっかりしないですよ(笑)

さんまさんの奈良商業高校時代の高校総体で準決勝のスコアは何対何?とかみたいな話は姜尚中はしないと思うのでエムカクさんなんですが。

エムカクさんはそれだけさんまさんをずーっと追いかけていらっしゃるのに、サインとか握手を求めたりっていうことを随分ずーっとされなかったわけですよね?

エムカク
そうですね、未だに握手はしてもらってないですね。

角田
もう10年、直接会うようになって1年間の活動をまとめてお渡しして・・あるときは「月刊エムカク」をコラム付きのを渡したにも関わらず。

エムカク
そうなんですよ。

さんまさんから初めてもらったサイン

角田
そのエムカクさんが初めてサインらしきものをしてもらったことっていうのがあるんですよね?

エムカク
それが2014年「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」って。

角田
さきほど言っていたね、私とか柳田コーチと一緒にエムカクさんとやらせていただいたイベントなんですけど。

エムカク
あのイベントをやるって決まったときに「何かお客さんに喜んでもらいたいなあ」と思って、何がいいかな?と思ったときに「じゃあ、さんまさんにイベントタイトルの題字を書いてもらおう」と思って。

角田
いや、これってなかなかなことですよ!だって勝手に誕生日を祝ってるわけで若狭勝とは話が違いますよ!若狭勝の誕生日を勝手に祝ってるんじゃなくて、明石家さんまですよ、天下の!それを勝手にやってるわけですから。

エムカク
その報告もできたらなあとは思ったんでね。

角田
「勝手にこういう誕生日を祝うイベントをやらせていただきます」ということを。

エムカク
で、スケッチブックとマッキーっていうサインペンですかね?それを持ってさんまさんに「今度こういうイベントやるんです、題字を書いていただきたいんですけど?」って言ったら・・

角田
どんな反応でした?このイベントをやることを自体に関しては?

エムカク
「ああ、ほうか。ホンマか?」

角田
何もさんまさんって疑問に思わないんですね(笑)

エムカク
何も疑問に思わず、すごくストレートに。「そしたら貸してみい」ってそのスケッチブックをフッて取りはって。僕はサインペンをパッと渡したんですね、キャップを取って。ほんだら、さんまさんが「これ太い方や」って言いはったんですよね。

一瞬ちょっと「何のことかな?」って思ったんですけど・・要は僕、サインペンの細い方のキャップを外してお渡しした。「あっ、そうか太い方で書きはるんや!」と思うて、そのサインペンを返してもらおうと思って取ったらさんまさんが離さないんですよね。要は「太い方のキャップを取れ」って無言なんですけど・

角田
無言でエムカクさんに引っ張れと、引っ張ったら抜けるからと。

エムカク
「ああそうか、引っ張るんかあ」って引っ張っても抜けないんですよね、簡単に抜けなかったんです。さんまさんもちょっと引っ張ったりくれたりして、ちょっと綱引きみたいになった時間があって(笑)

角田
マッキーをめぐる綱引きがお2人の間で。

エムカク
それでスパンッて最後取れて、さんまさんがサササササって書きはったんですけど。僕そのときにさんまさんの力を初めて感じたんですよね。

角田
まあそりゃそうですよ、このマッキーを引っ張り合ったわけですから(笑)

エムカク
さんまさんがグイッというその力の何というんですかねえ・・感触というのか。

角田
さんまさんの力とそれに反発するエムカクさんの力が。

エムカク
初めてその力みたいなのを感じて。

角田
力と力が作用し合ったわけですよね。

エムカク
はい、それで「うわーっ!」ってポーッとなりながら、さんまさんはサササササと書いたのがこれなんですけどね。

角田
まあ、あの今もお持ちいただいているんですけれども。スケッチブックに「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」っていう大変雰囲気のある字で書いて下さって、これをずっとスライドのところに表題をパーッと出して・・

オープニングが一番盛り上がるかな?っていう、これ以上の内容がないやろう?と思ったら最終的にさっき言った柳田コーチが奈良商業高校時代のサッカー部高校総体予選の真実を解き明かすという!

エムカク
そうなんですよね、すっごく楽しいイベントでした。

角田
楽しいイベントでしたよねえ。その前にこういうエムカクさんとさんまさんが力を感じ合うという、はじめて感じ合うということがあったんですよね。

エムカク
その翌年にも「60回目の誕生日を祝う会」を。

角田
はい、やりました。2年連続ね。

エムカク
そのときもね、何かお客さんに喜んでいただきたいなと思って。

さらっと明石家さんま年表を作るエムカクさん

角田
まあ有料イベントを勝手にやってるわけですからね、人の誕生日を。

エムカク
そのとき僕はさんまさんと「オレたちひょうきん族」との関わりをちょっと語らせていただいて。

角田
発表はそうでしたね、テーマが。

エムカク
その年表を作ったんですよね。

角田
もうね、エムカクさんすぐ年表を作るから!本当に。年表も今お持ちなんですけど「明石家さんま オレたちひょうきん族 年表」これは字数でいうと?

エムカク
これは4万字ですね。

角田
あっさり言うんですよ、4万字ってあんたは。

エムカク
これは大したことないです。

角田
大したことないって(笑)いやそうなんです、この立派な年表をデザインしてもらって水道橋博士のメルマ旬報の編集長の原カントさんという方がやって下さったんですよね。そこでまたさんまさんが?

エムカク
はい、これもタイトルを書いていただくということでお願いしたんですよね。

角田
「明石家さんま オレたちひょうきん族 年表」というのを例の雰囲気のある字で書いてくださった分けですよね?

エムカク
そうなんです、でこのときに初めてさんまさんにサインをいただいたんですよね。

角田
その右上にあるのが、さんまさんのサイン。これが初めて?

エムカク
初めていただいたんです。

角田
やっぱり、いつもおっしゃる「運を使いたくない」と。

エムカク
いや運を使いたくなかったんですけどね・・もうここは仕方がないな!と思って。

角田
そういう活動をしているうちにエムカクさんはもうそういう形でtwitterとかでもさんまさんのことをつぶやき続けていたら、それで柳田コーチが「さんまさんについてつぶやき続けているめちゃくちゃ詳しい人がいる」っていうことを水道橋博士さんとかにご紹介になられて。その縁で博士さんのメルマ旬報で連載をするようになってと。

エムカク
それで今に至っていると、もう4年前ですね。

角田
だからさんまさんの研究を93年やから24年前ですよね?24年前にはじめて1人でどこにアウトプットするわけでもなく20年やり続けたら、そういうような形で連載をする媒体が出てきたということなんですよね。

やっているうちに、これが評判を呼びまして・・すごいんですよ!その「明石家さんまヒストリー」を読んでる人の中にはナインティナインの岡村さんとかが読んでいらっしゃるという。

エムカク
岡村さんが読んでくれてるっていうことを2015年の1月に放送された「なるみ・岡村の過ぎるTV」っていう番組なんですよね。

角田
この西暦何年何月ってすぐ出てくるからね(笑)朝日放送の「過ぎるTV」でさんまさんがゲストやったんですよね。そのときに岡村さんが「さんまさんがゲストなんで『明石家さんまヒストリー』メールマガジン読んで勉強してきました!」って。

エムカク
って言ってくれたんですよね、さんまさんの前で。もう嬉しかったですねえ。

メルマ旬報で「明石家さんまヒストリー」を連載
角田
岡村さんが言ったときにテロップで「明石家さんまヒストリー」というのがあってみたいなのがテレビの画面に出たんですよ。あのとき僕も嬉しかったですよ!

エムカク
いやーもう感無量でしたね。それからまた続けて書いてるんですけどね。だから来年(2018年)の1月18日に水道橋博士さんと岡村隆史さんのイベントしはるんですよね。

そのイベントに向けて、僕も何か協力できたらなと思って、また勝手にさんまさんと岡村さんの年表を作って(笑)

角田
また作った!また年表作った!すぐ年表作るからこの人!(笑)

エムカク
なんかどうやら参考にはしていただけるような感じで。ぜひ岡村さんにも読んでいただきたいなと思ってるんですけどね。

角田
そりゃ当然、博士さんから岡村さんへ渡るでしょうねえ・・・・年表作りますなあ。

エムカク
好きなんですよね。今後のヒストリーの資料にもなるのでね。

角田
今、何年ぐらいまで行ってます?この2017年の12月時点で。

エムカク
今は1995年あたりを。

角田
生まれたのが?

エムカク
1955年ですね。

角田
今は40歳の明石家さんまさんを・・

エムカク
まで来ました、4年かけて。

角田
ついに来ましたか!

エムカク
今もう95万字ぐらい行ってるんですよね。

角田
95万字!書籍化したらもう全然新書とかやったら絶対無理じゃないですか?

エムカク
無理ですね。

角田
分厚い本の何分冊かですよね。

エムカク
おそらくそういうことになるんでしょうね、もしもその・・

角田
エムカクさんの中でのゴールの設定っていうのは何年?

エムカク
今のところ2008年の7月ということを設定しているんですよね。

角田
この2008年7月っていうのはどういう意味があるんですか?

エムカク
これがね、さんまさんが27時間テレビの総合司会を務められて正にさんまさんの集大成的な番組だと思うのでまずそこを目標にして始めたんですよね。

もちろん、その後も書き続けることになるんですけど。「メルマ旬報」のゴールはそこを目指していますね。

角田
2008年7月までたどり着くのはだいたい今のペースだといつになるんですか?

エムカク
どう・・これねえ・・3、4年はかかるんじゃないかと勝手に思ってるんですけど(笑)

角田
まあでも今までの20年を考えたら3、4年なんてね。

エムカク
もうやっとここからはリアルタイムで見てたさんまさん。

角田
もう全部見ているから、エムカクさんの生の記憶に基づいても書ける感じですね。

エムカク
だからかなりペースアップはすると思うんですけど。

角田
今までの自分の見ていない、見聞きしていない時代を調べて振り返るっていうのは大変やと思うんで・・

エムカク
それがやっぱり大変でしたね。

好きが高じて特番スタッフに

角田
という活動をされているうちに、エムカクさんが・・さんまさんというのは「お笑い怪獣」って言われていますけども。「『お笑い怪獣』明石家さんま怪獣」がいるということがテレビ局界隈で評判になっていくわけですよ。

そしてエムカクさんはついにさんまさんご自身の特番にスタッフとして関わるようになっていくんですよね。最初はいつでしたっけ?

エムカク
最初は2015年の11月に放送された「誰も知らない明石家さんま」というそれこそ、さんまさんのことを3時間特集したような。

角田
まあ言うたら各局でやっていた還暦特番の日テレ版で「行列のできる法律相談所」のチームが作った番組ですよね。あのときはリサーチャー?

エムカク
リサーチャーとして情報提供をしてたんですけどもね。

角田
いやーでもやり続けていたらこういう日がっていうね。

エムカク
いやあ、あの番組に関われたっていうのは本当に嬉しかったんですね。楽しかったですしね。

角田
それでその番組の中でそれこそエムカクさんが好きなさんまさんの青春時代の再現ドラマを菅田将暉さんが高校時代のさんまさんの役をやってて。

それでエムカクさんが好きなのが奈良商業高校時代のさんまさんと、あとそのさんまさんが19歳のときに松之助師匠に弟子入りしたあと駆け落ちして東京に行っちゃって。結果的にまた戻ってくるっていう下りがあるんですが、あの時期好きやないですか?

エムカク
好きですねえ・・もう大好きなんですよね。そこも「さんまヒストリー」でも詳細に書けたと思うんですけど、それをまた参考にしていただいて又吉直樹さんが・・

角田
芥川賞作家がエムカクさんが提供した資料に基づいて台本を書き、脚本を書き、それを菅田将暉さんが演じるというすごいことになっているわけですよ。

エムカク
すごく嬉しかったですね。

角田
最近またあのシリーズがありましたよね?(2017年)11月26日ですか?

エムカク
それが第3回目だったんですけど、今回3回目ではじめてその収録現場を見学させていただくことになったんですよ。

角田
ついに行きましたか!えっ、番組名は何でしたっけ?

エムカク
「誰も知らない明石家さんま インタビューで解禁」っていうさんまさんのインタビューを散りばめながら「さんまさんの神対応」であるとか。そういうのを紹介していくっていう番組なんですけど。
それではじめて今回日テレに行きまして見学して、1個ちょっと夢叶ったんですよね。

角田
夢叶いました、ついに!運使ったん違います、大丈夫ですか?

エムカク
運、使っちゃってちょっと怖いんですけどね、ケガせんかな?とか(笑)

角田
何があったんですか?

さらに夢まで叶ってしまう

エムカク
角田さんと一緒にイベントをしていた2015年か?「明石家さんまヒストリー外伝」っていう。

角田
新宿のロフトプラスワンでやったイベントですよね。

エムカク
イベントでやって、そのとき僕のコーナーは「ラブさんま10」というタイトルで。

角田
好きなさんまさんの?

