2018/05/23

明石家さんま研究家・エムカクが語る「さんまさんが本を出さないならば、自分が記録を残そうと思った」

今回は2017年12月6日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
ポッドキャスト(1)前半を起こしたいと思います。



角田
「かわりびと」

というわけで今週から始まりました新コーナーですが・・新コーナーっていうか勝手に始めるわけなんですけれども。

こちらはですね、この番組自体が変な人や変な事件を弁護するという番組なんですけれどもも。もう変な人に直接出ていただこうということで私の友人の中でも最も変な人と言っても過言ではない!

でもこの人を紹介するために作ったようなコーナーなんです実はこの「かわりびと」というコーナーはというわけで初回ですね初回のゲストは明石家さんま研究家のエムカクさんです。

エムカク
エムカクです、よろしくおねがいします。

角田
ついにエムカクさんの、この素敵な姜尚中ボイスが地上波に乗りました。大丈夫ですか?声拾えてますか・・ささやきますよ!エムカクさんはウィスパーボイスですから(笑)

エムカクさんという方はですね、今流れてる曲が明石家さんまさんの「真っ赤なウソ」なんですけれど。



その明石家さんまさんを知らない人いないと思うんですけれど、その明石家さんまさんの足跡を研究し続けている人ということでよろしいですかね?

エムカク
そうですねさんまさんの人生について年表形式でこういろいろ綴ってるというか・・日々色々考えて調べながら書いてますね。

角田
エムカクさんでtwitterで検索してください。もう365日というか、ずっとさんまさんについてだけツイートし続けてるということで。

それでこの「蛤御門のヘン」も聞いてくださってるんですけども。私が藤井フミヤさんの話をしたらさんまさんとフミヤさんの写真をアップするという、私が喋った話題に応じてその人とさんまさんとの関連性とかをツイートされたりしてくださってて。

これからゆっくり エムカクさんの足跡というかどんな人かっていうのを聞いていただきたいんですけれども。

番組冒頭で、「勝-1グランプリ」ということで若狭勝さんの誕生日を勝手にお祝いしたんですが。私はの人の誕生日を勝手に祝うクセがございまして。

そもそも最初はエムカクさんとこの番組のコーチである柳田コーチとともに「明石家さんまの誕生日59回目の誕生日を勝手に祝う会」というイベントを。

そしてその翌年「明石家さんま60回目の誕生日を勝手に祝う会」というのを大阪のロフトプラスワンウエストで一緒にやっていたのがエムカクさんでして。

すごい人なんですよ!今まで会ったことない人で。打ち合わせで色々エムカクさんにさんまさんとの関わりを聞いてたら、田中ディレクターとかとちょっとビックリしてましたもんね !もうリスナーもビックリすると思うんで、まずそもそもエムカクさんお歳は?

エムカク
僕いま44歳です。

さんまさんに夢中になったのは1993年


角田
44歳ということは・・昭和48年生まれですよね。私が昭和51年生まれですから3つ上ですよね。それで、明石家さんまさんに夢中になりだしたのはいつですか?

エムカク
えーとね、1993年なので僕が20歳のときですね。

角田
だから意外と遅いんですよ!

エムカク
そう!遅いんです(笑)

角田
遅咲きなんですよ!1973年生まれでしょ?ってなったらもう普通は「ひょうきん族」とかど真ん中の世代で。そのリアルタイムで「ひょうきん族」に夢中なったとかって?



エムカク
ではないんですよね。むしろ、ひょうきん族とかもほとんど見たことがなかったことがなかったタイプですね。

角田
観たことがなかった!むしろ同級生の人の方がその当時はリアルタイムで観てた?

エムカク
たしかそのクラスでは耳には入ってくるのは「オレたちひょうきん族」・・僕、別にあの裏番組の「8時だョ!全員集合!」を見てたわけでもないタイプなんです。



角田
ドリフでもなく?

