2018/10/28

コラムニスト・深澤麻紀が語る「学芸員は本当に頑張っているので、地元の博物館にまず行ってください」

今回は2018年4月25日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹紳士交遊録」深澤麻紀さんの回を起こしたいと思います。


深澤麻紀(以下、深澤)
今週お話ししたいのは、先週16日に山本浩三・地方創生担当大臣が滋賀県主催の「地方創生セミナー」の質疑応答があって。そこで「文化財観光をどうしたらいいですか?」って言ったところで・・

「京都の世界遺産・二条城は英語の案内表示が以前はなくて、去年まではお花も生けられなくて、お茶もできなかった。一番ガンなのは学芸員。普通の観光マインドが全くない、この連中を一掃しないと」と発言。

他にも大英博物館が改装したときに「学芸員が抵抗をしたけど、全員クビにして大改装が実現して大成功した」というようなことを質疑応答で・・

質疑応答って失言が出やすいんですけど。講演自体は原稿を用意していくんですけど、質疑はその場で聞かれることについてけっこううろ覚えのことを言っちゃうことがあるので私もよくそれがあるんですが。

大竹まこと(以下、大竹)
その大英博物館のってウソなんでしょ?

深澤
そうなの!だからセミナー後の記者会見でさすがに記者が問題だってそのときから思っていて「どういう意味ですか?」って聞いたら、

「今の学芸員は文化財だからと何でも反対する。だけど観光立国だと生きていけないから一掃は言い過ぎたけど、観光マインドは持ってほしい」と釈明。

それがすぐにニュースになったもんですから、さすがに翌日「適切ではなかった」と撤回しお詫び、だけど辞めません。官房長官も電話で注意っていうことで終わったんです。

太田英明
そもそも文化学芸員とおっしゃいましたけど、そんな肩書きの人はいないんですよね?

学芸員は国家資格、大事な仕事は文化財の保護


深澤
「学芸員」って国家資格なんですね。「学芸員」っていう国家資格があるんですけど、ただ山本大臣はここで終わらなくて、さらにこれがニュースになったときに山本大臣は二条城について事実誤認をしているという報道があったらまた18日に・・

謝った翌日に「記事の方が間違っていて、二条城は水や火が使えなくて昨年やっと花が生けられるようになったんだ」って発言したんですよ。

そしたら二条城がまた「いやそれ以前にも水や火を使うことはあった」と。だから裏を取ってないわけです。つまり1回失言したのはまだ許されるんですけど、それに対して報道が出て「いや、そんなことない」と1本二条城の人に電話をさせればいいわけですよね。

だからということは、反省してないわけです。1回謝ったことについて「いや、間違ってない」ってまた違うことを言う。

しかもさっき言った大英博物館についても当然新聞社が「こういうふうにうちの大臣が言ってるんですけど・・」って言ったら、

明らかな事実誤認で観光のためにスタッフを解雇したことはもちろんないし、そもそも根本的な建物の改装も・・大英博物館なんですよ、世界一の博物館ですからそんな大々的な建物の改装をすれば誰もが知ることなんですけど・・

大竹
改装もしてないの!?

深澤
大々的なね、リニューアルとかリノベーションとか細かい手直しはどんな博物館もしますけど。でもまあ大臣もまた発言を訂正したと。

大竹
すごいねえ。

深澤
本当すごいの、そもそも「学芸員」って皆さんあんまりご存じない。私が学生時代図書館の司書と学芸員があこがれの仕事だったんで、やっぱりやろうかな?と。

だから大学生のときに文系の学生が取れるのは教職と図書館の司書と学芸員。でもどれもやっぱり大変なんですよね。

大竹
難しいの?

深澤
そもそも普通に卒業単位を取らないといけない上に、2年間で何単位みたいなのを取らなきゃいけなくて。私はあんまり真面目な学生じゃなかったんで卒業単位も危なかったので。あと教科書も高いんです専門書だから。

「こんなの無理」と思って諦めたんですけど、ただ博物館法というきちんとした法律があって、あくまでもきちんと大学で所定の単位を取得するか試験に合格して・・だから国家資格です。

で、大事なことは博物館の資料を収集して保管して展示して調査・研究をするんですけど。いちばん学芸員の大事な仕事は何か?っていうと、とにかく文化財の保護なの。

日本って基本的に紙の文化じゃないですか?紙と木の文化だから、皆さんも博物館とかに行くともうびっくりするくらい虫に食われているいろんなものって見ますよね?

結局、日本は湿気も多いから虫とカビが大敵。もうすごい大変で日本の学芸員の方って温度と湿度と光の管理がすごく大変だったり、やっぱりあんまり古いものが残ってないんですよ。

なんでかっていうと紙の文化だから、燃えちゃったりとか。で、今残っているものをダメにしないで。例えば酸化しちゃうとかそういうことをしないっていうのがすごく大事な仕事なんですね。

最近だと明かりがLEDになったことで展示物が劣化しなくなったとかって。あそこから出てくる光の種類が変わるからっていうから、みんなLEDに変えたりとか。そういうすごく大事なことをされてて・・

保存をメインにしながらも、もちろん観光マインドっていうかね、博物館とか美術館に来てもらおうっていうことを頑張っているんですけど。

あと皆さんすごく誤解されてるんですけど、博物館に行くと膝掛けをしたお姉様とかおばさまが上品に座っていらっしゃる。あれが学芸員だと思っている方がいて「暇そうな仕事だな」と思っていると思うんですけど。

あの方は「監視員」と言って、だいたいパートとかアルバイトの方で。専門職ではなくてあくまでも皆さんが博物館で急にガムを噛んだりとか暴れたりするのを止めるためのお仕事なので。学芸員自体はもう死ぬほど忙しいお仕事なんですよね。

大竹
案内してくださる方は学芸員なんですか?

深澤
例えばツアーとかがあって「13時に今日博物館ツアーやります」とかそういうのはもちろん学芸員の方ですけど、どちらかというと表にいらっしゃるよりは企画をしたり世界中に借りに行ったり。

借りに行くのがものすごく大変ですし、運搬とかもプロの運送会社に頼むしかないですからね。

大竹
例えばピカソ展をやろうなんていうことがあったとすると、その学芸員の方が海外に行ってどういう梱包の仕方をして、どういうふうな船で安全で何日までに届くみたいな・・

前に何かの展示会みたいなのに行ったときに中国のがまだ届いてなかったことがあった。いろんな国のコーナーが埋まってたけど。中国のところは白い布がかかってたよ。「まだ始まってません」みたいなのだったよ。

最近の博物館は展示やイベントが面白い


深澤
でもね、その大事なものを貸してくれるためにはいかにキチンとして管理や保管をしてくれる博物館か?っていう信頼があるから貸してくれるんですよ。

ということは、向こうも必ず1回は来るんです。どういう貯蔵庫・倉庫なのか?とかどういうふうにちゃんと展示しているのかを見るわけだから。ものすごく大変な仕事なんですよね。

そういうお仕事に人にね・・まあガン患者にも失礼だし、あとね一番ひどいと思ったのが「こういう連中を一掃」こんなことをお仕事している人に言う言葉ですか?

