作詞家・なかにし礼が語る「自分、自分、限り無く自分中心であれ!」

2013/03/19

ゴールデンラジオ なかにし礼 大竹まこと 満州 陽子線治療

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今回は、2013年2月18日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」なかにし礼さんの回
起こしたいと思います。

音声は、配信期限がすぎたため有りません。

大竹まこと(以下、大竹)
ようこそいらっしゃいました。

なかにし礼(以下、なかにし)
いやーお招きありがとうございました。

阿川佐和子(以下、阿川)
「お元気ですか?」って伺うのもなんですけど・・

なかにし
いやー元気です。

阿川
今、弱ってるところは何も?

なかにし
何も無いんですよ!
ですから、前々から病んでいた心臓っていうのは
薬を飲んでずーっとやってきたわけで。

ガンに罹ったそのガンは、綺麗になくなって
今、全身にガンらしきものは一切無い。
つまり健康体であるということですね。

阿川
今もう、なかにしさんの「陽子線治療」っていうのが
大変な話題になっていて、
で、元々なかにしさんはご自分が心臓も・・
若い頃に心筋梗塞を・・


なかにし
若いころやっていて。
五十いくつのときにやってね、それはもう大発作だったんですよ。
九死に一生という。



で、自分の心臓が弱いっていうことを知ってましたから
「食道ガン」っていうのは大手術になるということをね、
もう10時間を超す手術でしょ?

そうなってくると僕の心臓はまず持ちこたえられないだろう。
持ちこたえたとしても、すぐその後に合併症とかなんかでね
まぁ戻ってこられないんじゃないか?という恐れがあったので
どうしても切りたくなかった。
切らずに治す方法を探そうと。

阿川
ネットで探されたんですか?

なかにし
最初はね、お医者さん・・名医と言われる先生を紹介されてね、
まぁエラい人から紹介されて会うわけじゃないですか?
その先生たちは「いや、切りましょう」って言うわけですよ。

「こうして切れば5年生存率50%で・・」どうのこうのって言うわけ。
「だけど先生、僕は心臓が悪いからその50%に入らないと思うんですけどね」なんて言いながら
「切らずに治す方法は無いんですか?」って言ったら
「それは無いですね」とはっきり言われました、4人の先生に。

阿川
名医に皆さんは。

なかにし
名医に皆さん、みんな名のある名医の皆さん。
そこでね、「いやー本当かな?」という疑いは持ったの。
要するに、人が月まで行って帰ってきてね、着地するところは2キロしか違わないっていう
こんな時代にね、治せないはずは無いなと思って。

それでコンピュータに入って、世界の趨勢を調べたら
ヨーロッパは70%のガンは切らずに治す傾向にある。
日本は30%しか切らずに治すという方法をとっていない。

ということは、日本は相当遅れていると。
しかし日本の手術の技術っていうのは手がこまめだから相当に優秀である。
常に切りたがるっていうね(笑)

阿川
変なのー。

なかにし
変なの!そういうことがあるんですよ!
本当に切るのは上手いんですって。特に何人かはね。
それで切りたがる、だけど世界の趨勢はもう切らずに治す方法へ
どんどん行ってるっていうのをまず情報として得たわけですよ。

「ああ、そうか」ということでまたその傾向のものを調べた。
そしたら「陽子線」というものにポンッと出会ったんですよ。
「プロトンビーム」って言ってビームなんですね。


放射線みたいに大きく・・レントゲンみたいに
ドーンと当てるんじゃないんですよ。

だから本当に針の穴のような細い一点集中して
肌にあたった瞬間はパワーはほとんどゼロ、ゼロに近い。
で入っていって、その局部に達したときに100%の力で爆発して
がん細胞を殺して、おしまい。

阿川
なんで分かるんですか!このヨウコちゃん(笑)
そんなことが!

なかにし
そのために僕は寝てますね。
寝てる間に5分間コンピュータで患部の場所を確定し
それが心臓と肺の動きでどのくらい1秒間に上下するか?ということも
全部計算してどこに照射すべきか?っていうのをマーキングするんですよ。

それで最後の5分間のあいだに「では、照射します」って言って照射する。
僕は痛くもかゆくも無い!不快感もない!

