将棋棋士・加藤一二三が語る「耳障りになるので3度くらいは滝を止めたかな」

2014/06/09

Session-22 モーツァルト ロマン派 荻上チキ 加藤一二三 古典派 将棋 南部広美

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今回は2014年5月6日放送「荻上チキ Session-22」
「セッション袋とじ」加藤一二三さんの回
起こしたいと思います。

前回の
将棋棋士・加藤一二三が語る
「対局の前の日は『レクイエム』『マタイ受難曲』を聴いてずいぶん励まされた」

からの続きになります。


南部
今夜は「加藤一二三が語る『負けて強くなる』神髄」
と題してお話を伺います。

荻上
著書「負けて強くなる」が発売したてということでですね。
この中では加藤さんご自身がいろんな棋士の方とのこんな会話をしたよというエピソードとか
負けたとき何を考えたのか?というエピソードたっぷり詰まってるんですね。

で、加藤さんと言えばエピソードがたくさんあって
例えばインターネットで加藤さんのことを調べようとすると
これ本当なのかどうなのか分からない

デマもあるんじゃないかというくらいいろんなエピソードだらけなので
今日はですね「ひふみん伝説」と言われてるんですけど

それが本当かどうかというのを1個1個質問が来てるので
直接ぶつけてみるという展開をしてみたいなと思っております。

メール
「ひふみんEYE」は昔からの将棋ファンだけでなく
バラエティ番組で初めてひふみんを知ったファンにも認知されている今日このごろです。

私も昨年将棋を始めて「ひふみんEYE」を知った次第です。
最近、将棋歴40年の夫から、夫が中学生のころ対・米長邦雄戦で加藤先生が

「ひふみんEYE」で考慮中に米長先生も
ひふみん側に回り込んだという話を聞いたんですが、本当でしょうか?
また本当でしたらいつの対局か教えていただけたら嬉しいです。

荻上
対局相手の側に回って反対側から盤を見て戦局を再確認すると言うことですよね?

加藤
よく憶えてますけれども。
昭和54年の王将戦というタイトル戦で、7番勝負。
まあ王将戦は私が20歳過ぎから挑戦している大きなタイトル戦ですけども。

昭和54年の2月7日8日、場所は秩父の深山温泉です。
王将戦というのは2日制だったんですね。
第1日目の夕方ごろ、どうしても次の1手がどう指していいのか分かりません。

相手は中原、当時昭和54年ですから名人でもあり王将でもあったですけどね。
で、中原さんが中座したので思案に余って中原さんの方に回りまして、
彼がいないからいいわけですよ。まあ居ると遠慮しますけどもね。

それで中原さんの方に回って私の方の盤面を見たときに
今まで思ってもみなかった「55歩」という手がひらめいたんですね。

「55歩」という手がひらめいたので自分の席に戻って
考えてみますとですね、絶妙手なんですね。

それで「55歩」という素晴らしい手を私が思いついて
その王将戦は勝って私が王将を獲得をいたしました。
それで非常に定着してんですけども。

私が最も歓喜して「人生こんなことがあるか!」という嬉しい対局に達しました。
というのはですね、確か去年だったと思いますけども。

一橋大学の学長とそれから最高裁の判事のお2人の大先生の対談が
一橋大学の学園報にでてまして、その内容を私が知人から見せられまして
大変大きな喜びを憶えたんです。

その学長と最高裁の判事の先生の内容はこうでした。
将棋の加藤9段は対局中に相手の側に回って考えることが時々あってテレビで見たことがあると。

しかし、加藤9段ほどになると別にどこでも考えることが出来るので
それでもなおかつあえて相手の側に回って考えるということは
司法の世界には最も必要なことであって、これから法曹の世界を志す若い人たちには

この加藤9段の相手の側に立って考えるということを
是非学んで欲しいということをですね。
私は読んだんですね。

そのときにですね、本当に感激いたしまして
まあ実際ですね、私が中原さんの方の側に回って変わった挙動をしなかったら
思いつかなかったと確信してます。

私は初めての経験だったんですけども、よく思いついたもので
回ってみたらなんとですね、違った景色が見えました。
素晴らしい景色が見えましてそれで私は念願の王将になりました。

以来、羽生善治さんなんかも「ひふみんEYE」としゃべってるらしいんですね。
羽生さんももう認知してくれているということで・・はい。

荻上
米長さんも実際にやり返されたという話はこれは本当なんですか?