そもそも図書館司書もそうなんですけど、学芸員も非正規で安い賃金で働かされているケースがものすごく多くて。だけどイベントはいっぱいやらなくちゃいけなくて、ものすごい大変なんです。

でもね、日本の博物館ってものすごく良くなってて、是非あんまり博物館行ったことがないよっていう方も国立博物館っていうのは東京だと「トーハク」(東京国立博物館)、京都だと「京博」(京都国立博物館)、奈良は「奈良博」(奈良国立博物館)、福岡は「九博」(九州国立博物館)

あとは東京の「国立科学博物館」(科博)とか大阪の「国立民俗学博物館」(民博)とか、千葉の国立の「国立歴史民俗博物館」(歴博)

もう素晴らしい、皆さんが若いときに行っていた「なんか面白くねえよ」ただただ石とか見させられるだけだみたいな。今は立体的なね、素晴らしいんですよ展示が。もう1日いても飽きないような。

頑張っている博物館のために芳名録に記入を


あと地方でもすごく頑張っている博物館がいっぱいあるので、あと小さい博物館って入り口に芳名録があることがあると思うんですけど。「良かったな」と思ったら、あそこに名前とコメントを書いてあげることが翌年の予算にすごくプラスになるんです。

はるな愛
えっ、そうなんですか!

深澤
だからあそこに置いてあるの!だから「これを見られて良かったです」とか書くと、何人もの人の役に立ってるということで是非書いてあげてほしいんですけど。

とにかくね、当たり前なんだけど学芸員という個人をディスるんじゃなくて国とか文科省とか文化庁がどういうふうに文化財を守るのか?とか、あと「博物館法」があるわけで学芸員はそれ以上のこと水とか火のことは決められないわけですよね。

あともっと言うと観光のことって実は文科省じゃなくて国交省の外局に2008年に観光庁が作られてる。だから観光庁のことあまりご存じじゃない方が多いんですけど。観光庁が主導になるべきなんですよ。

どう考えてもこの発言は国がどういう観光マインドを持つか?っていうことを言うべきなのに個人の専門職の人を叩くっていうのは今の安倍内閣の失言の特徴的なもので。辞めさせればいいのか?ってみんな言うんだけど・・

大竹
「この連中が金食い虫だ」って言ってるのね?

深澤
そうなんですよ、だからそれがおかしくて。やっぱりね、今の大臣の失言の問題は自分の職務の不勉強とか不誠実が問題なので、それはなんとかしていかないといけない。

とにかく学芸員は本当に頑張っているので、博物館にまず行ってください。地元の博物館は素晴らしいところがいっぱいありますからね。

(了)

2018/10/14

オール巨人が語る「自分の声に合ったネタをやっている」

今回は2018年1月10日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
podcast後半を起こしたいと思います。


こちらからの続きになります




角田龍平(以下、角田)
柳田さんすごい・・

オール巨人(以下、巨人)
ものすごいな!いや、びっくりするわ!

柳田光司(以下、柳田)
いやいやいやいや!

巨人
なんか本を出したりしてるの?

柳田
本も何回か・・そうです、そうです。あの、いいですか?どうせやから行っちゃおうかなと思うんですけど・・エムカクさんからも来てんねんね?


(エムカクさんを知りたい人は下のリンクをご参照に)



明石家さんま研究家・エムカクさんの「なんでそれを聞くねん!」

角田
エムカクさんっていうもう1人、柳田さんのライバルとされている演芸マニアが・・

柳田
この方は(明石家)さんまさん専門の方ですわ。

角田
さんまさんのことをほんまに四六時中考えている人で、さんまさんの発言を全部まとめてラジオを書き起こしてっていうことをずーっとされている方で。

その方も私の友達なんですけど、エムカクさんからいただいています。

エムカク(代読・角田)
巨人さん、はじめまして。僕は明石家さんまさんのことが大好きでさんまさんの歴史を綴った「明石家さんまヒストリー」という読みものを水道橋博士の「メルマ旬報」というメールマガジンで連載させていただいているエムカクと申します。

本日は角田さんのご厚意で巨人さんに質問させていただく機会をいただきましたことをたいへんありがたく思っています。

巨人
ご丁寧にありがとうございます。

エムカク(代読・角田)
早速ですが質問させていただきます。ご記憶にないこともあるかと思いますがお答えいただきますと幸いです。

柳田
長いな(笑)

巨人
はい、分かりました。覚えてたらね(笑)

エムカク(代読・角田)
ちょっと割愛してお聞きしますと先ほどもちょっと出たと思うんですが、さんまさんが東京へ駆け落ちしてエムカクさんの情報によりますと1974年(昭和49年)の9月ごろから昭和50年の3月ごろまで東京へ駆け落ちしていた時期があるそうですが、

その前後の同期の方、まあ巨人師匠や紳助師匠とかどういう思いでさんまさんのことをその当時は思っていらっしゃったのか?ということをお聞きしたいと。

巨人
「なんでいてへんのかな?」と思いながら、別に女の子と駆け落ちしたというのはあんまり僕らの耳には入って来てなかったんですよ。

なんか好きな女がおって追いかけていったって、駆け落ちというより追いかけていったと聞いたけどね。2人で行ったやなしに東京へ行ってしまって追いかけていったと。そう聞きましたけどね。

柳田
巨人師匠けったいなこと聞きますけど、ずっとけったいなことばっかり聞いてるんですけど(笑)

時期がさっき巨人師匠にお渡ししたファイルで、10月のなんば花月の上席がちょうど岡八郎師匠と(島田)洋之介・(今)喜多代師匠とWヤングさんと(笑福亭)松之助師匠が出てるんですよ。

よく紳助さんとか(パンチ)みつおさんがこのときに、これは言われてたからそのまま伝えますけども。実は松之助師匠が弟子っ子を集めて「実は杉本が出て行ったけれども、絶対戻ってくるから戻ってきたときには普通にしてやってくれ」と言われたと松之助師匠が。

そのときにもし巨人師匠がおられたら、ここ違うかな?と思って僕はポスターを持ってきたんですよ。このときに新喜劇に岡八郎さんと奥さんの青木(みき)さんがおられるんですよ。

巨人
あっ、僕の嫁はんね。

柳田
ちょうどこのころかな?と思ってね。東京でさんまさんが長嶋茂雄の引退試合を見てたっていうのはよく言われるんですよ。1人ボーッとパチンコで勝った小っちゃいテレビで。

だから10月は間違いないんですけれども、10月のこのあたりと違うかなと思っててね。

巨人
でもね、松之助師匠が弟子集めて「帰ってきたら頼むわな」っていうのは僕はちょっと記憶にないですね。あったんか分からへんけどね。

柳田
あっそうですか?紳助さんはよく言われるんですけどね。

巨人
ほんならあったんかも分からへんね。うちの師匠も忙しいもんでね、あっちこっち行ってはりましたからついて行かなあかんし。それは僕は参加してなかったと思います。

柳田
ちょうど「Wヤング」のパンチみつおさんも同じことを言われるんですよ。

巨人
ほんだら間違いないわ!