エムカク
ドリフでもなく「ひょうきん」派でもなく。

角田
という子供時代だったわけですよね?だから般的な1973年生まれの男性よりもさんまさんに関しての興味とかっていうのは少年時代は?

エムカク
いやもう、ほとんどないですね。もちろん明石家さんまという存在はもう分かってたんですけど、むしろ知らない方ですよね。

角田
そんなエムカクさんが1993年にさんまさんに夢中になったきっかけっていうのは何なんですか?

エムカク
気になった番組っていうのは・・今もやってる「痛快!明石家電視台」っていう・・それを見てちょっと衝撃を受けたというのか・・ある時、急にですねだから。


角田
「明石家電視台」も別に93年に始まったわけじゃないですよね?

エムカク
そうですね、90年から始まってますんで、別に「ああ、やってるんやな」ぐらいは知ってたけど、ちゃんと見たっていうことがそれまではなかったんですよね。

角田
それで20歳のある月曜日の夜、「明石家電視台」を見て?

エムカク
当時「アベッククイズ」っていうコーナーがやってたと思うんですけど、そのときにさんまさんとショージさん、寛平さん、ジミー大西さん。

角田
最高でしたね。

エムカク
最高!・・なんか急にそのやりとりを見て大笑いしたというのか・・そんなに笑うこと、僕あんまりなかったんですけどね・・もうね、布団の上で見てたんですけども転げ回って笑いましたね(笑)

角田
エムカクさんのビジュアルをご覧になられた方は少ないとは思うんですが、イベントとか来られたお客さんだけだと思うんですけど・・なかなか転げ回らない、冷静沈着な人なんですよ!転げ回るタイプやないですよ!

エムカク
なかったんですけど、そのときは転げ回って笑ったんですよ!

角田
そのとき何か悩み抱えてらっしゃったとか?

エムカク
それもあるんですよね、今考えたらそんな大した悩みじゃないんですけど、ちょっと悩みを抱えてましたね。その時に見たのでたまたま合ったんでしょう波長が。

角田
さんまさんってこんなおもろいんやと!

何台もレコーダーを潰してヤングタウンを書き起こす


エムカク
そうなんですよね、そこから見だして・・やっぱり面白いなあっていうことで。それで新聞のラテ欄で「ヤングタウン(土曜日)」っていうラジオ番組、今もやってるんですけど、そこに明石家さんまの文字があったんですよね。それで聞き始めて。

角田
「あっ、さんまさんラジオもやってるんや!」と、その程度の関心やったということですよね?逆に言うと当時は。

エムカク
全然やってること知らなくて。初めて聞いたら、延々とさんまさんの過去の高校時代のエピソードやったり、若手時代の全く知らないことがさんまさんによって語られるわけなんですよ。

角田
ご自身の口からっていうことですよね。

エムカク
それを聞いててね、もうワクワクしてねえ。そんでそこからそのエピソードを「忘れたくないなあ」っていう気持ちになって、ノートにさんまさん発言を全部記していくんですよ。書き起こしですよね。それがこちらにあるんですけれども。

角田
いま今手元にお持ちなんですけども、大学ノートにエムカクさんがさんまさんのヤンタンですか?ヤンタンの書き起こしがあるんですがホンマに一言一句っていう・・文字通り一言一句ですよね?

すごいなあ、これは一旦最初にラジオを聴いてもう1回聞き直してとかですか?ここまで再現できないですよね?

