2018/02/25

漫画家・沖田×華が語る「10代でアスペルガーって言われても何のことがさっぱり分からないんですね」

今回は2017年10月30日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」沖田×華さんの回を起こします。


倉田
本日のお客様をご紹介します。発達障害であるご自身の日常をコミカルに描いた漫画「とことん毎日やらかしています トリプル発達障害漫画家の日常」が現在好評発売中。漫画家の沖田×華(おきたばっか)さんです。



沖田
よろしくお願いします。

倉田
よろしくおねがいします、お久しぶりです。

大竹
漫画は面白いけどもどこから話せばいいのかねえ・・すごい経歴で、沖田さんは学習障害で注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群だよね?

沖田
はい。

大竹
それで看護婦をしてたんだけど辞めて性風俗で働き始めたんだけどソープランド以外のあらゆる風俗で働いたんだけど、あるとき「お前の考えていることは面白い、漫画家になれ。絶対向いてるから」って言われて26歳のときに漫画家になったんだよね?

沖田
そうですね、なんかすごいなこれ(笑)

大竹
ちょっと驚くよね?

倉田
でもそのいろんな経験が彼女の漫画にすべて活かされているんですよ。私、沖田さんの漫画のファンで割と著作を持っているんですけど本当にすごいですよ、すごい!なんて表現していいか分からないですけど。実は私、最初の沖田さんの「こんなアホでも幸せになりたい」の帯を書かせていただいたんです。

沖田
そうですよね、ありがとうございます。

倉田
一番最初の単行本。

大竹
いいタイトルだねえ。

倉田
本当にめちゃめちゃ過激な本だったけど、すごく面白くって。「あっこの子本当に面白い。絶対に売れそうだ」と思っていたらでも本当にいつの間にかすごく売れっ子に。

大竹
看護婦になったんだよね?それでやっていたら患者さんの顔とか名前が覚えられないと。自分は国家試験に受かって頭は悪くないはずなのに仕事ができない。先輩から「死ね」なんて言われちゃうんだよね。

沖田
それで本当に死のうとするみたいな(笑)

大竹
この自分の持っている病気の特性みたいなことはいつごろから分かってきたんですか?

沖田
小学校のときに学習障害と注意欠陥多動性障害っていうことを親に言われたんですけども。子どものときってよく分からないというか「学習障害って勉強ができない頭が悪い子どもなんだな」みたいなふうに考えていたんですね。

倉田
それは診断を受けたんですか?

沖田
そうですね。というのがあって、周りにそういう友達もいませんし・・そもそも人間の友達があまりいないっていうか(笑)いつも石とか木に話しかけてるみたいなそういうのがあって。

学生のときはまだ良かったんですけど、なんか社会に出てからが今度アスペルガー症候群っていうのがこれも中学生のときに診断されたんですけれども。やっぱり10代でアスペルガーって言われても、何のことがさっぱり分からないんですね。ただ私、血液型がB型だからずっと「これはB型の血液型だからいい加減なんだ」と思ってたですけど(笑)

実はそうじゃなくて社会に出て看護婦の仕事をやったときから、先生の言っていることが理解できないとか、婦長の言っていることが分からないみたいなのがすごくしょっちゅうあって。

「これは何かおかしいぞ?」と思ってたんですけども、それをまだ説明できるスキルがなくてですね。どんどんダメな看護婦みたいなふうに落ちていくと。

大竹
症状でちゃんと名前を言って「取って下さい」っていうのは分かるんだけど、「あれ、取って」とか言われちゃうと?

沖田
分からない。「ここにあるでしょ!」って目の前のものが分からないんですよね。

大竹
「ここ」が分からない?

沖田
これしかないのに「えっ、どこだろ?」みたいな、私の目に入るものすべてが「ここ」なので(笑)

大竹
「あれ」とか「これ」とか「それ」は全部あなたの中には全部「ここ」にある。

沖田
目の前に写るものすべてが「ここ」なんで。

大竹
「あれ取って」って言われたらどれを取ろうかな?と。

沖田
分からない。それで「ねえねえ」も分かりません。

大竹
「ねえねえ」はなんで分からないの?

沖田
名前を呼ばれないと素通りしちゃうっていうか・・誰に対して言っているのか。

大竹
沖田×華さんって言われないと、「おーい」でも分からない?

沖田
分かんない、無視(笑)

大竹
「おーい、こらこら!」分からない?

沖田
分かんない!「誰かがなんか怒っているぞ!」みたいなそういう感じで(笑)

大竹
沖田×華ってすごい名前なんだけど、このバツに華?これはいつどうやって付けたんですか?

沖田
これは私が付けたんじゃないんですよね。

大竹
誰か知っている人が付けてくれたんですか?

沖田
私の好きなフリーライターさんにゲッツ板谷さんって方がいらっしゃって。私その方のファンで会っているうちに前のペンネームがあまりにもダサすぎるって言って。前はちなみに「エレファントいじろう」っていう名前だったんですけど。

大竹
いやちょっと、それなかなかの名前だよ(笑)

倉田
インパクトはあります。

大竹
エレファントいじろうでしょ?いい名前だと思うけど。

沖田
なんか語呂が悪すぎるっていうので、それでなかなか決めてくれなくて結局ゲッツさんが寝起きのときに付けたから本当に起きたばっかりで「沖田×華」になっちゃったっていう。

大竹
まあそんな名前でもね、俺はアスペルガーでもなんでもないけど沖田×華とその「いじろう」のダサさの違いは俺には分からないな(笑)

倉田
まあ性別の区別はなんとなくつくじゃないですか?

大竹
漫画に出てくるんだけど、好きな人の概念・・好きな人はどんな人ですか?

沖田
えーと、声が良い人です。

大竹
それはどんな声?

沖田
なんて言うんですかね?あんまり響かないというか・・

大竹
アナウンサーみたいな声じゃダメだと。

沖田
森本レオっぽい声質の人が好きです。優しい感じが。

倉田
こもった感じですかね?それは男性に対して?

沖田
そうですね。

大竹
森本レオは好きですか?

沖田
いや声は好きなんですけど、顔がよく分からなくて。なんかメガネかけてる人かな?とか。

大竹
「こんな話があったんですよね・・」みたいな喋り方だよね。

沖田
もう声だけみたいな。

大竹
声だけでいいんですか?

沖田
あとは字が綺麗な人が好きです。

大竹
声と字?顔とかの認識は?

沖田
よく分からなくって、太っているのか痩せているのか?ぐらいしか分からなくて。写真とかは分かるんですけど、動いているとどういう顔か分からない。

大竹
それは年が取っているか若いかも?

倉田
じゃあ相貌失認的な感じもあるのかな?

大竹
なんで字が綺麗な人が好きなんですか?

沖田
自分が字がすごく汚いからです。自分の持ってないものを持っている人がすごく好きなので、今まで付き合った彼氏が全員顔もバラバラなんですけど字は一貫して綺麗なんですよね。

大竹
それは見つけるわけ?何かで、手紙が来たとか?

沖田
なんか最初は気が付かないんですけど、例えば友達の結婚式のご祝儀で書いている名前とか見てドキドキしちゃうとか、急に(笑)

倉田
文字萌えなんだ。

沖田
「すっごい男なのに綺麗な字!」とか「素敵!素敵!」とか。

大竹
俺も字が汚いから字が女の人で字が綺麗な人見るとちょっと「おっ!」とは思うけどね。

沖田
やっぱり逆は嫌ですよね?字の汚い女は嫌ですよね?

大竹
字の汚い女?もう嫌だよ!字が下手なのはもう嫌!

倉田
私も字が下手だから・・まあ気持ちは分かるけど。

大竹
俺は自分の書いた字も読めないからね。

沖田
私もですよ!私も読めないんです(笑)

倉田
そんなことないですよ!

大竹
それは持ってる病気っていうのかね?それもなんか近年分かってきたことで。昔はそんなことを言われないから、そういう症状が出たとしてもすごい「なんでそれが出来ないんだ!」って言われすぎちゃったわけだよね?

沖田
そうですね。

倉田
忘れ物とか多くて苦労されたっていう。

大竹
若いころの忘れ物?

沖田
もう・・ランドセル(笑)

大竹
ランドセル忘れるの!?

沖田
うち北陸なんですね。北陸で雪の降る日とかなんかジャンパーを着込むじゃないですか?そしたらランドセルを背負い忘れてて学校に行ったらもう何もないみたいな(笑)ジャンパー脱いだら何もなくてまた帰っちゃうとかもありましたし・・。

倉田
何回もあったの?

沖田
うん。

大竹
先生に「沖田、明日から絶対に忘れちゃダメだよ!」って言われたんだよね。それでどうしたの?

沖田
「それはできない!」って言いました!(笑)

大竹
なんで?

沖田
私の中で「絶対」っていうのは、なんかもう地球が滅びでも明日学校に来いみたいな勢いなんですよね。

大竹
100%、絶対。

倉田
なんとなくの「絶対」っていうのがあり得ないんだ。

大竹
「絶対に忘れるなよ」って言われると「そういうことはできない」と。

沖田
うん、って言ったら怒られる。それで嘘ついても怒られるじゃないですか?だから結局何が正解なのかが分からないというか・・。

倉田
なるほどね、言葉に対しても割と融通が利かないんだ?

沖田
そうですね。

大竹
それで看護婦の時代があって、今度その風俗の方に行くわけだよね?それはなんで?

沖田
えーと、私の中であまり変わらないというか・・その看護婦時代のときもバイトでよくちょっと軽めのおっぱいパブとかのバイトをしてて(笑)・・大丈夫かな?

