2014/01/30

高橋源一郎が語る「恐るべし『なんとなく、クリスタル』」

今回は2013年10月18日放送「すっぴん!」
「源ちゃんのゲンダイ国語」注釈の回
起こしたいと思います。


高橋源一郎(以下、高橋)
今日のテーマは「注釈」ということでしてね。
とりあげる本は田中康夫著「なんとなく、クリスタル」です。
懐かしいですね。

藤井彩子アナ(以下、藤井)
この本は1980年、田中さんが一橋大学在学中に発表したデビュー作です。
東京に住む女子大生でファッションモデルの主人公・由利の生活を通して
80年代の若者文化をリアルに描写した小説

100万部を超えるベストセラーを記録して
田中さんを一躍有名人としました。

どんなブランドの服を着て、どんな音楽を聴き
どんな店に通うかがその人を表すという作者の視点のもと
小説に登場する多くの言葉に注釈が設けられました。その数、442。



高橋
まあ例えばね、ちょっと典型的な文章はこんな感じなんですね。

「ケーキは六本木のルコントか銀座のエルドールで買ってみる
 学校の子たちと一緒なら六本木のエストや乃木坂に出来たカプッチョの
 大きなアメリカンタイプのケーキを食べに行くのがいい。

 淳一と一緒のときは少し上品に高木町のルポゼでパイに挑戦してみる。
 夜中にケーキを食べに出かけるなら青山三丁目のキャンティで
 白ワインと一緒に食べるのがいいだろう。

 キラー通り沿いにあるサンフランシスコフレーバーの店
 スエンセンズで大きなアイスクリームを食べてから
 おなかを壊さないかな?と心配しながら帰るのもいい」と。

今言った「ルコント」「エルドール」「カプッチョ」
「ルボゼ」「キャンティ」「キラー通り」「スエンセンズ」
「大きなアイスクリーム」全部に注がついていると。

こういうので全編を通してるんですよね。
ですから、まあほとんど知らない人にとっては固有名詞が
全部分からないのでどのどういうお店で何が起こってるの?と

それについて1個1個注をつけていったんですね。
例えば六本木の「ルコント」だとね、
普通だと「フランス料理」とか「ケーキ屋さん」とか書けばいいでしょ?

この説明がですね、
「フランス人・ルコント氏の経営するケーキ屋。南青山一丁目の新青山ビル
 にも出店があります。このところサービスと味が急激に落ちてますから
 あんまり規模を大きくなさらぬよう」

藤井
もう完全に主観と評価が入っているんですね。

高橋
注なのに「サービスと味が急激に落ちてます」って(笑)
これ商売妨害してるでしょ!って。
これがこのただの注ではないっていうところが1つの特徴なんですね。

でちなみに、さっき言った442個ありますが
一番最初・・これね冒頭の文章がこうなんです。
「なんとなく、クリスタル」の

「ベッドに寝たまま手を伸ばして横のステレオをつけてみる。
 目覚めたばかりだからターンテーブルにレコードをのせるにも
 なんとなく億劫な気がしてしまう」

で、「ターンテーブル」に注がついている。
どう書いてあるか?

「プレーヤーのうち、レコードをのせる部分」これはいいよね?
「甲斐バンドやチューリップのドーナツ盤ばかりのせていると
 プレーヤーが泣きます」と(笑)

藤井
それで今日最初の曲、チューリップだったんですね!

高橋
いやいや、そういうわけじゃないんですけど(笑)
まあでもそうだよね、考えたら・・

だからね、まさに一番最初の注からターンテーブルの話なのに
なんで甲斐バンドやチューリップの批判が入ってるの!っていう

藤井
確かにねえ、これはもう田中さんの視点ということですよね?

高橋
完全にそういう視点で書かれている。
だからこの注が実は面白いっていうことになるんですね。
えーと、少し先に行ってみましょうか?

これいってみましょうかね?注の62
「淳一はその筋では一応の評価を得たキーボード奏者で
 今では学業よりそっちの方が本業になっている」っていう文章に

「キーボード」に注があります。
「とにかく鍵盤のついた楽器のことです」と。

藤井
これもこれだけ書いたってことは、
「興味がないんだな、キーボードに」っていう
メッセージにも取れますよね?