エムカク
そうですね、カセットテープに録音して巻き戻ししながら書くんですけどもね。すぐに潰れるんですよね、カセットレコーダーが。カチカチカチカチ巻き戻しボタンと再生ボタンを繰り返し延々繰り返しやりながら右手で書くわけなんですけど。何台も潰しましたもん。

角田
それ止めすぎなんですよ(笑)カセットテープ普通そんな潰れないでしょ?何回も止めて一言一句聞き漏らさない書き漏らさないようにするためには・・もう何かに取り憑かれたような・・

エムカク
そう思いますよ。僕、いま見てもちょっと引きますもんね。

角田
ねえ、狐に憑かれたとかありますけど、さんまに憑かれたっていうのは初めてですよね。これがでも、それまでもともとずーっと幼いころからさんまさんファンやって、ラジオも聞いててっていうことだった分かるんですけども。

エムカクさんの場合は後天的に20歳のときに急に天からの啓示のようにさんまさんの声が響いたんでしょうねえ、エムカクさんの心に。

一気に来たんですよね?こんなに書き起こすまでの。この書き起こしてるのはこの私が今持ってる大学ノートには「ヤングタウン94年」って書いてるんで。さんまさん好きになって1年ぐらいでしょ?1年で一気にここまで!?これすごいよねえ。何冊もあるんですよね、大学ノート?

エムカク
こちらは「笑っていいとも!」ですよね。

角田
ラジオ書き起こすって分かるんですけど、テレビを書き起こすっていうのはなかなかないですよ!「笑っていいとも!95年」これはさんまさんとタモリさんのトークとかを?

エムカク
そうですね。

角田
タモリさんの部分も書き起こしたですか?

エムカク
それはタモリさんの部分も書いてますね、確か。

角田
でもね、このときは別に Twitter もないわけで。エムカクさんは今、水道橋博士さんの「メルマ旬報」という媒体で「明石家さんまヒストリー」という連載をされているわけですけれども。そういうどこかの媒体に書く予定もないわけですよね?

エムカク
そうですね、自分がそれを読み返して楽しむために書いてたんですよね。

角田
アウトプットする予定もないのにこれだけインプットを?

さんまさんの発言を残すきっかけ


エムカク
で、それを続けていこうと思ったきっかけがあって。1996年の3月23日の「ヤングタウン」の放送があったんですけどね。

角田
エムカクさんの何がすごいって、この日付が正確なんですよ。

エムカク
この時はやっぱり特にこの回にさんまさんが「自分はもう本は書かない」ということを宣言されたというか・・俺はしゃべる商売やねんから、本で伝えるほど俺はやわじゃない」みたいなことをおっしゃって。

「ああ、この方は本を出されないんか」と思って、じゃあちょっとそんなんね・・僕はとりあえずその・・書きまとめて・・。

角田
だから記録を残す人がいないならば、自分が残しておかないと!と。

エムカク
記録を残そうと思った、まあそれも別に自分のためですよね。当時インターネットもないし、そういうことじゃなくてやっぱり自分が忘れたくない、覚えておきたい、知りたいっていうことから・・書き続けようと思ったのたぶん、そこ。

角田
96年の3月23日、でもこのこれまで3年ぐらいはずっと書き留めてたわけですよね?ここからじゃあ年表にしようっていうふうに思われたってことですか?

エムカク
そうですね、ちょっとずつ年表にしていって10年ぐらい続けてたんですよね。

角田
いま簡単に言いますよね?10年ぐらいそれを続けてたって、僕もフミヤさんにけっこう関心されたんですよ。司法試験9年かかったとか言うてたら。あっさり言いましたけど、10年ぐらいそのまま?

エムカク
そのままそれが続きましたね。まだだいぶ写経みたいに一言一句漏らさず書くということではなく、だんだん簡略化していくんですけれども。

2007年ですかね?10年前ですか?そのときにさんまさんの1年間の活動をそれこそ本当に年表形式にして・・

角田
もうテレビとかラジオとかのその年に出演した記録って言うことですかね?

エムカク
記録とか印象的な発言とかをまとめてた。それでその年の年末に「ああ、1年またまとまったな」と思って・・

角田
っていうことは、それまでも毎年まとめてはいらっしゃったと?

記録をまとめて直接見てもらうために新幹線に同乗


エムカク
そうですね、まとめだして。今まではノートに書くくらいだったんですけど、きちんとまとめるようになったんですね。

角田
その年ごとに?