柳田
だからこれ違うかな?と思ってね。このなんば花月じゃないかな?っていうのがあってね。

巨人
それひょっとしたら嫁はんのところ行ってたかも分からへんな・・そんなことはない!(笑)

12月29日はオール巨人にとって鬼門の日?

角田
このときは奥さまとお付き合いはされていた?

巨人
えーと、いや12月29日ぐらいかな?その年の。そのときに「結婚を前提として付き合ってくれ」って言うたんですけどね。

角田
そんな明確に日付まで覚えていらっしゃるんですか?

巨人
そのあたりやったんですよ。

柳田
そのころですか?岡八郎師匠と「家族対抗歌合戦」に出られたのは?

巨人
そうですね、そのあとぐらいかな?

柳田
そうですよね?

巨人
岡八郎さんのいとこや言うて。顔が似ているからいうて出ましたね。

柳田
出られて、そのあとに車でちょっと事故起こされるんですよね。

巨人
そうです、そうです。

柳田
あれから師匠との絆が深まるという、確かそんな・・?

巨人
そうですね、普通やったら完全にクビですけどね。師匠の車に乗っててぶつけて廃車になったぐらいやからね。普通やったらもう完全にクビですよ、有無を言わさず。「やかましいわ、クビ!」って。よく話を聞いてくれはって。

柳田
それがすごいなと思ってね。

巨人
12月29日っていろんなことがあるんですよ、僕。嫁はんと同棲しているときに嫁はんがひったくりに遭うて金盗られて「どうして年超そう・・」とかいう2人で小っちゃいアパートで。

そのときそのニュースに載ったんですよ、小っちゃくね。「青木みきが盗られた」とかね。

それで前田五郎さんがみんなにカンパしてガーッて金を集めてくれはって「これでなんとかせえ」ってお金をくれはったんですよ。まあ20%ぐらい取ってはったかもしれへんけどね(笑)

柳田
いや、そんなことはないでしょ!あってもオモロいですけど。

巨人
いや五郎師匠も優しい方でしたから。それが29日でなんかあったら29日にケガしたり12月29日っていうのは案外僕の鬼門なんですよ。でもそれを言うたのは29日ですわ。「結婚を前提として・・」っていうのを。

柳田
その29日で思い出しましたけど、その次の年にエムカクさんから質問も来てましたけど
「スタジオ2時」(毎日放送)で巨人・阪神さんが年末の年忘れの漫才大会ありましたよね?それで優勝されたんですよ。それを僕は見てたんですけど。そのときの2位が「さんま・小禄」やったんですよ。(明石家さんまの兄弟子の五所の家小禄とのコンビ)

巨人
うわーっ!「さんま・小禄」ね、不思議な漫才でしたけどね。まあ噺家同士やけどね。

柳田
モノマネばっかりやり倒すみたいな。

巨人
それも12月29日ちゃう?

柳田
それも12月29日です。

角田
昭和51年の12月29日で、同じ質問がエムカクさんからも来てます。なんやねん、この2人は!

巨人
ごめん、3人しか知らんこと違うの?僕ら、エムカクさんと柳田さんと僕しか知らん(笑)

角田
僕は1976年の12月16日に生まれたので、まだ生まれて2週間ぐらいのときのお話ですよね。

柳田
この「スタジオ2時」の大会もいわゆる大阪では新人にとっては大きな大会やったんですよね?

巨人
はい、大きかったですよ。

柳田
10万円もらえるんですけどね。その次の年に紳助・竜介さんが出てくるんですよ、それで優勝するんですよ。でもなんか巨人・阪神さんの方が先に行ったなって感じは僕はしてましたね、子供ながらに。

紳助・竜介、NHKのコンテストで花束受け取らずの真相

角田
紳助師匠がNHKのコンテストで優勝できなくて、なんかトロフィーもらってそのトロフィーを捨てて帰ったみたいな話を・・

巨人
いや花束放ったというか、受け取らなかったね。2位やったんかね?

柳田
3位ですね。

巨人
ほんで僕らはもちろん観に行ってたのかな?「そんなんしたら、あかんやん」言うてんけどん「あかん、あかん!優勝違うかったらあかんねん」言うてたわ、鼻鳴らしてはったわ!ずっと、ちくのう症やったから。

柳田
今から考えたらやっぱり巨人・阪神の壁がでか過ぎたんやと思うんですよ。さんまさんが女性を追ったり、紳助さんがずっとこもって京都でなかなかデビューをしなかったのも。

角田
サパークラブで働いてらっしゃったって?

巨人
さんまさんの追いかけたのは全然関係ない。それは関係ない、もうただ女が好きで行ったりとか全然関係ないです。漫才やってから紳助は「漫才では巨人・阪神には勝てへんな」とか「真面目な漫才じゃ無理やなあ」言うて。

それで自分が1人になりたいからやけども、僕らがいてるしダウンタウンが出てきたから「俺の漫才の仕事は終わった」と。だから解散じゃなしに仕事が終わったんやと言うてやめましたからね。それで1人になったけどね。

柳田
なるほどなあ・・。

角田
いやー、柳田さんもよくご存じですね。やっぱりねえ。

柳田
もう時間が止まったらええのになと思ってますし。

巨人
ものすごい詳しいな、ビックリしますわ!

柳田
あと目が合ってないんですよ。急に老眼が入って、さっきから。

角田
おとといくらいから一睡も寝れないっていうLINEが来てたんですよ。柳田さんがもう巨人師匠に質問することを想像してて。

柳田
寝れないんですよ、熱うなってきて。

巨人
もうごめんな!病気にさせて。俺、人を病気にさすんと違うの?(笑)

柳田
いやもうずっといろいろ調べたいし、巨人師匠ところの資料部屋に入って全部整理したいぐらいやで。

角田
巨人師匠もすごい昔に出演された番組のビデオとか残してらっしゃいますもんね?

巨人
ビデオはもうほとんどある。最初になんかの番組で優勝した時にもらった賞金でビデオを買うたから。もうでっかいでっかいVHS・・あっ違う、ベータマックスか!あれガチャン!いうやつ、もう20kgぐらいあるやつな。

角田
当時は全然そういうのが一般的に家庭にない時代ですからね。

巨人
全然なかったです。

目標はあるけれど、影響を受けた漫才師はいない

柳田
巨人師匠ってそういう影響下ってあるんですか、漫才の?

角田
誰の影響を受けたか?ってことですかね。

柳田
あんまり分からないというか、ものすごい初めから巨人・阪神になってるんで。そういうビデオとか観られて研究されてるんですか?自分のを観られているんですか?

巨人
自分のを観ます。あの・・そうやな、そう言うたら別に大好きな漫才師っていなかったんですよ。

好きな漫才師はいとこい先生(夢路いとし・喜味こいし)とかね、あういう上品な漫才ができたらええなとは思ってましたけども。

そうですね、別に目標とかはなかったですね。ただデビューしてよく(海原)かける・めぐるさんに似ていると言われたから、「まあ、ここ(かける・めぐる)をまず抜いてとか」

「ザ・ぼんちさんを抜いて」とかそういうような目標は決めてましたけど好きな漫才師はいなかったですね。

柳田
もう入ってきたときからすごかったんですけれども、僕小っちゃいながらも巨人・阪神のすごさって音程の合わせ方がすごいなと思っていて。

僕ね、子どもがいるんですけれど。40年ぐらい前の巨人・阪神さんの例えば結婚式のネタがあるんですよ。

♪パパパパーン、パパパパーン、パパパパーン、パパパパーン(↓)って下げるっていうね、これを音だけで聞かせても当時2歳ぐらいの子どもが笑ってたんよ。

角田
そういう英才教育を施している!(笑)

柳田
そうそう施している。結局は、巨人・阪神さんって普通に文字に書いたら何にも面白くないやん!

