2018/12/30

映画監督・三上智恵が語る「沖縄戦で山に潜みゲリラ兵として戦った『護郷隊』とは」

今回は2018年5月9日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」三上智恵さんの回を
起こしたいと思います。


倉田真由美(以下、倉田)
本日のお客様をご紹介いたします。1987年アナウンサーとして毎日放送に入社。1995年に沖縄に移住されてから沖縄の文化・自然・社会をテーマの多くのドキュメンタリー番組や映画を制作。73年前の沖縄戦をテーマにした「沖縄スパイ戦史」という映画が現在公開中です。

ジャーナリストで映画監督の三上智恵さんです、よろしくお願いします。

三上智恵(映画監督・ジャーナリスト:以下、三上)
よろしくお願いします、こんにちは。

太田英明アナ(以下、太田)
今、くらたまさん(倉田)がご紹介したこの「沖縄スパイ戦史」というドキュメンタリー映画ですけども、もう公開3週目になって・・

三上
そうですね、東京では3週目に入りました。

太田
なんかすごくお客さんが入ってくれているという話もうかがいましたけど?

三上
昨日も1回目・2回目満席で・・おとといから横浜でも始まったんですけども、それも初日は入りきれないほどだったんですね。

でも一番驚いているのは自分で、けっこう暗い沖縄戦だけのドキュメンタリーで絶対に人が入らないって身内からもずっと言われていたんですよね。「なぜこんなに入っているのかな?」って本当に感謝でいっぱいなんですけれども。

太田
それだけ問題意識をみんな持っている方が多いってことなんでしょうね。

倉田
なんかちょっと明るいニュースですよ。こういう映画でそんな関心を持ってくれている人がまだ日本にこんなにいるって素晴らしいことじゃないですか?

森永卓郎(以下、森永)
私も資料をざっと読ませていただいただけなんですけども、私も個人的には沖縄が大好きだし沖縄戦のビデオとかもたくさん見てきたんですけど。全く知らなかったことが描かれてますよね。

沖縄の人も知る人の少ない「護郷隊」

三上
沖縄に住んでいても、この中に出てくる少年兵の部隊の「護郷隊」(ごきょうたい)っていう言葉を知っている人が・・

太田
故郷を護る隊と書いて「護郷隊」ですよね。

三上
15歳前後の少年兵たちが1,000人という単位という部隊がいたんですが、別に「鉄血勤皇隊」とかね・・太田昌秀元知事が「鉄血勤皇隊」だったからこのワードを知っている方はけっこう多いんですが。

でもなぜか「護郷隊」の方は知られていない。沖縄の方でもご存じない方は多いです。

太田
それはある種、軍事的には隠したい部隊であったからっていうニュアンスもあるんですかね?

三上
もちろん、これを指導したのは陸軍中野学校のスパイの特殊な教育を受けたエリート将校だったということも。潜伏して戦うゲリラ戦やスパイやテロっていうのものを山にこもって戦う秘匿部隊だったっていうことももちろんあるんですが・・

でもですね、なんで長く語られなかったかっていうとですね・・例えば1つの集落の1つの字(あざ)の本当に狭い集落から少年兵が例えば5人出てくるとすると、みんな従兄弟とか又従兄弟とか幼なじみのガチガチの関係で。

これを指導する分隊長というのも、友達のお兄さんであったり友達のお父さんの在郷軍人が指導するんですね。だから地域のお兄さんと少年たち5人で。

その5人のうち例えば3人は生きて帰ってくるけど、2人が帰って来ないってなった場合にこの2人の少年のお母さんは生きた心地がしないというか・・

この生きて帰ってきた3人の男の子たちに「せめて遺骨でも拾いたいから、どこでどんな戦いがあったの?最後はどんなふうに別れたの?」「どのへんに行ったら遺骨が拾えるの?」って聞きますよね?

でもこの3人は知っててもしゃべれないですよね。山の中でどういうことがあったのか?これはもう思い出話として武勇伝としてもしゃべることができないぐらい彼らが実際に憧れて意気揚々と入っていく戦争にね。革靴も履いて軍服も着て、「護郷隊」の歌を歌って闊歩してですね。

太田
自分の身の丈より大きい銃を持ってですよね。

三上
それで自分たちの故郷を自分たちで護るんだと意気揚々と入っていくんですが、でも実際に待っていたのは沖縄の戦場だったわけですよね。

で、生きて帰ってきた人とそうじゃない人の間に溝もできますし、中で起きている残酷なこと。これはまあ映画をみていただきたいですけど、もうしゃべれないわけですよ。

太田
だから殺されるっていうのが、敵兵から殺されるだけではないっていうことですよね?それはしゃべれないですよね。身内同士でっていうことも中にもあったっていうことですよね?

私、拝見しましたけれども・・例えば新聞とかニュースとかでイスラム原理主義の過激派は少年兵を教育して残虐な行為をしているっていうことを耳にしたり目にしたりすると「えーっ、またこんなことをやっているんだ・・」「どんなひどいことを未だにやっているんだろう?」って受け止めるんですけど

ある種、沖縄戦はほぼ同じようなことが行われていたっていうことですよね?

三上
もう人道的に信じられないって外国の例で思うことがあると思うんですが、でも72年前には15歳前後の子どもたちにスパイやテロをさせていたっていう・・

それは沖縄の歴史っていうよりも日本人全体が自分たちの国がやった戦争の中でこういうことがあったっていうことをもって知っておくべきなんじゃないかな?と思います。

倉田
本当に知らないですよね。

太田
森永さんと私もそうですけど、くらたまさんだって知らない事実がいっぱいあるってことですよね?

倉田
「護郷隊」っていう言葉も本当に初めて知りましたし。

太田
この映画は三上智恵さんが主に監督している部分と、それから大矢英代(おおやはなよ)さんという女性の監督が演出している部分との2部構成に基本的にはなっているということですけど、三上さんは「護郷隊」という少年兵の映画を主にお撮りになっている?