エムカク
ポイントとかそういうのを紹介するっていう・・その中で僕は「明石家さんまを見る明石家さんま」が好きだと。

角田
まあ分かりにくいんで、説明していただけますか?

エムカク
さんまさんがテレビに写っているじゃないですか?そのテレビの中で再現VTRとか見る・・

角田
ワイプでさんまさんが・・

エムカク
ワイプで写っているさんまさんのその表情を見るのが僕めっちゃ好きなんですよね。

角田
それよう言わはりますねえ・・もう既に嬉しそうですよ!

エムカク
この話するとちょっとニヤけてしまうんですよね(笑)

角田
ラジオやからなかなか伝えにくいんですけど、ニヤけてらっしゃいますよ。だからワイプで見るさんまさんが大好きやということで。

エムカク
それでそのときにそのイベントでね「僕はいつかね、同じ空間でそのさんまさんがご自身の番組を見ているその姿を見たい!」と言ってたんです。

角田
あーっ、言うてはりました。

エムカク
それはね、さんまさんの部屋とかじゃ僕がいたら邪魔じゃないですか?リアクションができないじゃないですか?

角田
さんまの部屋っていうのは、さんまさんのご自宅という意味で(笑)

エムカク
例えばね、例えば!

角田
ダメですよ!新幹線までにして下さいよ!ご自宅行ったらもう僕が仕事としてエムカクさんに業務として関わらないといけなくなるんで、それはね。そうか!スタジオだったらそれが見れるわけですよね?

エムカク
その僕はね、今回スタジオで見学させてもらったその席が観覧客もあるんですよ一般の。その高い位置になってて、その一番端っこで座って見てたんですよね。

角田
映っていたりしました?

エムカク
今回は映ってなかったですね。そのときにフッと見たら、今回再現VTRとかがあって。

角田
それこそ高校のサッカー部時代とか運動会とかのころのをやってて。人気者だった奈良商業時代のさんまさんの再現ドラマがありましたね。

エムカク
それで観覧席があって、その前の方にちょうど僕の右目の視線の先にその24インチくらいのモニターがあったんです。

僕の左目の視線の先には、さんまさんご本人が立ってはる。両目でこう首を振らなくても、その右目にモニター左目に明石家さんまっていうその状況で約4時間その状況でさんまさんのリアクションを全て見ながら・・

さんまさんがVTRを見ているとき、そのモニターに映っているじゃないですか?それを見ながらさんまさんのリアクションなり全部その4時間首も全く動かさず、全て状況を把握することができたんです!

角田
両目の視線をちょっと動かすぐらいで!

エムカク
「今このVTRのときはこのリアクションしてる」「あっ、こんな話をしてる」それが全部オフレコも全て聞けるわけですよね。

角田
それを4時間堪能されたんですか?

エムカク
そうなんです、その間に東野幸治さんが出演されていたんですけど。その2人のやりとりも面白いんですよね。ほとんどカットされてるんですけど。それも視線の先に東野さんがいて、その2人のやりとりも全部聞けるんですよね。

角田
それをちゃんとモニターでテレビの画面としても見つつってことですよね、同時に?

エムカク
同時に見つつ、音声もちゃんと入ってくる。最高の環境でね、見れたんですよ!・・実現した・・。

角田
「ラブさんま10」で発表した大好きやった・・

エムカク
すっごいそれが嬉しかったです、本当に!

角田
いややっぱりねえ・・このラジオをお聞きのリスナーの皆さんにはこういうふうに信じればね、念ずれば花開くっていうのはこの間「フミヤさんお疲れ様でした!」って言い続けたらフミヤさんにお会いできたりとかしましたし。

エムカクさんも20年間さんまさんのことを一方的に記録し続けていたら、さんまさんの番組のスタッフとして特番に関わり、そして夢であるワイプの中のさんまさんを・・

エムカク
それがもう目の前ですよ!

角田
目の前にいるさんまさんとワイプの中にいるさんまさんを同時に右目と左目で!

エムカク
でもモニターはほとんど・・ほいけんたさんが映ってたんですけれども(笑)

角田
さんまさんのものまねのね、あの人がまたいい味を。

エムカク
いい味出てますよね、今ね。

角田
いやー、ついに叶えましたか!

エムカク
ついに叶えて、菅田将暉さんとか乃木坂46の生田絵梨花さんとかがいてはったんですけど全く目に入らなかった!全く入りません!「あっ、いてはった!」って途中で、帰りはるときに「ああ、そうか!菅田将暉や!」とか思いながら(笑)

角田
さんまさんのノリツッコミみたいな感じで「ああ、いたんや」みたいな(笑)

エムカク
それも本当にいい経験というか、もう最高の思い出ができたんですよね今回ね。

角田
他の桂文枝師匠の芸能生活50周年の特番とかも関わって資料を提供されたりとかしてという形で。

エムカク
あれもすごい最高でしたねえ。

角田
もう「エムカクさんといえば」というような形に定着しつつある部分がね。

エムカク
ありがたいというか・・まあ大変なのは大変なんですけどね。やっぱり情報提供言うてもいろんな角度から来ますからねえ、年代も最近のことから古いことまで「あの映像ありますか?」とか。それは大変なんですけど、そんなの吹っ飛びますよね。いい思いをさせていただくので。

角田
そんなエムカクさんが「明石家さんまヒストリー」の連載の中でゴールに設定している2008年7月。先ほどおっしゃっていた「27時間テレビ」でさんまさんがBEGINと作られたあの曲を聴いていただきます。

BEGINwithアホナスターズで「笑顔のまんま」





角田
いい曲ですなあ、エムカクさん。

エムカク
最高ですね。

角田
メールいただいております、蛤ネーム・ふんどしフリルさんいつもありがとうございます。

メール
こんばんは、エムカクさんが出演されると知ってワクワクが止まりません。

角田
守山宿さんと同じようなことをおっしゃってますね。

エムカク
ありがとうございます。

メール
『勝-1グランプリ』が決定しないと年を越せないハマグリスナーの方々には申し訳ないのですが、エムカクさんのお話をたっぷり聞きたいので来週に持ち越していただきたいぐらいです。

角田
ごめんなさい、やっちゃいました。素直にI'm Sorry。

メール
小生はエムカクさんの存在を知ってから、何かを簡単に好きと言ってはいけないと肝に命じています。エムカクさんのさんまさんに対する「好き」こそが本当の「好き」だと思うからです。

小生はエムカクさんを通じて、ますますさんまさんに注目しています。2015年の「誰も知らない明石家さんま」のスタッフロールの中に「リサーチ エムカク」の文字を見たときは思わず「エムカクさん!?」と声に出してしまいました。

エムカク
ああ、嬉しいなあ・・。

メール
純粋な好きの情熱が通じた瞬間を見た気がしました。必ずさんまさんより長生きして後世にさんまさんの素晴らしさを伝えて下さい。何の発信力もなく静かに応援するくらいしかできませんが、エムカクさんの活動を今後も見守りたいです。

他人の夢に乗っかってすみません。2017年のさんまさんの活動記録を手渡されたのか、手渡す予定なのかが気になるところです。

角田
今年はどうですか、活動記録?

エムカク
いやもう今年は「さんまヒストリー」と「さんま・岡村年表」を書くのに・・・もう不可能です。

角田
不可能ですか(笑)まあでもその岡村さんとさんまさんの年表を渡しにいかれたらいいんじゃないですか?

エムカク
渡しに行こうかなとは思ってますね、イベントが終われば。

ハニートラップをした女性に対して思ったこと

角田
素晴らしいですね、ホンマにこのふんどしフリルさんがおっしゃる通り、エムカクさんの好きさっていうのは尋常じゃなくて。僕がびっくりしたのが、さんまさんが何年か前に本当に短期間の間に何件かハニートラップに引っかかったときあったじゃないですか?

あのときエムカクさんがすごい悔しそうに「せっかくさんまさんの家に行って、なにエッチしとんねん!」と。「さんまさんに聞くこともっとあるやろ!」と。

「大須演芸場に上がった日の日付であるとか、古典落語を最後にした日とか!なにエッチしとんねん!」と。すごいな!と思いましたね(笑)

エムカク
さんまさんの家にはコレクションルームとかあるみたいなんでね。そういうところをちょっとチェックしてねえ・・あっという間に時間が経ってしまうと思うんですけどねえ。

角田
そのハニートラップした女の子とかそんなことしてないですよ。名古屋の大須演芸場上がった日なんて気にもしてないし。

ふんどしフリルさんは「エムカクさんくらい好きじゃないと」っていうふうに言ってるんですけど、そうじゃなくホンマにそういう好きというプラスの気持ちというかポジティブな気持ちっていうのはいいことですよね?それをしかも外に出していくっていうのが。

エムカク
僕もそう思いますね。

角田
なんかtwitterとかでもエムカクさんとも知り合えたのも、お互い演芸が好きでっていうことをきっかけで話してて。

最初に出会ったのは「西川きよし芸能生活50周年 コメディ水戸黄門」の明石家さんまゲスト回で初めてお会いして。あのときエムカクさんは実在しないと思っていたんですよ。

柳田コーチが・・あの人はもう「島田紳助原理主義者」なんで、その「島田紳助原理主義者」の柳田コーチが別人格でツイートしてるのがエムカクさんやと僕は疑ってたんですよ。多重人格者やと思い込んでいたんですが、実在して!今こうして地上波でエムカクさんの話を。

エムカク
ハマグリスナーとしてこんな嬉しいことはないですよ、ホンマに。

角田
でもねこれ「かわりびと」のハードル上がりましたよ!なかなかエムカクさんぐらいの「かわりびと」はね。

エムカク
そうなんですかね?僕はいたって普通やと思うんですけどね。

角田
いやいやもう「かわりびと」です!

(了)

2018/05/23

明石家さんま研究家・エムカクが語る「さんまさんが本を出さないならば、自分が記録を残そうと思った」

今回は2017年12月6日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
ポッドキャスト(1)前半を起こしたいと思います。



角田
「かわりびと」

というわけで今週から始まりました新コーナーですが・・新コーナーっていうか勝手に始めるわけなんですけれども。

こちらはですね、この番組自体が変な人や変な事件を弁護するという番組なんですけれどもも。もう変な人に直接出ていただこうということで私の友人の中でも最も変な人と言っても過言ではない!

でもこの人を紹介するために作ったようなコーナーなんです実はこの「かわりびと」というコーナーはというわけで初回ですね初回のゲストは明石家さんま研究家のエムカクさんです。

エムカク
エムカクです、よろしくおねがいします。

角田
ついにエムカクさんの、この素敵な姜尚中ボイスが地上波に乗りました。大丈夫ですか?声拾えてますか・・ささやきますよ!エムカクさんはウィスパーボイスですから(笑)

エムカクさんという方はですね、今流れてる曲が明石家さんまさんの「真っ赤なウソ」なんですけれど。



その明石家さんまさんを知らない人いないと思うんですけれど、その明石家さんまさんの足跡を研究し続けている人ということでよろしいですかね?

エムカク
そうですねさんまさんの人生について年表形式でこういろいろ綴ってるというか・・日々色々考えて調べながら書いてますね。

角田
エムカクさんでtwitterで検索してください。もう365日というか、ずっとさんまさんについてだけツイートし続けてるということで。

それでこの「蛤御門のヘン」も聞いてくださってるんですけども。私が藤井フミヤさんの話をしたらさんまさんとフミヤさんの写真をアップするという、私が喋った話題に応じてその人とさんまさんとの関連性とかをツイートされたりしてくださってて。

これからゆっくり エムカクさんの足跡というかどんな人かっていうのを聞いていただきたいんですけれども。

番組冒頭で、「勝-1グランプリ」ということで若狭勝さんの誕生日を勝手にお祝いしたんですが。私はの人の誕生日を勝手に祝うクセがございまして。

そもそも最初はエムカクさんとこの番組のコーチである柳田コーチとともに「明石家さんまの誕生日59回目の誕生日を勝手に祝う会」というイベントを。

そしてその翌年「明石家さんま60回目の誕生日を勝手に祝う会」というのを大阪のロフトプラスワンウエストで一緒にやっていたのがエムカクさんでして。

すごい人なんですよ!今まで会ったことない人で。打ち合わせで色々エムカクさんにさんまさんとの関わりを聞いてたら、田中ディレクターとかとちょっとビックリしてましたもんね !もうリスナーもビックリすると思うんで、まずそもそもエムカクさんお歳は?

エムカク
僕いま44歳です。

さんまさんに夢中になったのは1993年


角田
44歳ということは・・昭和48年生まれですよね。私が昭和51年生まれですから3つ上ですよね。それで、明石家さんまさんに夢中になりだしたのはいつですか?

エムカク
えーとね、1993年なので僕が20歳のときですね。

角田
だから意外と遅いんですよ!

エムカク
そう!遅いんです(笑)

角田
遅咲きなんですよ!1973年生まれでしょ?ってなったらもう普通は「ひょうきん族」とかど真ん中の世代で。そのリアルタイムで「ひょうきん族」に夢中なったとかって?