エムカク
それでその年けっこう分厚く・・これぐらいの分厚さになったんですかね?塩田武士さんの「罪の声」ぐらい(笑)



角田
「罪の声」けっこうなハードカバーの分厚さでしたよ・・(笑)

エムカク
ちょうどそれぐらいだったと。

角田
いわば「さんまの声」ですよね?その2007年の1年分のまとめができあがったんですよね?

エムカク
できあがったんで「じゃあこれいっぺん、さんまさんに見てもらおうかな?」と。

角田
ご本人に?

エムカク
それでさんまさんに持って行ったんですよね?

角田
それはどこに?

エムカク
それがね、さんまさん今でも月に2回ほど大阪に来られて「明石家電視台」の収録をされるんです。帰りの新幹線って新大阪から東京まで帰りはるんですけど、その新幹線に乗り込みまして・・

角田
乗り込むんですよ!エムカクさんは乗り込まはるんですよね?他のファンの方もさんまさんファンってけっこう乗り込むんですよね?

エムカク
そうですね。最近どうなのかちょっとよく分からないですけど、その当時はやっぱり2,3人は乗り込みはってさんまさんのご挨拶するみたいな。

角田
だから「さんまさんの神対応」とかって言われてますけども。乗り込んできたファンの方にも親切に対応されるという。

エムカク
本当に親切に優しく対応してくれるんですよね。

角田
その2007年の年末に新大阪から乗り込みました。そしてさんまさんに1年の記録を持って行かれたわけですか?

エムカク
持って行ったんですよね。

角田
そのときのさんまさんの反応というのは?

エムカク
少し驚きはった程度で別にそこまで「ああ、そうか・・ほな、ありがとうありがとう」みたいな。

角田
まあでもね、その正味の話いろんなファンがいらっしゃると思いますけどその手のファンっていうのは初めてじゃないですか?

エムカク
どうなんですかね?それはちょっと分からないですけどね。確かにめくりながらちょっと驚いてはったのは確かに、驚いてはったと思いますね(笑)

角田
そりゃ「罪の声」くらいの分厚さの1年の記録をまとめているわけですから(笑)そのときはさんまさんはお一人でいらっしゃったんですか?

エムカク
そのときはたぶん隣に松尾伴内さんがおられたと思うんですけどね。

角田
それがさんまさんご本人との最初のファーストタッチというか?

エムカク
そこまで直接的に会ったのは初めてでしたね。

角田
いやすごいですね。そこからは毎年さんまさんの1年の活動記録をまとめるようになられたということですよね?

エムカク
そうですね、まとめるようになって。2009年に入ったぐらいなんですけど、ちょうどその当時は月単位で活動記録をまとめて自分でちょっと・・コラムみたいなのを添えたりして。

角田
エムカクさんが書いたコラム?内容はどんな内容ですか?

エムカク
「さんまさんと共演してほしい人」みたいのとかね・・なんかやってましたね、しょうもない内容なんですけどねえ。

角田
エムカクさんってアウトボクシングなのかインファイトなのか分からんというか(笑)そのこんだけ慎ましいというか、気を遣う方でありながら入り込むときは入り込みますよね。

エムカク
というのもやっぱり隣にいてはる松尾伴内さんが・・それを伴内さんにお渡ししてたんですけど。

角田
「月刊エムカク」ととりあえず言っておきましょうか。「月刊エムカク」を渡したら?

エムカク
それを渡したらすごく喜んでくれはって。

角田
たぶん2人で話してはるんでしょうね「また来た!」みたいな、そのときはエムカクとは名乗ってないわけですよね?

エムカク
名乗ってないですね。

角田
「あの例のファンが来たよ」っていう。

エムカク
それでまた持って行ったら「あっ、待ってました」みたいな(笑)

角田
それが2009年ぐらいからですか?それはいつも新大阪からの新幹線に乗り込んで・・どこまで乗って行かはるんですか?