阿川
麻酔もしないの?

なかにし
もちろん、もちろん!
だって痛くもかゆくもないんだもん!

それでそれを30回繰り返すのね。
60グレイ(Gy)放射線を浴びるわけだけど。
それはつまり食道ガンを撲滅させるけど食道の後ろにある脊髄にも影響を与えないし、
手前の心臓や肺にも影響を与えないっていう夢のような治療なわけね。

それを僕は発見して「これだ!」と思ったわけですよ。
あとは迷いもしなかった。

大竹
御本の中にはまず、心臓に持病があって
普通の日本の治療は受けられないっていうことになった
で、受けたら自分は死んじゃうだろうと。

それはどうしても回避したいというところから
色んなことを考え始めるわけですね。
その前にまず、なかにしさんは自分の生きている空間生きている場所
それをこうなるべく非日常的なところに求めていらっしゃった。

例えば、洗濯をするだとか電車で通うだとか女房と揉めるだとか
なんかそういう日常的なことを拒否したいと。
「創造する場所にいつもいたい」というふうに仰っています。

至福の空間は一人で高い、僕はちょっと名前はわかりませんけど
極上のウイスキーを飲んでビデオ見たり音楽を聴いたり・・


なかにし
とか言ったってね。
1日ちびっとしか飲まないから、実はそんなに長くは無いんだけど・・

大竹
まぁでもそうやって時間を過ごしていたところに
突然、身体に妙な変化が起こるわけですよね?

なかにし
そうなんですよ。
そしてね毎日、名画と称するものを観ながら
夜の10時から12時までこうちびちび飲んでるのって
いい気持ちなんですよ、ほろ酔いでね。

である日、酒がマズいっていうことと
いろんなところに出て喋ったりするとね、声がね、なんかもう出ないんですよ。

阿川
出にくいんですか?

なかにし
今の声がまぁ健康体の声としましょうか?
元々そんないい声じゃないけど。
それはねやっぱり病人の声なの、ガサガサッとしてね・・
これ以上でない?変だな?と思った。
そうしたらこの辺にむかつきがある。

阿川
胸元あたりに?

なかにし
まぁ胃の上あたりかな?
喉だったら食道ガンっていうことも気が付くんだけど、胸の上あたりで。

でその日、家に帰るときは「今日の夜はおかゆだ!」なんて言って
そしたらカミさんも「あらあら」と。
大体ぼくはね夜ご飯はちゃんと食べるんですよ、何食であれね。
朝・昼はどうでもいいんだけど。

「おかゆ」って言ったもんだから、カミさんびっくりして
「それはちょっと変ね」っていうことで翌日早速医者に電話をしたら
来いと言われて行って調べたら食道にガンがあったんですよ。
それがまたね大きいの、4センチ大くらいだから。

阿川
なんか真珠の粒のようだと書いてらっしゃったと。

なかにし
そう真珠の粒がポンとあって、僕はもう渋沢達彦の「高丘親王航海記」じゃないけど
喉にガンが出来たんだっていうことは、「あ、真珠を飲み込んだんだ」っていう
そういう文学的表現があるんだけど、昔読んだその本を思い出して
「ああ、高丘親王だぁ・・」なんてまぁ馬鹿なことを考えたわけですよ(笑)


要するにボーッとしてたってことなのね。
自分の現実を受け入れたくないから。

阿川
文学的に酔いしれている場合じゃないのに(笑)

なかにし
そしたらまた第2の医者が来て「早速来週入院して下さい」みたいなね。
「えーっ!そんなに急ぐんですか!」って言ったら
「これももう急がないとドンドン大きくなりますし、転移もしたら大変だから」って
そうことですよ。