エムカク
ではないんですよね。むしろ、ひょうきん族とかもほとんど見たことがなかったことがなかったタイプですね。

角田
観たことがなかった!むしろ同級生の人の方がその当時はリアルタイムで観てた?

エムカク
たしかそのクラスでは耳には入ってくるのは「オレたちひょうきん族」・・僕、別にあの裏番組の「8時だョ!全員集合!」を見てたわけでもないタイプなんです。



角田
ドリフでもなく?

エムカク
ドリフでもなく「ひょうきん」派でもなく。

角田
という子供時代だったわけですよね?だから般的な1973年生まれの男性よりもさんまさんに関しての興味とかっていうのは少年時代は?

エムカク
いやもう、ほとんどないですね。もちろん明石家さんまという存在はもう分かってたんですけど、むしろ知らない方ですよね。

角田
そんなエムカクさんが1993年にさんまさんに夢中になったきっかけっていうのは何なんですか?

エムカク
気になった番組っていうのは・・今もやってる「痛快!明石家電視台」っていう・・それを見てちょっと衝撃を受けたというのか・・ある時、急にですねだから。


角田
「明石家電視台」も別に93年に始まったわけじゃないですよね?

エムカク
そうですね、90年から始まってますんで、別に「ああ、やってるんやな」ぐらいは知ってたけど、ちゃんと見たっていうことがそれまではなかったんですよね。

角田
それで20歳のある月曜日の夜、「明石家電視台」を見て?

エムカク
当時「アベッククイズ」っていうコーナーがやってたと思うんですけど、そのときにさんまさんとショージさん、寛平さん、ジミー大西さん。

角田
最高でしたね。

エムカク
最高!・・なんか急にそのやりとりを見て大笑いしたというのか・・そんなに笑うこと、僕あんまりなかったんですけどね・・もうね、布団の上で見てたんですけども転げ回って笑いましたね(笑)

角田
エムカクさんのビジュアルをご覧になられた方は少ないとは思うんですが、イベントとか来られたお客さんだけだと思うんですけど・・なかなか転げ回らない、冷静沈着な人なんですよ!転げ回るタイプやないですよ!

エムカク
なかったんですけど、そのときは転げ回って笑ったんですよ!

角田
そのとき何か悩み抱えてらっしゃったとか?

エムカク
それもあるんですよね、今考えたらそんな大した悩みじゃないんですけど、ちょっと悩みを抱えてましたね。その時に見たのでたまたま合ったんでしょう波長が。

角田
さんまさんってこんなおもろいんやと!

何台もレコーダーを潰してヤングタウンを書き起こす


エムカク
そうなんですよね、そこから見だして・・やっぱり面白いなあっていうことで。それで新聞のラテ欄で「ヤングタウン(土曜日)」っていうラジオ番組、今もやってるんですけど、そこに明石家さんまの文字があったんですよね。それで聞き始めて。

角田
「あっ、さんまさんラジオもやってるんや!」と、その程度の関心やったということですよね?逆に言うと当時は。

エムカク
全然やってること知らなくて。初めて聞いたら、延々とさんまさんの過去の高校時代のエピソードやったり、若手時代の全く知らないことがさんまさんによって語られるわけなんですよ。

角田
ご自身の口からっていうことですよね。

エムカク
それを聞いててね、もうワクワクしてねえ。そんでそこからそのエピソードを「忘れたくないなあ」っていう気持ちになって、ノートにさんまさん発言を全部記していくんですよ。書き起こしですよね。それがこちらにあるんですけれども。

角田
いま今手元にお持ちなんですけども、大学ノートにエムカクさんがさんまさんのヤンタンですか?ヤンタンの書き起こしがあるんですがホンマに一言一句っていう・・文字通り一言一句ですよね?

すごいなあ、これは一旦最初にラジオを聴いてもう1回聞き直してとかですか?ここまで再現できないですよね?

エムカク
そうですね、カセットテープに録音して巻き戻ししながら書くんですけどもね。すぐに潰れるんですよね、カセットレコーダーが。カチカチカチカチ巻き戻しボタンと再生ボタンを繰り返し延々繰り返しやりながら右手で書くわけなんですけど。何台も潰しましたもん。

角田
それ止めすぎなんですよ(笑)カセットテープ普通そんな潰れないでしょ?何回も止めて一言一句聞き漏らさない書き漏らさないようにするためには・・もう何かに取り憑かれたような・・

エムカク
そう思いますよ。僕、いま見てもちょっと引きますもんね。

角田
ねえ、狐に憑かれたとかありますけど、さんまに憑かれたっていうのは初めてですよね。これがでも、それまでもともとずーっと幼いころからさんまさんファンやって、ラジオも聞いててっていうことだった分かるんですけども。

エムカクさんの場合は後天的に20歳のときに急に天からの啓示のようにさんまさんの声が響いたんでしょうねえ、エムカクさんの心に。

一気に来たんですよね?こんなに書き起こすまでの。この書き起こしてるのはこの私が今持ってる大学ノートには「ヤングタウン94年」って書いてるんで。さんまさん好きになって1年ぐらいでしょ?1年で一気にここまで!?これすごいよねえ。何冊もあるんですよね、大学ノート?

エムカク
こちらは「笑っていいとも!」ですよね。

角田
ラジオ書き起こすって分かるんですけど、テレビを書き起こすっていうのはなかなかないですよ!「笑っていいとも!95年」これはさんまさんとタモリさんのトークとかを?

エムカク
そうですね。

角田
タモリさんの部分も書き起こしたですか?

エムカク
それはタモリさんの部分も書いてますね、確か。

角田
でもね、このときは別に Twitter もないわけで。エムカクさんは今、水道橋博士さんの「メルマ旬報」という媒体で「明石家さんまヒストリー」という連載をされているわけですけれども。そういうどこかの媒体に書く予定もないわけですよね?

エムカク
そうですね、自分がそれを読み返して楽しむために書いてたんですよね。

角田
アウトプットする予定もないのにこれだけインプットを?

さんまさんの発言を残すきっかけ


エムカク
で、それを続けていこうと思ったきっかけがあって。1996年の3月23日の「ヤングタウン」の放送があったんですけどね。

角田
エムカクさんの何がすごいって、この日付が正確なんですよ。

エムカク
この時はやっぱり特にこの回にさんまさんが「自分はもう本は書かない」ということを宣言されたというか・・俺はしゃべる商売やねんから、本で伝えるほど俺はやわじゃない」みたいなことをおっしゃって。

「ああ、この方は本を出されないんか」と思って、じゃあちょっとそんなんね・・僕はとりあえずその・・書きまとめて・・。

角田
だから記録を残す人がいないならば、自分が残しておかないと!と。

エムカク
記録を残そうと思った、まあそれも別に自分のためですよね。当時インターネットもないし、そういうことじゃなくてやっぱり自分が忘れたくない、覚えておきたい、知りたいっていうことから・・書き続けようと思ったのたぶん、そこ。

角田
96年の3月23日、でもこのこれまで3年ぐらいはずっと書き留めてたわけですよね?ここからじゃあ年表にしようっていうふうに思われたってことですか?

エムカク
そうですね、ちょっとずつ年表にしていって10年ぐらい続けてたんですよね。

角田
いま簡単に言いますよね?10年ぐらいそれを続けてたって、僕もフミヤさんにけっこう関心されたんですよ。司法試験9年かかったとか言うてたら。あっさり言いましたけど、10年ぐらいそのまま?

エムカク
そのままそれが続きましたね。まだだいぶ写経みたいに一言一句漏らさず書くということではなく、だんだん簡略化していくんですけれども。

2007年ですかね?10年前ですか?そのときにさんまさんの1年間の活動をそれこそ本当に年表形式にして・・

角田
もうテレビとかラジオとかのその年に出演した記録って言うことですかね?

エムカク
記録とか印象的な発言とかをまとめてた。それでその年の年末に「ああ、1年またまとまったな」と思って・・

角田
っていうことは、それまでも毎年まとめてはいらっしゃったと?

記録をまとめて直接見てもらうために新幹線に同乗


エムカク
そうですね、まとめだして。今まではノートに書くくらいだったんですけど、きちんとまとめるようになったんですね。

角田
その年ごとに?

エムカク
それでその年けっこう分厚く・・これぐらいの分厚さになったんですかね?塩田武士さんの「罪の声」ぐらい(笑)



角田
「罪の声」けっこうなハードカバーの分厚さでしたよ・・(笑)

エムカク
ちょうどそれぐらいだったと。

角田
いわば「さんまの声」ですよね?その2007年の1年分のまとめができあがったんですよね?

エムカク
できあがったんで「じゃあこれいっぺん、さんまさんに見てもらおうかな?」と。

角田
ご本人に?

エムカク
それでさんまさんに持って行ったんですよね?

角田
それはどこに?

エムカク
それがね、さんまさん今でも月に2回ほど大阪に来られて「明石家電視台」の収録をされるんです。帰りの新幹線って新大阪から東京まで帰りはるんですけど、その新幹線に乗り込みまして・・

角田
乗り込むんですよ!エムカクさんは乗り込まはるんですよね?他のファンの方もさんまさんファンってけっこう乗り込むんですよね?

エムカク
そうですね。最近どうなのかちょっとよく分からないですけど、その当時はやっぱり2,3人は乗り込みはってさんまさんのご挨拶するみたいな。

角田
だから「さんまさんの神対応」とかって言われてますけども。乗り込んできたファンの方にも親切に対応されるという。

エムカク
本当に親切に優しく対応してくれるんですよね。

角田
その2007年の年末に新大阪から乗り込みました。そしてさんまさんに1年の記録を持って行かれたわけですか?

エムカク
持って行ったんですよね。

角田
そのときのさんまさんの反応というのは?

エムカク
少し驚きはった程度で別にそこまで「ああ、そうか・・ほな、ありがとうありがとう」みたいな。

角田
まあでもね、その正味の話いろんなファンがいらっしゃると思いますけどその手のファンっていうのは初めてじゃないですか?

エムカク
どうなんですかね?それはちょっと分からないですけどね。確かにめくりながらちょっと驚いてはったのは確かに、驚いてはったと思いますね(笑)

角田
そりゃ「罪の声」くらいの分厚さの1年の記録をまとめているわけですから(笑)そのときはさんまさんはお一人でいらっしゃったんですか?

エムカク
そのときはたぶん隣に松尾伴内さんがおられたと思うんですけどね。

角田
それがさんまさんご本人との最初のファーストタッチというか?

エムカク
そこまで直接的に会ったのは初めてでしたね。

角田
いやすごいですね。そこからは毎年さんまさんの1年の活動記録をまとめるようになられたということですよね?

エムカク
そうですね、まとめるようになって。2009年に入ったぐらいなんですけど、ちょうどその当時は月単位で活動記録をまとめて自分でちょっと・・コラムみたいなのを添えたりして。

角田
エムカクさんが書いたコラム?内容はどんな内容ですか?

エムカク
「さんまさんと共演してほしい人」みたいのとかね・・なんかやってましたね、しょうもない内容なんですけどねえ。

角田
エムカクさんってアウトボクシングなのかインファイトなのか分からんというか(笑)そのこんだけ慎ましいというか、気を遣う方でありながら入り込むときは入り込みますよね。

エムカク
というのもやっぱり隣にいてはる松尾伴内さんが・・それを伴内さんにお渡ししてたんですけど。

角田
「月刊エムカク」ととりあえず言っておきましょうか。「月刊エムカク」を渡したら?

エムカク
それを渡したらすごく喜んでくれはって。

角田
たぶん2人で話してはるんでしょうね「また来た!」みたいな、そのときはエムカクとは名乗ってないわけですよね?

エムカク
名乗ってないですね。

角田
「あの例のファンが来たよ」っていう。

エムカク
それでまた持って行ったら「あっ、待ってました」みたいな(笑)

角田
それが2009年ぐらいからですか?それはいつも新大阪からの新幹線に乗り込んで・・どこまで乗って行かはるんですか?

エムカク
それは京都まで(笑)

角田
ここがエムカクさんのエムカクたる所以なんですよ!

エムカク
そう、本当に正味3分くらい話せたら良い方で。だいたい1分で済ますんですけど。

角田
何人かファンの方が乗っていらっしゃったら、まあ持ち時間というか暗黙の了解で。

エムカク
暗黙の了解で順番があって「ああ、あの方が終わったら行こう」みたいなのがあって。サササッと用事を済ませて帰ってくるというのを続けていたんですけど。

角田
決して名古屋までは乗らないと。

記録をまとめて分からなかったことを質問


エムカク
そこでね、いろいろまとめていくわけじゃないですか年表とかを。そこでさんまさんの経歴で分からないポイントとかが出てくるんです。

角田
エムカクさんは1993年からラジオとか聞かれているわけで。それ以前のエピソードっていうのは・・

エムカク
抜けているのがあったので、そこらへんについてちょっと聞きたいなあっていう思いが出てきて。

角田
当然、疑問が湧いてきますよね。それだけさんまさんのことが好きやったらもっと知りたくな利ますよね?