巨人
まあ、そうですよね。

巨人・阪神の持ち味は2人の掛け合いのテンポ

柳田
それを音で、耳で聞いて阪神さんもやって巨人さんもやってっていう耳のすごさがすごいな!と思って。

あとね、これはものすごい今も言いたいんですけど。巨人さんが「僕たちはもうスピードがなくなってきたから、漫才はやめようか」みたいなことをこの間も八方師匠の番組で言うてはったけど。

今も聞いててそれがなんとも思わないのは、漫才ブームのときに(ビート)たけしさんとか紳助さんが「早い、早い」って言われてたけど。

僕は今でも思うんですよ、巨人・阪神さんのすごさって掛け合いのパスが早いのよ。だからたけしさんが1人でしゃべっててめちゃ早いのは分かるねんけど。

巨人・阪神さんってやりとりの・・サッカーで言うたらパスの出し合いのスピードがこんな人はいないのよ。これは今もいないし、おそらく向こう何年もいないと思う。

角田
ウーマンラッシュアワーの2人とかでも村本さんが1人でうわーっと。

柳田
あの早さやったらいてんねんけど、巨人・阪神のパスの出し合いのすごいサッカーを見せられたみたいな技術はないんで。

角田
そういう細かいパスを重ねてゴールするっていう。

柳田
そうそう、それは巨人さんも阪神さんもめちゃくちゃ上手いんでね。

巨人
まあしゃべりは本当に僕は特に早いんですよね。なんか原稿用紙で書き直した人がいてて、うちの漫才の1番早いときとそれと黒柳徹子さんのしゃべりの早いのんと原稿に書き上げたら僕のところの方がやっぱり文字数が多いねんて。

で、漫才の中で中堅で言えばウーマンラッシュアワーの村本でも、それから東京のトータルテンボスの大村くんの方とか、NONSTYLEの石田くんとか「なんでそんなにハッキリしゃべれて早いこといけるんですか?」と。

まあ今、柳田くんが言うたようにその合間が僕のところは短いんかも分からへんね。よく一番良い漫才師ってラジオで録ったときにハサミが入らないってカットできないという。

「ここを切ったらどっちかの言葉に引っかかるな」っていうのがそれを一番ええ漫才として昔から言われてますけどね。

師匠・岡八郎の漫才にそっくり

柳田
いわゆる師匠の岡八郎さんが漫才を組まれていたときの漫才がそういう漫才ですよね?

巨人
早いです。

柳田
早くて食い気味の漫才なんよ。だから出で立ちとか岡八郎が漫才やられてときとか巨人師匠とほとんどそっくりなんよ、シルエットが。

巨人
もう弟子のときからよく言われましたけどね。「もうそっくりや!」「どんどん似てきたね」とか。

柳田
あの食い気味にガッと入るところとか、すっごい似てるんですよ。

巨人
ずーっと似てたんですよ。盲腸やった時期も42歳でやったんやけど、そんなんも一緒やったんやけどね。でもうちの師匠はアルコール依存症になって脳挫傷になってそこだけは絶対に似んとこうと思ってね。

めちゃめちゃ飲んではったから、その飲むのも僕はある程度飲んでも3日休むとか。そういうふうにそういう身体の部分だけどは岡八郎に似んとこうと思ってね。それはもう反面教師みたいで。

巨人・阪神の声は今でも高い、その声質に合ったネタをしている

柳田
今も昔も巨人・阪神の声って高いのよ。高いから面白いのよ、声が。同じようなことを言ってても。

角田
私も40歳を過ぎてきたら漫才とか観てて、やっぱり音程とか心地よい音とかそういうのが変わってきた気がして。

柳田
メロディーが綺麗ですよね。

柳田
若いころはなんかシュールな感じが好きやったような気がするんですけど・・。

巨人
でも1つ言えると思うよ。僕のところの漫才は割とポンポンと早いし、それでネタも軽いネタをしゃべっていくわけやんか?

例えば(大木)こだま・ひびきちゃんのこだまさんなんか、あういうネタの中でそういう声が合うてくるんですよ。

のりよし(西川のりお・上方よしお)さんがよう自分勝手にのりおさんがしゃべってはりますやんか?あれはのりおさんがガラガラ声であれでいいんですよ。

あれを軽い僕らの声でやったら、あかんと思うねん。だから漫才の色にも声が・・僕のところに声に合うたネタをやっているので。

柳田
あっ、そういうことかあ・・。

巨人
だと思いますよ。

柳田
声質ありきでネタをやってはんねや!・・分かります、かもしれないですね。

巨人
そうか分かりません、こういう声やからこういうネタを作ってしまうっていうのもあるか分からん。

声質が悪くても露出が増えれば聞き慣れる

柳田
紳助さんも生で聞いたらすごい通りづらい声なんよ。でもそれを早くしゃべったり遅くしゃべったりすることでピッチを調整しはるというかね。

さんまさんも(笑福亭)鶴瓶さんも声質は決して良くないからね。それを遅くしゃべることによって聞きやすくしたりね。

巨人
それとね、露出の問題ですよね。さんまさんも鶴瓶さんも紳助さんも、ものすごい出てたでしょ?紳助なんかも最初「何言うてるか分からへん」って先輩らに言われてました。

それからどんどんどんどん紳助がしゃべってることをテレビ・ラジオで聞くやんか?ほんだらね、分かってくるんですよね。

角田
耳が慣れてくるんですかね?

巨人
例えば家におばあちゃんがいてるとするやんか?おばあちゃんがハッキリしゃべらへんねんけど自分とこの家族は分かるやん?近所の方に「あんたとこのおばあちゃん何をしゃべっているか分からへんな」となるでしょ?

違うねん、家族には分かるようにたくさんたくさん言葉を聞いてくると分かってくるんですよ。だからウーマンラッシュアワーの村本なんかでもそう、最初全く分からへんけど最近聞こえるからね。

角田
聞き取れますよね。

巨人
というのはね、彼のしゃべりはあんまり変わってないと思うんですがこっちが慣れてきてるんですよ。

柳田
スピードラーニングみたいな(笑)

巨人
そうそう、聞き慣れる?それがあると思う。

角田
ウーマンラッシュアワーの2人が年末に「THE MANZAI」で時事ネタをされたのをご覧になりました?

巨人
ああ、知らない。

角田
アメリカの基地問題の話とかっていうのを・・

巨人
それは村本が勝手にしゃべるやつ?そしたら今、劇場でやってるやつかな?

角田
劇場でもあのネタやってるんですか?

