2011/10/28

編集者・渡辺祐が語る「飾りじゃないのよ、芸能は」な2冊

今回は、
2011年7月19日(火)小島慶子キラ☆キラ
3時台のコラムのコーナー コラ☆コラ-渡辺祐さんを起こしたいと思います。

音声はこちらから

「飾りじゃないのよ、芸能は」というテーマに2冊の本を
紹介されています。
メジャーでは取り上げられない方の芸能について、語られています。


小島
3時のコラムコーナー、コラ☆コラ
今日のゲストは、名編集者・ラジオDJでもいらっしゃる渡辺祐さんです。
よろしくお願いいたします。

渡辺
よろしくお願いいたします。
あの、名編集者の「名」のところ取っといてください(笑)
ここ、取る詰めでお願いします。
お恥ずかしい、編集者は編集者でいんですけど。

小島
前回ね、生きるってなんだろうとかね、命ってなんだろう
みたいなご本を紹介していただいて、
結構あのあとスタジオでずっと読んでてですね。
「ああ、本当にいい本だな」なんて、ジーンとしちゃたんです。

渡辺
ありがとうございます。紹介しがいがございます。

小島
で今回は、また全然ね方向が違うと。

渡辺
そうですね、今日もまた本を2冊ばかり持って参りましたんで。
紹介させて頂こうというわけなんですが。
前もそうだったんですけど、一応編集者らしくタイトルを。
コーナータイトルを。

で、今日は「飾りじゃないのよ、芸能は」ということで、
まぁパクリですけどね・・。
あまり深い意味はないので、早速ですが・・。

ちょっと芸能に関する本を2冊ご紹介させてもらおうかな?と思いまして、
まず1冊目が立川志らくさん、立川流の落語家さん。
『落語進化論』という本がですね、6月に新潮選書というところから、出てまして。




小島
ちょっと堅い感じのね・・。

渡辺
新潮選書の表紙なんで、これ共通のデザインですからね。
堅い感じに見えますけれども。

神足
したたかな戦略なんですよ。この新潮のね。
堅くした方がいいんですよ、本は。
地味にした方が、なんかありそうなスケベ心を誘うわけですよ。

渡辺
あの志らくさんは一応お分かりになりますか?

小島
はい。あ、でもちゃんと高座を拝見したことはないです。

渡辺
一応、63年生まれなんで、私よりちょいと後輩になりますよね。
年齢的には。立川談志さんのお弟子さんでございまして、
今は、真打ちにもちろんなってらっしゃいますし、
今や立川流の中でも4大人気落語家の一人に数えられると。

小島
「談志ブラザーズ」でしたっけ?

渡辺
談春さんと昔ね、やってた。

小島
あ、「立川ボーイズ」

渡辺
それ相当マニアックですよ。



小島
ちょっと妹尾さんっていうマニアックな
おじさんからの受け売りです。
「そんなのがあったんだ!」って思って・・。

渡辺
そんなことでテレビに出てたりもしてましたけど、
今はですね、かなり本格に落語を取り組みつつ、
でもかなり個性的に自分なりの落語のスタイルを
模索しながらやってらっしゃると。

「シネマ落語」っていうね、映画に題材を取って、
映画を落語にしていく。落語の本来の古典に混ぜ合わせていく
みたいな試みもやってらっしゃったりしてます。

今回もそうなんですけど、ご自身で落語論を書くというところで
まぁ論客で結構、談志師匠、家元同様そういった意味でも、
敵を作りやすいタイプかなと(笑)
私は思ってるんですけど。

ロックミュージシャンが他のロックバンドのことを
書いた本なんて書かないじゃないですか!