エムカク
知りたくなって、さんまさんに「ちょっと分からないところがあるんで、いつか直接質問させていただく機会をいただけないでしょうか?」と。

角田
それは2009年ですか?

エムカク
2009年ですね、もう7月ごろになっていたと思うんですけど。そういうふうにお願いしたら「紙に書いてこいや」って。

角田
質問を紙に書いてまとめてこいと?

エムカク
「まとめてこい」って言ってくれて「それを俺が書いたるわ」って言うてくれて。優しい!でもう、すぐに家に帰って・・

角田
それはあの・・「お前、なんで気になるんや?」とは聞かれませんでした?(笑)

エムカク
どうなんですかね?別にそんなんないですね。余計なことを一切しゃべらはらへん。

角田
聞いてくることには答えるっていう感じですかね?

エムカク
答えるっていう感じですね。「あっ、じゃあ書いてきます!」って言うて。家で作ってきたのがこれなんです。

角田
今、手元にあるんですけど。これも「罪の声」1冊分ぐらいありますよ!表紙にはこういう文字が書かれています。

「明石家さんまさんへの質問事項 よろしくお願いします。 生誕からヤングおー!おー!月1レギュラーになるまで編」

ヤングおー!おー!の月1レギュラーはこれMBS(毎日放送)ですよね?月1レギュラーになったのはいつなんですか?

エムカク
それは1977年からなんで。

角田
1977年って40年前でしょ?それまででこの「罪の声」の分厚さなわけでしょ!

エムカク
もうどうしても聞きたいことを全てぶつけてみようと思ったんですよね。

角田
これぶつけてますなあ!

エムカク
ぶつけちゃって!

角田
まあ冒頭どんな質問から入っているかと言いますと、エムカクさんの質問こう書いてあります。

「さんまさんは少年時代(奈良県○町)に住んでおられたこと毎日のように野山を駆け回っては手作りのゴムパチンコでスズメを打ち落として、スズメの丸焼きをおやつ代わりにして食べたり、モズ、キツツキ、ジなどを打ち落とす大会を開いて遊んでおられたようですが、野山の名称を教えていただきたいです。自宅近くだったのか?小学校近くだったのか?も合わせて教えていただければ幸いです、よろしくお願いします。」と。

エムカク
アホですね(笑)

角田
何を気にしてるんやと!これだからさんまさんがヤンタンとかでこういう子ども時代のエピソードをしゃべってらっしゃったわけですよね?「家の近所の山で遊んでたんや」っていう話を聞いてエムカクさんとしてはその山の名前を知りたい!と。

エムカク
そうです、詳細が知りたかったんでしょうね。

角田
「神は細部に宿る」と言いますから!なんでも細部が大事なわけなんですけれども。この質問に対するさんまさんの答えが「自宅の裏、裏山」・・・あっさりね裏山とだけ書いているんですけど(笑)これをでも書いて下さるというのが・・

エムカク
嬉しかったですね。本当に直筆で書いてくれてるんですよ。

角田
その山の場所をgoogleMapか何かで?

エムカク
googleMapですね。

角田
場所を特定しているわけですよ、地図を描いて。こういう子どものころからの細かいことを書いているんですけれども。詳細な質問に対してすべてさんまさんが直筆というかご自身で?

エムカク
そうなんです。

角田
これをお渡しになられて戻ってくるまで、この質問書といいますか?どれくらいさんまさんは持っていらっしゃったんですか?

エムカク
これね、たぶん約1ヶ月以上持っててくれて。ずっとカバンの中に入れて新幹線でちょこちょこ書いてくれてたみたいなんですよね。

角田
まあそりゃこの分厚さですからね。

エムカク
それで約1ヶ月後ぐらいに僕また新幹線に乗り込みまして、行ったら「おう、もうこれ書いてきたで」って言って「もう俺、目クラクラしたわ」言うてね(笑)新幹線でちょこちょこ書いていただいてたんですよね。

角田
新幹線ってモノ読んだら動体視力落ちる言いまっせ!

エムカク
申し訳なかったんですけどそれを書いてくれて「ありがとうございます」言うて。それでもう家帰って早速読んだらね、これめくるたびにタバコの香りがするんですよ(笑)

角田
さんまさんのタバコの!

エムカク
さんまさんのタバコの香りだと思うんですけど、ずっとカバンの中に入れててくれたからだと思うんですけどね。匂いが染みついている。それでもう嬉しくてねえ。

嬉しかったのと、この分厚さで質問してしまったのでちょっと申し訳ないなあという気持ちと・・。

角田
正直、匂いを鼻に近づけたりとかは?

エムカク
いやもう何回もして吸い過ぎて、でも1ヶ月ぐらいしたら匂いが薄まってくるんですよねえ。

角田
また「もう1回匂いつけて下さい!」ってさんまさんに言うのもね、それは流石にねえ。

エムカク
でもこんなに質問しているし、もう次の質問事項を渡せなくなったんですよね、申し訳なくて・・。

角田
じゃあこの質問書自体は「ヤングおー!おー!月一レギュラーになるまで編」で終わっているんですか、1977年で?

エムカク
終わってます、もうそれ以上よう頼まなかった。

角田
じゃあこの後の40年は直接?

エムカク
はい、もう自分で頑張ってできるところまで調べて、調べ切ってからにしようと。

角田
じゃあさんまさんのテレビ・ラジオでの発言でご自身でエムカクさんが回答を見い出して、その上で分からんことだけを

エムカク
聞いていこうかなっていうことなんですよね。

さんまさんの青春時代への興味


角田
いやね、すごいんですよ聞いていることが!先ほどエムカクさんと何年か前に「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」っていうイベントをしたんですけれども。

そのときにも話題になったんですが、なぜかねエムカクさんっていう人は特にさんまさんの青春時代へのこだわりっていうのが殊更にあるじゃないですか?

エムカク
うーん、やっぱりねえ。すごく興味がありますね。

角田
この質問票の中でも詳しく高校サッカーですよね?奈良商業高校のサッカー部で活躍されてたんですよね、さんまさんが?そのときの高校総体奈良予選で負けたときの対戦相手とそのスコアについてっていうのを執拗にさんまさんに聞いているんですよね?

エムカク
そこちょっとしつこいくらいに聞いていますよね?それねえ(笑)

角田
これなぜ気になるんですか?

エムカク
やっぱりすごくさんまさんが熱を込めて語ってくれているんですよね、ヤンタンでね。そんな割には例えばさんまさんのサッカー部時代の最後の試合というのがあって

その最後の対戦相手が天理高校とおっしゃてた。その対戦スコアが「3対1」って言っていたり・・

角田
負けたんですか、勝った?

エムカク
そこで負けて、準決勝で負けたっていうことなんですけど。それが違うヤンタンでは「3対2」って語ってはったり・・やっぱりちょっと変わってくるんですよね。

それは脚色で面白くするためなのか?記憶がちょっと薄れているのかちょっとよく分からなかったんですけど。「ちょっと、どっちなんやろうな?」っていう疑問が・・。

角田
もう気になって気になって仕方なくて?だってこの当時のサッカー部のことについてエムカクさんが質問されているんですけど。

「サッカー部キャプテン・ヤスダさんのヤスダはどのような漢字で書くのでしょうか?ポジションはどこだったのでしょうか?」ヤスダって漢字で優しく、漢字の安いの「安」なんですよね、「安田 左ハーフ」と。

「保田」の方やったらどうしよう?と気になったわけですよね(笑)

エムカク
すごく気になったんですよ!漢字で記したかったんでしょうね(笑)

角田
その年表にね、でもその当時は水道橋博士メルマ旬報「明石家さんまヒストリー」とかで書いているわけじゃなくて、自分の中で作っている「明石家さんま年表」の中で正確な漢字で記したいという願望でこれを聞いてらっしゃったということですよね?

エムカク
はい、そうなんですよね。

柳田コーチ執念のフィールドワーク


角田
それがすごいわ!そのイベントの中で話題になったんですがエムカクさんがおっしゃっていたようにさんまさんはラジオとかでは高校時代の最後のサッカーの試合で天理高校に「3対1」もしくは「3対2」で負けたとおっしゃってたのに・・

それがエムカク説というか通説みたいな形でさんまさんファンの間では定着していたんですけど、それを覆す事実をこの番組のコーチである柳田コーチが奈良のどっかの図書館で「大和タイムス」という地方紙のマイクロフィルムを発見して昭和48年当時の。

そこに記されていたのが高校サッカーの試合の結果も書いてあったんですよね。それが対戦相手はどこでしたっけ?

エムカク
それがね「奈良女子大附属高校」という。

角田
対戦相手自体が違うっていう。

エムカク
準決勝の対戦相手、負けた相手が天理ではなく「奈良女子大附属高校」だったんですよね。

角田
それでスコアが?

エムカク
スコアが「1対5」で敗れているんですよね。

角田
全然違うじゃないですか・・っていう事実を「演芸墓掘り人」と言われる柳田さんが掘り当てて、マイクロフィルムをね。あのときロフトプラスワンウエストでドヤ顔しましたよね、あの人ね。

エムカク
いやーもの凄かったんですねえ。

角田
「ドヤッ!」っていう顔をしてスライドで見せたときに・・そのときにエムカクさんがもう腰から崩れ落ちるように頭を抱えて「まさか!」みたいになって。その2人以外は「なんやねん、この・・」

エムカク
「どうでもいいわ!」みたいな顔されてましたね。

角田
その2人の情熱っていうのが・・そこの細部にこだわるのが・・

エムカク
いや本当にあれはすごい良いきっかけになりましたよ。本当にこういうところまでまで事実確認をキチッと怠ったらあかんねんなあと柳田さんに教えていただきましたね、あれは。

角田
そういうフィールドワークの大切さっていうのを学ばれたわけですよね?

ちょっとここで1曲行きましょうかね?「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」のときにエムカクさんは「1979年の明石家さんま」というテーマで発表をされたんですよね。

昭和54年のさんまさんが飛ぶ鳥を落とす勢いで関西で人気が出てきたころのさんまさんのことが大好きなエムカクさんが1曲選んでいただきました。

その年のさんまさんのデビュー曲ですよね?明石家さんまで「Mr.アンダースロー」



(後半に続く)

2018/04/15

乾貴美子が語る「私けっこういろんな学校に組体操を見に行ってるんですよ」

今回は2017年10月18日放送「ラジオビバリー昼ズ」
オープニングの一部を起こしたいと思います。


春風亭昇太(以下、昇太)
いやー、急に寒くなったり。

乾貴美子(以下、乾)
そうですねえ、私もう暖房つけちゃいました。

昇太
俺も石油ストーブ出したの。


もうそれ本域じゃないですか(笑)

昇太
もうね寒くなったんで「おー、来た来た!」と思って!石油ストーブが大好きだから(笑)だから1週間ぐらい前からもうスタンバってて。


じゃあ灯油も用意してあったんですか?

昇太
もう出してあって・・


早いなあ!

昇太
それでもって、磨いたりなんかして。


いつ来てもいいように。

昇太
それで芯の調節とかを、去年だいぶ使ったんで芯がちょっと短くなってるの。それをちょっと出したりなんかして。


メンテナンスが必要なんですね。

昇太
そうなんです、それでやりましたよ。


「よし来たぞ!」っていう感じで(笑)

昇太
でもまだ分からないからね。


そうですね、今日はまだちょっと陽が出て暖かいまで行かないですけど。まあコートはいらないかな?っていうお天気になっておりますが。

昇太
徐々に秋から冬へということですかね?

組体操も変わりつつある


雨続きで、昇太さんあまり関係ないかもしれないですけど。今、世間的には運動会シーズンなんですよ。

昇太
うん・・。


だから先週末運動会だった学校とかは・・

昇太
僕と運動会、関係あるわけないだろ!(笑)もう絶対!絶対ないだろ運動会!


甥っ子ちゃんのかけっことか見に行ったりとかないですか?

昇太
見に行かない!見に行かない!(笑)


じゃあもう自分の運動会以外行ったことないっていうことですよね(笑)

昇太
行ったことないですよ。運動会なんか見に行かないでしょ?運動会って自分の子ども以外は見ないでしょ、だって?


いやー兄弟の子どもとか・・

昇太
見に行く!?


行きます・・行くんじゃないですか?

昇太
運動会面白いの、あれ?


みんなでお弁当を食べたり、ちょっとしたイベントなんじゃないですか?

昇太
なんか・・まあそうか・・。すごい田舎の学校とか、その町に人が200人ぐらいしかいないっていうような小学校とかの運動会とかはなんか面白そうだけどさ。


あと、地域の有力者がトロフィー渡したりするところもありますよね?優勝旗とかね。

昇太
場所取りが大変だとかさ・・。


そうそう、じゃあ全然並んだこととか?