巨人
村本1人がバーッとしゃべって・・それはもう劇場でやってる。この間西梅田花月で一緒やったんですよ。僕らの前がウーマンラッシュアワーでグワーッやってんねんね。まあままウケてるんよ。

アカンねん、出て行くやろ?それに釣られるねん。また僕らも早くなってまう。

角田
そういうもんですか?

巨人
めっちゃ早くなってまう。でもお客さんは村本の早さを聞いてるから僕らの早さには十分ついてきはるねん。だからやりやすいねん。

一番困るのがゆっくりやられる漫才のあと漫才するのが・・パンッと早いこと行ってしまうとお客さんが「うわっ、早い!」と引きはるねんね。

だから自分らの出る前の漫才のテンポとかいうのを考えて、しゃべり方を最初出るときしゃべらなあかんねん。いろいろありますね。

柳田
もう「プレイボーイ」で書くこといっぱいありますね(笑)

巨人
いや、もうないん違う?

柳田
まだまだ!いま一番面白いコラムやから。

巨人
いやそうかな?安いギャラでやってますけどね(笑)

M-1などでの審査の基準は上手さや練習量でない

角田
でもあういうM-1の審査員とかされてて、僕らテレビで観てるのと現場で観られているのと全然違うと思うんですけれども。

巨人
全然違います!

角田
どこを一番重視されて、点数を付けるときっていうのは、巨人師匠の中での配点の?

巨人
まあ今M-1で残ってる子は全部上手いわ。もう上手さをどうのこうのじゃない。上手さは同率と思って、そうすると何がおもろいのか?と。

さっき言うたように銀シャリなんかでも僕らに考えられないようなネタをやってくれる。そういう驚き、サプライズのネタ。そういうのを見ますね。

笑いの多さももちろん、あんまりおもろかってもテンポが・・100点のネタが3分に1回だけやったらあかんね。それやったら90点のネタを3分に5回の方がいいわけですし、そういうところを見ますね。

お客さんのウケ方もあんまりこれは重視しないんですけど、僕は。そういうのを見ますね、昔は練習量とかも見てんけども・・今はもう全員が練習やってるから。練習量が全部見えてまうからね。

そんなんをもう点数に入れている場合と違うなと。最初の方のM-1は違うかったけどね。「どんなに練習をやってんねん?」と。キングコングなんかもうやり過ぎと違うか?いうくらい早かったからね。

やり過ぎてもアカンねん、あれねえ。野球でもそうやと思うよ、間違った練習やってもなんぼやっても上手くならへんやんか?バッティングとかなんでも。

角田
逆に慣れすぎてしまうっていうことなんですか?

巨人
そうです、お客さんを置いていってしまうというときもある。

柳田
すごいなあ・・。

巨人
そうか?(笑)

柳田
やっぱりすごいのよ。ずっと思い返してみたら、阪神師匠でも20歳ぐらいで・・まあそれは2年も3年もやってはるからやねんけど、いわゆる笑い待ちとかやってはったもんね。

角田
笑い待ちをする10代!

柳田
それでそれを見ていた僕もいてたけど。

巨人が阪神以外の相方を選ぶなら・・

巨人
それは昔、僕らは笑い待ちできない・・今でも割と詰めて笑い待ちをせんと行ってしまうタイプなんですけども。(海原)お浜・小浜師匠の小浜師匠、肥えた方でね。

角田
(海原)やすよ・ともこさんがお孫さんの?

巨人
あの方に「巨人・阪神さんちょっと早いよ」って「面白いねんけども、笑い待ちしなあかんよ!」って言われたんですよ。そこからちょっと「あっ、そうかな?」と思って考えたことはあります。

小浜師匠はお浜師匠と別れはったときに、もういっぺん漫才するんやったら誰がいい?って聞かれて「巨人さんやったらやる」って言うてくれはって。もうこんな光栄は話はないですよね!

角田
今、巨人師匠がもし阪神師匠以外のどなたかとコンビを組みたいと言ったら・・

巨人
いや、俺は漫談する!1人で!もう誰も組みたくないですね。

柳田
いや寂しいな、それは。

巨人
いやもう阪神くんは素晴らしいですから。

柳田
売れ続けているコンビやからね、もう漫才師で言うたら前人未踏やから。1人やったら鶴瓶さんね、もう全然ずーっと売れている人。

角田
だからもう僕もほんまに子どものときから、もう物心ついたときからずーっと出られてて。まさか自分が高校生になったときに弟子につくとは思ってなくて。

あれから24年ぐらい経ってラジオでご一緒させていただいてというのはもう今日のこの同録は家宝にさせていただきますんで。

これナイターオフでやってますけれども、今日終わっても本望といいますか・・

巨人
また2,30年したら柳田くん「こんなんありますねん」って(笑)

柳田
いやいや、また寄せて下さいよ。全然2ページしか進んでないですよ!

巨人
ああ、ごめんごめん!

角田
柳田さんがオール巨人さんの年表を作ってこられたんですけど、まだ昭和54年までなので。

柳田
しかも今日、昭和49年しか行ってへんやん!

角田
あと40年分の話をお伺いしないといけないんで。

巨人
いっぺん今度KBSの特番で7時間ぐらいずーっとやって。

KBS京都での生放送でのケンカ

角田
KBS京都で2人ですごいケンカをされたこともあったって?

巨人
ありました、本番中生放送でケンカして「もうしゃべらへんど」「しゃべるな!」言うてしゃべらへんかってん、ずーっと。

柳田
僕ずっとそのテープを聴いててん。聞きすぎてテープ切れて兄貴にボッコボコにど突かれた。ちょうど(太平)サブロー・シローさんがゲストに出てきて、ちょっと阪神さんも同級生やからテンションおかしかってん。ちょっと格好つける感じやってん。

角田
シローさんと阪神さんが同級生なんですよね。

柳田
そしたら巨人師匠がなんと怒らはってん「ちょっと格好つけ過ぎ違うか?」言うて。そしたら阪神さんがウワーってキレて黙って・・あれはすごかった。

巨人
ケンカの原因まで覚えてるの?俺はハッキリ覚えてない!(笑)興奮してるからね、そのとき。

角田
柳田少年も四十何年後にこうやって、巨人師匠ご本人に疑問を聞けたっていうのは?

巨人
こんなほんまに素晴らしい方、研究やられる方がいてはるっていうのはこっちがありがたいです。

柳田
いやいや、まだまだあるんで。

角田
40年分あるので、また。

巨人
はい、呼んでください。

角田
今日は本当に90分ありがとうございました!

(了)

ポッドキャストにはこのあと放送後の感想が語られています。
続きも面白いので下のリンクから聴いてください。
https://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/hen/2018/01/hen_078405.htm

2018/10/06

島田紳助研究家・柳田光司による「オール巨人師匠になんでそれを聞くねん」

今回は2018年1月10日放送「角田龍平の蛤御門のヘン」
podcast後半を起こしたいと思います。

前半のこちらからの続きになります
漫才師・オール巨人が語る「チャック・ウィルソンに相撲で負けたことがいまだに悔しい」


角田龍平(以下、角田)
この後はですね「巨人師匠になんでそれを聞くねん!?」ということでこの番組にはものすごい演芸マニアの方が2人ほど携わっておりまして(笑)

オール巨人(以下、巨人)
なんでそれを聞くねん?