そのナンバーワンの子が名古屋に行っちゃったから「あなたも来ない?」っていうので「すっごい稼げるから!」って「えっ!」ってその一言で次の日に行っちゃう。

倉田
なんかすごいなー!決断早いなあ。

沖田
すごい衝動的に動くタイプみたくって。

大竹
そのときそういう風俗関係はお金は貯まったんですか?

沖田
そのときになんかそのお金を貯めて何かをするっていうのではなくて生活はあまり変わらないんですよね。なんでその風俗しているときも行き来は自転車で行ってて、帰りも自転車で帰っててって全く金のかからない生活をしていたので面白いように貯まっていって。

「わあーどこまで貯まるんだろう!」みたいな感じで「じゃあとりあえずマンション帰るぐらいの金額まで頑張ろう!」みたいな。それで目標ができたからもっと頑張る!みたいな。

倉田
辛いこととか無かったんですか?

沖田
お客さんはみんなお金なので、みんな諭吉なので。

大竹
みんな何?ユキチって何?

倉田
福沢諭吉ですよ。

大竹
ああ、諭吉ね。みんな諭吉なんだ。

沖田
だから怒られても嫌なことがあっても、その時間内の中の話なので「どんだけでもいいですよ」みたいな感じで。「そういうところ大好き!」とか心にもないこと言って(笑)

倉田
そんな割り切れるものなの!

沖田
すごい割り切ってました。

倉田
へえ、面白いなあ。

大竹
それでたくさんお金貯まりましたか?そこで金が貯まっちゃって悪かないじゃない?失敗はそんなしてないわけでしょ、だって?

沖田
ただなんかそれがルーティンになってしまったので、やっぱり年を食うとだんだん落ちてくるんですよね。その稼ぐ金額みたいなやつが。

倉田
そういう仕事だとねえ。

沖田
身体も疲れてきたし「ああ、どうしようかな?」ってときにたまたま漫画家になれって言われた人と会うことがあって。そこからすぐに漫画にはならなかったんですけど。「へえ、漫画家ってなんか面白そうだな」っていう感じで最初は・・。

大竹
いや分かるけど、漫画って描けるもんなの?そんなに簡単に?

沖田
私もそれがすごく謎で・・私、そのときに自分の顔しか描けなくって。それで身体も描けないし。最初4コマ漫画を描いたんですよね。それで同じ人を描けなかったんです、だんだん痩せていく(笑)

大竹
だって同じ人がいろんなことをしないと分かんないもんね。顔が違っちゃったら。

沖田
ただエレベーターに乗っていくっていう4コマ漫画なんですけど、次のコマはどんどん10kgずつ同じ人が痩せていっちゃうみたいな(笑)最終的にはすごい別人になっているっていうオチが全然関係ない話になっていたりして。こんなん漫画家になれるわけないじゃん!って言ってたんですけど、なんか不思議なことに・・

大竹
そのへんは漫画にも出てくるけど、友達と一緒に旅行に行ったときにお金の計算はできなくても「このパンは3ユーロで何グラムで売ってた」とかそういうことだけはものすごく覚えられるんだよね?

沖田
でもなんか覚え方もちょっと人とは違うみたいで、まあ道後温泉に行ったりとかしたらその歴史みたいなのもアナウンスしていくれているんですけれどもその内容は全部入って。

倉田
ええー、素通りしちゃうよね。

大竹
何年何月何日とかここでどんなことがあってどうなったとか全部入っちゃった。

沖田
全部入ります。

大竹
なんとかっていう温泉の難しい字も全部覚えちゃう?

沖田
そうですね。

倉田
だって別に興味があるわけではないんでしょ?道後温泉に特に?

沖田
ないですね。

大竹
まあでも必然的に頭に全部入っていっちゃう?

沖田
入っていきますね。

倉田
その覚えるものと覚えないものの差はどこにあるの?

沖田
えーと、なんか自分がすごい興味があるものとか「なんだろう?」っていうものに対するものだとブワーッと入ってくるんですけど。それ以外は全く1ミリも入ってこない。

倉田
道後温泉は興味があったの?

沖田
なんか天皇陛下が最初に入った温泉がありますよっていうのとかでなんかスイッチが入って。一緒に行っていた友達がfacebookにアップしたいんだけど「もう全部忘れちゃった」って言って。

私がこれこれこういうのだよって言ったら、そのときに「記憶力いいね」って言われてはじめて「私ってすごい物忘れがひどいんだけど、なんでだろう?」っていう違いが。今日も名刺入れも台本も忘れてきて(笑)

大竹
今日も!今日も忘れてきたの(笑)

沖田
すいません、本当に。渡そうと思ったのに(笑)

大竹
でもその病気みたいなことはさ、いろんな症状が出るじゃない?この間来た先生には2つあるんだって?両方あってその両方あるのはしんどいっていうふうにも先生はおっしゃってたんだけど。それはもう解消しているんですか?

倉田
生きづらさ的なことですね?

沖田
漫画家になってからは対人関係がすごく限られてきているので。あとは基本仕事は1人でやるので、そんなにトラブルもないんですけど。まあアシスタントですかね?今ちょっとコミュニケーション的にやっぱり上手くいかないなと思うときもあるので。そのときはどういうふうに言ったらいいのかな?っていうのを常に勉強したりはしますけど。

大竹
アシスタントの顔はちゃんと覚えてる?

沖田
覚えてない・・あの・・(笑)

大竹
これね「相貌性障害」とか言ってね、顔の認識があまりできないんだよね。アシスタントはどうやって覚えるの、手の動きとか?

沖田
背が高い人と低い人とかです。背が高いのはヤマザキ君つって、低い子はヒロタ君みたいなそういう感じで。

倉田
身長かー!丈の長さで覚えるんだ!

大竹
はい、短い時間だったけど。俺の顔もたぶん認識してくれてないんだろうな・・。

倉田
いや、分かりますよね?なんとなく特徴的だし。

沖田
メガネをかけていれば・・はい(笑)

大竹
メガネをかける人は全部大竹と思って下さい!

沖田
分かりました(笑)

(了)



2018/02/15

プロレスラー・蝶野正洋が語る「海外遠征で帰国命令が出るまでは自分で食っていくんです」

今回は2017年10月19日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」蝶野正洋さんの回を
起こしたいと思います。


光浦
今日のメインディッシュは、ゴールデンラジオ初登場。蝶野正洋さんです。

蝶野


ガァーッテム!!!!アイアム蝶野、カモン!!よろしくお願いします。

大竹
どうもMXではお世話になっております。

蝶野
ゲストで来ていただいて・・。

大竹
いや蝶野さんね、MXの司会がクレバーなんだよー!俺もうびっくりして!やっぱり蝶野さんがそういうところがあるってことは業界の人がちゃんと見てるんだなと思って。えっ?何がきっかけであのMXの司会を?

蝶野
いやもう突然だったんですよ、前のMCの長谷川さんっていう方がちょっとトラブルで・・

大竹
ああ、そうか!

蝶野
突然なくなって10月から12月ぐらいまでみんな交代でやってたんですよ。レギュラーのコメンテーターの人が。それでどうするのかな?この形で行くのかな?って言ってたら、もう自分もそろそろヤバいんじゃないか?と。

マネージャーに「もうそろそろ辞めてもいいんじゃないか?」と、自分は月に1回だったので。そしたらそのプロデューサーの方が「蝶野さんって12月に入ってメインMCやってくれないですか?」って。

これよくプロレスの業界でも若い選手に「次はチャンピオンな、次チャンスがあるから頑張れよ!」とみんなにそういう声をかけるじゃないですか?「あっ、これと同じパターンだな」と思って。

皆さん錚々たるゲストの方がいらっしゃるんで「いやー自分じゃちょっとそこまで出来るか分からないんで考えておきます」ぐらいの返事をしていたら、その2時間後ぐらいに「すいません、蝶野さんで1月から行きますから」って言われて。もうカミカミで大変でしたね。

大竹
いや俺まだ2、3回しかお邪魔してないけども。いつもいる目のギョロッとした人が決めたのかね?

蝶野
そうですそうです、あの大川さんっていう。

大竹
やっぱりちゃんと見る目がある人いるんだよなって俺思いましたよ。

蝶野
たぶんでもいろんな事務所関係のあれがあって、自分なんかフリーじゃないですか?その辺の兼ね合いもあったんじゃないですか(笑)

光浦
いやいやいやいや!そんなことはないですよ。

大竹
番組だって命懸かってるんだから!