昇太
全然ないよ!


あの苦労は知らずに・・(笑)

昇太
俺が知らない学校の運動会に行ってみ?なんかそれこそ変態みたいなんじゃ・・(笑)


ざわ・・ざわ・・ざわ・・「あの人、来てる!」って。「カメラ持ってるけど!」って(笑)

昇太
「子ども撮ってるよ!」とか、俺すぐ連れて行かれちゃうわ!そんなの!(笑)


つまみ出されます(笑)

昇太
「関係者以外出て行って下さい!」とか言われちゃうだろ、俺!


確かに、1番立ち入り禁止ですね(笑)今、世間的には「組体操」問題が勃発していて。まあ事故が多いから・・。もう止めなさいっていう通達も来て、実際もう危ない技はやりません。「もう2段までしか組み立てません!」みたいなことも。

昇太
2段なんて組体操でもなんでもないじゃないか(笑)


でも今そういう学校が多いんですよ。もちろん、私立の学校とかは独自路線で何段も組み立てたりするんですけど。最近の組体操どうなっているのかな?と思って、私けっこういろんな学校見に行ってるんですよ、子ども出ていなくても。

昇太
それおかしくないかよ?(笑)


お友達の学校とか、けっこう見に行ってるんです。

昇太
友達に言ってるの?「最近、運動会ない?」って(笑)


そうそうそうそう(笑)それで「今日やってるよ!」って言ったら駆けつけて組体操を見てるんですけど。

やっぱり危険な技ができないから、各学校で趣向を凝らしていて。鼓笛隊と組体操を融合させたりとか?

昇太
言ってることが全然分からない(笑)鼓笛隊の人はまあ♪タンタカタンタタン!って出てくるよ。


そうそう、行進とかしましたよね?

昇太
やった、やった。


何の楽器やってました?

昇太
俺は・・たて笛。


ジャンケンで負けて、たて笛とか?

昇太
違う!実力でたて笛(笑)実力でたて笛だよ、そんなの!


トロンボーンとか大太鼓とか?

昇太
違うよ!そんな時代じゃないんだよ!


なかったんですか?

昇太
そうだよ!行進なんかそんなの、たて笛だよ!


なんか寂しいっすね、音小っちゃくないですか、たて笛?

昇太
みんなで吹くから大丈夫なんだよ!


だからトロンボーン吹いて、そのあと倒立とか。もう本当に先生たち今困っているみたいで。組体操をどうしていいか分からない。ピラミッドとかの見せ場がないから、だから他の要素をくっつけるしかない。

昇太
♪タッタカタッタッタって出てきて、楽器おいて倒立して(笑)


かなり斬新な組体操が行われていて、目が離せないんですよ!

昇太
今もうあれなんだ?今この時代の組体操を見なければ生涯こんなのを見ることができないみたいな?


そうです!今は過渡期なのでもしかしたら無くなっちゃうかもしれないです、組体操は。来年はもう無いかもしれない・・そんな時期なので。

昇太
じゃあもう鼓笛隊だけになるんだ?


その可能性はありますね。

昇太
倒立だけっていうのは、どうなの?


倒立だけとか、あとは本当1人の上に乗って終わりみたいなところも多いですね。

それで使う曲も鼓笛がないところは普通の曲かけるんですけど。最近の学校は流行歌をかけるんですよ。

去年だったら「君の名は。」の主題歌のRADWIMPSとか、あういうのがいっぱい使われていて。今年はやっぱり星野源さんなんですよ。どこの学校行っても「SUN」とかかかって、みんな陽気にやってるんですけど。

お友達の学校で組体操のときに星野源さんの「クレイジークレイジー」っていう曲がかかってて。それって「♪クレイジークレイジー おかしい頭揺らせ」って歌詞なんですよ。


すごいノリの良い曲なんですけど、みんなが組体操でジーッと我慢して微動だにしないで倒立とかしているときに「♪頭揺らせ」ってかなりシュールな・・(笑)もうちょっと先生、他の選曲無かったですかね?みたいな状態になっていたりして。

面白いですよ、だから見に行った方がいいですよ!

城跡をたどるのも大変

昇太
俺、行きたいけどさ。絶対!不審者みたいに思われるでしょ。独り者のさ、春風亭昇太がさ、カメラ持ってさ・・。

だってお城見に行くのでも大変なんだよ!城跡のところに学校が建っているのよ、けっこうな割合で。昔はそんなのさ、バリバリ通ってたけどさ今は学校の周りをぐるぐる回りながらカメラ持ってたらおかしいじゃない?


ダメですよ、不審者ですよ。

昇太
女子大になっていたりとか、女子校になっていたりするのよ。


じゃあ何か腕章でさ「報道部」みたいなのを付けて「日テレ」みたいなのを借りていったらいいんじゃないですか?

昇太
「日本城郭協会」のとか作ってもらおうかな、そういうの?


腕章付けて、それで「取材です!」みたいな感じで。

昇太
ただでさえ城跡って公園とかなっているところ多いんですよ。史跡公園とか城山公園とかっていう名前で。

それで俺は普通の公園の場所なんか見ないじゃん?雑木林の中に入っていって堀の後とか土塁を写真を撮っているんだから。だから雑木林に中からカメラを持った俺がニヤニヤ笑いながら出てくるとお母さんたちとか子どもの手を引っ張って・・


「あっ、あの人・・」って。

昇太
そうそうそう、もう夕暮れになっちゃって。お城行ったときに一回「ヒーッ!」って言いながら逃げたときが(笑)


昇太さん独身で一人で身軽にどこでも行けるように見えて、実はいろいろ不自由もなさっていて(笑)

昇太
実はいろいろ、お城も自由に見に行けないし運動会も行けないんですよ。

組体操の位置で人生が変わる!?


組体操とかやりました、昇太さん?

昇太
やったよ。


一番上ですか?

昇太
俺、小さかったから一番上。


あれどんな気分なんですか?私、土台だったんで。

昇太
もう一番上だから楽でしょうがないんですよ。ニヤニヤ笑いながら、友達の背中ぎゅうぎゅう踏みながら上にあがっていって。それでばーって落ちるでしょ?一番上は痛くないの全然、下がクッションだから。


ああー、崩れても安全に崩れれば大丈夫ということなんですね。

昇太
それとニヤニヤ笑って、友達とか下でしかめっ面しながら出てくるんだけどさ(笑)


あれ、膝痛いの知ってます?

昇太
膝は痛いだろうなあ、地べただもんな(笑)


そう、アスファルトとかすごい食い込んで。石とかはまったりするんですよ!知らないんですか!あの痛さ!

昇太
知らないよ!俺はいつも友達の柔らかい背中しかしらないもん。組体操大好きだもん。


そのころからもう・・

昇太
人の背中でいい気になるっていうそういう人生なのかな(笑)


高いところから見物してる感じですか?

昇太
やっぱりいい気になることが多いからね。この間、清水エスパルスに呼んでもらってさオープニングセレモニー出てきたのさ。

すごかったよ、もうエスパルスサポーターにすごいちやほやされているから。すごい声援をしてくれるのさ。ピッチ立ったら2万人入っていて、1万5千人くらいはエスパルスサポーターだから。

1万5千人ぐらいの人に「うぉー!」とか「昇太!」とか言ってもらうと、もう歳が2歳くらい若返ったの、シワとか無くなったもん。あとでカガミ見たら。髪の毛の量も増えたような気がしてるぐらい。


確かに今日、目がイキイキしてます。先週までちょっと目がうつろでした。

昇太
どろーんとしてたのにさ、本当ありがたかったですよ。


いいですね、組体操でも一番上に乗って良い気分になり・・

昇太
エスパルスサポーターの皆さんにもお世話になり、ありがとうございますみたいな。その代わりジュビロサポーターからはだいぶブーイングだったけど。


そりゃそうですよ(笑)

(了)

2018/03/26

作家・大沢在昌が語る「『新宿鮫』を出すまでの間の11年間まったく本が売れませんでしたから」

今回は2017年12月1日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」大沢在昌さんの回を
起こしたいと思います。


大竹まこと(以下、大竹)
はい、ようこそいらっしゃいました。

大沢在昌(以下、大沢)
どうもこんにちは、よろしくお願いします。

大竹
大沢さんは趣味に遊びにいきいきとしていらっしゃいますね。

大沢
そんなことないですよ。もう仕事にあえぎ、お金がなくて・・酒場でお金を使いすぎたり、ゴルフでお金を使いすぎたり、道具にお金を使いすぎて・・もうひたすら書いて、書いたそばから右から左にお金が出ていくという。

大竹
書いたものの、銀座あたりの酒場で落とすお金ってどう・・比重・・

大沢
何を言わせたいんですか!(笑)

大竹
どのくらい?

大沢
もう今は本当に昔に比べると。

大竹
昔はもう毎日でしょ?

大沢
まあそうですね、昔はあの風営法が実は大きなテーマなんですけども。今は風営法がすごくうるさくなって隣に座って接客する・・それは女性でも男性でもそういうお店は午前1時までっていう決まりがあるんですよね。

銀座はもう昔から12時1時でピタッとお店終わるんですけど。まあバブルとかその後ちょっとぐらいまではだいたい六本木では3時ぐらいまで飲み屋さんがやってたんです。

大竹
だからあのころは銀座で飲んで、そこから六本木?

大沢
銀座で終わって、そこからまた六本木に行くということはダブルでお金がかかるわけで。それでお金を使って、だから今に至って全くお金が残っていないという状態なわけですよね。

大竹
あのね、あのころ銀座で呑んだ方たちが六本木に行くときにタクシーはみんな5千円とか1万円とか札で・・バブルのころはそうやってね。俺そのころちょうど銀座でラーメン屋の出前持ちやってたもんですから。そういうお客さんをずーっと見てて。

大沢
なんていうラーメン屋さんにいたんですか?

大竹
天下一ラーメン、行ったことあると思いますが高いラーメン屋で。

大沢
高いかなあ?(笑)

小説家を主人公にした「覆面作家」


大竹
まあ皆さんの感覚とちょっと違ったと思います。さて今回は「覆面作家」というご本をお書きになりました。ちょっと参考資料を読ませていただきましたが、どの話を・・これは短編が詰まっているんだけど、室井はどれを興味深く読みました?



室井佑月(以下、室井)
私が一番好きなのは「確認」、すごい全部面白かったんですけれども次に自分の好みでいいんだったら「大金」。

大沢
みんな飲み屋の女性が絡んでいる話だよね。

室井
そこもなんかやっぱり大沢さんのことを思い出しながら・・

大沢
思い出しながらって別に付き合ってたわけじゃないから、やめてくれる?そういう言い方すんの(笑)

室井
なんかスリムな身長の高いホステスさんが好きなのかな?とかって。

大沢
ああ、そうですね。まあホステスさんに限らず女性はスリムな方が好きです。

大竹
まあ本からでもその辺のことはちょっとうかがえるところはありますよね。で、大沢さんは昔とちょっと考えが変わってきたと?

大沢
いや、まあ言い訳なんですけど。この「覆面作家」という作品集は主人公が作家、それもハードボイルドミステリーを書いている「私」という名前はまあそこには出てこないんですけども。まあ「○○」というふうに伏せてあって。

読む人がだいたい私とかぶるだろうと思わせるような書き方をしているわけですよね。作家を主人公にして小説を書くって当たり前ですけど世の中の職業で一番よく分かっているのが作家なわけですから。それも昨日今日始めたわけじゃなくて、もうじき40年になりますから私も、まあ安易じゃないか?と。

普通は例えば警察官を主人公にしようが新聞記者を主人公にしようが、俳優を主人公にしようが、その業界のことをちょっといろいろ調べて。ちょっと泥縄ですけどその知識を作品の中に散りばめて書く、それがまあ仕事っぽいところではあるんですえけど小説家は。

この小説家を主人公に書いてしまえば、そのまんまベタで書けるんで「ちょっと安易だな」と思って小説家を主人公にしたものを書いたことがなかったんですね。もう100冊くらい出しているんですけど。近い例えば漫画の原作者とかは書いたことがあるんですけど。

ただ今回のこの話は一番最初に出てくる「幽霊」という作品が面白いネタがあるからと言って推理作家のところに持ち込んでくる男がいて。そのネタがあながち嘘とも思えない、社会のアンダーグラウンドの中でそういううごめいている集団がいるみたいな話で。

その集団のことをアイデアとして思いついたときに、普通に例えば私が他で書いている「新宿鮫」とかあういう刑事を主人公にした話で書くと「これはけっこう大変だな」と実態を描くのは。ちょっと雲をつかむような話なんでね。

その雲をつかむような話だということしか書けないとしたら一番分かりやすいのは作家を主人公にして、そこに持ち込みがあったというふうが一番安易ですけど分かりやすいなと。

これを1冊にするまで自分がこれをシリーズで書くっていうことを全く思ってなかったんですよ。たまたまその「幽霊」というのを書いて、そのあと割と面白いっていうんで「あんなのを他に何本か」って言われて「村」というのを書いて。そうするとだんだんスケベな根性が出てきて「1冊分書くか!」と(笑)