角田
「なんでそれが気になるねん!」という質問を・・

巨人
あっ、そういうことね。

角田
ということで私の隣にいらっしゃるのが柳田さんという。

柳田光司(以下、柳田)
はじめまして、柳田です。

巨人
いや、ちょこちょこ会うてます(笑)びっくりするほどヘビーなお笑いのファンですよね?

角田
すごいんですよ。もう何歳から?

柳田
えーと、巨人・阪神さんを観てもうデビューの年から聞いてたり観てたりしますんで。

角田
今日も巨人・阪神のお二人がデビューされた昭和50年の朝日放送のラジオの・・?

柳田
昭和50年の「フレッシュリーグ」っていう一番最初の巨人・阪神の賞レースのタイトルの音源が兄貴が録っていたのがあったんで・・

巨人
あっお兄さんが?実はさっきあれ聞かせてもうて、いやもうちょっと恥ずかしいぐらいの・・

柳田
いや、むちゃくちゃ上手いですよ!

巨人
いやいや、よう言うわ。でもあれ1年目で本当はあの番組はM-1の前進なんですよ。ラジオからABCのお笑い新人コンテストになって。それのデカいのがM-1やから、言うたらね。

角田
まあでもM-1も今って結成15年までっていうことで中堅と言ってもいいぐらいの方が出てらっしゃると思うんですけども。さきほど柳田さんにお持ちいただいた音源とかはもう本当の1年目ですよね?

柳田
半年ですよね?

巨人
7月に出て11月が12月やったと思うねん、あれね。

角田
本当なら流したいぐらいですけど、あのテンポで1年目で・・ちょっと度肝抜かれて。

柳田
声も高くってね、すごいですね。

角田
そういう音源をいっぱいお持ちの柳田さんから・・

巨人
すごいね、ほんまに四十何年ぶりに聞いたわ(笑)

角田
巨人師匠もお持ちでないんですよね?

巨人
持ってない、持ってない。全然持ってない。

柳田
ちょうどあの大会にさんまさんも出れる予定やったんですけど、東京に行かれて・・決勝では戦わなかったっていう幻の一戦やったんですよ。

巨人
まあ東京行かれたというか、東京に女がおって女を追いかけていったんですよ。

角田
駆け落ちされたんですよね?

巨人
駆け落ちみたいなもんですね。

柳田
そうですよね?いや「そうですよね」って僕そこまで知らないですけど(笑)

今日はもう巨人さんのこの機会にいっぱい聞きたいことがありまして。

巨人
あれ、さんまが行っていたらさんまが優勝していたかも分からへんね。僕ら優勝してんけどね、そのときは。

角田
そのときはさんまさんは落語で出られて?

巨人
もちろん。

柳田
予選があるんですけど勝ってたんですよ。2ヶ月か3ヶ月に1回だけ大会があるんですよ。それを勝ったやつが年間の12月に戦う。

角田
チャンピオン大会みたいなのがあるってことですか?

柳田
確かさんまさんは9月の大会に勝ってるんですよ。勝ったあとに東京に行くんですよね、確かそんなんやったと思います。

巨人
どんな女やってんやろうな?よっぽどええ女やってんやろうね。

柳田
夏祭りのときに知り合ったみたいですね。

巨人
すんなり・・よう知ってるなあ自分!僕はね、その女の子を見たことがないねんけどね。

うちの嫁はんも吉本興業におって、僕よりちょっと先輩の新喜劇におってんけど。いつもさんまのことを「こら出戻り!出戻り!」言うてうちの嫁さんがさんまに言うとったからね。さんまより先輩やったからね(笑)

角田
その駆け落ちしたときのことを指して、戻ってきて?

巨人
そうそう。駆け落ちして帰ってきやったんですね、さんまがね。頭下げて「もういっぺんお願いします」言うて。そのときにうちの嫁が「こら、出戻り!出戻り!」って。

九州巡業での島田紳助との出会いについて

柳田
今日、巨人師匠にいっぱい聞きたかった1つがそれで。実は巨人師匠が吉本にはじめて来られたのが昭和49年の7月24日が岡八郎さんと出会って次の25日から入門されたと思うんですけど・・

巨人
そうですね。

柳田
そのちょうど2ヶ月後ぐらいに九州の巡業で紳助さんと会われるんですよ。

巨人
はいはい、そうですね。

柳田
そうですよね?それが初めてですか?

巨人
いやその前から紳助とは楽屋で会うてたと思うよ。(島田)洋之介・(今)喜多代師匠のお弟子さんで毎日ついてきてたからね。

会うてたけどもゆっくり話をやんのは、その巡業のとき。10日間ほど行ったんですよ。

柳田
それはずーっと調べていったら9月1日から10日ぐらいなんですよ。

巨人
そのくらいですね。

柳田
そうですか?いやこれ裏があって、実は8月いっぱいまで喜多代師匠と洋之介師匠が漫才で出番に出られてるんですよ。それが下席で9月に入っての11日からまた出られてるんで、空白の10日間があるんですよ。

柳田さんのフィールドワークは江戸城まで網羅

巨人
たぶんそこですね、ほんだらね。

柳田
宮崎県ですか?

巨人
九州は間違いないけど、宮崎やったかな?あのー・・宮崎だけではないと思う。途中いっぺんね博多に行ってるんですよ。

博多行って初めてね、これは言うていいか分かりませんけど・・うちの師匠方全員?言うても5,6人やったけど要するにソープランドに・・

柳田
(食い気味に)そうですよね!

角田
それも知ってるんですか!?

柳田
「江戸城」ですよね?

巨人
うん、「江戸城」それは博多でしたからね。そうなると、宮崎でもないねんけどね。だからぐるーっと回って行ったと思う。10日間やから。

柳田
僕ね、実は巨人師匠けったいがらんといて欲しいんですけども。その「江戸城」も調べたんですよ。巨人師匠でどこへ行かはったんかな?と思って。

それが宮崎やったんですよ、僕が知った「江戸城」が。それで「江戸城」ってチェーン店なんですよ。巨人師匠の本とか言動でマッチを持ってはるっていう「江戸城」の。

巨人
今でもある、日記に挟んでる。

柳田
一回また調べて欲しいんですよ。

巨人
当時、旅日記書いててん。ずーっと毎日書かへんねんで、旅に行ったときのことだけ書いとくとかそういうのをやってて。

柳田
いや僕その日記がすごい知りたくって!

巨人
ああ・・見せられへんわ。違うねん!何が見せられへんってね、恥ずかしいねん。間違いの字ばっかりやねん、誤字ばっかりでもう・・それと・・あれもあるなあ・・出番表みたいなのがあったん違うかな?