疎開という名目で安全なところからマラリアのある地域へ


三上
そうですね、私は「護郷隊」とスパイ虐殺・住民虐殺の部分を担当して、大矢さんは戦争マラリアあっていう言い方をしますが、

あえてマラリアで死ぬことが分かっている地域に口封じとかこの目的もいろいろあるんですが住民を追いこんでいって命まで奪われてしまったという・・大量に命が奪われているわけですね。

この問題とアメリカの取材は大矢さんが担当して、分担してやりました。

太田
その大矢さんの分担したところも離島から離島へ強制移住させられて、敵兵に殺されたわけじゃないのに強制移住によってものすごく多くの島民の方が亡くなっているという事実をお伝えする。その事実も知らないですもんね。

三上
でも皆さん石垣島とかよく旅行に行かれますよね?

太田
森永さんなんかしょっちゅう沖縄に行ってますよ。

三上
石垣とか竹富とか黒島とかね、この舞台になっている最南端の波照間島ですけども。波照間島にはマラリアがいなかった、軍隊も全く駐留していなかった。

しかもアメリカの空襲1つなかった、なのに1,500人がマラリア地帯である西表(いりおもて)の南部に移住させられて。

ほぼ全員がマラリアにかかって、3人に1人が亡くなってしまった。500人近くが死んでしまったんです。

森永
だから見方によれば生物兵器みたいなものですよね。

三上
これがですね、たった1人の陸軍中野学校の工作員によってですね。最初は「山下先生」というちゃんとした先生の免許も持ってですね、沖縄県庁からお墨付きも持って島に張ってくるから、みんな信じますよね?

本土からきた背の高い格好良い22、3歳の山下先生をみんな大好きになっちゃうんですよ。だけどあるとき突然軍刀を差して軍服を着て、

それで「西表に移住しろ、これは軍の命令である」っていうことを言って、みんな度肝抜かれますよね?「先生じゃなかったんだ!」って。

でも島にはそのときには兵隊適齢期の若い男性は全部いなくわけですから、老人と子どもと女性しかいないので、軍刀1つしか持っていない山下さんの命令に従わざるを得なかった。その結果、3人の1人が亡くなってしまった。

倉田
もう死なせに行かせてるみたいな・・

三上
そうですね、結果的には・・でもこれは疎開っていう言葉がずっと使われていたんですね。疎開っていうと安全を守るためとかそういうイメージがあるので・・だから長い間、軍隊の故意によってマラリアで死んだかどうかっていうことが裁判でも争われていました。

軍の決定的なミスであるということは裁判としては勝ち取ることはできなかったんですね。それは1995年96年あたりの報道で私が沖縄でやっていた部分ですごく悔しかったので「いつかやってやる」と思ってですね、この映画にたどり着いたんですけどね。

森永
この少年兵の方は・・お話になれる範囲でどういう活動をしてたんですか?

「護郷隊」の活動は山に潜んでゲリラ兵として撹乱


三上
活動は後方撹乱(こうほうかくらん)っていうんですが、三十二軍っていうのが沖縄守備隊と言われていた表の戦争だとすると・・6月23日には牛島司令官が自決して、なんとなく終わるような形になっちゃうわけですね。

太田
統一された戦闘としてはそこでいったん区切りがつくけどっていうことですよね?

三上
組織的な戦闘が終わった日が6月23日とされていますが、でもこの陸軍中野学校が指導した「護郷隊」っていうのは山に潜んでゲリラ兵としてその後もずっとアメリカ軍の活動を撹乱していく、後ろから撹乱するから「後方撹乱」っていうんですけど。

要は沖縄って取られてしまった後はですね、本土を爆撃するための拠点になっていくわけですね。だから沖縄に作られたたくさんの飛行場から本土の空襲にどんどん飛び立っていく。

だからこれを見た目が軍として負けたとしても、たくさんのゲリラが後ろから燃料を燃やしたり飛行機を爆破したり、例えば井戸に毒を入れたりということで本土に対する戦いをできるだけさせないように撹乱をしていく。

そのために彼らは生き残って山に潜伏しなければならなかったんですね。

太田
結局、本土に攻めてくる前の時間稼ぎをするために少年たちの命を使った・利用したっていうことですよね?

一般住民を対象にせざるを得なかった理由


三上
それもあります、また少年たちは15歳前後でもアメリカ人には7,8歳の男の子にしか見えないんですよね。沖縄の方は背格好も小さいですから。

当時の沖縄の子どもの着物を着てあえて捕虜収容所みたいな場所とかアメリカ軍のキャンプ内にこどもだったらチューインガムとかもらって入れてもらえるんですよ。

そこで敵情視察をして夜になったら山の上の上官のところに行って「ここに燃料がある、ここに司令官が寝ている」と報告して、夜の切り込みに今度は上官と一緒に来るわけです。

だからアメリカ軍は沖縄の少年だと思って安心していたら、その中に兵隊がたくさんいるんだということに愕然としてですね。でも子どもや住民に見える人も殺していく対象にしていってしまう。

だからたくさんの民間人が火炎放射器とかによって殺されるのは少年たちを潜伏させた影響でもあるんですよね。

森永
そうだったんですね。私もその火炎放射器で焼き尽くす映像を見てすごくショックを受けたんですけど、背景にはそういう少年兵たちの活動があったっていうことなんですね。

三上
それに少年だけでなくて、日本兵は住民のふりをして住民の着物を着て山の中に潜伏した。住民を盾にしながら敗残兵がずっと生き残っていくという局面も被害を大きくしたんですよね。

太田
ほとんど実際に体験されたことを証言された方々はご高齢の方ばかりですけども。よくこの自分のトラウマを乗り越えて三上さんに心を開いて証言をしてくれましたよね。

三上
でも断られた人は写ってないわけですから・・。

太田
説得しきれなかった人もたくさんいらっしゃった?