加藤
たぶんですね、米長さんって茶目っ気のあった名人なので
ちょっと茶目っ気を出してやったことがあったかもしませんね。
まあ米長さんとはこういうことがありまして。

米長さんと私が2ヶ月くらいの間に10局くらい戦った時期があったんですよ。
まあ滅多にないことです。ですから米長さんは10局の内の1局で言いましたね彼は。
意外なことを言いました。

「加藤さんとは顔は合うけど気は合わん」と言いましたね。
これなかなか面白いですよね。
なかなか茶目っ気があるんですよね、米長さんってね。

なかなか言えませんよね、「顔は合うけど気は合わん」って
でもつらつら考えてたらけっこう「顔は合うけど気は合わん」っていうのも
けっこう普通のことかもしれませんしね(笑)

荻上
やっぱりそういった1つ1つの会話の言葉って印象に残るものですかね?

加藤
ああよく憶えてますよ。
だからたぶん私は他のことはさておき、記憶力は相当良いと思っています。

荻上
ですよね?先ほどからスラスラといつのことだったかとか全て憶えていらっしゃいますもんね。

南部
続きまして・・

メール
「加藤先生、対局のとき庭の滝を止めさせたというのは本当ですか?」

加藤
これはですね、本当なんですけども。
つまりはこういうことで将棋のタイトル戦っていうのは大きな勝負は旅館とかホテルで行われます。
そうしますと、旅館してもホテルにしましても人工の滝ですよね。

人工の滝がある場合が時々あるんですよ。
しかも人工の滝なんだけども観光客がたくさんそこを見に来ているわけでもないので
滝の音っていうのは戦いが始まったときには耳障りですから

したがって、対局の前の日にホテル側に「この滝は止めてください」と言って
止めてもらってますけども、滝の話が非常に有名になったのは
羽生さんがですね、私にこういうことを言ったんですよ。

「加藤先生、タイトル戦であちらこちらに行くとですね、
『ここで加藤先生は滝を止められました』と
いうことをしばしば聞くとすると

羽生さんはノータイムで『私も滝を止めてください』と言ってる」と
言ってましたから羽生さんも滝を止めてるんですよ。

どうやら羽生さんの話によると、
私は「そうそう3度くらいは滝を止めたかな」と言うと羽生さんがちょっとニッコリ笑って

「いや加藤先生、私が聞いているところだと6回くらいありますよ」
とちょっと増えてるんですね(笑)

ということで滝の伝説は本当です。ただし、滝といいますと
私はかつてイタリアの「チボリ公園」というところにピクニックで行ったんですけども
観光旅行中のピクニックで行ったんですけども。

イタリアなんかですと、滝というのがけっこういい観光名所になってますけど
日本の場合の滝はどちらかというと人工の滝が多いので、まあ止めてもいいかな?と思って
止めるようにお願いしてるんですよ。

どうやら多くの人が滝を見に来ているというわけでもないので、
止めてもらっても差し支えないと思ってるんですけど。

荻上
配慮しているよ、ということですね。
あの・・三浦7段との冷房のつけたり消したり合戦をしたというエピソードもあるんですけど
これはどうなんでしょうか?

加藤
これはですね、三浦さんですよね?
質問にあるかどうか知りませんけども、私の方からお話をしたいのはですね。
これはありましたね、冬場の対局で。

将棋会館にエアコンはあるんですけども、音がしますので
私はストーブを持ち込みまして羽生さんとか神谷さんとか青野さんと戦うときに

ストーブを持ち込んで私だけストーブの熱で暖まるのはおかしいので
等距離にストーブを羽生さんとか私と同じくらいに熱が行くように置きましたら
羽生さんも青野9段も神谷さんもですね「熱いからやめて下さい」と言われました。

で3人が3人とも「熱いからやめて下さい」と言いましたけどね。
将棋の戦いっていうのは10時間くらい続くんですよ。

そうすると私は暖かくて対局が出来ましたけども
3人の人たちはですね、寒かったんじゃないですかね?
それがまずストーブの件です。

荻上
気遣いをしたというわけですね。

加藤
私はね。私は気遣いをしたんだけども、
彼はもしからした加藤さんの盤外作戦と受け止めた向きもあるかもしれません。
加藤さんが勝手にやっていると。

それで「いや加藤さんがやっていることだからあえて反対した」ということもあるかもしれません。
やっぱり勝負の駆け引きとして。

荻上
でもそういうつもりはなかったんですよね?

加藤
あっ、あっ当たり前・・だって普通に考えまして
だいたいちょっと堅い話になるけども
やっぱり自分がして欲しいことは相手にもして欲しいというのが普通の常識ですよね?

相手がして欲しくないことは自分もしないというのが普通の人間の
古来言われている常識ですよね?