柳田
うわー、見たいなあ。

巨人
あったらまた持ってくるわ。

角田
こういうことばっかりされてるんですよ、柳田さんっていうのは。

巨人
なんでそんなんしてんの?おもろいか?(笑)

柳田
いやいや、あのねこれ真面目な話を言いますと・・僕ね、巨人・阪神さん、紳助・竜介、さんまさんとかその昭和49年代のその方のすごさは皆さん分かっていると思うんですけど、

どういうふうにすごいか?とか、あと紳助あんな形で辞められたんで僕はちゃんと伝えたいんですよ。めちゃくちゃすごかったっていうのを理屈でも伝えたいし、事実として伝えたいんですよ!

巨人
めちゃくちゃすごかった!さんまと紳助は。まあ紳助の話になりますが、僕が吉本はいる前にテレビに出たら「ただいま恋愛中」だったんですよね。「ただいま恋愛中」は誰やったかな?

柳田
仁鶴師匠と・・

巨人
きよし師匠でやってて、それで出てくるんですよ長谷川公彦(島田紳助の本名)って言うて出てくるんですね。

その女の子、全然覚えてないんですよ。出てきてしゃべりよるんですよ。それがめちゃくちゃおもろいんですよ!

柳田
やっぱり、そうなんですか?

巨人
それでそのときも紳助はとにかくテレビに出たいっていう子で。その女の子も彼女でもなんでもないから「お前来てくれ」と言うて応募して行って、それで予選通ってもうめちゃくちゃ面白かったんですよ話が。

「こんなおもろい奴おんねんなあ」と思って、それで吉本入ったらそいつがおったんですよ。「あなたですよね?テレビ出てはったん?」ってまあ向こうが先輩やから。

「そうそうそう、俺!俺!」言うて・・「うわっ、こんな奴と戦わなあかんのかな?」思うて、ものすごかったよ!

柳田
紳助さんが出られたのがちょうど3学期なんですよ。高3の3学期なんですよ。時系列で言うと、よく紳助さんが言われるB&Bを見た後に自分が漫才師を志すんですけど。

その間に1ヶ月間くらいあるんですよ。まあ親も説得せなあかんし、師匠も説得せなあかんという。

その間に2本テレビに出られているみたいで。それでおそらく腕試しをされていたんじゃないかな?っていうね。

巨人
はあー!なるほど。僕はその「ただいま恋愛中」だけを見たんですけどね。

柳田
あと「ナイトパンチ」出てはったんですよ。「ナイトパンチ」の最後の30秒の自己アピールするやつで裸になってボクシングの真似してはったんですよ。おそらく僕はそれは兄貴と見てたんですよ。

角田
そのときおいくつですか、柳田さん?

柳田
僕だいぶ若いですね。

角田
若いっていうか、子どもでしょ!?(笑)

柳田
小学校入る前ですね。

巨人
45年ぐらい前やで(笑)

紳助・竜介をツッパリ漫才へ移行させたのも巨人の影響!?

角田
さきほどの九州の巡業のときのお話なんですかね?お風呂で巨人師匠と紳助師匠が一緒になってっていうお話を・・

巨人
そう、もうみんな師匠方が寝てから僕らお風呂入って。紳助と話し合って「長谷川くん」「南出くん」って。

そのときに「モノマネできんのん?南出くんモノマネ上手いらしいね」って言うて「うん、ちょっとできるねん」「やってみてーな」言うて僕がモノマネをばーってやったんですよ。

そしたらお風呂やったし、割と響いて上手いこと聞こえたんですよ。紳助はほんまはモノマネ実はものすごい得意なんですよ。得意なんですけど僕のモノマネを聞いて「これは辞めよう」って思ってんて。

だから人にないものを探すのが彼は上手くって。自分でよく僕に言うてましてけど「すき間芸人やねん、俺。すき間すき間に入っていくねん。そのすき間が案外おもろいことあんねん」って。

だから「王道を行くよりかはすき間を行く」ってあいつは言うてましたね。

柳田
でもあの巨人・阪神さんの漫才を見たらほとんど埋まっちゃいますからね。

角田
昭和50年の段階で同期であういう漫才をされたら、紳助師匠がツッパリ漫才をされたのも必然というか・・

巨人
そうなんですよね。だからないもの当時ツッパリ漫才なんかあらへんやんか普通のしゃべくり漫才の上品な漫才ばっかりやったやんか?

僕らもモノマネを入れてちょっと変わったのをやってましたけれども。紳ちゃんは何をやるかな?と思ったらそうなったんでしょうね。

柳田
だから世間一般ではツッパリ漫才ってすごいすぐに出たみたいになってるけど、紳助さんって3年間くらいかかってますよね?あそこに到達するまで。

巨人
かかってるかなあ・・?

柳田
そうなんですよ、デビューされて1年間ぐらいはほぼほぼ巨人・阪神さんとかサブロー・シローさんのいわゆるオーソドックスな歌ネタみたいなのがあったんですよ。

「お笑い歌手志願」ってネタがあったんですけど。紳助・竜介さんはそれを1年間ずーっと繰り返すんですよね、ウケようがウケまいが。それで基本的なことを身につけてヤンキーのネタみたいなのに入るという。

巨人
それ相方は竜介やった?

柳田
竜介さんですね。

巨人
紳助は違う人間といっぺん組んどったんですよ。

柳田
3人目らしいですね。

巨人
うん、最初はおもろなかったんですよ。でも紳助のネタはおもろいんですよ。だから相方が下手やからおもろなかって、まあ竜介も下手やってんけどね(笑)亡くなった方にこんなん言うたらいかんけども。

めちゃめちゃ閣ネタがおもろかったから紳助に「お前、俺の専属の作家になってくれ」って僕が言うたことがあってん、いっぺん。

角田
そうなんですか?

巨人
ほんまに、それで紳助の家に行ったらめっちゃネタ帳がいっぱいあるねん。それで折れ線グラフ、棒グラフが壁に貼ってあって。

それぞれに「笑福亭仁鶴師匠がこんな人間」とかね「やすし・きよしさんはこんな人間」。「やすきよさんは京都の料理にそっくりや、器でもの食わす」言うてね(笑)

そんなことをよう書いてあったわ!おもろかってん!みんな。

角田
それを柳田さんは紳助師匠が「漫才の教科書」っていうのを作ってらっしゃったみたいで。それをテレビとかラジオとかでよくおっしゃっていたことを柳田さんが聞いて勝手に復元しているんですよ。

だから今、巨人師匠がそのおっしゃってたことを想像で・・だから今の部分ですよね?柳田さんが聞きたいことっていうのは?

柳田
そうです、そうです。いやまあそこを聞きたいんですけど、直接聞くと野暮やし・・本当は見せてほしいんですけれども。断片、断片を拾っていって合わせていったどうなるのかな?っていう。

巨人
ああ、そういうのが楽しいんでしょうね。やってて。

柳田
まあそうですね。

角田
考古学者みたいなことをされているんですよ。

巨人
なるほど、継ぎ足して(笑)

柳田
でもその時系列を踏んでいくと、巨人・阪神さんがいかにすごいか?っていうのはすごい分かって。まあ客観的にはなかなかなれないとは思うんですけれども。

巨人
いやでもね、最初にも言うたけどね。ライバルに同期にすごいやつがたくさんおって良かったと思う。それはもう宝やね。

柳田
同期の方ってたくさんおられましたけど、全員辞められたんですか?