「とにかく」って何ですか!(笑)

高橋
だから、どうだっていいんだよ。
「鍵盤がついてるやつね、はい次」っていう。
だから本当に何気ない注にも田中さんのテイストが全部入っていくという・・

はい、こういうのもありますね。
注145

「原宿の竹下通りにある昔ながらのケーキ屋さん
 ローリエから買ってきておる」こういう文章

「ローリエ」に注が
「本当の原宿を知る人が利用します。
 だからあなたは行かぬ方がよろしい。いや行ってはいけません。」

大きなお世話だろうが(笑)

藤井
自分で注を書いておいて・・

高橋
読んでる人に「お前は行くな」っていう。

藤井
この「ローリエ」って何だろう?って思って
注に目が行く人は行っちゃダメってことですよね?

高橋
そう!そういう資格がないと。

藤井
いやだー。

高橋
これね、読者にケンカを売ってるわけです。
これはなかなか出来ないですね、こういうことはね。
これはどうでしょうか?

「ユーミン」松任谷由実さん、注234
「ユーミンの旦那様として知られるアレンジャーの松任谷正隆さんと」
っていうところで

「ユーミン」に注がついてる、これですよ。
「歩いて6分洋間九畳六畳六畳DK八畳東南角眺望良日当良
 十階建て七階築二年冷暖房付閑静環境良即入居可
 といったイメージがありそうだと思いませんか?」っていう

藤井
うわー、そういう見方をなさってるんですね。

高橋
これは、なんとなくね。
つまり「都会の小洒落たマンションっていう感じですね」って言わないで
こういう歩いて六分洋間九畳六畳六畳DK八条という

藤井
それもしかも全部漢字で送り仮名無しで書いてあるんですよね。

高橋
だから要するにあの・・不動産の・・

藤井
外に貼ってあるような広告をイメージしている。

高橋
だからね、でもよく考えたらまあこれがユーミンの正確なイメージはともかくとしてね。
田中さんがこういうものを説明しようと思った場合に普通の説明の仕方じゃなくて
本当に自分が納得が行く説明を1つ1つの注に全部してるわけ。

だからこれは、本文を書くより僕は大変だと思う、こんなこと。
「ユーミン」ってだからさ、「シンガーソングライターでヒット曲は・・」
って書くじゃん普通は。

これが「歩いて六分洋間九畳」っていうところが
この田中さんのまあある意味批評精神っていうか
人をまあ、あっと言わせて逆に見てもらうというところもあるんですね。

藤井
このものに対してこういうふうに私は思っているんだよっていう
まあ自己顕示でもあるんですかね?

高橋
だから本文は「ユーミン」としか書いてないからさ。
本文はほとんど意味がないんだよ、これほとんど注がメインという
代表的な例ですね。

藤井
そうですね、「ユーミンの旦那様として」って
修飾語としてしか登場してないわけですからね。

高橋
こういうのもあります。
注249、これ割とね田中さんの主張がよく出てます。

本文はこういうところです、会話の中。
「結局ね、ブランドに弱いんだよね。僕らの世代って。
 まあ僕らの世代というより日本人全体がそうなのかな?」

これ「ブランド」に注がついてる。
で、「ブランドに弱いんだよね」が注ですここまで。

藤井
あ、「日本人全体がそうなのかな?」まで入ってますよ。

高橋
あ、そうか全部だ。この文章全部に注が付けてるんだ。
僕も今、気が付きました。で、注が。

「『この小説の登場人物はマネキン人形で中身が空洞だ』という
 文芸評論家だって学歴や肩書というブランドにこだわる人です。
 『この小説には生活がない』という文芸記者だって新聞社のバッチという
 ブランドを取り外したらただの人です」

ってこれさ、自分の小説への批判に反論してるわけ(笑)

藤井
そうですね、ここの場を使って。

高橋
しかもちゃんと注っていう形で反論してるところがある意味お洒落。
普通に反論するんじゃなくて、ここに、ここに書く。
「ブランド」を含む文章全体に注を付けてと。

だからその辺もある意味、こう相手の上を行って
しかも「お前の方がブランドじゃないか」って。
だからすごい見事な切り返しをしてるんですよね。

はいじゃあ、これはどうでしょうか?
注257、原文
「ハッシュドビーフが少し辛すぎたので、口直しにケーキが食べたかった」と。

で、「口直しにケーキが食べたかった」に注がついてる。
「『モデルなのにケーキを食べるの?』なんて質問をするあなたには
 この小説を読む資格はありません」

これですよ!例によって!
もうね、ダメ出しがどんどん出てくる!