だから私は相手も暖かくあった方がいいだろうと思って
こうストーブを相手にも向けると、
「顔が熱いからやめてくれ」とこうなるわけですよね・・難しいですよ。

荻上
人はいろいろあるんだなと、学ぶということですね。

加藤
先ほど三浦さんとの話はおそらく事実です。
私が初めての体験だったんだけど、私が部屋の温度を24度にすると

当時三浦7段、今は9段ですけどね。
三浦7段が別の温度に設定するんですよ。
私もそれが困るのでちょっと5分くらい置いて24度に戻すと。

そうすると彼も困るらしくてまた彼の好きな温度に戻すと、
それを3、4回続いたんですよね。
でそれも事実です。

荻上
やっぱり環境をストレスなく指し合うというのは大事ですからね。

加藤
それは後日、三浦7段から私にこういう話がありました。
「加藤先生、あの件はちょっとすいませんでした」ということは
三浦さんから言われたんですよ。

でも私は言ったんですよ。
「いやそれは勝負の場ですからお互いの自己主張なので三浦さん私に何もそういった
 気遣いをする必要は全くありませんよ」と言ったので

それは言わば勝負の世界ではまあまああることであって
自己主張なので、我々の世界って何ていうんですかね?
自然に収まっちゃうんですよ。

けっこう何ていうんですかね?火事までにはなりません。
だいたいごく自然に収まっちゃうんですよ。
はい、そういうもので。

荻上
そしたら終わったら関係はこじれることなく。

加藤
いや別に終わったらまたニッコリで。
じゃあということで・・我々、将棋の勝負は終わったらだいたい1時間くらい
「感想戦」というのをするんですよ。

戦いが終わってお互いが自分の考えたこととか、
お互いがオープンに率直に言い合う機会のことを
「感想戦」って言うんですけども。

それはもちろん終わったら「感想戦」も穏やかにやって別れるわけです。
ですから勝負は厳しくて譲らぬところは譲らないんですけども。
それが終わったらそれは言わばサバサバしてますよね。

だってやっぱり自己主張ですから、
勝負の場においては引いてはいけませんからね。

荻上
あの将棋の番組を妻が見ていて
「なんで勝った方が『勝っちゃったな』っていう顔しながら『感想戦』をやるのか?」
っていう疑問を抱いてたんですけど。

加藤
いや僕は常々思ってまして、将棋の番組はですね。
端から見てるだけですと、勝った負けたは分かりませんよね?
分かりません、決して分かりません。

勝った方が「やったー!」なんて言ってませんし、
負けた方が腹の内は悔しいと思ってますけども
「いや、悔しい!」とは言いませんから分かりませんよ、端からは。

荻上
で真剣に「感想戦」を指しながら「いや、こここうだったよね」「そうだった」みたいな・・。

加藤
それである程度・・何て言うんでうかね?
「感想戦」というのは有益です。お互い教えてもらうこともあります。

例えばライバルであったって
「加藤さんここでこう来たけどね、あんたここはこうやるべきでなかったか?」って
僕に言ってくれたのは羽生さんとか米長さんなんかもそうでしたね。

私が指すべき手を「感想戦」で教えてくれるんですよ。
それは僕も勉強になるんですね。
ですから「感想戦」は非常にとっても有益ですけども。

昨今「感想戦」は簡単に言うとなくなりました。
なくなったっていうか「感想戦」なしが増えました。

だから思うんですけども、以前は例えば歴史的に言うと大山名人・増田名人の時代もあるんだけども
私とか中原さんとか米長さんとトップ棋士は「感想戦」を1時間くらい和気藹々とやってました。

だけど今は「感想戦」が必要ないこともあって
「感想戦」がないことも増えてきましたので、
ちょっと割り切っていると言えば割り切ってるで寂しいですよね。

荻上
ううん、余韻もね・・

加藤
余韻も何もないんでね、本当はもうちょっと私も若手棋士と戦って負けたときでも
つい先日も負けて石井健太郎4段と「感想戦」をかれこれ15分くらいやりましたけども
やっぱり負けて「感想戦」すればそれはやっぱりタメになりますよ。

だって分からないことを教えられますし、
やっぱり相手と私の考え方は違いますからね。
「あ、そうか!そういうふうに思ってるのか!」と。

荻上
それこそ相手の側から見ることができるわけですからね。

加藤
そうなりますね。
ですからまあ出来たら「感想戦」というのは元通り復活した方が
味がいいなと思ってますよ。

荻上
では次のメールもいきましょうか

南部
加藤さん空調は大丈夫ですか?このスタジオは?