小島
ねー、しかもなんかこう分類したりとかね。
分析したりとか。

渡辺
それはやっぱり談志さんのDNAですね。
談志さんも若い頃に、『現代落語論』っていう本を書いて
そう言った意味でも立川流のDNAの1つではあるんですけど。

それで今回の『落語進化論』っていう本をお書きになりましてですね
これがあの、そういった意味でもちょっと落語好きで、
ちょっと一回りくらい・・。有名な噺は一通り聞いたことがあるかなぁ
くらいの方からじゃないとちょっとわかりにくいかもしれない。
完全な入門はちょっと難しいかも。

小島
ラジオをお好きな方は、落語好きが多いんですよ。

渡辺
特にこのTBSラジオはね。多いと思いますよ、本当に。
なんで、一回りくらいした方は絶対お読みになると面白いかなと。
もちろん色々な立場があるんで、落語と言っても、
この立川志らくさんは、立川志らく流の2011年というか、
この現代において、落語とどう向き合うか?っていうことを
『落語進化論』というタイトルでお書きになってるわけですね。

ざっと目次をご紹介しますと、
第1章は、「江戸の風」 落語は消えゆく世界においても
その江戸の風をどう吹かせるか?って話があったりして、
あと、「人情噺の落語化」ってこと落語にしていくってことなんですけど、
人情噺と落とし噺の落語のところのどこをこれから
自分はどうやっていくのかみたいな事が書かれてます。

小島
平たく言うと、いい話と面白い話ってことですか?

渡辺
そう、いい話なんだけど、いい話にするだけでいいのか?っていう
テーマで出てるんです。
あと、「名人の落語眠くなる理由」
これやっぱりね、リズムとか間とかメロディとか一種の音としての
部分とかそういった・・。
あとは、フレーズがだんだん伝わりにくくなってる。
でもそのフレーズに逆に美学があったりする話。

それから色々落語の分析、後の進化とか、これぞ古典落語10席とか
作品ごとの分析。
最後に「落語は果たして飽きるのか?」というですね、
これからどうしていくか?っていう自分の立場を語るっていうね。

これね、結構読み応えがあって、
さっきも言いましたけど、落語を一回り聴いた人だったら、
あ、この話をこういう解釈してるのか!とか、
こういう解釈でやると、こうなるのか!とか、
色々発見はあります。

で私、落語ファンでございまして、大学生くらいの時は、
ほぼ毎週、寄席に行ってたような男でございまして、
長年聴いているっていうのもあるんですけど、
その中で今、これが語っている事の一つはですね、
まず、ポリシーとして落語とは何か?を自分なりに分析した
志らくさんがね、「日常の中の非日常を語る」と。

落語って、突飛な話が多いわけじゃないですか?
ね、死んじゃった人を担いで大家さんとこ持ってく噺とかね、
それは、『らくだ』って噺ですけど。
その非日常性をキチッと描かなきゃダメなんだっていうのを
おっしゃっていて、それが一つと。



もう一つは、大衆芸能かどうかっていうことが、
結構頭の方に出てくるんですよ。落語が。
ちょっと読みます、そこだけ。
「落語は大衆芸能じゃないかという人がいる。
もはや大衆芸能ではない。かつて大衆芸能であっただけだ。
大衆芸能とは、誰もが楽しめる芸能を指す。」というふうに
志らくさんは言い切ってるわけですけど。

ちょっと飛ばしますけど、中略です。
「で、もはや大衆芸能でない落語界においては、
自らの生き様をみせる談志の方法論こそが正しいはずだ。
ただし、落語をただの娯楽だと捉えると、
私の論は、即座に崩壊する。」と。

つまり、娯楽というのは誰でもが楽しめなきゃならないと。
それは子供でもお爺さんでもお婆さんでも誰でも楽しめなきゃならない。
でも、志らくさんは立川流の一人として、
落語は、落語をちゃんと見ようとする、見にくる。
お金を払って見ようとするお客さんと五分五分でやってるっていう
意識を持ってらっしゃるようなんです。

そこが、落語って寄席があって、
ちょいと帰りにでも寄ってとかって、
それはそれで美しい文化があるわけなんだけど。
あえて、2011年に大衆芸能じゃないんじゃないの?って
言い切ったところから戦いが始まってる感じなんですよ。

小島
ああ、これが異を唱える噺家さんも多そうですね。

神足
ギリシャ悲劇みたいな感じしますね。
だから、クライマックスというか・・。
「ああ、良かった」とかじゃなくて、悲劇になるんだ!
っていうのを考えなきゃいけなくなる頃みたいなもんですよ。
大衆があんまりいなくなっちゃったって事じゃないの?