大竹
御本の中では、そのことに関してとても読書家でいらっしゃって
御本の中でずいぶんカミユとかカフカとかの影響を受けていらっしゃるんですけど。

阿川
やっぱり古典の言葉というのでね・・

大竹
この番組の冒頭でおっしゃったことをお聞き留めいただきたいんだけど、
日本の最先端の医療、がん治療ではまだけっこう切ってなんとかして
照射して抗がん剤でっていう治療が主流。
ヨーロッパはそうじゃないんですね?70%は切らない治療をすると。

その御本の中に書いてありますけども、
その治療法の大きな違いは同じ放射線をあてるんですけども、
放射線の中に陽子線というのがあって、
陽子線っていうのは患部にだけで、その前後の臓器に気概を加えない。

で、今までの治療で放射線治療をするっていうと、
患部だけあたればいいんだけど、その前後の骨とかいろんなものも傷ついちゃう。

なかにし
ですから僕が食道ガンで受けたとしますと
今ごろは心臓に不整脈が出たり肺水腫を起こしたりなんかして
別な病人になるわけですよ、ガンは治っても。

大竹
えーと、でこの治療法はとても有効だってことが御本に書かれてます。
皆さんも知りたいと思います、一つだけ教えて下さい。
その放射線の治療から陽子線の治療に切らずに行く過程で
何かを断念しないと駄目なんですよね?
その今までの手術の方法はもう取れなくなるんですよね?
それを教えて下さい。

なかにし
そうなんです。
陽子線もそうですけどね、放射線を受けると・・
ただしこれも時代によって変わるんですけどね。

放射線を受けると手術のときに・・縫合するときに
縫合しにくくなるという説が日本の医療界で蔓延していて
まず抗がん剤、手術その後に放射線っていうのが順番だったんですけどね。

僕がコンピュータで調べた限りでは、
外国ではまず放射線をあてて患部を小さくして
その後に手術をするという方法もあるしね。

どうも放射線を受けたら手術が出来なくなるっていう話は
今の僕の知識では眉唾だなと思いますね。

阿川
ええ、そうなんですか!

大竹
まぁね心臓が元々悪くて手術が出来ないっていうことで
何とかしてやろう!とお考えになって
この本の前段で一番最初の「はじめに」というところでは
全部終わって、手術も終わって健康になったときに
はじめて書いた前文だと考えてよろしいですか?

なかにし
うんうん、まぁそうでしょうね。

大竹
もうこれがやっぱあの・・「恋の奴隷」とかいろんな曲を(笑)
作詞した方だけあって素晴らしい序文で始まってるんですけども。


阿川
私この133ページに
「今現在のガン患者、今後ガンになりうる可能性のある人
 そういう人たちが意識すべきところは、人というのは自分が患者になった途端に
 自己の判断力や決断というものを放棄しがちなものだが、
 自分が自分であることを決して止めてはいけない。
 もし自分でなくなったら、生きながらえたって意味が無いではないか。
 自分、自分、限り無く自分中心であれ!」って
こう書いてあらっしゃるんだけど(笑)

やっぱり藁を掴む気持ちになったらお医者様のおっしゃることが
絶対になっちゃうじゃないですか?

大竹
だからいろんな、それまがいの治療法もたくさん世間にも溢れているわけですよね?
まぁそれに騙される方もいらっしゃるんですけど、
「まず自分、自分、自分・・」っておっしゃったのは、
やっぱし、これからちょっと話を戻させていただきますが。
日本でお生まれになってない、7歳のときに日本にいらっしゃる?

なかにし
8歳。

大竹
それまではやっぱし戦争の満州にいらっしゃって。

なかにし
ソ連軍に追われてね。

大竹
ソ連軍に追われて・・それまでは関東軍に守られて・・
その中で暮らしていらしたんですが。

なかにし
でね、やっぱり日本という国を愛してますけども。
国というのかな?政府というのかな?権力者というのはね
やっぱり国民に対して常に正直なことを言わずにいることが
政治の本流と言いますか・・

大竹
常套手段?

なかにし
・・というものがあって。
僕たちは満州にいてまず70万精鋭の関東軍に
守られているというすごい安心感があった。

しかしソ連軍が8月9日にボーンと満州に戦車で入って来た
飛行機で入って来たっていうソ連軍の侵攻の時にはもう関東軍はいなくてね。
先に逃げちゃって、南方の方に移っちゃってるわけですよ。

大竹
今まで守っていた関東軍の人たちがもういなかったんですか!