加藤
大丈夫ですよ、今日は快適ですよ。

メール
チキさん、南部さん、ひふみんこんばんは。
ひふみんがゲストということで質問なんですが

タイトル戦の最中におやつを買いに外出という伝説を目にしたんですが
いつのタイトル戦のときに何を買いに行ったんでしょうか?
教えてください。

加藤
えーと、タイトル戦の合間にですねいわゆる若い人に
例えばチョコレートとかミカンを買いに行ってもらったりしたことはあってですね。

なんか私は記憶になかったんですけども、渡辺明タイトル保持者
彼が最近、今は竜王でなくて他のタイトルを持ってますけども
渡辺さんが最近週刊誌に書いたので私が全く憶えてないことがありまして

どんなトップ棋士も若いころは記録係をするんですよ。
私の記録係をした渡辺少年は私から「ミカンを買って下さい」と言って
5千円を渡されたと。

私は憶えてないけれども渡辺明さんはミカンを買った後
「5千円はとっといてねって加藤さんに言われて、なかなか格好良いなと思った」ってことを
彼は書いてますけども、たぶん本当なんでしょうけども。

だから人に頼んでミカンとかチョコレートを買って下さいと
頼んだことはしばしばです。
で、自分でタイトル戦のときに買いに行くことはたぶんないですね。

荻上
リクエストでいろいろ頼んだりとか持ち込んだりってのは・・

加藤
というのはやっぱりタイトル戦の場合は外に出ると時間も身体も疲れますし
それはやっぱり若い子に頼んだ方が賢明というものですね。

荻上
さすがにこれはということですが・・
さて、おやつっていう話でいうと板チョコが大好きだというふうにうかがってるので

今日は板チョコを持ってきて用意してみたんですけど
昔ながらの明治の板チョコがお好きなんですか?

加藤
いえいえ、明治の板チョコを食べてた時代もありますけども

荻上
あっ、時期がいろいろ変わる?

加藤
まあ時期は変わってまして、まあ食べ物に関して言いますとですね。
面白い話があってですね。

今でもときどきこれ食べますけども・・そうですね・・
食べ物の話としてはこんなのはちょっと面白いですかね?

例えばですね、大山康晴15世名人が私と王将戦の対局で山形県の天童で対局したときに
大山先生がぜんさいを注文されて、大山先生がぜんざいを注文されると
当然係が気を利かせて相手の私にもぜんざいが出てくるんですよね。

大山先生はぜんざいを注文されて、先生は食べなかったんだけども。
私はですね自分で頼まなかったんだけども大山先生が頼んで下さったおかげでですね。
出て来たぜんざいを食べました。

それで放送されたかどうかは別にして「アウトデラックス」でマツコデラックスさんに
そのぜんざいの話をしたんですね。
そしたら私が非常に目からウロコで驚きました。

マツコデラックスさんはですね、そのぜんざいの一件を話したときに彼はこう言うんですよね。
「それは大山先生が加藤さんにぜんざいを食べさせたかったんですよね」って言うんですよね。
だから非常にものすごく暖かい肯定的な発言だったので非常にやっぱり感心しました。

でとりなおっては、大山先生がぜんざいを注文して
甘党の加藤さんがぜんざいを食べると、
とりなおっては・・まあチョコレートも食べてた時期ですから

加藤9段がチョコレートも食べてぜんざいも食べたら
若干体調もおかしくなるんじゃない?というふうに
くみ取る動きもあるんですよね。

荻上
罠だと?

加藤
盤外作戦だという人も一部いるんだけれども、マツコデラックスさんはそれを
「加藤先生にぜんざいを食べさせたかったんですよね」って言ったことは
そう思ったらですね、ずっと以前に新大阪の駅で新幹線に大山先生が乗り込んできて

私が新大阪の駅で既に新幹線に乗ってるときに乗り込んできた大山大先生が
私にですね、座って間もなくですねおにぎりをね食べ始めたので
私に1個おにぎりを差し出して「加藤さんもどうぞ」とくれたことがあったんですよ。

ですから大山先生はどうやら食べ物をライバルに食べさせるのが好きだったのかもしれません。
でもおにぎりの話って面白いと思うんですよね。
大山先生ってなかなか人間的で暖かい人なんですね。

なんかやっぱりどこを取ってもなかなか面白い行動ですよね?
普通我々戦ってるライバルに「おにぎりをどうぞ」とかね、
ぜんざいを食べさせるなんて全くしませんよ。

最近1つ笑っちゃったのがありまして、
私が昨年の11月30日にマイナビ社から私のムック本が発売されました。


ムック本の中で私と長年のライバルであった中原16世名人が私との長い戦いを振り返って
いっぱい話してますけれども、その中で1つこんな傑作がありました。

私が中原さんとのタイトル戦のときに私がケーキを3個頼んだって言うんですね。
3個ケーキを頼んだのを聞いた

中原名人は「加藤さんっていい人だな」自分と記録係と中原さんで3人ですから
「自分のためにもケーキを頼んでくれた」と思って待ってたら

「なんと出て来たケーキ3つを加藤さんがあっという間に食べてしまったので
 これはちょっと読み違えた」という話が出てましたけどね。
いや普通なかなか相手のためにケーキ頼みませんよね?

荻上
そうですよね・・
いやなかなか止まりませんが・・加藤さんありがとうございました。

(了)

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文字起こしをしたり、自分の見聞したことを書いたりしている会社員です。

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