エムカク
それは京都まで(笑)

角田
ここがエムカクさんのエムカクたる所以なんですよ!

エムカク
そう、本当に正味3分くらい話せたら良い方で。だいたい1分で済ますんですけど。

角田
何人かファンの方が乗っていらっしゃったら、まあ持ち時間というか暗黙の了解で。

エムカク
暗黙の了解で順番があって「ああ、あの方が終わったら行こう」みたいなのがあって。サササッと用事を済ませて帰ってくるというのを続けていたんですけど。

角田
決して名古屋までは乗らないと。

記録をまとめて分からなかったことを質問


エムカク
そこでね、いろいろまとめていくわけじゃないですか年表とかを。そこでさんまさんの経歴で分からないポイントとかが出てくるんです。

角田
エムカクさんは1993年からラジオとか聞かれているわけで。それ以前のエピソードっていうのは・・

エムカク
抜けているのがあったので、そこらへんについてちょっと聞きたいなあっていう思いが出てきて。

角田
当然、疑問が湧いてきますよね。それだけさんまさんのことが好きやったらもっと知りたくな利ますよね?

エムカク
知りたくなって、さんまさんに「ちょっと分からないところがあるんで、いつか直接質問させていただく機会をいただけないでしょうか?」と。

角田
それは2009年ですか?

エムカク
2009年ですね、もう7月ごろになっていたと思うんですけど。そういうふうにお願いしたら「紙に書いてこいや」って。

角田
質問を紙に書いてまとめてこいと?

エムカク
「まとめてこい」って言ってくれて「それを俺が書いたるわ」って言うてくれて。優しい!でもう、すぐに家に帰って・・

角田
それはあの・・「お前、なんで気になるんや?」とは聞かれませんでした?(笑)

エムカク
どうなんですかね?別にそんなんないですね。余計なことを一切しゃべらはらへん。

角田
聞いてくることには答えるっていう感じですかね?

エムカク
答えるっていう感じですね。「あっ、じゃあ書いてきます!」って言うて。家で作ってきたのがこれなんです。

角田
今、手元にあるんですけど。これも「罪の声」1冊分ぐらいありますよ!表紙にはこういう文字が書かれています。

「明石家さんまさんへの質問事項 よろしくお願いします。 生誕からヤングおー!おー!月1レギュラーになるまで編」

ヤングおー!おー!の月1レギュラーはこれMBS(毎日放送)ですよね?月1レギュラーになったのはいつなんですか?

エムカク
それは1977年からなんで。

角田
1977年って40年前でしょ?それまででこの「罪の声」の分厚さなわけでしょ!

エムカク
もうどうしても聞きたいことを全てぶつけてみようと思ったんですよね。

角田
これぶつけてますなあ!

エムカク
ぶつけちゃって!

角田
まあ冒頭どんな質問から入っているかと言いますと、エムカクさんの質問こう書いてあります。

「さんまさんは少年時代(奈良県○町)に住んでおられたこと毎日のように野山を駆け回っては手作りのゴムパチンコでスズメを打ち落として、スズメの丸焼きをおやつ代わりにして食べたり、モズ、キツツキ、ジなどを打ち落とす大会を開いて遊んでおられたようですが、野山の名称を教えていただきたいです。自宅近くだったのか?小学校近くだったのか?も合わせて教えていただければ幸いです、よろしくお願いします。」と。

エムカク
アホですね(笑)

角田
何を気にしてるんやと!これだからさんまさんがヤンタンとかでこういう子ども時代のエピソードをしゃべってらっしゃったわけですよね?「家の近所の山で遊んでたんや」っていう話を聞いてエムカクさんとしてはその山の名前を知りたい!と。

エムカク
そうです、詳細が知りたかったんでしょうね。

角田
「神は細部に宿る」と言いますから!なんでも細部が大事なわけなんですけれども。この質問に対するさんまさんの答えが「自宅の裏、裏山」・・・あっさりね裏山とだけ書いているんですけど(笑)これをでも書いて下さるというのが・・

エムカク
嬉しかったですね。本当に直筆で書いてくれてるんですよ。

角田
その山の場所をgoogleMapか何かで?