三上
いや、もちろんです。だいたい「『護郷隊』の話を聞きたい」って電話をするとほとんど切られたり、「もう覚えてないよ」とか「もうおじぃは話は難しいから」っていうふうに言われちゃうんですね。

沖縄の場合は訪ねていく「もう来ちゃった」みたいな感じでトントンって玄関から何度か訪ねていくというのが一番有効ですよね。

戦争後にも「護郷隊」の影響は残る


太田
いや本当に胸襟を開いてずいぶん苦しかっただろう体験も語ってくださるお年を召された方がたくさん出ていらっしゃるので、どれだけ苦労をされたのかなあ?っていうふうには見ながら思っていたんですけどね。

三上
少年兵の心がどんどん荒んでいって、それからPTSDって今はそういう名前が付いていますけど・・当時は「戦争神経症」とか言われたんですね。

16歳でこの「護郷隊」の散々な経験をして命からがら骨と皮だけになって帰ってきたリョーコー二等兵というのが主人公なんですが、彼は16歳で帰ってきたけど18歳で心がパンクしてしまってですね。

日中とか夜とかいつも関係なくスイッチが入ったら、戦争状態になってしまって。それでほふく前進をしたり暴れ回ったり、もう人を傷つけるくらいの勢いで暴れるので。家族はようやく帰ってきた息子を抱いて「良かった生き残って」って言ったんですけど。

同じその手で彼を牢屋っていう言葉がありますけど、座敷牢って自宅監禁。お家の中に監禁する・・精神医療の施設も整っていないときには致し方なかったとは思いますが、

家の中に牢屋のようなものを作ってそこにつながれるというような体験をしたおじいちゃんがいらして。

その彼は宗教に入って50代になってから心がすごく落ち着いた。50代まで苦しんだんですよ。

太田
今は穏やかなトーンで証言をたくさんされていましたね、映画の中では。

倉田
それまで何十年も苦しまれてますよね。

太田
「兵隊幽霊」って言うんですってね。

三上
沖縄って私、民俗学とかやっててこれが専門なんですけど。「憑依する」とか「霊が憑く」とかそういう心霊の世界っていうのが沖縄ではすごく信じられている部分がまだありますけど。

兵隊の幽霊が取り憑いた、だからこんなに戦争の気分になって暴れ回って。戦争当時のまま頭の中がそこから一歩も出られないわけですよね?

だからそういう症状になったリョーコー二等兵のことを「兵隊幽霊」「兵隊が取り憑いておかしくなった人」ということで地域から遠ざけられたっていう辛い経験を何十年もしてらしたんですね。今は本当にお元気で桜を植えているんですけど。

森永
うーん、でもまあそうですよね。自分の立場で考えてみたら、その少年時代に一種のテロリストになるような教育を受けたわけで。それはそんな1年や2年で心が戻らないですもんね・・・。

三上
そうですね、彼はだから未だに護郷隊」の世界の中に生きているような部分があって。「第二護郷隊」という中では69人戦友が亡くなっているんですね。だからその数だけ寒緋桜(カンヒザクラ)って沖縄の桜を見たことがありますか?

森永
はい、あります。

三上
こっちの桜は薄いピンク色で散りますけど、沖縄の寒緋桜はいちばん寒い1月末とか2月に咲いて濃いピンク色で散らないんですよ。散らないから本土の方は「なんか桜じゃないみたい」って言うんですけど。

でもしぼんで濃い赤になってまで枝にしがみついていようとする、生きようとする桜なんですよね。

私はそういうふうに見えますけど、どういうつもりなのかは分かりませんけどリョーコー二等兵はその寒緋桜を69本自分の家の裏山に植えていて自分で供養するということをやっていて。

みんなに1つ1つに亡くなった人の名前を付けたいということがあるんですよね。

太田
沖縄の戦史を研究してらっしゃる研究者の方も何人か映画の中には登場されるんですけど。

いちばん印象に残ったのは「軍隊は住民を守るのではなくて、基地を守る。いわゆる国体を護持するために戦っているのであって決して住民を守るための存在ではない」っておっしゃっていて。

でも活動していた少年兵たちは「護郷隊」、故郷を護る部隊と名前が付けられているというのはすごく皮肉なことだなっていうふうに見たんですけどね。

島にいる軍隊にとって住民は利用する存在


三上
沖縄戦を勉強していくと、どこの島の経験をもってしてもですね「軍隊は住民を守らなかった」と。守ってくれるという120%の信頼で1944年に沖縄の人たちは日本軍を迎えたわけですね。

もう連戦連勝の日本軍だということを思っていますから「この日本軍が来てくれたら、私たちは何に心配もないんだ」っていうのが1944年です。

でも実際にアメリカ軍が上陸する段になったら、なぜか住民を守らなかったわけですね。守らなかったんじゃなくて、私に言わせれば守れなかった。そのような作戦がなかった、三十二軍の幹部で生き残った方は非常に少ないんですね。

そのうちの1人である神(じん)参謀が戦後インタビューに答えていますが、「軍隊が住民を守らなかったということについてどう思いますか?」っていう沖縄の新聞社のインタビューに対して、

「それはその通りです。住民を守るというのは作戦に入っていなかった」と言い切っているんですよ。

倉田
ハナからそういうつもりはないんだ。

三上
「国を守るために」「その作戦を遂行するために」っていう順番で行くと、住民は足手まといだったと・・。

太田
もしくは利用する存在だったということですよね。

三上
その通りなんですね、島っていうのは有事になったら何も補給ができないんですね。物資の補給、燃料の補給、兵隊の補給、食べ物の補給、全部途絶えてしまうので島の中にあるもので全部やらなきゃいけない。

そうなると住民は移動させて守る対象ではなくて、まずはそこで食料を作ってくれなければ、みんなが死んでしまうわけですね。

それから軍隊の労働力として飛行場を作ったり、飛行機を隠すものを作ったり。これも軍隊だけではできませんから、だから労働力として使われて・・そうすると住民は軍の秘密を知ってしまうんですね。

だからアメリカ軍が近づいてくると、村の中から1人引っ張っていって「ここにどんな軍隊がいるのかしゃべろ!」って言われたら、「爪剥がす」って言われたって私たち一般の人たちはしゃべっちゃいますよね?