「私シリーズ」って編集者とは言っていたんですけども、「私シリーズ1冊分書こうかね」と言って開き直って推理作家を主人公にしないと書けない・・「確認」とかそういうのはあれですけど、例えば・・なんだっけ、忘れちゃったなタイトルを・・古いものが多いから。

この「覆面作家」であるとかそういうのは、もうあえて意識して小説家が小説家の話を書くというかたちにしました。

大竹
そうなんだ、そこは今まであんまり楽ちんすぎるから避けてきたところで。

室井
だってもう100冊出されてるんだから、最初の1発が物書きの話で。2発目も物書きのっつったら「あれ?」って思いますけど(笑)

大竹
でも俺も読ませていただいたんですけど、やっぱりすごいなと思うのはどの書き出しも何気なくものすごい風景描写とか人を引き込むようなディティールとか、書いてないんだよね?そんなんじゃなくて・・

室井
そう、1日に1編ずつ読もうと思ったんだけど、気付いたら全部読んじゃってた(笑)

大竹
そうだよね。これはちょっと短編で分かれているのもあるんだけど、けっこう気楽な感じで読める本だよね。

室井
だけどなんかすごいリアルでした。

大沢
そこはやっぱり書いた人間の顔が思い浮かぶようなつくりになっているんで、まああちこちでも言ってるんですけど。ここに出てくる小説家に日常は本当にリアルです、そのまんま私ですと。ただし、そこに襲いかかってくる事件というか、あるいは関わってくる美女とか全部フィクションですと。実際はそういう華やかのことも怖いこともなにもなく、ただ日々淡々と過ごしていますと。ただ生活だけはリアルです。

室井
「確認」とかって本当にすごい、殺し屋が本当にそういうふうに身近にいるんじゃないかなって思っちゃった。

大沢
いるわけないじゃない!(笑)

大竹
でもこれで女性の作家の方が登場するやつがあるじゃないですか、美人の。この番組に旦那さまが作家で奥様が官能小説家って方が来たんですよ。その女性がすごい綺麗だったんですよ、それとちょっとダブってきてね。

大沢
その旦那さんは生きてらっしゃるんですか?

大竹
まだいる、まだって言い方は失礼だけど(笑)まあそういうこともあって・・リアルじゃない話も設定はリアルなんだけどリアルじゃない話が入ってくるのも番組やってたときに日常の中にリアルじゃないことがストンと入ってくるんだなっていうふうに思ってね「ああ、そうか!」と思いましたけども。でもこの本は何冊目?

大沢
いやたぶんね、ちゃんと数えたことがないんで分かんないんですけど。たぶん100冊目を超えたぐらいなんじゃないかな?と思うんですよね。本の数え方って例えばエッセイを入れるか?とか小説だけで数えるか?とかあるんで。たぶん小説だけでちょうど100かその直前ぐらいかなと。それは事務所の人間が数えてくれているんで、僕はあんまりそういうのを気にしないんで。

大竹
「新宿鮫」のシリーズって何作まで?



大沢
あれは短編集も入れて11作です、だからまあ1割ですね。

大竹
「新宿鮫」はどうするんですか?まだ・・

大沢
来年の頭から長編で言えば第11作目になるんですけど、連載開始する予定でおります。オオカミ少年って言われちゃうんですけどいつも「来年書く、来年書く」ってもう最後のが2011年ですから、もう6年書いてないんで。

大竹
うちの女房は大沢さんの本が大好きなんですけど、このシリーズをとても楽しみにしておりまして。ぜひ書いていただきたいと思うんですけど。

大沢
ありがとうございます、頑張ります。

『新宿鮫』までの28作品・11年間は初版だけ


大竹
大沢さんは今までけっこうラッキーな感じで物書きになっちゃった・・

大沢
そんなわけないじゃないですか!(笑)

大竹
いやでも他の人みたいにド貧乏のどん底みたいなことはあんまり・・

室井
そういうイメージ全然ないや。

大沢
いや売れない苦労をしてますよ。

大竹
そうですか!?

大沢
23歳でデビューして、まあデビューこそ早かったんですけど。今は若いデビューっていうのはけっこう話題になったりしますけど当時は逆に特にハードボイルドですから「あんな若造が書いたもの・・」っていう感じで評論家にも相手にされないですし。

僕はそれで言うと79年デビューして90年に「新宿鮫」を出すまでの間の11年間、作品でいうと28冊まったく本が売れませんでしたから。

室井
そんなことイメージにない。

大沢
今の時代だったら、そんな28冊も売れない作家なんかすぐに消えているんですけど。当時はまだ出版界も景気が良かったんで。まあなんとなく養ってもらえたんですね。

だからもう本当に本屋さんに行って、その月の新刊で今月僕の本が出ているのに僕のだけ無いんです。だから「なんで無いんだろう?」と思って聞いたら赤川次郎さんの台にされてて。赤川さんの本が全部売れると俺の1冊目が・・あんまり言うと赤川さんが悪いみたいだから申し訳ないんだけど(笑)要は売れる作家のためにスペースしか本屋さんは空けないよっていう。

大竹
それはちょっと切ない話ですね(笑)赤川さんの本を全部買っちゃえばね・・自分で(笑)

大沢
そうなんですよ。それは僕、大赤字じゃないですか(笑)

室井
でもすごい!最初から平置きにされるだけですごいですよ。

大沢
いやいや、だからそれがされないからそうなってるわけよ。本の量が今より少なかったから、今は例えばよく言うんですけど100万部の売上げを立てるのに簡単な言い方をすると100冊本を出して1万部ずつ売れて100万部。かつてはそういう意味では100冊出さずに50冊ぐらいで100万部の売上げが立つっていう時代だったんですね。

それがどんどん売れなくなったもんだから、出版社もどんどん本のアイテム数を増やしてきて売上げだけ維持しようとする。それがまあ逆効果になっているというか・・1冊1冊が売れなくなる原因にもなってますし。

だから本を作り過ぎないで欲しいっていうことはよく言っているんですけど、まあでもいずれこのまんま行くと出版界っていうのは完全に破綻に向かって進んでますからシビアな言い方をすればもう10年以内に本屋さんも出版社も作家も3分の1から半数ぐらいは消えるってやつ、僕自身も含めて生き延びられるっていう保証はない。

室井
けどそうかもしれないです。お友達だった同じような職業の人がみんな田舎に帰ったりとか。

大沢
まあ廃業したり、作家のつらいところはタレントも同じだと思うんですけど「元」っていう肩書きがないんで気が付いたらいなくなってる。「そういえば昔いたよね?大沢在昌って。最近どうしてるのかね?」って「なんか八百屋で働いているらしいよ」みたいなそういうことですよね。

大竹
でも若いときから売れたんじゃないんですか?イメージとしては。

大沢
僕はだから28冊ずーっと本は初版しかなくて、そのころたまに珍しいファンだっていう人に会うと「僕は大沢先生の本は全部初版で持ってます!」って言われると「俺の本は初版しかねえんだよ!」ってふてくされてたっていう(笑)

若い人への言葉「自分を諦めるな」


大竹
2刷りがないから、全部初版だっていう。でもいろいろ経験をお積みになっていい言葉だなって思うことをおっしゃっていて「自分を諦めるな」っていう意味合いのことをおっしゃっていて。

大沢
若い人によく言います。

大竹
それはどんな言葉ですか?

大沢
今の若い人って本当に・・まあ言い方は悪いけど、最初っから無理をしない。諦めてる。身の丈に合う生き方をしようとする人が多いと思うんですね。

もちろんそれはケガはしないかもしれないけれども、若いときに冒険しなかったらもう冒険できるときなんか無いですから。大竹さんも当然そうだったと思いますけれども、若いころは背伸びをして突っ張って。後から考えるともう恥ずかしくてやってられないようなことを平気でしてたじゃないですか?

大竹
はい、人に言われるとけっこうこれでも堪えるタイプですけれども。「してた」ってもう決めつけですからね。

大沢
だってそういう顔してますから!大竹さんも。

大竹
まあ本当に今、女房がVHSみたいなやつをちょっと俺も年だから若いころのをDVDに整理してるんだけど。大沢さんに言われた通り、本当若いころ自己顕示欲のかたまりみたいな・・。

室井
外に遊びに行ったりとかしないんですよね、若い子。

大沢
そこに話を振っちゃうとちょっと飛ぶけど・・。だから若いときっていうのは無茶する、背伸びする、そのときは自分は格好良いと思っているけど後から考えると無茶苦茶格好悪いんだけど・・大人から見るとね。

大竹
しかもその上、後先も考えてない。

大沢
だから大ケガもしたかもしれない。たまたま大ケガしないで済んだっていうだけで。でもそれをやれるときにやらなかったらやれないじゃないですか?だからそれを含めて「自分を諦めるな」っていうのは自分の中にある可能性っていうものをとにかく自分で決めるなと。

「俺はここまでの人間だ。これ以上にはなれない」とかそういうなのを決めるなよと。やってやってやってダメだったらそれはしょうがない。そういうこともある人生には上手くいかないことの方が多いんだから。

大竹
20年先に花開くこともあれば、40年先にそうなる可能性もあると。だから諦めるなと。

大沢
最初に諦めちゃったら、もう絶対そこから先はないんで。

大竹
ダメでもダメで、またそれはそれの・・

大沢
それはしょうがない。でも後で「俺はあのとき、やれるだけやった」って少なくとも自分には言い訳できるじゃないですか?それをやらなかったら自分に言い訳すらできないんで。それは寂しいなって思うんですよ。

大竹
でも子どものころから、後にも先にも1回だけお母様におっしゃった言葉あるそうですね。「俺は天才なんだから、絶対可能なんだ!」と。

大沢
そういう古いネタを振ってくるの嫌だな(笑)まだ全然デビューする前で、これは父親がガンで余命幾ばくもないときに僕が小説家になるという夢を捨てないっていうんで母親が「お父さん死んでも死にきれないから、嘘でもいいから『諦める』って言え」って言われて、「いや、諦めない」って言って。

「あんたが作家になるなんて誰が決めたのさ!」って言うから・・それは世の中の誰も知らないし、でも自分を信じるしかないじゃないですか?だから「俺には才能がある。だから俺は絶対作家になるんだ」って言ったら、もう完全に「あっこの子おかしくなったわ」っていう顔して見られてのを覚えてますけどね。

大竹
お母様に?「普通の精神状態じゃない!この子は。もうちょっといっちゃってる」と。

大沢
でもそう自分で自分を信じてやらなかったら、よく作家志望の人に講座とかで・・例えば教室に50人いて「みんな自分は才能があると思ってるでしょ?」と。「それを信じなきゃ誰も作家になれないよ。でも99%は錯覚だからね」と言うんですよ。

でも自分がまず自分を信じなかったら絶対なれないから。でも錯覚だっていうこともあるからそれに気付くことも、あるときあるかもしれない。それまでは信じなさいよと。

大竹
あるとき「やっぱりこれ随分やってきたけど限界だな」って思うときありますよね?

