2015/01/22

マキタスポーツが語る「自分でそんなこと言うのはあれなんですけど、才能あると思ってたんですよ」

今回は2014年12月2日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!」その1を起こしたいと思います。



大谷ノブ彦(以下、大谷)
さあ時代にもの申す論客が日替わりで登場するキキマスター
今日火曜日はマキタスポーツさんです、よろしくお願いします。

さあ今週はキキマスターの皆さんに共通のテーマで伺ってます。
題しまして「キキマス!人生劇場 人生は山あり谷あり大谷あり」

人生の良いときのピークからしんどかった時期まで山もあれば谷もあり
時には大谷もあります。なんで僕の苗字がこのネガティブな方の・・
まずけっこう浮き沈みが激しいですね?

マキタスポーツ(以下、マキタ)
いや俺自分で客観的に見てこんなに山あり谷ありなの?と思いましたね。

大谷
「バイトをやってる36歳」気になりますけど、どん底時期ありますね。
大谷どころじゃないですね、突き抜けてますね(笑)

マキタ
そう、突き抜けた時期がありましたね。

大谷
これまず一番最初は5歳のときですか?
「いとこに自信を打ち砕かれた」って(笑)

マキタ
あのね僕ねやっぱりあの全能感がすごくあったんですけど、5歳までは。
東京からいとこが来たんですよ、そのときに女の子なんです同級生で
フミコちゃんって子なんですけど。

その子に僕は全能感丸出しで「おい、フミコ!」って言ったんですよ。
「田舎へようこそ」ぐらいの感じで。そしたら

「呼び捨てにしないで」って標準語で言われたんですよ。
それで「えっ!」と思って、「そんな返しあるの!」って思って。

大谷
返しにどっきりすることってあるよね。

マキタ
だから返されたことが無かったわけですよ、きっと。
しかも女の子にそういうパーンってひっくり返し食らって「ええーっ」って思ったのを
全部近所のオバちゃんに見られてたみたいです。

大谷
そこでガクンと落ちて?

マキタ
そこでなんか初めて「女って怖えな」とかって思いまして。

大谷
これしばらく閉じ籠もっちゃうんですよ。

マキタ
でなんかね、とにかく女の子に対する苦手意識が出来てしまって
女の子の前で下半身を出すぐらいしか出来なくなってくるんですよ。

逆にそういう極端なことをするアピールしか出来なくなっちゃって
普通にしゃべるということが出来なくなっていった時代がありました。

大谷
でも10代、17ぐらいですか?地元の人気者になるんですよね?



マキタ
あのね僕ね、人より成長が早かったのか小学校の5年ぐらいから大人の体つきになってきて
あっという間に前の方から後ろの方に列が行って、中学ぐらいの3年ぐらいまでが
僕の成長期のピークだったんですけど。

そのときに人よりも、例えば4つ上の兄貴の影響もあったりとかしたんですけど
もう文化とかにしてもそうです、体力にしてもそうですし、
あと勉強とかにしてもそうですけど急激に伸びていった時期があってですね。

で、僕ここでですね神だと思ってました自分のこと。
いやあまりにも神だと思ってたんで、勉強だけが他のものに比べると落ちていたから
勉強さえしたら本当に神になると思って、勉強したんですよ。

大谷
それくらい調子に乗ってたんですね(笑)

マキタ
そしたら本当に学内でもすごくトップクラスになったんですよ。
「あっ!やっぱり俺、神だったんだ」って思ってたんですよ。

で、そのまんまの勢いで地元の進学校に入るんですけど、
良い感じで3年間過ごしたんですよ。

大谷
それで大学と入学と同時にひきこもりになっちゃうんですか?

マキタ
で、大学入って・・俺だから神だと思ってるじゃないですか?
東京に行ったら絶対また俺が神だってことがバレちゃうと思ったんですね。
そしたら全然バレなかったんですよ(笑)

それどころかね、その神さま方言がバレることが嫌で
1回僕が階段を上りきったところで「あー、えらい」って言っちゃったんですよ。
そしたら一緒に登ってたやつが「何がえらいの?」って言われて

それ以来、顔が真っ赤っかになっちゃって、その神様が。
そっから僕一気に引きこもりですよ。

大谷
自意識高いねー!

マキタ
それが5月だったんですけど、5月に完全に引きこもりになって5月病になって。

大谷
それが18歳、そこから芸人になるのがいつ?

マキタ
一旦大学を卒業するまで東京に居たんですけど、
大学卒業した直後に一旦田舎に帰るんですよ。

大谷
甲府に?