「ここに軍隊はいるのか?日本人は何人いるのか?」って言われたら、だから住民は都合の悪い存在になってしまうんですよね。それでお互いに監視をさせるっていうシステムを日本軍が作りました。

倉田
住民同士を?

三上
住民同士をです。それも秘密組織を作りお互いに密告をさせるようなシステムを作って、そこでスパイ虐殺というものが起きていくんですね。

今の沖縄の意見が2分されるのは?


太田
ぜひ知らなかった事実がいっぱいあるので、映画ご覧になっていただきたいんですけど。

もう1つ思ったのが、例えば自衛隊の基地を新たに石垣や与那国に導入しようということで賛成する人と反対する人がいますよね?

辺野古の基地の移設についても亡くなった翁長さんを支持する人もいれば、いやそうじゃないという人も半々いる。

こんなに辛い体験をしているのになぜ沖縄の民意が1つにまとまらずに常に分断されているのか?っていうのは三上さんはどういうふうにご覧になっていますか?

三上
いやそれはですね・・今たぶん戦後いちばん「自分たちは強いものに守られたい」って国民が思っている時期だと思うんですね。

太田
まあ不安なこともありますよね?

三上
まあ北朝鮮が怖いとか、中国が怖いとか。この雰囲気はここ5年ぐらいでものすごく増加していて。でもアメリカ軍だが自衛隊だか分かんないけど、とにかく強いものに守られたいと。じゃなきゃ不安なんだ、いま日本人が戦後いちばん思っていますよね?

それは沖縄でも同じインターネットを見ていますから、「中国が攻めてきたらどうする?だったら自衛隊が来てくれた方がいいんじゃないか?」

また災害のときに自衛隊が頑張ってくれている姿をいっぱい見ていますから、やっぱり自衛隊来てくれた方が安心だというふうに思うのも無理はないと思います。

ただ73年前にどうして日本軍は住民を守れなかったのか?で、いま新しくできようとしている軍隊なのか今の自衛隊が発展した何物かっていうのが旧軍隊と同じなの?違うの?

同じだったら嫌ですよね?でも違うんだったら違うで本当に違うということを知ってから国防に軍隊を持つのかどうか?っていう議論は少なくとも旧軍隊と今から持とうとする軍隊?今の自衛隊の発展形はどうなんだろう?というのはよく考えてから検証してから考えたいなと私は思います。

そのために沖縄戦であったことを知ることはものすごく大事なんじゃないかな?と。

太田
そうですね、考えるヒントには絶対なると思いますので。今たくさんお客さんが入っているということなので、これから広がっていくと思いますけれども。改めてご紹介を。

倉田
三上智恵さんと大矢英代さんが共同監督を務めたドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」

詳しくは「沖縄スパイ戦史」公式ページをご覧ください。

太田
今日は誕生日でいらっしゃるのに何のお構いのなく、いい話をこちらが一方的に。また新しい作品をお作りになったら遊びにいらしてください。

倉田
ぜひぜひまたお話を伺わせてください。本日は三上智恵さんでした、ありがとうございました。

三上
ありがとうございました。

(了)

「沖縄スパイ戦史」公式ページ




2018/12/10

光浦靖子が語る「小学校のころは毎日地鎮祭をやっているようだった」

今回は2018年4月27日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹紳士交遊録」『ダ・ヴィンチ』編集長:関口靖彦さんの回を
起こしたいと思います。


関口靖彦(「ダ・ヴィンチ」編集長:以下、関口)
よろしくお願いいたします。

光浦靖子(以下、光浦)
お願いしまーす。

大竹まこと(以下、大竹)
なんとなく声が気弱な感じだけど、そんなことないですか?

関口
あっ、そうですか?大丈夫です。
大竹
何か会社であったとか?そんなことないですか?

光浦
嫌なことでもあったんですか?

関口
特につらいことはなく・・大丈夫です。

大竹
バンド活動が上手くいかなかったり?客が来ないとか?

関口
そちらの方は相変わらず続けていますけれども・・

光浦
はい、本日は?

関口
今日はまた本のご紹介なんですけど、本屋大賞の受賞作が決まりまして。その大賞受賞作をご紹介しようかと思っていたんですけれども大賞が恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」になりまして。


光浦
直木賞も取りました。

2018年本屋大賞・第2位の森絵都「みかづき」

関口
直木賞も受賞されてこれまでにこの番組でもご紹介をさせていただいていたので、第2位の作品をご紹介させていただきたいなと思いまして持って参りました。

今回、本屋大賞第2位が森絵都さんの「みかづき」という小説です。

森絵都さんはもともとは児童文学でデビューされた方で1991年にデビューされている作家さんなんですけど。だんだんご自身のキャリアを積まれ年齢も上がってくるなかで実際描かれる小説もすごく幅広い世代を描くようになってきているんですけれども。

今回の受賞作の「みかづき」はですね、親子3代にわたっての家族小説になっています。かつ、もう1個テーマというか題材が「塾」なんですね。学校教育に対しての「塾」っていうことですね。

このタイトルの「みかづき」っていうのがそもそも登場人物の1人である塾を立ち上げる女性が言っていた言葉なんですけれども。


『学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを暗がりの中で静かに照らす月、今はまだ儚げ(はかなげ)な三日月に過ぎないけれど必ず満ちていきますわ』

っていう、まだ戦後の頃の話ですね。だからまだ塾っていうもの自体が今みたいなメジャーな存在になってなくって、じゃあ我々も「塾」っていつぐらいから始めっているって知ってる?って聞かれたら多分知らない人が大半だと思うんですけど。

そういう日本の戦後の教育史みたいなのもベースにしながら塾っていう存在を通して、そのときどきの家族とか子どもを描いていくっていう結構な大作ですけども。

光浦
分厚いですもんね。

大竹
500ページ以上あるね。

関口
そうですね、500近いですね。もう本当にどっしりしたドラマを読んだなあという手応えがボリューム的にも内容的にもある小説で本当におすすめなんですけれども。

光浦
読もう。私ね、親子3代とかそういうの好きなんですよ。安心して読めるんですよ。なんでか?っていうと死んでないから。続いているから3代、もうそれだけで安心して読めるんですよ。

大竹
なるほど、じゃあ歴史物なんかは好きなの?