光浦
プロレスって盛り上げれる人っていうのは、やっぱりお笑いできるですよね?皆さん。しゃべりも上手いし、やっぱり間のつかみ方とお客さんの気持ちのつかみ方が本当に上手い人が沸く試合をやるんですよ。

大竹
すごいのは、人のしゃべりそうだなって人にちゃんと見つけるんだよ。それで振っていい時にしゃべりたいなと思うときに。たぶん他のゲストのときもそうなんだろうけど「なんかしゃべりたいな」と思ったときに蝶野さんが「どうですか?」って振ってくるんだよ。すごいな!と思って。

蝶野
大竹さんでもキレ方がやっぱりゲストの中でも特別なので、もう必ず席を1回か2回立つんですよ。だから本当に自分も1回MCじゃなくてボディガード的な感じで(笑)

大竹
蝶野さん、人をプロレスラーみたいに言わないで下さい。必ず立ち上がって何かするみたいな(笑)

光浦
こういうキャラの人がいても面白いな。痩せてるけどキレる系の。

蝶野
唯一大竹さんだけですよ。いろいろなゲストが出ていますけど、席を立ち上がって。

大竹
いやいや他のカルーセル麻紀さんとか、室井(佑月)とかも濃いのばっかしだよ。

光浦
濃い味ばっかりじゃないですか。

大竹
あれをよく裁けるなと思って。

蝶野
いやでも大竹さんと板東さんの絡みはヒドいですよ。もうとても放送していいんだろうか?っていうような、なじり合いをお互いしていますからね(笑)

光浦
MXは放送コードないですもんね。

大竹
俺も最初来たときに聞いたんだよ「これはどのぐらいの腹づもりでやればいいのか?」って言われたら「なんでもいいです」って言われたんだよ。「いや、なんでもいいことはないだろ?」って。

光浦
あそこってなんだろうね、メディアなのに治外法権ですよね。

蝶野
みんな「学級放送だ」って言ってますもんね。

大竹
だけど板東英二さんもそこに座っているけど、始まるときに板東さんに言ったの。「板東さんみんなそこに座ってて生きてると思ってるけど、この人もう死んでるからね」って・・。

蝶野
ヒドいですよね!!

光浦
ヒドい、ヒドい!!(笑)

大竹
もうだって板東さんもすごいよね。元気でね・・まあ多少ボケてるんだけどね(笑)

光浦
私あれを聞きたくて、蝶野さんはもともとどういうキャラクターだったんですか?って子ども時代とか学生時代とか?

蝶野
子どものころは自分そのシアトルで生まれて2歳半で帰ってきてたんですよ。たぶんそれがあったせいで1番自分が記憶で残っているのもこっちに帰ってきてケンカをしているところなんですよね。たぶん日本語がカタコトだったんですよね。それで日本を帰ってきたら、畳のところを靴で入っていったりとか。やっぱたぶん違ったと思うんですよ。

大竹
日本のルールがよく分からない、おいくつの時?

光浦
でも2歳半だと記憶があるようなないようなぐらいの・・。

蝶野
記憶が残っているのが、3歳で日本に戻ってきて社宅だったんですけど。真っ黒になってご飯に呼ばれるまで遊んでいるというタイプで。そのときで小っちゃいときの記憶としては近所の兄弟2人に囲まれて、同級生の弟をいじめたらしいんですね。それで兄貴が出てきて、返り討ちして2人泣かしてたっていう感じで。

光浦
ハハハ(笑)

蝶野
だから小学校からずっとそんな感じでした。

光浦
身体も大きかったんですか?

蝶野
大きかったですね。

大竹
強かったんですか?

蝶野
もう小学校のときはどっか旅行行くじゃないですか?公園かどこか行ったりとか。そういうところで必ず小学校同士のケンカでもやってましたね。

大竹
いや中学校ぐらいなら分かるけど、でも言われてみれば小学校のときでも仲間内で公園に集まって「どこ小?」みたいな。向こうの小学校が来て、なんか知らないけど竹の棒みたいなのをもって「やるぞ!」みたいな・・俺たちの場合は実際にはやらなかったけれど、それでもありましたもんね。

蝶野
自分が別にケンカを仕掛ける方ではなくて、誰かが絡まれてそれにやっぱり俺が出て行ってやるというような。いつもそのパターンでしたけどね。

光浦
「助けてー!」ですか?それとも「おっ、やった!」っていう感じですか?

蝶野
だいたい助けに行く感じでしょうね。

光浦
意外と正義の方の親ビンだ。

蝶野
そうです、どっちかって言ったら。そんなふっかける方じゃないです。

大竹
そんなことをしてて社会に出て何になろうかな?とか思ってたんですか?

蝶野
いやー、もう本当だから高校がまず普通に卒業できないと思ってたんですけどね。留年なりだと思っていたんで・・そしたら俺らの当時は同級生と話をしたらみんな同じように点数をちゃんと取ってなくても最終的に卒業させてもらってるんですよね、都立だったんで(笑)

光浦
そうですね、時代がそんな感じでした。

大竹
いやでも中にいてもらっても迷惑・・。

光浦
先生たちも「出てってくんねえかな?」みたいなのがあったのかも・・。

蝶野
そんなんで2年ぐらいは浪人ですかね、形として。まあ遊んでたんですけれども。という時期があって、そのときにプロレスをテレビで見てかなり儲かったような・・そういうのをマスコミなんかに出していたんで当時は。「これ金になるし、格好良いな」っていうそんな感じでのレベルで急遽。それまでずっとサッカー、小・中・高とサッカー少年だったんですよ。


大竹
それから入ってみたらそう簡単にはメインにはならないですよね?

光浦
厳しい時代じゃないですか?この弟子の。

蝶野
自分がプロレスを長く見ていなかったんで短期でパッと見てゴールデンタイムでちょうどやっていたので。馬場さんの全日本か、猪木さんの新日本ということで。それで新日本の方が見てすごく藤波さんと長州さんっていうのがちょうどやっているときで「あっ、プロレスってこんなスポーティな競技なんだ」って。

昔は馬場さんとフリッツ・フォン・エリックとか、なんか人間離れした人たちがやる・・どっちかというとウルトラマンみたいな世界だったんです。それが見て「スポーティでいいな」っていうことで新日本プロレスを見ていたんですけれども。

まあテレビに出てくるのってトップイベンターしか出ていないんで、せいぜい出て猪木さんとか藤波さん、長州さんとかタイガーマスクと。そこらへんを見て目指してて実際にじゃあ道場に入ってみたら、そこに出ていない坂口征二さんであったりとか藤原喜明さんだったりとか、っていう錚々たる人たちがいて。

「いや、この人たちを全員倒してメインイベンターは無理だな・・」と(笑)

大竹
はなから倒そうと思ってたんだ、でも!

蝶野
いやもうそうじゃなきゃ上には行けないと思って・・当時も自分が地元でもけっこう悪さ溶かしていたんで、だから地元の方では「蝶野が新日本に入って猪木と戦う」とか、なんかわけの分からない話が広がってるわけですよ!

光浦
もう噂になっちゃった(笑)

蝶野
で、入ったら髪の毛は剃られるわ、やらされるのは掃除・洗濯・メシ番というところからやってるわけじゃないですか?だからもう帰るに帰れないですよ、地元に。で「いつやるんだ?」ってね・・(笑)

大竹
地元じゃ「猪木とやるらしいよ!」と。

蝶野
もうバカな連中ばっかりですから!異種格闘技戦か何かでやるぐらいに(笑)

大竹
モハメド・アリじゃないんだから(笑)それで帰るに帰れなくなっちゃったと。


蝶野
だからもう我慢して、でもまあ1番最初にとにかくやらせるのは男の社会なので。とにかく付き人っていう形でとにかく寮生活の掃除から洗濯からメシ番から。

大竹
厳しいですもんね。

蝶野
もう軍隊、軍隊ですよね。

光浦
そうですよね、共同部屋でした?

蝶野
そうです、6畳で2段ベッドが3つで6人です。

光浦
身体デカいよ!!身体デカい人が6畳に6人?上下に2段で、うわーっ、すごーい!

大竹
「ちょっと待てよ、ここにいつまでも6人で暮らしてるわけにはいかないぞ!」と。

蝶野
そうするとやっぱり必ず毎年5,6人入りますということを聞いてて。「ただ残るのは1人か2人です」と、残すのはですね。だからどんどん蹴落とすための練習をやらせていくんですよ。だから早く当時に一緒に入っていたのが橋本(真也)選手、武藤(敬司)選手、船木(誠勝)選手、自分とあと新弟子が2人ぐらいいたんですけれども。

光浦
すごいですね。

大竹
全部、すごいじゃないですか!

蝶野
それで全員残っちゃったんですよ!だからみんな「早く辞めてくれないかな?」っていう駆け引きが1週間目は大変でしたね。

大竹
えっ、その橋元選手とかとマジで6人で住んでたんですか?

光浦
あのガタイで?

蝶野
そうです、普通は1週間の練習でだいたい振り落とすというか落とすためにどんどんレベルアップしていくんですよ。最初の1000回のスクワットが2000回になったり、3000回になったり。それでみんな辞めなかったんですよ。

光浦
根性と体力もあったんですね、みんな。

蝶野
その後にでもいろいろ離脱だとか長州選手だとか前田日明さんだとかがバーッと抜けて、一気に人が少なくなったんでその6人が必要になっちゃったんですよ。

だから本当は3ヶ月ぐらいで1人ぐらい選抜するところを、逆にみんな残されて・・その手前で辞めなかったんで。

大竹
その手前で辞めなかったって、やっぱりその6人は選ばれた6人で根性あった?

蝶野
そうでしょうね、たぶんあったんでしょうね。ただその中でも1番年上だったのが武藤選手なんですけども。1番下の子、船木選手が15歳、もう1人15歳がいたんですよ。

大竹
えっ、15歳?蝶野さんは何歳だったの?

蝶野
自分は20歳ですかね?武藤さんが21歳か?年齢差がすごいあるんで・・。

光浦
大人と子どもですよね?