大沢
あります、僕自身も何回かそういうときがありました。まさに「新宿鮫」の前の作品を出したときに周りの北方さんだとか逢坂さんとか仲間たちがどんどんブレイクして文学賞を取ったりベストセラーを書いているときに、僕だけいつまで経っても鳴かず飛ばず。

28冊目の本に1年半をかけて自分のできる最良のものというのをブチ込んで書いた。これが例えば1回くらい重版しないかと。落ちてもいいから何か文学賞の候補にならないかと。ところが全くダメで、そのときはキツかったです。それはもう「俺はもうダメかもしれんな・・」ってそのとき一瞬思いました。

大竹
それで精魂込めたのが28作目で・・

大沢
それでやけくそになって書いたのが29冊目の「新宿鮫」なんですよ。だからタイムラグっていうのはあるんですよね。努力っていうのは必ずそのとき答えが出るわけじゃないなっていうのも学びましたし。

大竹
でもその28作目で全部命がけで書いた本が売れなかった・・

大沢
全く売れない、話題にもならない、文学賞の候補にもならない。「なんだよ!俺のことなんて結局誰も見てないんだな」と。それプラス「俺の書いたものなんて、そこまでの価値がないんだな」ってそのとき思いましたね。

28冊目っていったら、そこそこの量じゃないですか!?一応、玄人っていえる量ですから(笑)2冊目、3冊目っていうわけじゃないんで。

大竹
それが29冊目で、本当に人生って分かんない。

大沢
だから28冊目がダメで諦めて「作家辞めてもう八百屋になるわ」って言ってたら「新宿鮫」がないわけですから。だから僕しばらく「新宿鮫」っていう本を自分が書いたっていうのは夢じゃないのか?と。自分が売れたとか賞をもらったっていうのは妄想でまだ相変わらず俺は売れなくて、そういう夢を見ているんじゃないかと思って。

原稿を書きながら自分の横に自分の書いた本を置く本棚があるので、そこを見て「新宿鮫」があるのを見て「ああ、夢じゃなかった本当だったんた」っていうのが4、5年そういう日々があります。

大竹
へええええー、人によってそれが34歳で迎えるか?60歳で迎えるか?は分からないよね。今日は本のご紹介なので良いお話もありがとうございました。

大沢
とんでもないです。

(了)



2018/03/06

倉田真由美が語る「中村うさぎの話にとっても考えされられた介護の話」

今回は2017年11月27日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
オープニングの一部を起こしたいと思います。


大竹まこと(以下、大竹)
くらたまさんは何か今日はちょっと話したいことがあるとおっしゃってたけど・・。

倉田真由美(以下、倉田)
そうなんですよ、すごく考えさせられるお話だったんですけど。私の長年の友人の中村うさぎさん、作家のね。身体を悪くしてだいぶお休みになったりしてましたけど。

大竹
一時は生死をさまよったよね。

倉田
でもここ最近はすっかり元気になられて、とはいえまだ歩くことはまだあんまり杖をつきながらでないとできないんですけれども・・リハビリもしないし真面目にね。

大竹
しないんだ。

倉田
しませんね!あの彼女は。「しなさい!」って言われててもしないんですけど。その彼女のトークショーに私もゲストで呼ばれて彼女が話していたことがとっても考えさせられる話だったんですけど。

うさぎさんのご両親ってもう80代かな?お母様の方が認知症が始まってしまって、すぐ理不尽なことで怒るんですって。症状でありますよね?例えばもう「私のお金を盗った」とか「お財布隠したでしょ?」とか。

大竹
猜疑心(さいぎしん)も強くなる時期がありますからね。

倉田
そうなんですよね。それでそのうさぎさんとご両親って一緒に住んでないんですよね。もう何十年も一緒に暮らしてないんですけど、ときどき会っていて。

その会ったときにうさぎさんに対してものすごく理不尽なキレ方をしたらしんですよ、お母様が。うさぎさんも分かってるから病気だって最初は穏やかに話していたらしいんですけど、なかなかそれがもう「辛抱できん!」みたいな感じの。

「言いがかりにも程がある!」みたいな。しかも割と言葉は達者なままのようなので分かってはいるけど言い合いみたいになってしまって。それお母様の方が怒っちゃって暴れちゃってどうしようもなくなったらしいんですね。

で、そのときにお父様が「分かった分かった、よしよし」ってお母様をギュッて抱きしめたらしいんですよね。そんなことをしているのを1回も見たことがない。長い人生、父親が母親を抱擁するなんて性格的にもあり得ないし「もうこんなこと今まで見たことがない」っていう・・

そのギュッと暴れて怒り狂ってるお母様を抱きしめるお父様を思ったらしいんですけど・・で、これ愛の話としてこういう話をしたんじゃないですよ。話にはまだ続きがあって。

お父様に認知症のお母様について話したときに「あれも俺の試練だと思ってる」って言われたらしいんですよ。うさぎさんのお父様って大手の商社マンでエリートサラリーマンだったんですけどもう退職されて・・それで退職されてからクリスチャンになられて、教会に毎週通ってるらしいんですよね。

大竹
商社マンでいらしたころは入信はしていなかった?

倉田
そこまで熱心には・・ただキリスト教的な考え方っていうのはずっとあったみたいですけど。仕事を辞められてから毎週教会に行くようになって、そのうさぎさんの言っていた話が愛の話としてじゃないんですよ。

お父様が今支えになっている本当に理不尽なことがすぐにキレたり大変な奥様を世話している。その支えになっているのが宗教だっていう。愛じゃなくて宗教が支えになっていて、その宗教を必ずしも礼賛するわけではないけれど。

でも彼にとって宗教が救いになっているんだ・・宗教があるからそこで暴れるお母様を抱きしめたり受け入れることができている。そうやって、ともすれば本当に倒れたくなるほどの大変なことじゃないですか介護って特に老老介護なんて。

まあ老老じゃなくても大変だけれども介護は。そのときに支えになるものが愛情だったら一番もしかしたら良いのかもしれないけれども、必ずしも愛情じゃなくても支えてくれるもの?それがそのお父様の場合は宗教なんだけど。それがあるとすごく楽になるんだっていうお話をされていて「うーん、なるほど・・」と思って。

大竹
だから「試練」っていう言葉を「これは私にとって試練だ」っていうふうにおっしゃったわけね。まあ愛の話に・・たぶんなったと思われるのはそれもちょっと違うっていうふうにお父様は思われたんだろうね。

倉田
そうだと思いますね。

大竹
日本人の人は無宗教が多くて、俺は本当に思うのは世界でもこの国でも大きな1つの緩やかな宗教があったらなあといつも思ってるんだけどね。ただ宗教も先鋭的になって分裂を繰り返していたりするわけだよね。

聖地を巡って争ったりするわけだよね?そこが人間的なんだろうけども、なんか1つの大きな緩やかな・・だからそういう意味では日本は豊かな感じなんだよね?まあ八百万の神だからね。良いときだけちょっと信じて、結婚式はキリスト教で挙げて。

倉田
まあ自由ですよね。それで仏教のお墓に入ったり。

大竹
それで正月には神社に行ってね・・何してるんだっていう感じはするけども(笑)

そのもうちょっと年寄りの認知症が進んだり、それから猜疑心が強くなったりっていうことを個人的に受け止めるんじゃなくて世の中で認知症の症状とかたくさんもっと分かって「こういうことなんですよ」っていうのも必要だよね?

倉田
もうちょっと広く知られることは大事ですよね。

大竹
いやー考えさせられる話で。

倉田
なんか介護の話っていうと、どうしても愛の話みたいな感じになるけれど・・。

大竹
まあ今の話のように正直現場は愛だけじゃやってられないでしょう。

倉田
そういう方もいっぱいいると思うんですよね。

大竹
くらたまどっか宗教に入ろうかな?とか思ったの?そういうわけじゃないの!?(笑)

倉田
違いますよ!私は全然、何も無宗教のままだけど(笑)

大竹
いやでも自分がそういうふうになったときのことを考えて・・

倉田
違いますよ、私は全然無宗教なままだけど。

大竹
でも自分がそういうふうになったときのことを考えて・・

倉田
でもだから何かやっぱりその自分の信念なり支えになるもので行動するんだと思うんですよね。なんだろうな?その対象に対する愛じゃなくても例えば愛する子どもに迷惑を掛けたくないとか。なんか動機はいろいろ人それぞれあっていいと思う。

太田秀明アナ(以下、太田)
たぶん自分を支えてくれる何らかの理由はみんな一生懸命探すんだと思うんですよね。愛情だったりとか過去のパートナーに対する罪滅ぼしたっだりとか、社会的な責任感だったりとか、宗教的な考え方だったりとか。

それで見つけて支えられる人はそこになんとか縁(よすが)を持って頑張るっていうことができるっていうのは良いのかな?というふうに思いますけどね。それが見つからないと苦しんだと思うんですよね。

倉田
そうですよね、必ずしも見つかるっていうもんでもないですからね。こうすれば見つかるってわけじゃないし。

大竹
老老介護だとか介護離職だとか特別養護老人ホームだとか、それからお金もかかるしね。若者の問題も別にあるとして、年寄りもなんかアレだよね?周りの環境は厳しいじゃない?

まあ俺なんか汚辱にまみれた清濁併せのんで今日まで来たわけじゃん?いろんな良い面も悪い面も、俺自身にもダメなところも悪いところもあったわけじゃない?過去を反省するじゃん?

それで近ごろ本当に思うことはね、この場所にいるからか?こうやってラジオで話しているせいだとかそれはよく分からないけれども。なるべく偽らずに中村うさきさんじゃないけども清廉な方に近づきたいなと。

そりゃ行かないよ?オムライスを食えば「あいつの方がデカいのはなんでだろう?」とかね。ほんの大したことじゃないのに取っ替えてみたら大きさが一緒だったとかね。実際にそんなことをやっているわけだ俺は。「ちょっとオムライスを交換しろよ!お前のと」みたいことをやってるわけだ。

1つのテーブルで争ったりもしつつ、ただなんか大命題として俺もくらたまと一緒で神様はいないわけだから。何か自分の中で決めるのかねえ?なんかこうちゃんと神様じゃないけど、もう1人の自分はいるよね?

倉田
そうなんですよ!神は見てないけど、自分は見てますから。

大竹
神は見てないけれども、もう1人の自分がいるわけだよ。だからもう1人の自分がそれは例えばゴルフのスコアでも、あのときの発言でも何でも良いけど「お前、ああ言ったじゃないか!」と。それをちゃんと全うできるのか?と。「あのときあんな格好良いこと言っといて!」っていうもう1人の自分はいるよね?

倉田
いますね。

太田
まあそれでいいんじゃないですかね?ひょっとしたらそういうことなんじゃ無いですか?第三者の目があるっていうことが宗教だったり神だったり仏だったりっていう。

大竹
いやだけどね、この年で思うけどやっぱし自分の周り半径3メートルぐらいしか見えてないわけだ。そんなに遠くが見えるわけじゃないからね。なるべく半径3メートルで正しいことでも遠くから見たら「お前、完璧に間違ってる」ってこともあるわけだからね。その辺のことを、その中村うさぎさんはそういうことを見て話されるのもあの人やっぱし清廉だよね?


倉田
あんなに正直な人、私は知らないです。

大竹
だからあんなに苦しんだんだよねえ?自分が間違ってないかね、ちゃんとデリヘルでもなってみたんだもんね。

倉田
そうですね、いろいろ体験されました。

大竹
そういうことも体験しつつ、ものを書いていこうとする・・あの人を支えている押している大本のものが・・いや世間には波風を立ててるよ。立ててるけど、俺なんかにはとっても良いなと。まあ憧れとしてね、できないけども・・思うよね。

倉田
私もそう思うな。本当に正直な人だから。必ずしも正義の気持ちで正直っていうことではないのかもしれないけど。でもデリヘルのときは本当にいろんな方にいろいろ嫌なことを言われたらしいですよ。そんなことを・・特に男性に。

大竹
そこはもう分からないところだからね。ちょっと難しい話だけど・・・すぐ忘れちゃうんだよね。こんな良い話したのにな。でもほんのちょっと心の隅に残しておきながらお仕事しましょうか。

(了)

2018/02/25

漫画家・沖田×華が語る「10代でアスペルガーって言われても何のことがさっぱり分からないんですね」

今回は2017年10月30日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」沖田×華さんの回を起こします。


倉田
本日のお客様をご紹介します。発達障害であるご自身の日常をコミカルに描いた漫画「とことん毎日やらかしています トリプル発達障害漫画家の日常」が現在好評発売中。漫画家の沖田×華(おきたばっか)さんです。



沖田
よろしくお願いします。

倉田
よろしくおねがいします、お久しぶりです。

大竹
漫画は面白いけどもどこから話せばいいのかねえ・・すごい経歴で、沖田さんは学習障害で注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群だよね?

沖田
はい。

大竹
それで看護婦をしてたんだけど辞めて性風俗で働き始めたんだけどソープランド以外のあらゆる風俗で働いたんだけど、あるとき「お前の考えていることは面白い、漫画家になれ。絶対向いてるから」って言われて26歳のときに漫画家になったんだよね?

沖田
そうですね、なんかすごいなこれ(笑)

大竹
ちょっと驚くよね?

倉田
でもそのいろんな経験が彼女の漫画にすべて活かされているんですよ。私、沖田さんの漫画のファンで割と著作を持っているんですけど本当にすごいですよ、すごい!なんて表現していいか分からないですけど。実は私、最初の沖田さんの「こんなアホでも幸せになりたい」の帯を書かせていただいたんです。

沖田
そうですよね、ありがとうございます。

倉田
一番最初の単行本。

大竹
いいタイトルだねえ。

倉田
本当にめちゃめちゃ過激な本だったけど、すごく面白くって。「あっこの子本当に面白い。絶対に売れそうだ」と思っていたらでも本当にいつの間にかすごく売れっ子に。

大竹
看護婦になったんだよね?それでやっていたら患者さんの顔とか名前が覚えられないと。自分は国家試験に受かって頭は悪くないはずなのに仕事ができない。先輩から「死ね」なんて言われちゃうんだよね。

沖田
それで本当に死のうとするみたいな(笑)

大竹
この自分の持っている病気の特性みたいなことはいつごろから分かってきたんですか?

沖田
小学校のときに学習障害と注意欠陥多動性障害っていうことを親に言われたんですけども。子どものときってよく分からないというか「学習障害って勉強ができない頭が悪い子どもなんだな」みたいなふうに考えていたんですね。

倉田
それは診断を受けたんですか?