光浦
歴史は・・ちょっと苦手意識がすごい。

大竹
だってあれも何代だって続くじゃん?

光浦
歴史になるとダメなんですよ!

関口
やっぱり戦後史ぐらいだとご自分の見て育ってきた風景と重なるし。

光浦
あとあれなんですよ、実在しない人の方が安心して読めるんですよ。実在しちゃうと実在した人が苦労するとさ、本当にあった苦労になっちゃうから。もう胃が痛くなっちゃうの!もう本当に!っていう・・。

大竹
なんかその今の話の内容だけど、日本の塾のちょっと前の時代の設定みたいなことを今おっしゃっていたけれども。今さっきの読んだ引用部分は今でも俺はそうなっていくというか、学校っていう存在がなんかちょっと疎ましくなってきてないかな?とは思ってるんだけど。

関口
あと、学校ってやっぱり読んでいて思うんですけど、そのときどきの政治と方針とかでコロコロ変わるんですよね。いわゆる「ゆとり教育」とかが代表的なところですけど。そのときどきで「ガーッてやれ」って言われたり、「やるな!」って言われたり。

大竹
パン屋が和菓子屋になっちゃったりな。

関口
それに対して塾っていうのは、それぞれの方針である意味安定した教育ができるっていうところはあるので、必ずしもやっぱりそういう学校ではできない教え方みたいなのはあり得るんだなっていうのは思ったりで。

太田英明アナ(以下、太田)
逆に例えば中学受験でものすごい熱心なお子さんとかはむしろ公立の小学校が月で大手の塾が太陽みたいな意識で行っている子も中にはいるかもしれない。

光浦
あの「受験太陽」だけに特化してね。

大竹
嫌だねえ、なんか。もっと大らかにバカな子が・・まあ俺もバカだけど。バカな子がたくさんいて欲しいよう、なんだかなあ・・。

関口
これ読んでいて思ったんですけど、なんかやっぱり勉強を詰め込まれるっていうだけじゃなくって。そもそも学ぶこと、知らないことを知っていくことって面白いじゃないですか?

だからなんか自分の得意にこととか知らなかったけど、これ面白いなってものを見つけられる機会っていう面もあるのかな?っていうのは思いましたね。

塾と学校の関係性から、女子の学校生活の話に


光浦
学校はやっぱ人付き合いじゃない?

関口
ああ、そうですね。クラスの中のポジションとかが決まっちゃうと逃げ出せないとかありますね。

光浦
あれを学ぶところというか・・私さ、勉強なんか屁でもなかったもん。もうとにかく人付き合いとかそれだけがずーっと悩みだったな。どうしたら怒りん坊の女子のワガママな人おるじゃん?

あれを納めるかな?みたいな・・なんか地鎮祭みたいな感じだよね。毎日、毎日。もう鬼がとにかく爆ぜないようにするにはどうするんだ!っていうさ。

太田
「お鎮まりくだせえ~」みたいな(笑)

光浦
「お鎮まりください」を考えるのが女子よ、高学年よ!本当に嫌だった!もう大変だった。

だから大人になったら「こんなに人付き合いって楽なんだ」って思った。子どもって理不尽が許されるじゃないですか?だもんで、リーダー格が「あいつ嫌い、明日無視」とかがまかり通っちゃうんですけど、大人はそんなことできないじゃないですか?

だから私(大人になって)「なんて楽なんだろう」と思って、やっぱ。

太田
あと大人はコミュニティをいくつか持っているから、1つがダメでも逃げ場があるけど子どもが学校が全部のコミュニティになっちゃいますもんね。

光浦
毎日、地鎮祭でしたよ!!「どうやっておだててワッショイして」みたいな。

大竹
光浦の時代はそうだったんだ。俺らの時代は・・まあ俺の性格とかがあるのかな?やっぱりネックは勉強で、やっぱり勉強ができないとダメでそれ以外はオールフリー、何でも良かったね。

関口
学校によっても違うんですかね?そういうところって。

光浦
まあ男子の方がカラっとしてるのかな?まだ成長が遅いから。なんだろうなあ?脳みそが成長していないけど、ハートが成長しているのが女子っていうのか・・理不尽だけど感情がいっぱいあるのが女子な感じがする。

太田
その他にも森絵都さんの本をいくつもお持ちいただいていますけれども。

30代以上には共感できる短編集「出会いなおし」


関口
あと1冊だけ追加でご紹介してもいいですか?この受賞作の後に出た今のところ森絵都さんの最新刊で「出会いなおし」っていう短編集なんですけど。


帯に「年を重ねるということは同じ相手に何回も『出会いなおす』ということだ」っていう。

光浦
おお、ブラボー!

関口
さっき、続いていくっていうことをおっしゃってましたけど。やっぱり若いときって別れ別れになるとか別離っていうのがそこでそれっきりみたいな感じがしますけど。

実際30年40年50年って生きてくると1度離れた人とどこかでまた交差したり、それって別に恋愛だけじゃなくって仕事の上とかでも20年前けっこうぶつかりあったけど、久しぶりに会ってみたらみたいなことありますよね?