マキタ
甲府に近いところなんですけど、山梨市っていうところなんですけど。
そこに一旦帰りまして、某ハンバーガーチェーン店で副店長として働くんです。
そこでお金を貯めて再上京しました。もう翌年には再上京してる。

大谷
そのときは目的はあったんですか?芸人になるっていうのがあったんですか?

マキタ
よく聞いてくれました。そのときに僕は行ったね、お袋に。
今度上京するときにはちゃんと本音を言おうと。

その前から僕は自分のこと神様だと思ったし、
いつか僕のことを面白さとかを気がついて貰えるものだと思ってた。

つまり芸人になるものだと思ってた。
ミュージシャンになるものだと思ってたんですけど、
誰も気がついてくれなかったという時代だったんです。

今度出るときにははっきり言ってやろうとお袋に。
大学に行くためとかそういうことを言わないで、
「俺はエッセイストになる」って・・。

大谷
ハハハハハハ(笑)
まあね、林真理子さんも郷土のスターですから。

マキタ
それ言わないで、なんか俺ちょっと恥ずかしくなってきたんだけど・・。
エッセイストになるってお袋を煙に巻こうとしたわけですよね。
お袋がエッセイストっていう言葉がよく分かんねえだろうと思って。

本当は芸人になるつもりだったんですけど、
そこでエッセイストになるとかって煙に巻いて再上京して。
しばらく僕はこっから遊ぶんですよ。

それが23、4歳のころだったんですけど、23、4歳から26歳ぐらいまでの間
3年間くらいは本当友達と遊んだり当時付き合ってた彼女とイチャイチャしたり
そういうことをしながら怠惰な日常を過ごしてたんですよ。

で、失った大学の4年間みたいなものをここで取り戻そうとしてたっぽいんですよね。
ひとしきり遊んだ後に1回、よしもとの公園通り劇場のオーディションを受けに行くんですよ。
受けに行ってすぐに出られたの、

それで公園通り劇場に実は出てた時があったんですよ。
そのときにほぼ一緒に出ていたのがガレッジセール。

大谷
じゃあ僕、同期だ!

マキタ
そう!ぐらいの時に実は行ってたんですよ。
ところが当時ようやく見つけた相方だと思ってた奴に逃げられちゃったんですよ。

ここで「どうしようかな?」って1人になっちゃったんで、
仕方がないから1人でデビューするしかないと思って27歳の年末に12月あたりに
浅草キッドがやっていたライブのオーディションを受けて

大谷
行ってましたね、しかもこのビバリーで告知をしているのを聞いて
ニッポン放送を聞いて行ったんですよね?

マキタ
で、翌月だったんですけど、1月に僕は舞台を経験するんですよ。
28歳でデビューするじゃないですか?
そしたら29歳までの間でレギュラーの番組とかレギュラーの仕事とかもらったんですよ。

大谷
へーすごいねえ、なかなか無いよ!

マキタ
僕29歳のときに地上波の深夜番組でしたけどレギュラーと。

大谷
あーやってたね、日テレのやつね?

マキタ
いや違う、テレ朝のやつなんだよね。

大谷
4チャンのやつもやってたよね?コントの主演みたいなやつ。


マキタ
それはだいぶ後・・でそれがあって
29歳の時だからテレ朝の深夜の番組、CSの番組、
そしてTVBros.の連載ももらったの。

そこで「うわっ、やっぱり俺神なのかも!」って思っちゃったの。
そしたらやっぱり一緒に出てた奴らっていうのが、ラーメンズでしょ?
今の劇団ひとりでしょ?

大谷
あー、あの番組か!


マキタ
そうそうそうそう、それらの人たちとか出てたんだけど。
俺やっぱデビューして間もないし、全然シャバっ気も抜けてなくて
なんかね、奴らの心構えとかの前にすごく負けちゃったんですよ。

で、僕「ヤバい、こいつらと一緒に勝負しててもマズい」と思ったら
番組自分で降りちゃったの。

そこから地道にライブ活動を始めるわけ。
で大谷くん、俺30歳でバンド結成したよ。

で、ツアーなどやりながら地道なことをずーっと自分でやってたんですけど
それが積もり積もって行くところまで行って、事務所とかとケンカをして
仲が悪くなっていったりとかして気がついたら仕事が全くなくなり

気がついたら僕は渋谷のラブホテルでバイトをしていたと。
バイトをし始めたのが38歳くらいのときでした。

だから僕28歳でデビューするじゃないですか?
丸10年間くらい実はバイトをしてなかったんですよ。
バイトをしたことが無かった。

大谷
それでも食えてたから?