蝶野
そのときは練習終わって3日目、4日目ぐらいになったら・・みんな泣き言を言うとダメなので唯一自分たちが新弟子が一緒になれるのがシャワーを浴びるときなんですよ。そのシャワーを浴びているときに武藤さんが4日目ぐらいに「俺はもうキツいなあ・・」って一言ポツッと言うんですよ。

そしたらみんなが待ってて「あっ、こいつはもうダメだな・・」と。そしたらもう1人の船木選手じゃない方の15歳が「いや俺もダメだ。明日3000回スクワットやらされたら、もう出来ない」っていう泣き言を言って。

それで武藤さんがパッと行って「おいっ、もう辞めようぜ。こんなの無理だよ」って言ってっていう話をして。でもう他にシャワー浴びてるやつは「やった!よしこれで2人はいなくなった」と思って。

それで翌日辞めるもんだと思ったら、その15歳の子は階段降りて来て荷物持って「お世話になりました!甲子園目指して高校行きます」って言って降りてきて。それで「よし1人いなくなった」と。次、武藤さんが降りてくるなと思って待ってたらいないんです。全然降りてこないんです。

「おかしいなあ?」と思ったら、朝の道場の前の掃除をちゃんとしてるんですよ。「えっ、どうしたの!?」って言って、その15歳のやつが「あの・・待ち合わせ場所で待ってます!」って言って武藤さんに言って。「あっ、待ち合わせしてんだな」と思ってずっと彼は1週間くらい待ってたらしいですけど。それから武藤さん1回も行かずにそのまま住んでて。だからあれは駆け引きで、みんなに弱音を出してっていう。

光浦
駆け引き!へえ、うわー面白い!

大竹
まあそうだけど、でもそれがやっぱり錚々たるメンバーだもんね。船木さんも含めて。

光浦
だって時代を背負う人たちの若いときだもん。

大竹
よく漫才とかそういうのでも同期全員生き残ってるみたいな期があるんですよ。そういうことだったのね。その修行のあとにドイツに行くんですよね?なんでドイツに行くことになったんですか?

蝶野
まあ新日本プロレスってある程度いったら海外遠征っていうのがあるんですけども。自分の場合はちょうど「ヤングライオン杯」っていうトーナメントがあって3回目に自分がそれに優勝して、優勝したら海外遠征っていうのがあるんですけれども。

その海外遠征も2つで。武藤さんみたいな会社が押すという選手はもう派遣先に日本人のヒロ・マツダさんとかっていうレスラーの引き取り人がいて、そこのフロリダに行ったりと。

で、自分なんかの場合はまだ少し・・最初に行ったのがオーストリア・ドイツって半年のコースが組まれていたんです。それから橋本選手なんかっていうのは、もう会社で面倒見れないという形でとにかく海外遠征で出されて片道で。

光浦
片道で!!

蝶野
俺も片道です!で、帰国命令が出るまでは自分で食っていくんです。そういうやり方なんです。ただ後から聞いたら武藤さんなんかのエリートコースはちゃんと給与も出て、ちゃんと帰国命令の計画も立ってる。

大竹
そのときは知らないわけね。

蝶野
知らないです、知らないです。

光浦
みんな片道だと信じて(笑)

大竹
武藤さんは金が出てるんだけど、俺が出てないのは知らない?

光浦
武藤さん、ちょっと面白いな。そこまで行くと(笑)

大竹
でもそれだと、知らないし食わなくちゃいけないじゃないですか?

蝶野
自分はそのヨーロッパ行ったところの12月までのコースは組まれてたんですけど、そこから先は組まれていないんで。よくよく考えてみたら出たときは気が付かなくて。シリーズが終わる12月ぐらいになって「あれ?俺、帰国のあれがないよな・・」って次に1月から5月ぐらいまでヨーロッパはシーズンオフなんですよ。

「俺はどうやって食えばいいんだろう?」って周りの人に連絡をして「お前、それ自分でやんなきゃダメだよ!」ってことで慌ててカナダのダイゴー(大剛)さんっていうエージェントの人がいるんですけど。その人に連絡をして「これちょっとアメリカに行きたいんですけど」って話をして「じゃあちょっと聞いてみよう」って言って。

あとヨーロッパ一緒にツアーを組んでいたアメリカのレスラーとかに話を聞いてカンザスというところに飛ぶんですよ。カンザスシティに飛んでそこでオーディションですよね。向こうで普通に使ってもらえるもんだと思って行きましたけど、アメリカはそうじゃなくて自分はもう何もないレスラーですから「とにかく来なさい。試合を1回組むからやってみろ」

最初は1人前のつもりで「そんなの俺は新日本プロレスから来てるし、ヨーロッパも回ってきたし。いくらなのかギャランティーを決めてくれ」って話をしたら「何を言ってるんだ、この鼻クソ」って言われて。「まず試合をやってみろ、お前なんか誰も知らないアメリカの人は」って。

大竹
だってアメリカなんか契約社会だから、行ったら契約あると思いますよね?

蝶野
いや契約社会だったんですけど本当にヒドかったですよ!まあそういう形でプロモーターが「じゃあいいよ、使ってあげよう」と。ただ自分がそのワーキングビザっていうのが向こうに行ってからの申請だったんでやっぱり6ヶ月ぐらいかかるんですよ。

大竹
それが下りるまで働けないの?

蝶野
本当はそうです、働けない。ただそれはもうモグリでそのまま働いていたんで。そういうところを受け取ってやってくれる団体っていうのは、やっぱりいいところではないんですよね、質の悪い。

大竹
まあ興行はね・・。

蝶野
というところで結局そこで5ヶ月間ぐらい試合をやって毎回試合が終わって、週に1回ぐらいお金をもらう日が来るんですけれども。やっぱり自分が1番最後なんですよ、外国人だし。

それでチェック(小切手)でもらうんですよ。「あっこれが小切手か」と思ってそしたら他のレスラーが・・英語もしっかり分からなかったんで「お前そんなの紙っぺらだよ」って言われて何枚か貯まって1ヶ月に1日以下銀行に行ったら・・

そしたら「NO!NO!NO!NO!」って言われて「向こう行ってくれ」って言われて、もう言葉が分からなかったから。そしたらバツ付けられて訳が分からないって言ったら・・結局その金が入ってない、もう口座がないんですよ。

光浦
うわーっ、怖い!

蝶野
紙切れにそんなものを書かれて、それを結局俺は4ヶ月間もらって最後は潰れちゃったんですその会社。だからもうその5ヶ月間ぐらいのアメリカのときは金がなくて、もらえなくて。

大竹
大変だったんじゃない?

蝶野
そのときは本当に日本レストランで働こうかな?とか本当に思ったぐらい。

大竹
すごい、でもそれでも試合に出て知らない人と初めて試合をするんでしょ?どんな人が出てきて試合をするんです?

蝶野
まあでもねやっぱり、まだ若手のレスラーとかですよね。とにかく若手のレスラーで金が低くてもとにかくリングに上がって試合を経験したいっていうような。

大竹
経験してやってるうちに周りの人気も必要?

蝶野
ええとね、そこは唯一テレビが流れてたんでローカルで。アメリカの場合はその当時はケーブルで集約してプロレスのチャンネルみたいなのがあったので。やっぱりそこでやっているとどこか大きなところの目に止まるということでみんな唯一そういう活動をしていましたね。

大竹
でもあれでしょ?奥様とお知り合いになったのはドイツでしょ?

蝶野
そうですね、ドイツの最終のブレーメンというところで。ドイツはもうスタイルが全部違うんですよ。ちょうど相撲の興行と一緒で1カ所に3、4週間。約20名から30名くらいのレスラーでトーナメント制で。あと試合もラウンド制なんですよ。5分1ラウンドかな?

大竹
何ラウンドぐらいやるんですか?

蝶野
5ラウンドですかね、基本は。

光浦
おっ長い。それで白黒付かないときはポイント制みたいなことになるんですか?

蝶野
レッドカードがあったりとか、ボクシングと協会が結構一緒になっていて。だからリングもボクシングリングと一緒で固いんですよ!

光浦
痛いですよね。

蝶野
だからその日本とかアメリカみたいにバンバン投げたりっていうプロレスは選手もなかなか・・踏ん張って投げさせなかったりとかね。

光浦
面白い、ずーっと聞きたい。

大竹
それでどうやって奥さんと知り合ったんですか?

蝶野
それでブレーメンっていうところで後援会みたいなところの会があって、そこで紹介してもらったというか・・ホームパーティがあったんですよ後援会の。そこで紹介してもらって。

光浦
そのとき言葉はドイツ語で?

蝶野
いや、英語もろくに出来なかったんで。でもそれでもカタコトでしゃべって。

光浦
それで恋に落ちる・・?

蝶野
ですね、自分がそのあとカンザスに行くんですけども。電話で話をしたり・・。

大竹
だって言葉が分かんない・・どうやってそれ!(笑)

蝶野
分かんなくて・・でもたぶんしゃべってたんですよ。ただ笑い話でブレーメンでデート誘ってディスコとか行ったときに、ディスコで家内が少し時間が経つと自分が踊らなくて酒飲んでタバコ吸ってただけなのでパッと踊って戻ってくると「Are you boring with me?」って聞いてきて。

「あっ、ボウリングって・・I like Bowling.」って全然違う答えを。「Boring」っていう言葉が分からなくて「つまらない」っていう意味が。またなんか戻ってきて・・

大竹
「つまらなくない?」って聞かれたわけ?それで「I like bowling.」って答えたの?

光浦
ボウリング好きって(笑)

蝶野
だからそんなぐらいの英会話の力です。

光浦
なんか恋に落ちるって素敵、愛に発展していく・・

大竹
そのあとの「電話で・・」っていうのはよく理解できないな(笑)

光浦
えーっ、もうお時間!まだ4分の1も聞いてない!告知をお願いします。

蝶野
ARISTRIST(アリストトリスト)」って家内と一緒にやっているアパレルのメンズブランドがあります。ホームページの方、良かったら見て下さい。


あとさっき出ていた「カミナリ」くんでしたっけ、茨城ですよね?自分も7月から茨城大使になっているんですよ。

光浦
えっ、なぜ?