光浦
今まさに地鎮祭の鬼とかが親友になってます(笑)

「お前!小学校のとき、どんだけうちらが苦労してお前のご機嫌を取るのに!」っていう・・忘れてるしね、本人も。かといって今は全然仲が良いし、普通に遊ぶし。

大竹
俺はあの風間杜夫ね。一緒の劇団を組んで一緒にやってたんだけど、やっぱり風間だけが先に売れていくわけよ。

俺らは居残り組でコメディアンになるわけよ。向こうにいった連中の間の噂では「あいつらビルの屋上でコントやってるらしいぞ」みたいな話になるわけだ。それでしばらく疎遠になるわけよ。

もうずーっと一緒だった10年ぐらい同じ家に住んで一緒で。マヨネーズご飯かっ食らっていたのが、その後疎遠になるわけよ。

それで何十年経つわけ、それでつい1年ぐらい前に俺が朗読したものと風間が朗読したのと同じ会社だったのよ。

それが縁で宴が設けられて、そっから今また風間とめっちゃくちゃ仲良くなって。

光浦
親友みたいに。「出会いなおし」だ!ある、ある、ある。

関口
いやなんかこれ本当にそういうたぶん10代の人が読んでもあまりピンと来ないと思うんですけど。30代40代以上の方が読むと、すごい響くと思います。

大竹
もう「出会いなおし」って聞いて「ああっ、そうか!」って思ったもん。

関口
これ6編入っている短編集なんですけど、だから登場人物は全部違うんですけど。やっぱり分かれてまた出会ってっていう「じゃあ、また」って言える感じっていうのがどれもあってですね。

大竹
俺も書いてこの中に入れとくよ、じゃあ。

光浦
「風間と俺」

大竹
エピソードを1つ足して。

関口
なんか年を取っていくことを励まされるようなすごく良い本です。

光浦
ああ、素敵!

大竹
そうだよな、俺だってもう67歳だもんな。こんなときにまた「出会いなおし」なんて思わなかったもんね。

関口
ぜひ、じゃあ読んでみていただいて。

光浦
じゃあ私、「みかづき」の方を。あれもうお時間?お時間来てしまいました。

(了)


2018/12/08

金子恵美・宮崎謙介が語る「離婚しなかったことで『応援しない』とハッキリ言われて」

今回は2018年4月23日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」金子恵美・宮崎謙介夫妻の回を
起こしたいと思います。


倉田真由美(以下、倉田)
本日のお客様は元国会議員のご夫婦、金子恵美さんと宮崎謙介さんです。よろしくお願いします。

金子恵美(以下、金子)宮崎謙介(以下、宮崎)
よろしくお願いします。

大竹まこと(以下、大竹)
ようこそいらっしゃいました。私どもちょっとバラエティ班で扱っていいのか・・この案件をどうしたらいいのか?をちょっと考えてるんですけど・・どんなもんですかねえ?

金子
もう如何ようにもしていただいて(笑)

大竹
出ていらっしゃいますよね、お2人であっちこっち。

宮崎
お声のがかかったものは基本的にチャンスと思って行っていこうということでやっております。

大竹
今、お2人とも議員ではない?

宮崎
はい。

金子
そうですね、議員辞職して。

大竹
宮崎さんは議員を辞職なさった?

宮崎
辞職しました。

大竹
あの騒動を昔のよう思うけど、ついこの間ですよね?

宮崎
2年ぐらい前ですよね。

大竹
二枚目でイケメンで。

宮崎
いえいえ、何をおっしゃいますか!

大竹
イケメンでイクメン。

倉田
上げれば上げるほどちょっと(笑)

金子
悲しくなってくるんですけどね(笑)

倉田
そのあとの話がね。

大竹
何が?(笑)でも確かにイケメンでイクメンで。

宮崎
イクメンは今でもちゃんとやってますけど。

大竹
あのときでもイクメンやっているって言ってて浮気しちゃって。

宮崎
まあちょっと・・はい。

金子
「まあちょっと」って(笑)

奥さんの出産日に浮気報道が判明する


大竹
それでなんか前後関係が厳しいんだよね?妊娠なさっていらして、お子様が生まれ・・

金子
生まれた日の夜にね、私は知ったんですけど。まあその1週間ぐらい前にそういう。

倉田
本当はバタバタしていたんだ。

大竹
もう精神状態は気が気じゃなかった?

宮崎
いやもう本当にまさに。

金子
「まさに」ってあなたの言うことじゃないですよ(笑)

倉田
いやだって記者が張り付くことなんて、議員のときもあったと思いますけど。そもそもなんでバレたんですか?

宮崎
いや私も逆にそれは聞きたかったりするんですけど・・

倉田
未だに分からないんですか?

宮崎
分からない部分がありますし、一言で言うと「文春さんの取材力がすごいな」とことに行き着くんですけど。気づかないんですよね、全く。記者さんが張っていることも分からないし。

倉田
張られてたんだ。

宮崎
1回別の記事といいますか別の取材で記者さんが議員会館の地下にいらしたんですよ。

大竹
(金子さんに)ちょっと待ってど突かないでくださいね。手を上げたからど突こうとしたのかな?と(笑)

金子
はいはい、ちょっと何を言うのかなと(笑)

大竹
ちょっと心配になったんですけど。

金子
頭かいただけです。

宮崎
(記者が)いらしたんですけど、私を見てパッと消えたんですよ。逃げたんですよ。そのときに横にいた政策秘書に「あの人、文春の記者じゃないの?」って言ったらあのとき甘利さんが騒がれてたので甘利大臣(当時)を張っているんだということ。

「そうか、そうか」と思ったんですけど、よく考えたら私を張ってたんですよね。今思うと。というぐらい無防備だったんですよ。

大竹
あのときは奥さんの心情も・・・ねえ。だって子どもがお生まれになったその日に報道で聞いたんですか?

金子
本人の口から聞いたんですけど。

宮崎
もう報道が出ると思ったので。

大竹
もう出るのか分かってたから?

倉田
もう出ることは決まってたわけだ。

宮崎
100%出ると思ったし・・。

大竹
何とおっしゃったんですか、奥さんに?

宮崎
いやー、なかなか言い出せずに2時間ぐらい引っ張って・・

金子
2時間どころじゃないよ、もっと長かった。

宮崎
引っ張りに引っ張って・・

大竹
「ああ、いい子を産んでくれたね」とか(笑)「うーん、実はね」みたいな?