阿川
いわば船長が先に逃げちゃう船みたいなもんですよね?

なかにし
そういうことですよね。
船長も船員もね。

大竹
じゃあ町には?

なかにし
町には情報を知らない人たちだけが残ってるだけ。
そして情報を知ってる人は早々と日本に帰ってますよと。
満鉄関係の人だとか軍関係の人たちは「ヤバイから帰った方がいいよ」と。

大竹
御本の中では、その関東軍が列車で帰る。
その列車には覆いが掛けてあって中に誰が乗っているかわからない。
でもその反対側に行く・・

なかにし
それも「16歳の夏」っていう本があるんですけどね。
もう泣きますよ!その本の中で今度ソ満国境に向かって
棒きれで出来た銃を持たされてね、そして行く少年たちが乗ってるわけですよ。

大竹
何歳くらいの?

なかにし
15,6歳の少年たちが。

大竹
何しにいくんですか?

なかにし
それはね、ソ満国境の辺境の国境線を守るわけですよ。銃持って。

大竹
でも、棒きれじゃないですか!銃じゃないですよね?

なかにし
それをね、ソ連は望遠鏡で観て分かってるわけ。
「ああ、少年たちが棒きれを持って」って。
といってそこを攻めていかなきゃ国境を越えられないわけから行くわけね。

つまり少年たちは戦車の下敷きになっていって
そしてソ連軍は満州に入ってくるわけですよ。
それを分かっていながら少年たちをそこに送り
途中、汽車が交差するときには関東軍の兵士たちが見えないように
窓を閉めてみんな床に伏せてそしてすれ違ったという事実があるんですね。
もうこれはね、切ないというか・・大人のやることは困ったもんだなと。

阿川
なかにしさん、そのときおいくつだった?

なかにし
僕はそのとき7歳ですよ。

阿川
7歳ぐらいで「これ変だ!」って・・

なかにし
それはね、思うんですよ。
何故か?っていうと7歳で終戦になったでしょ。
それから逃避行でたまに撃たれたり逃げたりなんかしながらね・・

大竹
列車に機銃掃射みたいに空からあたってくるわけですよね?

なかにし
ダッダッダッダって撃たれるわけだから、誰かにあたるわけですよ。
目の前で人が死んでいく、僕はあたらなかったという幸運を拾いながらハルピンに着いた。

ハルピンに着くとね・・その時は関東軍に捨てられてるね。
だけど今度、国から「『ポツダム宣言』を受諾したが故に日本は、
日本国境外には力を及ばすことが出来ない、そして日本は近来無い飢饉である」と。
「故にあなた方を養い難し」と。

阿川
帰ってくるなと。

なかにし
そちらで生きるも死ぬも勝手にしろっていう訓電が
重光葵(まもる)っていう外務大臣の名前で来るんですよ。
それ観て親たちは絶望の淵に沈むわけ。
それに気が付かない子供いないじゃないですか!

一緒になって嘆き悲しむ、「さてどうしよう?」
国へ帰りたい!国へ帰ることは今日本は・・言い訳ね。
『ポツダム宣言』の条約上国境の外に力を及ばすわけにいかないから
あなた方を・・まぁ帰ってくるなって言ったんだから
帰らせる方法も思いつかない。

そこで満州にいる篤志家たちがね金を出し合って
アメリカと交渉し中協と交渉し、国民軍と交渉して引き上げに
会を作って金を出し合ってその金を国に貸し付ける形で
船をチャーターして我々は帰ってきたんですよ。
その借金は平成まで引き上げ国債っていう金で返していたんです、無利子で。

阿川
それ以来、国も他人も人の言うこともあまり信じないっていう(笑)

大竹
自分だ、自分だ。この生きる力には満州での悲惨なこと。
後半はどうやってガンから生還したか?という両方がこの本には収まっております。


(了)

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