沖田
そうですね。というのがあって、周りにそういう友達もいませんし・・そもそも人間の友達があまりいないっていうか(笑)いつも石とか木に話しかけてるみたいなそういうのがあって。

学生のときはまだ良かったんですけど、なんか社会に出てからが今度アスペルガー症候群っていうのがこれも中学生のときに診断されたんですけれども。やっぱり10代でアスペルガーって言われても、何のことがさっぱり分からないんですね。ただ私、血液型がB型だからずっと「これはB型の血液型だからいい加減なんだ」と思ってたですけど(笑)

実はそうじゃなくて社会に出て看護婦の仕事をやったときから、先生の言っていることが理解できないとか、婦長の言っていることが分からないみたいなのがすごくしょっちゅうあって。

「これは何かおかしいぞ?」と思ってたんですけども、それをまだ説明できるスキルがなくてですね。どんどんダメな看護婦みたいなふうに落ちていくと。

大竹
症状でちゃんと名前を言って「取って下さい」っていうのは分かるんだけど、「あれ、取って」とか言われちゃうと?

沖田
分からない。「ここにあるでしょ!」って目の前のものが分からないんですよね。

大竹
「ここ」が分からない?

沖田
これしかないのに「えっ、どこだろ?」みたいな、私の目に入るものすべてが「ここ」なので(笑)

大竹
「あれ」とか「これ」とか「それ」は全部あなたの中には全部「ここ」にある。

沖田
目の前に写るものすべてが「ここ」なんで。

大竹
「あれ取って」って言われたらどれを取ろうかな?と。

沖田
分からない。それで「ねえねえ」も分かりません。

大竹
「ねえねえ」はなんで分からないの?

沖田
名前を呼ばれないと素通りしちゃうっていうか・・誰に対して言っているのか。

大竹
沖田×華さんって言われないと、「おーい」でも分からない?

沖田
分かんない、無視(笑)

大竹
「おーい、こらこら!」分からない?

沖田
分かんない!「誰かがなんか怒っているぞ!」みたいなそういう感じで(笑)

大竹
沖田×華ってすごい名前なんだけど、このバツに華?これはいつどうやって付けたんですか?

沖田
これは私が付けたんじゃないんですよね。

大竹
誰か知っている人が付けてくれたんですか?

沖田
私の好きなフリーライターさんにゲッツ板谷さんって方がいらっしゃって。私その方のファンで会っているうちに前のペンネームがあまりにもダサすぎるって言って。前はちなみに「エレファントいじろう」っていう名前だったんですけど。

大竹
いやちょっと、それなかなかの名前だよ(笑)

倉田
インパクトはあります。

大竹
エレファントいじろうでしょ?いい名前だと思うけど。

沖田
なんか語呂が悪すぎるっていうので、それでなかなか決めてくれなくて結局ゲッツさんが寝起きのときに付けたから本当に起きたばっかりで「沖田×華」になっちゃったっていう。

大竹
まあそんな名前でもね、俺はアスペルガーでもなんでもないけど沖田×華とその「いじろう」のダサさの違いは俺には分からないな(笑)

倉田
まあ性別の区別はなんとなくつくじゃないですか?

大竹
漫画に出てくるんだけど、好きな人の概念・・好きな人はどんな人ですか?

沖田
えーと、声が良い人です。

大竹
それはどんな声?

沖田
なんて言うんですかね?あんまり響かないというか・・

大竹
アナウンサーみたいな声じゃダメだと。

沖田
森本レオっぽい声質の人が好きです。優しい感じが。

倉田
こもった感じですかね?それは男性に対して?

沖田
そうですね。

大竹
森本レオは好きですか?

沖田
いや声は好きなんですけど、顔がよく分からなくて。なんかメガネかけてる人かな?とか。

大竹
「こんな話があったんですよね・・」みたいな喋り方だよね。

沖田
もう声だけみたいな。

大竹
声だけでいいんですか?

沖田
あとは字が綺麗な人が好きです。

大竹
声と字?顔とかの認識は?

沖田
よく分からなくって、太っているのか痩せているのか?ぐらいしか分からなくて。写真とかは分かるんですけど、動いているとどういう顔か分からない。

大竹
それは年が取っているか若いかも?

倉田
じゃあ相貌失認的な感じもあるのかな?

大竹
なんで字が綺麗な人が好きなんですか?

沖田
自分が字がすごく汚いからです。自分の持ってないものを持っている人がすごく好きなので、今まで付き合った彼氏が全員顔もバラバラなんですけど字は一貫して綺麗なんですよね。

大竹
それは見つけるわけ?何かで、手紙が来たとか?

沖田
なんか最初は気が付かないんですけど、例えば友達の結婚式のご祝儀で書いている名前とか見てドキドキしちゃうとか、急に(笑)

倉田
文字萌えなんだ。

沖田
「すっごい男なのに綺麗な字!」とか「素敵!素敵!」とか。

大竹
俺も字が汚いから字が女の人で字が綺麗な人見るとちょっと「おっ!」とは思うけどね。

沖田
やっぱり逆は嫌ですよね?字の汚い女は嫌ですよね?

大竹
字の汚い女?もう嫌だよ!字が下手なのはもう嫌!

倉田
私も字が下手だから・・まあ気持ちは分かるけど。

大竹
俺は自分の書いた字も読めないからね。

沖田
私もですよ!私も読めないんです(笑)

倉田
そんなことないですよ!

大竹
それは持ってる病気っていうのかね?それもなんか近年分かってきたことで。昔はそんなことを言われないから、そういう症状が出たとしてもすごい「なんでそれが出来ないんだ!」って言われすぎちゃったわけだよね?

沖田
そうですね。

倉田
忘れ物とか多くて苦労されたっていう。

大竹
若いころの忘れ物?

沖田
もう・・ランドセル(笑)

大竹
ランドセル忘れるの!?

沖田
うち北陸なんですね。北陸で雪の降る日とかなんかジャンパーを着込むじゃないですか?そしたらランドセルを背負い忘れてて学校に行ったらもう何もないみたいな(笑)ジャンパー脱いだら何もなくてまた帰っちゃうとかもありましたし・・。

倉田
何回もあったの?

沖田
うん。

大竹
先生に「沖田、明日から絶対に忘れちゃダメだよ!」って言われたんだよね。それでどうしたの?

沖田
「それはできない!」って言いました!(笑)

大竹
なんで?

沖田
私の中で「絶対」っていうのは、なんかもう地球が滅びでも明日学校に来いみたいな勢いなんですよね。

大竹
100%、絶対。

倉田
なんとなくの「絶対」っていうのがあり得ないんだ。

大竹
「絶対に忘れるなよ」って言われると「そういうことはできない」と。

沖田
うん、って言ったら怒られる。それで嘘ついても怒られるじゃないですか?だから結局何が正解なのかが分からないというか・・。

倉田
なるほどね、言葉に対しても割と融通が利かないんだ?

沖田
そうですね。

大竹
それで看護婦の時代があって、今度その風俗の方に行くわけだよね?それはなんで?

沖田
えーと、私の中であまり変わらないというか・・その看護婦時代のときもバイトでよくちょっと軽めのおっぱいパブとかのバイトをしてて(笑)・・大丈夫かな?

そのナンバーワンの子が名古屋に行っちゃったから「あなたも来ない?」っていうので「すっごい稼げるから!」って「えっ!」ってその一言で次の日に行っちゃう。

倉田
なんかすごいなー!決断早いなあ。

沖田
すごい衝動的に動くタイプみたくって。

大竹
そのときそういう風俗関係はお金は貯まったんですか?

沖田
そのときになんかそのお金を貯めて何かをするっていうのではなくて生活はあまり変わらないんですよね。なんでその風俗しているときも行き来は自転車で行ってて、帰りも自転車で帰っててって全く金のかからない生活をしていたので面白いように貯まっていって。

「わあーどこまで貯まるんだろう!」みたいな感じで「じゃあとりあえずマンション帰るぐらいの金額まで頑張ろう!」みたいな。それで目標ができたからもっと頑張る!みたいな。

倉田
辛いこととか無かったんですか?

沖田
お客さんはみんなお金なので、みんな諭吉なので。

大竹
みんな何?ユキチって何?

倉田
福沢諭吉ですよ。

大竹
ああ、諭吉ね。みんな諭吉なんだ。

沖田
だから怒られても嫌なことがあっても、その時間内の中の話なので「どんだけでもいいですよ」みたいな感じで。「そういうところ大好き!」とか心にもないこと言って(笑)

倉田
そんな割り切れるものなの!

沖田
すごい割り切ってました。

倉田
へえ、面白いなあ。

大竹
それでたくさんお金貯まりましたか?そこで金が貯まっちゃって悪かないじゃない?失敗はそんなしてないわけでしょ、だって?

沖田
ただなんかそれがルーティンになってしまったので、やっぱり年を食うとだんだん落ちてくるんですよね。その稼ぐ金額みたいなやつが。

倉田
そういう仕事だとねえ。

沖田
身体も疲れてきたし「ああ、どうしようかな?」ってときにたまたま漫画家になれって言われた人と会うことがあって。そこからすぐに漫画にはならなかったんですけど。「へえ、漫画家ってなんか面白そうだな」っていう感じで最初は・・。

大竹
いや分かるけど、漫画って描けるもんなの?そんなに簡単に?

沖田
私もそれがすごく謎で・・私、そのときに自分の顔しか描けなくって。それで身体も描けないし。最初4コマ漫画を描いたんですよね。それで同じ人を描けなかったんです、だんだん痩せていく(笑)

大竹
だって同じ人がいろんなことをしないと分かんないもんね。顔が違っちゃったら。

沖田
ただエレベーターに乗っていくっていう4コマ漫画なんですけど、次のコマはどんどん10kgずつ同じ人が痩せていっちゃうみたいな(笑)最終的にはすごい別人になっているっていうオチが全然関係ない話になっていたりして。こんなん漫画家になれるわけないじゃん!って言ってたんですけど、なんか不思議なことに・・

大竹
そのへんは漫画にも出てくるけど、友達と一緒に旅行に行ったときにお金の計算はできなくても「このパンは3ユーロで何グラムで売ってた」とかそういうことだけはものすごく覚えられるんだよね?

沖田
でもなんか覚え方もちょっと人とは違うみたいで、まあ道後温泉に行ったりとかしたらその歴史みたいなのもアナウンスしていくれているんですけれどもその内容は全部入って。

倉田
ええー、素通りしちゃうよね。

大竹
何年何月何日とかここでどんなことがあってどうなったとか全部入っちゃった。

沖田
全部入ります。

大竹
なんとかっていう温泉の難しい字も全部覚えちゃう?

沖田
そうですね。

倉田
だって別に興味があるわけではないんでしょ?道後温泉に特に?

沖田
ないですね。

大竹
まあでも必然的に頭に全部入っていっちゃう?

沖田
入っていきますね。

倉田
その覚えるものと覚えないものの差はどこにあるの?

沖田
えーと、なんか自分がすごい興味があるものとか「なんだろう?」っていうものに対するものだとブワーッと入ってくるんですけど。それ以外は全く1ミリも入ってこない。

倉田
道後温泉は興味があったの?

沖田
なんか天皇陛下が最初に入った温泉がありますよっていうのとかでなんかスイッチが入って。一緒に行っていた友達がfacebookにアップしたいんだけど「もう全部忘れちゃった」って言って。

私がこれこれこういうのだよって言ったら、そのときに「記憶力いいね」って言われてはじめて「私ってすごい物忘れがひどいんだけど、なんでだろう?」っていう違いが。今日も名刺入れも台本も忘れてきて(笑)

大竹
今日も!今日も忘れてきたの(笑)

沖田
すいません、本当に。渡そうと思ったのに(笑)

大竹
でもその病気みたいなことはさ、いろんな症状が出るじゃない?この間来た先生には2つあるんだって?両方あってその両方あるのはしんどいっていうふうにも先生はおっしゃってたんだけど。それはもう解消しているんですか?

倉田
生きづらさ的なことですね?

沖田
漫画家になってからは対人関係がすごく限られてきているので。あとは基本仕事は1人でやるので、そんなにトラブルもないんですけど。まあアシスタントですかね?今ちょっとコミュニケーション的にやっぱり上手くいかないなと思うときもあるので。そのときはどういうふうに言ったらいいのかな?っていうのを常に勉強したりはしますけど。

大竹
アシスタントの顔はちゃんと覚えてる?

沖田
覚えてない・・あの・・(笑)

大竹
これね「相貌性障害」とか言ってね、顔の認識があまりできないんだよね。アシスタントはどうやって覚えるの、手の動きとか?

沖田
背が高い人と低い人とかです。背が高いのはヤマザキ君つって、低い子はヒロタ君みたいなそういう感じで。

倉田
身長かー!丈の長さで覚えるんだ!

大竹
はい、短い時間だったけど。俺の顔もたぶん認識してくれてないんだろうな・・。

倉田
いや、分かりますよね?なんとなく特徴的だし。

沖田
メガネをかけていれば・・はい(笑)

大竹
メガネをかける人は全部大竹と思って下さい!

沖田
分かりました(笑)

(了)



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