エムカク
googleMapですね。

角田
場所を特定しているわけですよ、地図を描いて。こういう子どものころからの細かいことを書いているんですけれども。詳細な質問に対してすべてさんまさんが直筆というかご自身で?

エムカク
そうなんです。

角田
これをお渡しになられて戻ってくるまで、この質問書といいますか?どれくらいさんまさんは持っていらっしゃったんですか?

エムカク
これね、たぶん約1ヶ月以上持っててくれて。ずっとカバンの中に入れて新幹線でちょこちょこ書いてくれてたみたいなんですよね。

角田
まあそりゃこの分厚さですからね。

エムカク
それで約1ヶ月後ぐらいに僕また新幹線に乗り込みまして、行ったら「おう、もうこれ書いてきたで」って言って「もう俺、目クラクラしたわ」言うてね(笑)新幹線でちょこちょこ書いていただいてたんですよね。

角田
新幹線ってモノ読んだら動体視力落ちる言いまっせ!

エムカク
申し訳なかったんですけどそれを書いてくれて「ありがとうございます」言うて。それでもう家帰って早速読んだらね、これめくるたびにタバコの香りがするんですよ(笑)

角田
さんまさんのタバコの!

エムカク
さんまさんのタバコの香りだと思うんですけど、ずっとカバンの中に入れててくれたからだと思うんですけどね。匂いが染みついている。それでもう嬉しくてねえ。

嬉しかったのと、この分厚さで質問してしまったのでちょっと申し訳ないなあという気持ちと・・。

角田
正直、匂いを鼻に近づけたりとかは?

エムカク
いやもう何回もして吸い過ぎて、でも1ヶ月ぐらいしたら匂いが薄まってくるんですよねえ。

角田
また「もう1回匂いつけて下さい!」ってさんまさんに言うのもね、それは流石にねえ。

エムカク
でもこんなに質問しているし、もう次の質問事項を渡せなくなったんですよね、申し訳なくて・・。

角田
じゃあこの質問書自体は「ヤングおー!おー!月一レギュラーになるまで編」で終わっているんですか、1977年で?

エムカク
終わってます、もうそれ以上よう頼まなかった。

角田
じゃあこの後の40年は直接?

エムカク
はい、もう自分で頑張ってできるところまで調べて、調べ切ってからにしようと。

角田
じゃあさんまさんのテレビ・ラジオでの発言でご自身でエムカクさんが回答を見い出して、その上で分からんことだけを

エムカク
聞いていこうかなっていうことなんですよね。

さんまさんの青春時代への興味


角田
いやね、すごいんですよ聞いていることが!先ほどエムカクさんと何年か前に「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」っていうイベントをしたんですけれども。

そのときにも話題になったんですが、なぜかねエムカクさんっていう人は特にさんまさんの青春時代へのこだわりっていうのが殊更にあるじゃないですか?

エムカク
うーん、やっぱりねえ。すごく興味がありますね。

角田
この質問票の中でも詳しく高校サッカーですよね?奈良商業高校のサッカー部で活躍されてたんですよね、さんまさんが?そのときの高校総体奈良予選で負けたときの対戦相手とそのスコアについてっていうのを執拗にさんまさんに聞いているんですよね?

エムカク
そこちょっとしつこいくらいに聞いていますよね?それねえ(笑)

角田
これなぜ気になるんですか?