宮崎
まあ簡単に言うとそんな感じですね。

金子
その日の朝に出産だったんですけど、その朝は出産に立ち会っているんですよ。

倉田
気が気じゃないまま立ち会っていたんだ!

宮崎
そうです、そうです。もう前日の夜に文春さんからのアタックを受けたあとだったんで。「まあ大丈夫だろう」と私も黙ってる、相手も黙っていれば大丈夫だと思ってたんですけど。

その1日経ったタイミングで「これは相手は絶対に言うな」っていうのが分かっちゃったので、これはもう早い段階で。

倉田
証拠写真か何か撮られたんでしたっけ?

宮崎
証拠写真は一応自宅から出てくるところだったので。如何ようにも言うことは疑惑止まりで・・

倉田
いやそれはアウトですけどね!

宮崎
アウトなんですけど、これまでの事例を見てると「一線を越えてません」とかって。

倉田
いやいや、みんな許してませんから!!世間は言い逃れている人たちも言い逃れられてはないですよね。 

金子
そうですよね。

宮崎
と、私も思いますけど・・

大竹
どこが「一線」なの?

倉田
どこもかしこもないです。それはアウトの・・同じ部屋から2人で出てきました・・アウトでしょ?

金子
まだ議員だったので選挙区が京都だったので、京都に一度仕事に行ったんですよ。その京都から帰ってきて病室に戻ってくるはずがなかなか戻ってこないと。

最終の新幹線で帰ってくると聞いていたので、東京駅に着いて病室に来るにしたって「もうそろそろ帰るよな?」と思ってもなかなか帰ってこない。

やっと現れて病室入ってきたときの主人の顔がもう今まで見たことないような引きつった顔で立ってて。それまでの間にこの人なりにおかしくなってて。

宮崎
もう本当にキレそうでしたね。キレかかってましたね。

大竹
それで何とおっしゃったのご主人は?

金子
それで入ってきて、なかなか言い出さないで3時間ぐらい。

倉田
何してたの3時間!?

大竹
入ってきてすぐに謝らなくちゃいけないよ。

宮崎
なかなか言い出せないわけですよ。さすがに幸せの絶頂じゃないですか、女性としても。

金子
それは「あんたが言うな」っていう。

大竹
君も含めて幸せの絶頂のはずだから。

宮崎
絶頂だったはずなんですけど、こんなはずじゃ・・

大竹
君はそんなはずじゃなくなっちゃった。それでずーっと3時間も。

金子
どうでもいい話を。それこそ甘利さんの話を引き合いに出して「いやーあのスキャンダルを起こした政治家の子どもは将来そのことをしたときにどう思うかな?」とか遠回しになんだか分からないことを(笑)

倉田
めっちゃ外堀埋めてきたわけですね。

金子
「子どもは子どもの人生があるし」とかって本当にどうでもいい話をしてたんですけど、私はその日の朝に出産しててもう12時を回って深夜2時3時で「寝かせてほしい」っていうことで。

でもなんか言わないから「何なの!?」と言ったら最後に言ったのが・・

宮崎
「女性問題で週刊誌に載ります、ごめんなさい」と。

大竹
それでどうしました?

金子
「そんなことか」と、それぐらいのことですぐ言ってくれればいいのにと思ったんです。

幸せの絶頂の妻とどん底の夫

倉田
そのぐらいのことって思われたんですか?

宮崎
私も驚きました、本当にそれ・・「えっ、そっちのリアクションか!」って。

大竹
だって片一方は幸せの絶頂だから。

宮崎
私、どん底だったんですけど。上から石を投げられると思ったんですけど。全然むしろ救いの手が来て。

大竹
でも世間にはそんなこと言えるわけもないしね。何とおっしゃったの、世間には?

金子
私はそれを聞いたときにやっぱりお金とかクスリとかですね。政治家として法を犯してしまったら大変だと「大きな問題だ」と。

議員も当然辞職しなきゃいけないだろうと思ったんですけど、このことに関しては夫婦のことでしかないから私が許せば終わることだろうと。私はそのとき思ったんです。

倉田
なるほど、それも正論ですね。

金子
そうですか?でも世間はそうではなかったので・・その後大変なことになっていって。本当にどんどんとそういう状況が、報道も大きくなっていったときに2人で乗り越えるべきことだなとそのときは思って。

大竹
偉いっ!

倉田
まあ世間には面白い話なんで、やっぱりなかなか火は消えないんですよね。こういう話。

宮崎
2年半経ってもまだ消えてない。

大竹
ここに来たって、また一からだもんね。

宮崎
ありがとうございます、取り上げてもらって。

大竹
奥様は偉い!!

倉田
でもおっしゃる通りですよね、刑事問題じゃないから。結局、夫婦の話なんですよね。

大竹
そうそう、偉い奥様に比べてお前は何だ!!なんなんだお前は!オドオドして!

宮崎
普段はけっこう堂々としているんですけど。この話になるとどうも・・。

倉田
でも金子さんは出産まで全然その話を耳にせずに済んだんですか?普通、記者って容赦なく当たるじゃないですか?

金子
そこがね、なんか武士の情けかよく分からないですけど。それが私なかったから本当に良かったです。

大竹
奥様も驚かそうと思ったんだよ。

倉田
でもけっこう妊娠中に記者に当たられて夫の浮気を知った女性タレントもいましたから。それはちゃんと待ってもらったのかな?

大竹
でも金子さんは「そんなの夫婦の間で解決することだから、たいした問題じゃない」とおっしゃってる。宮崎さん、またできますね(笑)

宮崎
ハハハハハ(笑)

倉田
えっ、そういう話になっちゃうの、大竹さん!?

大竹
だってこんなに心の広い、でももうダメですか?

宮崎
逆なんですよ、おっしゃる通りで確かにそうかも分からないんですよ。こういう性格なので、でもこれ北風と太陽みたいな話で冷たい北風でバンバン当たられると男の気持ちとしてまた沸き起こってるというか・・

大竹
浮気心?