マキタ
なんとか食わせてもらったんですよ。

大谷
しかし、来たんだ。

マキタ
で、これを底を突き破るくらいの最悪のバイト期間を。
やってる最中に映画・・オーディションじゃなくて、
いきなり指名されて出た映画が「苦役列車」だったんです。


大谷
はー、そうだったんだ。山下さん。

マキタ
で、「もうバイトをやっててもしょうもねえ」と。

大谷
その前くらいからでも徐々にやっぱり出て来てましたよね?
僕も一緒の現場によくよくなってたから、一緒に司会とかやってたから。

でもなんかこのバイト時期のことすげー覚えてるんだけどさ。
僕も同じような・・同じといってもたぶん俺の方が食えてたんだけど。

そのマキタくんってすげー才能があるんだけど、
何て言うかね、イベントとかフェスとかやってたんですよ。
新宿LOFTでそれがすげー赤字で、それって当たり前で

売れない芸人とかあんま売れないミュージシャンもいっぱい呼んでたから
そいつらがみんなタカるわけじゃん?タカるっていう言い方は嫌だけど。

でも結局さ、そのときにマキタくんって人を集める人じゃないのに
でも才能があるから出来るんじゃないか?っていうことで、
みんなにけしかけられたのもあってやったときにそんなに来てなかったお客さんが。

「これ大変だろうな」とかって思ってて、
でも俺出てる限りやっぱりギャラとか貰わなきゃいけないと思ったらさ
すげー実は借金とかもちょっとしたりとかしてなったみたいなときに

才能あるとか矢面に立つってすげーしんどいなみたいに、俺横で見てたの。
でもその映画のときってさ、何ていうか一番今までマキタくんの才能があるって
とこじゃなくて、「あっ!そこ?」っていう。

そうだからオッサン、なんかいわゆる。
才能がめちゃくちゃ、芸がある男のやることじゃなくて
そこにいるだけで成立している。

それでちょうど同じようなタイミングでそれがブルーリボン賞取ってさ、
俺司会とかやってたからすげー批評の出来る人だったのに急になんだろう?
「あのハゲのオッサン」みたいな居るだけでドラマが引き締まるみたいな。

その後テレビ出て、この人才能あるけどどうやってテレビ出るんだろう?と思ってたの。
そしたらテレビ出たとき「歌上手い奴」で出たの、俺衝撃で!
だってめっちゃ芸があると思ってたんだよ!俺。

めっちゃ芸があるので、テレビっていうすげー分かりやすいフィルターの中では
「歌が上手い人なんだ!」って思ったときにすごい自分の中で衝撃を受けた。

あっ、マキタくんちゃんとそういうふうな呼ばれて求められて出る人になったんだ!
と思ったときに「俺はこんな自意識で『俺はこういう人だ』とか言ってる場合じゃねえぞ」って

「人に決めてもらおう」と思ったら自分に残ったところが「嫌われている」とか(笑)
それでも「熱い」とかなんかそういうことだったんだけど、
だから俺あれけっこう横で見ながら「すごいな」と思ってたよ。

マキタ
いやまさかさ、俺もそれなりにね大谷くんに言ってもらいました。
自分でそんなこと言うのはあれなんですけど、才能あると思ってたんですよ。

で、それなりにそれを一生懸命磨いてたんですけど、全然違うところ。
だから一番自我が無いところで評価されたの。

だからその役者とかで今仕事してますけど、役者に関してのプロ意識っていうのが
一番実は無くてアマチュアだから僕は呼ばれてるんだと思ってるところもあるんですよ。
プロ意識なんか持っちゃったら、危ない!危ない!危ないっすよ!と思って。

大谷
それはすげー面白い話だと思うんだよね。
逆にそこで番組辞めたのだって、そのとき自分にある種の自意識と才能があったと思うんだよ。

マキタ
あったと思い込んでたから。

大谷
だから同じフィールドじゃ俺は勝ってないかもしれないけどみたいな。
今は後付けでそう言ってるけど、あのとき確かに絶対ライバル心がすごいあったよね?

マキタ
めちゃくちゃありましたよ!

脊山麻理子
嫉妬心みたいな?

マキタ
もうジェラシーだけ!

大谷
俺らみんなそうだよ、で逃げるところって自分のコミュニティなの。
俺は単独ライブのお客さんに支持されているとか。
全然劇団ひとりとか先に行ってるのに(笑)

全然才能ある芸人は先のところで勝負しているのに、俺たちずっと逃げてたの。
「俺はけっこう通なお客さんに支持されているよ」なんつって、そんなことねえのに(笑)

(了)



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