エムカク
やっぱりすごくさんまさんが熱を込めて語ってくれているんですよね、ヤンタンでね。そんな割には例えばさんまさんのサッカー部時代の最後の試合というのがあって

その最後の対戦相手が天理高校とおっしゃてた。その対戦スコアが「3対1」って言っていたり・・

角田
負けたんですか、勝った?

エムカク
そこで負けて、準決勝で負けたっていうことなんですけど。それが違うヤンタンでは「3対2」って語ってはったり・・やっぱりちょっと変わってくるんですよね。

それは脚色で面白くするためなのか?記憶がちょっと薄れているのかちょっとよく分からなかったんですけど。「ちょっと、どっちなんやろうな?」っていう疑問が・・。

角田
もう気になって気になって仕方なくて?だってこの当時のサッカー部のことについてエムカクさんが質問されているんですけど。

「サッカー部キャプテン・ヤスダさんのヤスダはどのような漢字で書くのでしょうか?ポジションはどこだったのでしょうか?」ヤスダって漢字で優しく、漢字の安いの「安」なんですよね、「安田 左ハーフ」と。

「保田」の方やったらどうしよう?と気になったわけですよね(笑)

エムカク
すごく気になったんですよ!漢字で記したかったんでしょうね(笑)

角田
その年表にね、でもその当時は水道橋博士メルマ旬報「明石家さんまヒストリー」とかで書いているわけじゃなくて、自分の中で作っている「明石家さんま年表」の中で正確な漢字で記したいという願望でこれを聞いてらっしゃったということですよね?

エムカク
はい、そうなんですよね。

柳田コーチ執念のフィールドワーク


角田
それがすごいわ!そのイベントの中で話題になったんですがエムカクさんがおっしゃっていたようにさんまさんはラジオとかでは高校時代の最後のサッカーの試合で天理高校に「3対1」もしくは「3対2」で負けたとおっしゃってたのに・・

それがエムカク説というか通説みたいな形でさんまさんファンの間では定着していたんですけど、それを覆す事実をこの番組のコーチである柳田コーチが奈良のどっかの図書館で「大和タイムス」という地方紙のマイクロフィルムを発見して昭和48年当時の。

そこに記されていたのが高校サッカーの試合の結果も書いてあったんですよね。それが対戦相手はどこでしたっけ?

エムカク
それがね「奈良女子大附属高校」という。

角田
対戦相手自体が違うっていう。

エムカク
準決勝の対戦相手、負けた相手が天理ではなく「奈良女子大附属高校」だったんですよね。

角田
それでスコアが?

エムカク
スコアが「1対5」で敗れているんですよね。

角田
全然違うじゃないですか・・っていう事実を「演芸墓掘り人」と言われる柳田さんが掘り当てて、マイクロフィルムをね。あのときロフトプラスワンウエストでドヤ顔しましたよね、あの人ね。

エムカク
いやーもの凄かったんですねえ。

角田
「ドヤッ!」っていう顔をしてスライドで見せたときに・・そのときにエムカクさんがもう腰から崩れ落ちるように頭を抱えて「まさか!」みたいになって。その2人以外は「なんやねん、この・・」

エムカク
「どうでもいいわ!」みたいな顔されてましたね。

角田
その2人の情熱っていうのが・・そこの細部にこだわるのが・・

エムカク
いや本当にあれはすごい良いきっかけになりましたよ。本当にこういうところまでまで事実確認をキチッと怠ったらあかんねんなあと柳田さんに教えていただきましたね、あれは。

角田
そういうフィールドワークの大切さっていうのを学ばれたわけですよね?

ちょっとここで1曲行きましょうかね?「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」のときにエムカクさんは「1979年の明石家さんま」というテーマで発表をされたんですよね。

昭和54年のさんまさんが飛ぶ鳥を落とす勢いで関西で人気が出てきたころのさんまさんのことが大好きなエムカクさんが1曲選んでいただきました。

その年のさんまさんのデビュー曲ですよね?明石家さんまで「Mr.アンダースロー」



(後半に続く)

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