宮崎
もしかしたらですよ!!でも太陽で来ているので、北風じゃなく太陽なので逆に申し訳ないというか「そんな寛大にされちゃうともうちょっとできないよな」っていう感じになっているのは事実なので・・そこまで計算しているとしたら・・

大竹
違うんだよ!奥さん、大したことじゃないんだよ!本当に、ねえ?

金子
これ言うと世の中の女性から、本当厳しいですよ。

大竹
でも本当にそう思ってるでしょ?

金子
そうですね、私は正直そう思ってます。

大竹
大したことないもんね、浮気だもんね。本気で向こうに行っちゃうなら問題だけど。

金子
本当にそうですよ、気持ちがあったりとか・・よく言ってるんですけど、浮気を何回かするという回数は別にあんまり気にならなくって中身だと思っていて。

あまりにも私の親しい人だとか近い人とか、なんか深い・・それこそ本気度が見えてきたら、ちょっとこれはいよいよ考えなきゃなと思いますけど。

倉田
おっしゃる通りだわ。

大竹
いい女だったの?

宮崎
いや・・ちょっと気の迷いです。

金子
気の迷いだったら、ちょっと良かったっていうことだよね?

宮崎
「気」じゃないか・・

大竹
「ごめん、なんかしちゃったんだ」っていう話だったら許すんでしょ?「気の迷い」って言うと気が向こうに行っちゃってるって、それはダメだよ。

金子
それはちょっとマズい発言。

倉田
今のマズいのはね、相手の女性の気持ちを考えると「あれは遊びでした」的なことを言われると「ちょっとそれは・・」みたいなに思ってしまう。

で、奥様からすると遊びだって言われる方がいいんだけれども。でも一人の女として聞くと「なんか冷たいな」みたいな気持ちがしちゃう。

宮崎
そうじゃなくて、逆に向こうからの提案はそういう話だったんですよ。「もう私は別にそういうんじゃなくて、ずーっと2番手でやってきたキャリアだから」って

金子
何の話してんの(笑)

大竹
ああ、向こうの方は2番手のキャリア!今、(金子さんに)ドツかれましたけど(笑)キャリアっていうのはどういう意味?ノンキャリ?

宮崎
ちょっとよく分からないんですけど、そういう話だったんです。「私はずっとそういうポジションだったこともあるし」って

金子
自分で言うことじゃない(笑)

宮崎
なので「男ってそういうもんだから」って。

大竹
「私は奪おうとは思わない」ってことですか?

宮崎
そんな話は一切なかったんですね。もう「だから遊びとかでもいいし」みたいな話だったんですよ。

大竹
これでも難しいよね、くらたま(倉田)は相手の女の気持ちになってるからね。そうなってくるとねえ・・

倉田
やっぱりよくあるじゃないですか?不倫して謝罪会見、男性が謝って「奥さんが大事です」みたいなことを言うのはいいんだけど、でもなんかそこに女性の気持ち・・たとえ浮気相手でもね。その人の気持ちをあんまり踏みにじるのもどうなのかな?とも思ってしまう。

そのへん難しいんですけどね、塩梅が。

宮崎
発言しない方がいいですね、これね。

倉田
これは私の感覚だから、あれだけど・・。

大竹
でも奥様は心の広い方で収まって2人とも議員さんではいらっしゃらないけど、次の・・解散風も噂されているし。今なんで食ってるんですか、それじゃ?

議員でなくなった2人はどうやって稼いでいるのか?

宮崎
私はいま会社をやっています。

倉田
何の会社なんですか?

宮崎
子どもたち向けにプログラミング教室をやっているんです、お寺で。

大竹
フハハハッ(笑)

金子
何で笑ってるんですか?真逆な方向ですか?

大竹
いやちょっと(お寺で)反省会やっているのかな?と思って。それで金子さんは?

金子
私は企業の顧問をしたり・・

大竹
そうなの?それでお金は入ってくるんだ、2人とも。

金子
政治家のときの経験を活かして、IT関係の仕事をしていた時代があったのでその企業の顧問をしたりしてます。

大竹
お二人とも自民党二階派にいらっしゃるんですか?

宮崎
もともとは二階派にいました。私はいま派閥も抜けてます。自民党からも抜け・・。

大竹
ああ、派閥も許してくれないんだ。

宮崎
許してくれないというか、ちょっと距離を置いています。まだ冷却期間というか反省期間なんですよ。

大竹
じゃあ立候補はどうするんですか?

宮崎
私はしばらく・・今はビジネスも楽しくやってますし。

大竹
立候補はなさらない?

宮崎
まあしばらくは・・考えてない。

大竹
怪しいなあ、それは。その「しばらく」が怪しい。

宮崎
もう本当に人も巻き込んで事業もしていますので。

大竹
言い方が「人も巻き込んで」って(笑)

宮崎
もう本当に私のワガママに付き合っていただいて、そういう出資者、投資家の方もいらっしゃって。

(中略)

離婚しなかったことで「応援しない」と言われた


大竹
なんだ、時間いっぱいだよ!何も聞く前に。

倉田
不倫事件の話をけっこう微に入り細に入りうかがいました。

大竹
でも金子さんは次の選挙があったら、打って出ようと?

金子
いや私もそういう思いもあり政治の方にも思いもあるんですけど。実はさっきの話じゃないんですけど、離婚しなかったことで地元からはやっぱりダメだったりとか・・

倉田
どうしてっ!!!それは別に責められることじゃないでしょ!!

大竹
あっ、そう・・どうして、いいじゃないか!

金子
ところがこの人(宮崎)も応援とかで手伝いで入ってくれましたけど。宮崎の「み」の字でも聞こえるとか顔が見えたらダメだって言って「応援しない」ってハッキリ言われて。

大竹
それはまず地元を変えましょうよ。

倉田
それはちょっとどうなんだろう?それはどうなの!

大竹
それが金子さんのお仕事ですよ、たぶん最初の。

金子
難しいなと思いました。

大竹
はい、(時間)めいっぱいです。

倉田
ありがとうございました。

(了)

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