蝶野
もともとは大洗が接点なんですけれども、そのつながりで大洗大使からガルパン大使っていうのをやって、それで茨城大使っていう。でも彼ら2人アレじゃダメですね?もう少し格好良くないとね。

光浦
ファッションから教えて、正しい張り手を教えてやって下さい。

(了)







2018/02/10

コラムニスト・深澤麻紀が語る「日本人の60代から下はわりと投票に行ってない」

今回2017年10月17日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!
「大竹紳士交遊録」深澤麻紀さんの回を起こしたいと思います。


深澤麻紀(以下、深澤)
前回の参院選から18歳選挙権が始まって、よく言われるのが「若者の投票率が低いことが問題だ」。これ必ずみなさんおっしゃってると思うんですけど。

実はですね、若者の投票率の低さは今に始まったことではありません。例えば衆院選の場合だと1970年代から80年代の場合40代以上は75%から85%だったんですね、投票率。でもね、その時代から20代はだいたい20%ずっと低かった。

大竹まこと(以下、大竹)
何年から?

深澤
1970年代から80年代です。だから今の50代とか40代の人も実は決して投票率は高くなかった。

大竹
俺ら行ってなかったからね。分かるそれ。


深澤
ただ一方ですごく問題が起こるのが全世代が一気に投票率が下がる時代があるんですよ。みんな忘れているんですけど20年前の1996年の衆議院選挙、それまでは平均投票率衆議院は68%から77%っていうすごく高かったんですけど。

96年に一気の59%になるんです、60%を割るんですよ。で、20代に至ってはこのときに36%にグワーッて下がっちゃう。それまではそうは言っても20代でも50%は当然あったんですけど。

大竹
何があったの?

深澤
小選挙区制がこのときに導入されて。もともと日本は中選挙区制で1つの選挙区から3人くらい選べるので例えば自民党と社会党と無所属の人が選ばれたりしてよく分からない人が3人目に選ばれたりする・・

大竹
それも選ばれたりするし、自民党・自民党・社会党みたいなこともあったわけだよね。

深澤
だからけっこう読めなかったんですけど、イギリスとかアメリカのような二大政党制をしようと。それで2つ目の政党を作ろうと小沢一郎さんはそれがやりたくて新進党とか日本新党とかいろいろやってたんですけども。

ところが小選挙区制にあるとやっぱり既成政党だったり、あるいは労組とかとつながりが強いとか組織票が強いとか。そういう政党じゃないと当選ができなくなっちゃうっていうことで、投票活動に結びつかなくなっちゃった。

しかも、日本人って無党派層がすごく多いと思っているでしょ?ところがこれも大変な誤解で。1960年代、つまりみんなが選挙に行っていた時代の無党派層って10%しかいないんです。

でね、自民党の支持者が45%。社会党と共産党は30%いました。他のいろんな諸派も15%いて政治に非常に関心が高いのが戦後から1960年代までなんですね。

大竹
そっちの方が二大政党制に近いよね?

深澤
実はそうだったんですよ!いわゆる「55年体制」という自民党と社会党が強かった時代は二大政党に近かったんですけど。まあ保守の二大政党にしたかったんですよね、日本は。

ところが学生運動がある意味失敗をしてしまって、ロッキード事件とかリクルート事件とか今の若い人に話すと信じられないくらいの政治の腐敗なんですけど。

そうすると「党派政治」というものに対して不信感が広がっていって、70年代から90年代にかけて10%いなかった無党派層が激増していくんですね。

95年には自民党の支持者と無党派層の数が逆転して、以降無党派層っていうのはだいたい4割から5割を占める先進国では特殊な国なんです。

ところがその無党派層が増えたときの96年に小選挙区制が導入されちゃうんですよ。つまり無党派層が最も多いのに政党を支持しなければ意味のない選挙制を入れたら、投票率は下がりますよね?だって自分は支持政党がないのに、自民党かナントカ党に入れないとダメだって思う。

さっき言った学生も20代の人も1960年代までは投票率が高かったんですけど、それがどうして下がったか?というと・・まあこの番組でも何度かお話しているんですけど、日本とはとにかく学生運動のアレルギーがすごかったんですね。

1969年に当時の文部省がとにかく高校生による政治団体の組織化と政治活動を制限・禁止。あと大学とかもやはり学生運動の中心となった自治会を解体する動きというのがありまして、これが実際50年近く高校とか大学っていうのは政治活動とか政治運動をほぼ禁止してきたんですね。

同じころ、もちろん60年代70年代っていうのはヨーロッパとかアメリカも政治の季節で学生運動がすごかったんですけど。彼らはその反省から「だからこそちゃんと高校生でも中学生でも政治活動しましょう」と。70年代から18歳選挙権も認めて高校できちんと政治について教えるからこそ大学生になったら選挙権を認めましょうっていう。

この50年の差が日本と欧米を大きく分けてしまった。つまり若者が政治に興味がないのは今の20代じゃなくて、30代・40代・50代・60代、ここまで全部が高校時代にほぼまともな政治教育を受けていない。投票率もものすごい下がっているっていうことがもともと問題なので・・

大竹
高校生なんかが政治に参加することをやっぱり拒否したわけね。

深澤
拒否したんです、学生運動の恐怖感がすごかったんですね。日本はそもそも「革命」というものも市民革命もなかったですし、侵略されたこともないから独立戦争もないわけですね。ほとんどの大きな国っていうのはだいたい革命か独立をしているわけで市民の勝利体験があるわけですよね。

だけど日本は市民の勝利体験っていうのがない、学生運動も失敗してしまいましたから。で、アメリカの二大政党制というともともと黒人解放とそうでない派とか。イギリスだったら貴族派と民衆派とかっていうふうに割と分かりやす二項対立があるので二大政党制になりやすいんですけど。

日本は実はそんなに自民党と社会党も当時激しい政治対立があったかというと、アメリカやイギリスほどはやはりなかったっていうことなんですよ。

もう1つ最近よく聞くのが「若者が保守化した」っていうじゃないですか?ところがね、この20年小選挙区制になってから若者に人気があった政治家っていうのは小泉元首相と橋元・元知事なんですね。

この20年っていうのは日本の革新勢力っていうのは現状維持勢力に見えるわけですよ。「護憲」とかいうわけだから、そうすると小泉さんとか橋元さんは保守ではなくて現状打破勢力に見えてきたんですよね。

太田
改革派のイメージ。

深澤
そうですよね、だって「自民党をぶっ壊す」とか「大阪をなんとかする」って。だから今も若者は自民党支持とか安倍首相支持が確かに多いんですけど、どちらかというと現状維持勢力への不信感。だから保守派ともちょっと違っていて。

実際に2009年のときに民主党が政権を取ったときには若者の投票率も50%まで上がっているんですよ。だからやっぱり現状が変わることに対しては若者は決して否定的ではないんですけど。

ついつい私たちがですね「若者は投票しないから」とか「若者は保守的だから」とかね言ってしまうとますます若者は「そうなのかな?」「俺たちは政治に興味がないのかな?」と。

「いや、60代から下みんなそうだよ」っていうと学生はびっくりするんですよ。「みんな選挙行ってない人、たくさんいたからね」って。

大竹
さっきの話に戻りますけど、日本が高校生とかあまり政治参加を学校側がある意味、規制していったんですか?

深澤
そうです。

大竹
アメリカなんかだとオバマさんが大統領になるときはボランティアとして参加していたのがバッチとか作ったりしたのが高校生だからね。

深澤
そうなんですよ!それが国を変えるという本人たちの当事者性を作るので日本はとにかく高校までは性教育もしなきゃ政治教育もしないのに、急に大人になったら「政治に興味を持て!子どもを作れ!」とかいう極端な国なんですね。

大竹
政治のことを教えないで、いきなり「選挙行って下さい」って言ってるようなもんだね。

深澤
公民の教科書とかはありますけど、本当に「衆議院は何議席」とかそういうことしか教えてないので。いや本当に「右派」とか「左派」とか「革新」とか「リベラル」とか「保守」とかそういう言葉も全然分かんない。

大竹
俺たちだって「保守」とか「リベラル」の違いがもう今は逆転したりしてよく分からないよ。

深澤
だからそういう意味で分からないのではなくて、そもそも教えてもらってない。一方では若者に「新聞を読め」とか言うじゃないですか?これもなかなかやっぱり難易度が高くて。

というのは学生に一番驚かれるのは、学生時代貧乏だったので風呂なしに住んでいてテレビもなかったんだけど新聞取ってたんですよって言うと「風呂とテレビがないのに、なんで新聞取るんですか!?」

だって読むものがネットもなけりゃ、携帯もないから読むものないから新聞しか・・毎日家に来てくれるのが新聞だけなんだっていうと「へえ」って言うんですけど。

やっぱり新聞はサイズが大きくて読みにくいんだって。あと段落が飛ぶからやっぱり読みにくいんだって。

はるな愛(以下、はるな)
まあ電車の中では開けないもんね。

深澤
それに手が汚れるので嫌だっていうので、読むと面白いらしいんだけど・・だからねやっぱりリアリティがあるのはそうは言ったってスマホでいいんですよ。

私はそのかわりスマホで薦めるのは検索ができるニュースアプリを使いなさいよって言っていて。検索ができるニュースアプリは「yahoo!ニュース」と「googleニュース」なんですね。これを絶えず入れておきなさいっていうことと。