藤井
読者に対してもね。

高橋
これは僕すごいと思ったのは、
やっぱりね小説家はどうしてもある程度読者におもねる。
一応サービス業の一種なんですよ。

こんなに読者にケンカを売っている小説はないんです。
だからこれがまた1つの特徴でね。

逆にそういうこともあって、この小説はけっこう批判されたんです。
「中身がない」とか。でもね、たぶんそういうことじゃなくてこの態度!
この生意気な・・

藤井
この態度、なるほど。
だってこの当時、田中さんご自身が大学生だったわけですよね。

高橋
そうそう、まだ22か23ぐらいでこの態度、この態度の悪さ。
でもね、この態度の悪さが僕はこの小説の魅力だと思うんですよね。

はい、これ僕好きな注272です。
「左側には出雲大社の挙式場がある」と書いて
「出雲大社の挙式所」に注が付いている

「ビルにしちゃって商売上手なんだから、もう」って(笑)
いやー、言うねーっていう感じですね。

藤井
ハハハ、面白い(笑)
あれですね、この口調?言い方、文字の選び方・使い方でも
好意的に思ってるのか、それほど否定的でないのかとか分かりますよね?

高橋
分かります、もうねダメだ!と思ったら徹底的に戦う
この姿勢が・・まあ政治家になってからの田中さんもそうでしたけどね。

こういうのもありますよ、これはすみませんが田中さんの意見ですからね。
注303、この辺はね松山千春とかアリスとかさだまさし批判があるんです。
「さだまさしなんかも聞いてたりしてね」「さだまさし」に注が。

「こういうキリギリスみたいな人が戦争でも始まると
 率先して戦争賛歌を歌う人になるのです」っておいおい!
そこまで言っていいのかよ!っていう。

これが田中さんがフォークソングみたいなものが嫌いなんです。
生活感出し過ぎで、普通は「嫌い」って言えばいいのにここまで言う!
これがなかなかすごいですね。

藤井
好きじゃないよっていうことを注を使って表現しているんですね。

高橋
注で一番好きなところいきますね、注309です。

これは彼氏が・・モノローグの中にあるんです。
「本もあんまし読んでないし、馬鹿みたいになって
 1つのことに熱中することもないと思わない?」って

で、「本もあんまし読んでないし」に注が付いています、こういう注です。
「いくら本を読んでいたって自分自身の考え方を確立出来ない頭の曇った人が
 いっぱいいますもの。本なんて無理に読むことないですよ」と。

とうとう本読まなくてもいい(笑)

藤井
本なのに!

高橋
本なのに!本読まんでもいい!
こういう鋭い・・まあけっこういろいろ批判を浴びたんですけども
実は本当に面白い注はですね、全部の注が終わった一番最後のページにですね

これ何故か?人口問題審議会の「出生力動向に関する特別委員会報告」っていうのが
バーッと1ページに載ってるんです。

藤井
これ資料ですよね?

高橋
資料です、それで合計出生率がですね1979年に1.77人になりますとか
それで人口が減っていくっていうことの予測を出しているんですが

この後に65歳以上の老年人口比率、この年ですから1979年8.9%
これは事実、それで予想1990年が11%。
では実際は12%

で、2000年このときの予想が14.3%、実際は17.4%
あのね厚生白書の予想が外れてるんです。

藤井
つまり予想よりも高齢化が進んでいるというのが現状ですもんね。

高橋
これはね何でこういうのを出したか?って今から考えてみると
こんなバブリーな生活をしているけれども僕たちの未来は暗いよっていうを
最後は資料だけでバーンって

藤井
ここには全く主観のようなコメントは書かれていないので
資料のみでそれを語っている。

高橋
これが恐ろしいほど今になって当たっているんですが
そのことを当時指摘した人は誰もいなかった。
どうも田中さんはこれが一番読んでもらいたかったみたいなんですね。

藤井
へー、でもこれを踏まえて前の部分を読むと
非常にアイロニックでシニカルな内容というふうに読めますよね。

高橋
こんなバブリーな生活をしてるけど、この国はすごく暗いよっていう
実は小説だったんだよね。

藤井
そうだったんだ!「なんクリ」!

高橋
「なんクリ」恐るべし!

でね33年後の「なんとなく、クリスタル」の連載が始まりましたので
田中さんがようやく小説家に復帰したそうなので
楽しみにしております。



(了)

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