渡辺
そうですね。
そういう意味で、いわゆる「お客さん論」でもあるわけですね。
受け手っていう、私はそうなわけじゃないですか?
自分は「客」という名前で自分を語られてるわけね、この中でね。
そう思って見ると、同時代に落語をみるという、
2011年、同時代に落語をみると、楽しむということはどういうことかと
自分なりに咀嚼するためにいい本なんですよ。

小島
あー、自分の話なんだな(笑)

神足
僕も仲間がいたと思うけどね、志らくさんとね。
80年代くらいからね、お笑いのネタにするのは、権威者なんだけど、
政治家とかお金持ちをすっ転がして面白がるっていうのは、
それまであったけど、もう全然面白くなくなって、
見てる人たちが一番権力者になって、
要するに客を転がすのが、一番面白い時代が来るわけ、80年代はね。
客を笑わすために、客をバカにしなきゃならないっていう(笑)

小島
それは、ジレンマですね。

渡辺
客と対等だってところがね、話飛ぶみたいですけど、
東京スカパラダイスオーケストラっていうバンドがありますが、
あそこで必ずオープニングのMCで、
谷中さんというバリトンサックスの吹き手がですね、
みんなに対して、「今日も戦うように楽しんでくれよ」って言う
お約束のフレーズがあるんですよ。



そうすると、みんな「ウオォー!」と盛り上がるという、
そんな「戦うように楽しむ」と、お客さんの方も受け手なんじゃなくて、
客としての戦い方があるだろうという。

それは、志らくさんの言ってる「もう大衆芸能じゃないんじゃないか?」って
いうところに通じるヒントがあるような気がしてね。
なかなかそこらへんが、落語好きな方はどっちの立場で読むかは別として、
好きか嫌いかは、別として(笑)
ちょっとね、今からの落語を考えるには必要な本かな?と思われます。

もう1冊行っちゃいましょうか?
こちらがですね。

小島
これすごい表紙ですね。

渡辺
これお書きになったのがですね、都築響一さんという方でですね、
タイトルが、「演歌よ今夜も有難う」



小島
なんかピンクのパーマかけたオバちゃんが・・。

渡辺
緑色のラメラメの服を着て、マイクを持って何かを歌ってるんですが、
後に写ってる風景がものすごい庶民的な・・。カレンダーと・・。

なんかスターなのかスターじゃないのかわからないところで、
これはやはり平凡社から6月に出てるのですが、
まず都築さんのことをご紹介しときます。

私の若干先輩編集者でございまして、ライターでもいらっしゃって、
あのマガジンハウスのPOPEYEとかBRUTUSとかね、
その辺からスタートされて、例えば秘宝館だったりだとか、
世界各地の珍しい建物だとか、色々ちょっとへんてこりんなものに
目を向けて、写真も撮られて文章も書くという活動を
長年続けてらっしゃってまして。

「珍日本紀行」というので、木村伊兵衛写真賞も受賞してるというですね、
知的な変わり者、というか失礼あっちゃいけないですけどね(笑)

神足
まぁ変人ですよね。
だいたい僕らと遊んだことがないもん、都築くん。
それはやっぱり変人の証拠です。

渡辺
色んな所に出かけてはそういうことをなさってる方なんですけど、
それが今回「インディーズ演歌」
下町のいわゆるメジャーからデビューした訳じゃなくて、
コツコツと自分で演歌を歌い続けている方々が結構いらっしゃるみたい。
私も初めて知ったんですけども・・。

小島
いやいや・・。お写真見ると、確かに結構キャリア長そうな方・・。

渡辺
アタマの所にカラーページが付いてまして、
色んなところでやってる写真が付いてるんですけど。
もちろんスナック・カラオケ喫茶、レコード店の店頭、
それから夏祭り、ローカル公会堂でショーをやる、
それから健康ランドのショー、老人ホームの慰問、路上
ストリートで演歌を歌ってらっしゃる。

小島
これがびっくりですよ!工事現場の前じゃないですか!

神足
素人とどう違うかが難しいと思う。

渡辺
そうなんですよ。
これがね、17人だったかな?そのインディーズ演歌の皆さんを訪ねて、
どういう人生を送られて、どういうお考えで、
どういう歌を歌ってらっしゃるのかを
ルポしていく本なんですけど。
これがですね、だいたい分かる通り強力なんです。みなさん人生が!