今だったらNHKだったら「選挙WEB」っていうサイトがすごくよくできているんですよ。あとネットニュースを読むときには3本に1本でいいから面倒くさそうなニュースを読みなさいって言っています。

NHK選挙WEB

「Yahoo!ニュース」ってついつい芸能ニュースばっかり読んじゃうので、はるな愛・大竹まことを読んだらその後「立憲民主党」のニュースを読みなさいよっていうようなことを言うと。負荷のかかるニュースは筋トレと同じだから3本に1本読むといいよっていう・・

そうすると「アプリとかでいいなら、読んでもいいかな?」とか。「あとtwitterでNHKのニュースをフォローしようとか政党のニュースをフォローするといいよ」って言うと具体的なのでやっぱり「新聞を読め」よりは聞けるのと。

NHKニュース @nhk_news 

あともう1つ、これは若者だけじゃなくて投票先がまだ決まってらっしゃらない人が多いと思うので、私が毎回使っているのが毎日新聞のネットサービスで「えらぼーと」というのがあります。

毎日新聞ボートマッチ えらぼーと 

これ何か?っていうと立候補者に25問のアンケートをしているんですね。その結果を自分も答えるんですよ。そうすると自分の選挙区で自分に近い人が分かるんです。すごく便利なので自分の政治的な思考は自分の選挙区だとこの人が近いんだなっていうのが・・

大竹
今日さっき頭で話したんだけど、新聞に候補者のいろんな欄が出ていてその一番下に「好きな本・好きな映画」とかね趣味のことがプロフィールで書いてあって。そこには昔の作家の名前が書いてあったりするんだけど、そこに何にも書いてない人がいたんだよ。

深澤
えーっ、それは嫌だ。そんな人。そういう人に入れないのは大事だわ。

大竹
何人かいたんだよ。「これどういうことかな?」って思ってさ。

はるな
「書き切れない」っていう思いかもしれないけれど、でも書かないとそうなると「嫌だ」って思われますよね。

太田
もったいないですもんね、せっかくのチャンスを。

大竹
横棒を引いてあって、俺ちょっとびっくりしちゃってさ。

深澤
でね、あとはよく「今の若者は昔より幼い」ってみんな言うんですけど。それは自分が年を取ったからなので、明治のころから言われてますからね。ただどんなときでも若い人は「正しい候補に入れたい」っていう欲望があるんですよ、それは私も若いときはそう思ってた。

でもそれは無理なので、とにかく若い人に私が言うのは「マシな候補、マシな政治・・」と。万が一失敗しても自分で正直私だって失敗していますけど、それに反省すればいいので・・まあ行きましょうよということです。

大竹
俺はもっと選挙はアジアの国みたいにお祭りみたいになればいいのになって思ってんだけどね。

深澤
インスタ映えとかもすればいいのに、みんなで写真を撮って。

(了)

2018/02/06

IVANが語る「ラテンって本当に『マチズモ』って男尊女卑のすごい強いのがあって」

今回は2017年10月3日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
オープニングの一部を起こしたいと思います。


はるな
今日が最終日(大竹まことの夏休み)ということで私の好き勝手にお送りする火曜日はピンチヒッターにこの人を呼びました。

IVAN
ハローッ!そしてラブ!IVANです。(高い声で)

はるな
どっから声出したん、それ?

IVAN
喉仏の下らへんかな?

はるな
IVANがすっごい声を張って、元気にあいさつしてくれたときに全体の3Dの映画の観ているような感じですね(笑)

IVAN
いややめて!なんで!どうして!

太田
いやでも初めてお会いしましたけど、やっぱり綺麗ですよね?まあ大きいけど。

はるな
身長、何センチ?

IVAN
マリア・シャラポワと一緒です、180センチ。イヴァンカさんとも一緒です。

太田
あららららら。

IVAN
綺麗どころを出して、それで「大林素子さんよりかは小っちゃいです」って大林さんをディスるっていうのを(笑)

はるな
いや、怒られるでホンマに!

太田
今日も素敵な可愛らしいお召し物で、背中と胸が大きく開いた白い・・それでバラの花ですよね。

はるな
やっぱりバラは私たちの勲章なんですか、それは?

IVAN
そうですね。

はるな
ちょっとあのスイスの女の子みたいな今日は可愛らしい・・

IVAN
ちょっとLILICOさんっぽいですか?

はるな
LILICOさんは女性ですよね。たまに聞かないと分からないです。

IVAN
たまにこっちの人かな?とか思っちゃいますね。

太田
それで長い赤いスカートをはいていて。

IVAN
体型をやっぱりAラインにして自分が身長が高いので、下に下に重みをつけてあげると。

太田
バランスが見やすくなるっていうんですね。

IVAN
逆三角形にすると、どうしてもデカく見えちゃうんで下に重みを持っていくと。

はるな
じゃあ身長の低い人は?

IVAN
身長低い人は逆です。低い人は上に逆三角形にしてあげると、肩だったり襟とかに・・肩とかをちょっと花っぽいフラっとしたりとか

はるな
レースとかついてるやつとか?

太田
さすが元ファッションモデルですね、パリコレの。

はるな
今もモデルですけどね。

IVAN
元パリコレですから!

太田
テレビとかで見ている人はIVANとかのことをよく知っていると思いますけど、ひょっとしたら知らない人のためにご説明したいと思うんですが。

本当に綺麗で派手なお顔立ちしていらっしゃいますけれども、お母さんが?

IVAN
メキシコ人ですね、生粋のメキシコ人で。

はるな
テレビ出てたね、お母さんが。

IVAN
そうなんですよ、歌ちゃってねテレビで本当に(笑)

太田
お母さんも綺麗な人なんですか?

はるな
すごい陽気で!メキシコの方ってあんな感じなの?いつもこう肝っ玉母ちゃんじゃないけどさ?

IVAN
そうです、そうです。なんかの番組で観たんですけどメキシコって幸福を感じる度の国で1位か2位なんですよね。みんなストレスを感じない。

それでお父さんがスペイン人と日本人のハーフです。

太田
ということはクォーターってことなんですね?

IVAN
そうですね。

はるな
ハーフ芸人の中とかにいるけど?

IVAN
あれも実はけっこうみんなほとんどクォーターとかで(笑)「ハーフ会」っていうのがあるんですけど、やっぱりハーフっていうくくりになっちゃんですけど、意外とみんなお父さんがハーフだったりとか・・

はるな
その「ハーフ会」でベッキーちゃんとかいたじゃないですか?やってる、あれから?

IVAN
・・・やってない・・やってないですね(小声)あの件があってからもう散らばりましたね(笑)頭がいなくなったんで・・。

はるな
やめてあげて!あっそうか、頭がベッキーちゃんだったんだ。

太田
それで21歳でパリコレの舞台に立つなどトップモデルとして大活躍と。

はるな
そのときは男のモデルとして?

IVAN
そうですね、メンズの男の子のモデルでやらしてもらってて。もともと保育士になりたくて日本に帰ってきて、日本の専門学校に行こうと思ったらスカウトされてしまって。

はるな
日本で?パリコレの?

IVAN
いや、もう普通のモデルエージェンシーにスカウトされて「ちょっとバイトがてらやってみようかな?」と思ったら、けっこうトントン拍子に「MEN’S NONNO」とか「POPEYE」とか「smart」とか。

はるな
まずは雑誌からだったんだ。

IVAN
とりあえず全誌制覇して、メンズで。四天王の1人みたいに呼ばれるようになって、ちょっと欲が出てきてファッションショーとかも東コレ出まくってて、「ソウルコレクション」も行ったし。そっからなんか「あっ、パリ行きたい」みたい。

太田
「そうだ、パリに行こう」だ!

IVAN
やっぱり野球でいうメジャーリーグみたいなものなので。

太田
まあパリはファッションの本場ですもんね。

はるな
それで行ってどうやってそんなん受かるの?

IVAN
いやもう本当にすごくて、向こうってガチなので。自分でその「ブック」っていわれる今までしてきた仕事の写真を持っていって、それで事務所も入ってないからまず事務所探しをして・・

太田
パリで?

はるな
やっぱり事務所に入らないといけないんだ。

IVAN
エージェントにまず所属をするためにいろんなエージェントに行って。でもパリだから本当にはっきりしてて「ああ、もういい帰って。ノーセンキュー」みたいな。

太田
言葉はIVANどうしたんですか?

IVAN
もう英語です。英語となんとなくスペイン語もしゃべれるんで。なんとなくフランス語と頑張って混ぜてみたいな。

それでやっとエージェントに入れたと思ったらそこから今度はファッションショーのオーディションに行くみたいな。1日5本とか6本とか行って。

はるな
けっこう決まったらすぐ出るんでしょ?どれぐらいの期間なの、決まってから出るのって?

IVAN
すぐ出ます。決まってからもう本当1週間とかで出る人もいます。フィッティングとかも服がピタッと合っちゃえば「この日、この日何時に来て」っていってそこに行ってショーに出て帰るみたいな感じなので。

けっこう日本と違って機械的な動きというか・・

はるな
作業的な?流れ作業だ。

IVAN
そうそうそう、行って出て次ぎ行ってって。

太田
事務所が決まって舞台に立つまでは短期間だったんですか?

IVAN
いや、私の場合は1ヶ月ぐらい前もって行っておいて。事務所が決まらなかったらオーディションすらもないので。

変な話そのときいっぱい仕事をしていたから、雑誌、某ブランドのキャンペーンだったりとか全部蹴って。

太田
日本での仕事を全部蹴っ飛ばして?

IVAN
で、モデルなんでいなくなったら速攻パッと違う替えが・・

太田
まあやりたい人はいっぱいいますもんね。

IVAN
だからもうそのときのマネージャーさんとかはすごい反対されましたけど。だから何も出れなかったらマイナスで帰ってきちゃうから。

はるな
ちなみにギャラとかすごいの?

IVAN
いや、全然です!!服、服、服!

はるな
嘘でしょ!?

太田
服!?現物支給!

はるな
パリコレってすごいスーパーモデルとかが・・。

IVAN
それはナオミ・キャンベルさんとかケイト・モスさんとか、そういう人たちはあの人たちが歩いたら今でいうジジ・ハディットとかそういうモデルちゃんはあの子たちが歩くことに意味があるから。あの子たちのランウェイでいくらとかです。

それでナオミ・キャンベルさんとかの時代は話に聞くと、もうワンウェイ1回歩いて往復するだけで300万、日本円で。

太田
うわっ、片道が150万!

はるな
前に出て後ろに下がるだけ?あらーっ!

IVAN
それを服を3着とか着るから・・

太田
1回900万?パリコレ1日で1000万とか?

IVAN
全然ありました。

太田
うわーっ、すごい。

IVAN
それぐらいピンからキリなので。

はるな
それじゃあもう本当にギャラは服だけで?飛行機代は?

IVAN
もう全部実費です。まあ日本でいるモデルの中で出ている子で秋元梢とか。あと萬波ユカちゃんって子がいたりするんですけど。

はるな
あの子は?千代の富士さんの娘さん。

IVAN
(秋元)梢?梢なんかは私と一緒でもう向こうに現地に行って、現地のデザイナーさんと知り合ってそっから仕事につながるとか。だからすごい自分で動く行動力はすごいパリとか海外のファッションショーは大事で。

でも私の場合は若いうちにそれをして、某ブランドのショーに出たから帰ってきて「元パリコレモデル」でタレントやらせてもらっているので、出ていて良かったなと思います。

太田
そのパリコレに1回出て、そのあとトップモデルとしてフランスとかで活躍しようなんていうことは考えなかった?

IVAN
いやいや、もう全世界からの格好いい人綺麗な人が集まってるので1本ショーに出たぐらいじゃ。

はるな
パリコレのときも男だったんでしょ?

IVAN
そうです、メンズモデルでやらしてもらいました。

太田
じゃあさすがにこの生き馬の目を抜くかのような世界では自分はしんどいなと思った?

IVAN
すごく海外のファッションって面白くて、日本と違って「あっこの子カワイイ」「この子、今のトレンド!」ってなったらそのモデルばっかり使うんですよ。そのモデルさんがそのシーズンのモデルになる顔になるから。

太田
いろんなブランドも兼ね備えて?

はるな
契約みたいなこと?

IVAN
契約っていうかとりあえず呼ばれる、全部。もちろんエージェントに入ってますけど。その人がその年のそのシーズンの顔になっちゃうから他のモデルはもう出る幕がないというか。

太田
脇に追いやられちゃうんだ。

IVAN
でもその分、半年でサイクルが早いからファッションって。次のシーズンにはいなかったりとか。だから日本の方がいったら仕事があるじゃないけど・・。

はるな
でもずっと内面は女性だったんでしょ?でも女性のドレスとか着て「ランウェイ歩きたいな」とかなかったの?

IVAN
やりたかった!すごいありました、それ!

はるな
こっちはもうでも裸みたいな感じで男の人ってさ、乳首も出てるわさ。

IVAN
今でもファッションって・・だから私、胸を入れてないんですけど。メンズのお仕事を今でもやらせてもらっているので「トップレスになって」って言われたら脱げる。ファッションだったら脱げるし。

太田
じゃあ男も女も両方、今はできるんですね。モデルとしては。

はるな
そこは恥ずかしくないんだ。

IVAN
そこはもうファッションだから全然抵抗ないですね。

はるな
乳首もシャラポワみたいな感じでやってるんですか(笑)

IVAN
ヤダッ!シャラビーチク(笑)

はるな
私でも知らなかったんですけどね、こんなに明るいIVANがホームレスの時期があったって。

太田
なんか聞きましたけど、どういうことですか?意味分からないんですけど。

IVAN
それも本当にその話の流れからなんですけど、メンズのモデルをやっていくうちにだんだんやっぱり性同一性だから女の子でありたいのがだんだん周りが求めるのが、私その時期に音楽のデビューもしたんですけどバンドを組んで。そのときもそのレーベルの人がヴィジュアル系みたいな?

はるな
男っぽくね、男でやってくれって。

IVAN
だから女の子を愛するキャラでいてほしいみたいな。それで女の子のファンもいっぱいついたし、でも言えなくて・・言いたいけどこういうキャラだし。つい「マボロシ!」みたいなのをやってないといけなかったのが辛くて辛くて。

でも私けっこうはっきりしている人なので、極端だし。「ああ、ヤダッ!もう辞めたい、これ!はい辞ーめた!」ってプツンって自分の変な糸が切れて「1回リセットしよう、自分の人生」って思って・・

はるな
それはいくつのとき?

IVAN
23、4歳のとき?

はるな
どうしたの、それ?

IVAN
そのまま「辞めます!」ってなってパッと辞めて「1回世捨て人になろう」と思って。

太田
あえてそういう状況に自分を追い込んだんだ。モデルの仕事をして収入を得ようと思えば出来たんだけどリセットするためにあえてそうした。

IVAN
そうです、そうです。もうなんか男の子で築き上げてきたものが自分の中ですごく邪魔になっちゃって。

はるな
はあ、ちょっと分かるかもなあ・・。

IVAN
メンズで頑張ったことはいいことだし、メンズで上り詰めたステージなんだけどそこにステージに立ってることはすごく辛い自分に気付いちゃって・・「だったらこのステージ自分の人生に邪魔だな」と思って意味を成さなくなっちゃったんですよ。

太田
その積み重ねてきたものに対して意味はゼロと。

IVAN
「崩れてもなんとも思わないわ」って思っちゃった自分がいたから、だったら今のうちに早いうちに辞めとこうと思ってスパンッと辞めて。もう浅草の本当に隅田川のところにホームレスのおじさんたちが座っているところに言って「すいません、ホームレスどうやったらなれますか?弟子入りさせて下さい」つって。

「なんだお前!面白えな。お兄ちゃん、ちょっとこっち座れ」って鬼ころしもらって。「とりあえず段ボール取ってきて場所確保して寝るところ見つけろ」って言われて「ハイッ!」つって。

太田
じゃあ暖かく迎え入れてくれたんですね。

はるな
でもそっからじゃあもう女の子として?

IVAN
そうですね、次に世にもう1回出るときは女の子としてちゃんと自分の人生を謳歌した上というか悔いなく生きたいなと思ったから。

はるな
でもそのときにメキシコもニューハーフの街があるって聞いたことがあるの。そこの人も世界大会で優勝したことある人で「もう街が全部ニューハーフなのよ」って聞いたことあるんですけど、メキシコの方が理解ありそうじゃないですか?どっちがあるの?

IVAN
あのね、全然日本の方があります!ホームレスをやってちょっとお母さんと久々に再会をして、私のそのホームレスの状況を見てうちの家族はドミニカ共和国に住んでて「ドミニカに一緒に行きましょう」って言われて一緒にドミニカに永住しに行ったんですよ、ちょっと向こうに住もうと思って。

リフレッシュしていろいろ自分の中で向き合う時間がほしいから、誰もIVANのことを知らない国で自分の新しい人生をもう1回ゼロから始めようと思ってドミニカに行ったんですね。

向こうで家庭教師をやったりとか、子どもの日本語学校で日本語を教えたりしたんですけど。そのときにだんだん自分が女性化していくから髪の毛も伸ばすし爪塗るし。でもラテンって本当に「マチズモ」って言って男尊女卑のすごい強いのがあって。

「オカマ!」とかそういうレベルじゃない、もう石投げるとかじゃない。人前で罵倒する。トコトコって歩いていたら人前で「このクソカマ野郎が!気持ち悪いからこの道通るんじゃねえ」とか、それが当たり前だから。すごいそれに対してコンプレックスが強い国なんですよ、ラテンって。

太田
じゃあ「隠そう、隠そう」っていう気持ちも強い?

IVAN
そう、向こうの方がカミングアウトするのがすごくキツい。

はるな
へえ、意外だった。

太田
日本ってLGBTに対する理解ってすごく遅れているっていう印象があったけど・・

はるな
私もやっぱりありましたよね。

IVAN
いや、社会的にはやっぱり遅れているんですよ。その社会的にどうしても日本の仕組みも日本の人種も「私はこう」じゃなくて「みんながこうするからこうしなきゃ」って。別にそうじゃなくてもいいんだよって周りは思っているのに日本人は根本的な性格で「あっ、ダメなんだ。オネエになっちゃいけないんだ」っていう勝手な自分の思想で右向け右の人種になっちゃうから。


太田
ああ、周りに合わせよう合わせようとするっていうね。


IVAN
でもラテンとかはハッキリしているから「そうよ私はトランスジェンダーだから何か?」っていうのをハッキリするからぶつかって社会がちゃんとそういう人も尊重しましょうみたいな。

はるな
でも罵倒されるんだ。

IVAN
全然されます。

太田
そうかぶつかり合いがあるんだ。日本ではお互いが遠慮し合うというか・・でも隠された差別意識とかコンプレックスとかもあるっていう・・なるほどね。

はるな
そうか、ぶつからないと始まらない。

IVAN
だからうちの母親なんかはメキシコですけど、それが最初分からなかったから私が子どものときの「あっ、この子・・ん?」ってなってカウンセリングに通ったんですよ。

はるな
そういうカウンセリングとかもしっかりしてるんだ。

IVAN
してますしてます。カウンセリングに通って私のそういうトランスジェンダーの子の育て方みたいなのを学んで。だから私がのびのび育てたというか、特殊な女の子って言われて育ったんで。

太田
まあそのドミニカはそういう厳しい社会だったから、ちょっとここで定住するのも違うなっていうふうに思ったんですか?