小島
割とね-、あのお写真拝見しても、濃いですね・・。

渡辺
濃いです。例えばこの、みどりみきさん、この表紙になってらっしゃる方は、
なんと2000年に発表した代表曲『神様は泣いた』というナンバーがですね、
既に40万枚を超えているという。
で、英語バージョンの『god cried』というものまで、発売してらっしゃると。


この方ね、浅草の東洋館というところに定期出演もなさってるという。
これ私、都築さんにこの間紹介して頂いて、
イベントで1曲聞かせて頂いたんですが、
強力です!シャウターですね!

だから、やっぱ個性的だと思うんですよ皆さん。
あと、お上手かどうかというのも、
本来の意味でのお上手かどうかというのとは、
別の所だと思うんですよね、次元がね。やっぱでも歌いたい!と。
ちゃんとカラオケ教室にも行ったり、
あと先生につかれて、演歌の世界ですからね。

演歌の世界ってそういうとこ大事ですから、
作曲家の先生につかれたりとか
してる人もいっぱいいますし、
とにかくね、こういう世界が今ジャストリアルにあるっていうことを、
これ発掘です!ビックリしますよ。
下町のソウルシンガーって感じですよね。

神足
都築響一っていうのは、邪教が好きなんだね。
ゾロアスターとかね、要するにキリスト教は嫌いなのよ。
いつも、そういうことばっかりしてんの(笑)

渡辺
その分析は俺多分あってると思いますけど。
最後あとがきのところに、似たようなこと書いてらっしゃって、都築さんが。
「売れないことを業界が分かってないとか、
俺らのセンスに時代が付いてきてない、
というロックミュージシャンはいくらでもいる」と。
「でも、売れないアーティストのうち何人が売れないまま20年以上も、
自分で車を運転しながら日本中で歌ってきただろうか?」と。

ここなんですよ!彼らはやってると!いるんだよと!
芸能というか、芸事を人に見せるということは、こういうことなんだ!
という原点のようなお話かな?と。

小島
でも、だって確実に喜んでくれる人はいるからね!この人達には。

渡辺
数は少ないかも知れないけど、ってことですよね。
だから、さっきの志らくさんの話とも通じるなと思うところは、
「非日常」だと思うんですよ、演歌の世界も。

急にその町のおじさんなんだけど、
非日常の姿であらわれて、演歌を自分で作ったものなり、
先生に貰った曲を歌うわけじゃないですか。
なんかでも、それがこうライブであるわけでしょ?
落語もそうじゃないですか。

過去の名人を研究するのは、研究家としては出来るけど、
ライブで同時代人として感じられるかどうかっていうのと、
また話が違うじゃないですか。

志らくさんは、同時代人の話をしてるわけじゃないですか。
過去の落語の歴史というよりか、それを踏まえてですけど。
そこのなんか、同時代にこうなんかうごめいている芸能っていうのが、
俺も個人的に結構好きだなって事を再確認したというかですね。

神足
この『飾りじゃないのよ芸能は』っていうタイトルにですね、
渡辺さんの編集者魂が入ってますね。

渡辺
入ってます?入ってますか!
まぁほらね、パッとねこう派手にこの瞬間を楽しませるのも芸能だけど、
その裏に積み重ねみたいなものとか、
ちょっとした個人のヒストリーなんかを
垣間見ることの喜びも、やっぱ同じ時代に生きてるからこそ
共有できるものじゃないですか!
過去の人だったら、やっぱ研究になっちゃうから。

神足
渡辺さんの言ってることはね、
「お前、金のために芸能やってるのか?何のために芸能やってるのか?」
ってことでしょ?

渡辺
でも、そこは逆も言えるわけ。
お客さんも、「何のために観に行くんだ?」と。

小島
そうだね。有名でもないしね、みんなが知ってるわけでもないのに
観に行くわけだからね。

渡辺
観に行ったりするわけじゃないですか。
だから自分も客という名のライブを生きてるというと大げさですけど、
やってるんだいうふうにプライドを持った客でいたいなと思いますけどね(笑)

小島
そうでしょうね。そういう人がいなかったら、
こういう方々歌えないですもんね。

渡辺
ねー、いいじゃないですか。この世界も。
なかなかね、体験するチャンスもないですけど、
僕ちょっとこの間見せて貰って、すごいですね。
キラキラしてるんですよ、その瞬間。
まぁね、そんなこんなで2冊。

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