IVAN
今度向こうにいたら向こうにいたで「女の子で生きていけない、ここにいたら」とか。あとホルモン治療を始めたいけど、どうしても技術が進んでいないとか安心できないとか言葉が分からないとか。

はるな
それってあれじゃない?異性との恋愛の仕方が・・IVANが好きなのが日本の男の子の恋愛の仕方が好きとかもちょっとあるんじゃない?

IVAN
あったかもしれない、それも。でも日本人なんで中身がどうしても。

はるな
なんかたまに向こうのポルノ映画みたいなのを観たら、愛し方がスポーティじゃないですか?こっちはすごく陰部が隠されたような愛し方じゃないですか?ちょっと秘め事じゃないけど。だからちょっとそれで好き嫌いはあるんじゃない?こっちの女性になりたかったというか・・

IVAN
ありますね。なんか女心を分かってみたいなのをやっぱり海外の人は分かっているから女心を。バラを持ってきてくれるとか、バレンタインの日は男がチョコレートを持ってきてくれるとか・・「いや、違うんだよね。ごめん、ホワイトデーが欲しいの!」みたいな(笑)

太田
その辺のギャップがあった?

IVAN
やっぱり日本で育っている分、どうしてもそういう「和」というか大和撫子に憧れてはいますよね。

はるな
そうか・・そっちが入っているんだ!おばあちゃんのね。

太田
やっぱり日本で暮らしたいと思って。

IVAN
もう1回日本に帰ってやっぱりモデルも中途半端に辞めちゃったし、この世界も中途半端に辞めちゃったから30歳になるまでのもう1回トライしたい。次はちゃんと自分のしっくり来る性でトライしたいと思って、日本に帰ってきて普通にアルバイトとかしながら事務所を探したりとかして。

それでしっくる来る事務所と出会ってそこからテレビのお仕事をいただくようになったりとかして・・

はるな
それでテレビでカミングアウトしたんだ?

IVAN
そうですね、元々は歩くカミングアウトだったんですけど。

太田
もう隠すつもりもなくて?

IVAN
でもテレビではそれがネタになったから、カミングアウトっていう言い方で。元メンズモデルが実はオネエでしたみたいな。

はるな
でも私聞いたんですけどね、すごいまたお客さんの話をしていいですか?お客さんがシャンパンを扱っている会社の人でやっぱり世界のデザイナーにそのシャンパンを入れに行くんですって。

もう大きなクルーザーをお持ちで有名なデザイナーですよ。その方たちはやっぱりLGBTの心を持っているから乗っている人たちが全部イケメンモデルなんですって。

船に乗ってしまったら泳いでしかどこにもいけないから、順番にお部屋に呼ばれるんだって。そのトップモデルさんとかもやっぱりそのデザイナーけっこうおじいちゃまだったりするじゃないですか?でも一緒にベッドルームに呼ばれて・・

太田
もうお2人の頭の中では共通に浮かんでいるんですね?

IVAN
だろうな?っていう・・。

はるな
まあけっこう有名な方ですよね。だからけっこう多いんだなと思って、そういうファッションの業界の人でもね。

IVAN
ただそれを別に男の子のモデルがその人のショーに・・やっぱりステータスだから出たいと思っている人は行くかもだけど、そうじゃない人はやっぱりしない。

はるな
中にはいるでしょ?そのストレートというかノンケって?

IVAN
いや、ほとんどストレートです。メンズモデルくんはほとんどストレートです。

太田
ストレートなんだけど、その有名なデザイナーのショーに立ちたいから呼ばれると「じゃあこれをステップに」って言って覚悟を決めてっていう人もいると?

IVAN
ちょっとね、メンズモデルはバカが多いんですよ(笑)

はるな
ハハハ、言うよねー本当に(笑)

IVAN
「まっ、いいか?」みたいな(笑)

太田
軽いノリでっていう?

はるな
IVANも代表だよね(笑)

IVAN
代表なんです!でも私は女の子だったから、女子だったからデザイナーさんは分かるから「ああ、この子は女だな」って分かっちゃうから一切誘われたりしたことはなかったですね。

太田
逆に呼ばれないんだ。けっこう小っちゃいころは自分の心が身体の性が一致しなくて苦しんだりこととかあるんですか?

IVAN
いやだから本当になんだろうな・・さっきも言いましたけど母親がすごいそこに頑張ってくれた人で例えば一番最初の違和感が幼稚園だったの、私。

幼稚園のときにみんなで夏にプールにバッと入るときに、すごい自分のお友達の女の子とかはキティちゃんとかキキララとかのカワイイ水着を来ているのに。なんでIVANはこの黒のパンツみたいなの?みたいな。

「やだ、IVANもキティちゃんとかキキララ着たい!」ってママに言ったら「いやいや、IVANは特別な女の子だからそっちの方が似合っているよ」とか。

はるな
お母さんがそう言ってくれたんだ。

IVAN
それを全部プラスに変わっていたから「そっか、こっちの方がスタイルいいからIVANこれなんだ!」とか、プラスにプラスに育ったから苦しみだしたのはやっぱり思春期ですね。

はるな
体つきも変わってきて・・ヒゲは生えてきたりとか声変わりとか?

IVAN
そうそう。

太田
じゃあ自分の望む容姿じゃない方向に自分の身体が変化するっていうのが、ちょっと嫌だなとか苦しいなっていう。

IVAN
たまたまでもハーフっていうのがあったから、なんかごまかしがいっぱい効いたけど・・にしてもやっぱりちょっと修学旅行も行けないとか行きたくないから親と一緒にメキシコ旅行に行くとか。それはすごいありましたね。

はるな
けっこう自由なんだね、でも。そういうのに行けるのがね。日本ってやっぱりなんか行かないといけないとか、みんな行かないと行けないみたいなのあるじゃないですか?

IVAN
そうそうそう、あとすごい話があって。私、中学校3年間うちの学校って組体操って分かります?組体操でうちの学校ってみんな上を脱ぐんですよ、男の子。

太田
上半身裸で組体操?

IVAN
上半身裸で組体操やって「オーッ!オーッ!オーッ!」ってやるんですけど。私はやっぱりそれはすごい抵抗があって出来なくて中学校2年間ずっと体育祭は絶対出ないみたいな。

でも3年目になったときにそのときの先生が意地悪で体育の先生が「お前、2年もサボったんだから3年目ぐらい出ろ!最後なんだから」って言われて「嫌です!」って言って。そのときけっこう学校内の噂で私いつも制服ジャージで行っていたから、ブレザー着たくないから。

はるな
私と一緒だわ。

太田
男用の詰め襟っぽいのが嫌なんですね。

はるな
男女兼用なんですよ、ジャージは。だから女の子も着ているからそっちの方が良かったね。どこの学校?その話。

IVAN
私は埼玉でした。

はるな
埼玉なんだ!私、ずっとメキシコかな?と思ってた。

IVAN
普通の公立の学校で、そのときに先生に「お前そこまで言うんだったら、最近学校でお前が女だって噂が出ているからおかしい」って言って「お前1回ちょっとこっち来い」って変な個室に呼ばれて「ここで下見せろ、下脱げ」って言われて。

はるな
えーーっ!先生が!

太田
犯罪だよ、犯罪。

IVAN
今だったら大問題だけど、そのとき「えっ脱いだらじゃあ組体操出なくていいですか?」って言ったら・・

はるな
先生が「俺と組体操しろ」とか(笑)

IVAN
なんでそっちに持って行くのよ!

はるな
なんかそういうシーンなのかな?と思って。

IVAN
違う違う!そこでじゃあ「ついているか、ついていないか?ハッキリさせよう」みたいになって。それで結局私は組体操に絶対出たくないから「分かりました」って言ってスッて脱いだら先生もなんか「ああ、分かった」とか言って。「じゃあもう出なくていい、お前は」「お前が出て途中で崩れられても困るから。デカいからどっちみち下だし」みたいな。

はるな
なんかデカかったんですか?

IVAN
違う!そういうデカいじゃなくて。ねえ、やめてっ!違う、小粒(笑)

太田
イチモツ見て納得するっていう先生もおかしいでしょ?

はるな
IVANの顔から見て、別に私占い師でもなんでもないですよ。すっごい大きそうなんですよ(笑)

太田
まあまあ、身体大きいからね(笑)

IVAN
全然そんなことなかったです。真面目な話をしてるんだから!結局、私のそれがあってからちょっとやっぱり学校内でざわついちゃって「なんで先生そんなことしたんだろう?」みたいな。

はるな
ちょっとそこ気になる。

IVAN
そこからうちの学校は相談室みたいなのが設置されたりとか。

太田
じゃあ状況がちょっと良い方向に変わったんですね。

IVAN
だからおかしかったんですよね、きっとその先生は。

はるな
ちょっと興味がなかった、先生もそんなのをねえ・・。

太田
じゃあIVANの見せるまでの覚悟を見て「あっ、これは本物なんだな」って思ったってことなんですかね?

IVAN
ちょっと古い頭だったのかもしれない、その人は。

(了)

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