巨人
そうですね、(前田)一球・写楽・・

柳田
当時の広瀬さんですよね?(前田一球の本名)

巨人
写楽はまだいてるけどね(吉本新喜劇の「しゃーやん」として)、辞めましたね。阪神ちゃんに聞いたらみんな分かるんやけどね・・ほとんど辞めましたね。結局残っているの昭和49年やったら僕のところだけでしょうね。

柳田
あとは(桂)小枝さんと・・。

巨人
まあそれは噺家さんですからね、漫才としてはもう誰もいてないかも分からんね。

柳田
こればっかり聞いているのもあれなんですけどね。当時、吉本興業って漫才師やってる方と巨人師匠みたいに岡八郎さんにつかれている方は新喜劇なんでちょっと隔たりみたいなのがあったってよく聞くんですけれども?

あういうな感じでは大丈夫やったんですか、巨人師匠は?

巨人
僕は全然なんともなかったですね。逆に岡八郎の弟子であるから漫才の方に行っても「岡八郎さんの弟子やから」言うて大事にしてもらえるとかそれはあった。うちは師匠の力は大きかった。

「岡八っちゃんの弟子やで、あの弟子なかなかしっかりしとんで」言うて、もう師匠にも恥をかかせられないからね。よその師匠のこともいっぱいやりましたよ。

柳田
年齢がかなり高いんですよね?高校卒業されたから・・やっぱりそれは大きかったんですかね?そうでもないですか?

巨人
それもあるし、いろんな商売人やってましたから。いろんな得意先行って、いろんなオバハンの話を聞いて。いろんな人生経験って大げさには言いませんが2,3年やっぱりそういうことをやってましたからね。

他の若い弟子よりもしっかりしてましたからね。それはありましたね。

年下のオール阪神とコンビを組みことについて

柳田
そんな巨人師匠がかなり下の(年齢の)阪神さん、高校生の方と組まれるというのはかなり違和感はあったんじゃないですか?

巨人
まあ「組みましょうか?」という形やなしに「組め!」って言われたからね。その「ヤングおー!おー!」のプロデューサーに。「お前その背の高いのと低いの、組んだらどうや?」と言われましたからね。

アマチュアの番組の予選に行ったときにバラバラでみんなしゃべってモノマネやって漫談やってってやったら「そんなんお前らのもんバラバラに聞いてられへん」そのプロデューサーが林さんっていうんやけどね、もう亡くなりましたけども。

「その背の高いのと低いのと漫才やれ」って急にやれって言われて、それでやったらエラいウケてしもうて。

柳田
その日に?へえー。

巨人
モノマネのやりあいをやったんですよ。それがもう会場大爆笑になって、それでそのプロデューサーの林さんが「吉本行け!」と。

柳田
すごいですね。

角田
もうデビューからずっと第一線でっていう印象なんですけど、やっぱり新人で出てきて阪神師匠とかって10代でなんば花月をトリを?

柳田
19!19歳・・

巨人
えーと、なんばは無理やった、京都の正式トリは18歳か19歳くらいだったんと違う?

柳田
すごいですね。

巨人
あれは抜かれへんわ、絶対!「りあるキッズ」(2014年解散)いう漫才出てきたけど、あんなんもう全然アカンし、おれへんけどな(笑)

角田
そのときに先輩からの風当たりというのは強いものがあったんですかね?

巨人
全然それは感じなかったです。全然感じなかった、そりゃこっちに岡八郎という師匠がいてるからか分かりません。それで真面目に弟子をやってきたからかも分かりませんね。「あの子は割としっかりしてる子やで」というふうに言われましたからね、本当にね。

角田
「よしもと黄金伝説」の再放送をやってまして、そのときに(西川)のりお師匠が巨人師匠に昔、巨人師匠の方が後輩やのに「(のりお)兄さん嫌われてまっせ」って言われたっていうような・・

巨人
僕わりとね、そういうことを言いに行くやつでね・・あかんのよね。

角田
前に(桂)文珍師匠にも言われたっておっしゃってましたよね。

巨人
文珍さんにも言いました。(桂)文枝師匠にも昔言うたんです(笑)

角田
すごいですよね。

巨人
いやそれはね、「どういう評判ですよ」っていうのをお伝えに行かないといかんなと思って・・ハハハハハ(笑)

角田
今そんな若手の芸人さんいないですよね?先輩に「嫌われてまっせ」って・・。

柳田
でもそれが言える環境とか愛嬌とかもあったんじゃないの?

横山やすしにも物申すオール巨人

角田
それがすごいなあというのと、それこそ「モーレツしごき教室」のときに(横山)やすし師匠にも物申すことがあったって前におっしゃってたと思うんですけど。

巨人
やすし師匠はちょっと物申す前にネタ振りがちゃんとあんねんけどね。やすし師匠って車が大好きでポルシェ買うたりセスナ買ったはって、アメリカでポルシェを買わはったんですよね。

アメリカから送ってもうて、アメリカに日本人やけど寿司屋やっている人がいてるんですよ。その人のお金を当時借りて全然返さへんかったらしいんですよ。

それをテレビの本番で言うてしまって、生放送で。それを師匠が見てらして電話かかってきて「こらっ、巨人!」って。また当時全国ネット「2時のワイドショー」かなんかやねんけどね、テレビ本番中につないだんですよ。

「こらっ!巨人!」っておもろいと思ってテレビでつないだんでしょうね。で、僕は向こうももちろん大先輩やし「ああ、すんません」って。

「俺、ちゃんと金を払うとんじゃい!こらっ、見てもないのにエラそうに抜かしやがってアホンダラ、カス!」って。「すみません」「謝って済むんやったら警察いらんぞ」ってバーって言われたんですよ。

でも払うてはらへんの知ってたから、その番組は僕が後輩やから申し訳ないけど謝って抑えててんけども。次に会うたときに「師匠ほんまは払うたはりませんやん!」と。

「今度あんなことあったら師匠に『メガネ外せ!』言いますからね」って言うたんです。

それから次の日から「おらっ、巨人!巨人!」って言うてたのが「巨人さん、巨人さん、巨人くん、巨人ちゃん」ってなったからね。

それは悪口でもなんでもないんですよ!それだけ面白い人やったんですよ、やすし師匠ってすごい人やった。阪神くんに土下座しているの見たことあるからね(笑)

実はキレたことはないオール巨人、キレたら怖いオール阪神

角田
えーーっ!阪神師匠、実はキレたら怖いですよね。何度か弟子のときに阪神師匠がキレてることを見たことがあって。巨人師匠は怒らはることはあっても師匠がキレてるところって見たことないんですよ。

巨人
そうですね、あんまり大きな声で「ボケ、カス、コラーッ」と言うたことはないです、僕は。阪神ちゃんの方はちょこちょこある。

もうタクシーの運転手さんにキレるときあるから「オラーッ!」って。それは向こうのタクシーの運転手さん悪かったからね、僕も乗ってたから。「それは運転手さん、あかんな」と思ってんけどね。

角田
阪神師匠はやすし師匠にもそのときキレたような形?

巨人
いや、やすし師匠にはキレたというか・・やすし師匠にちょっとお金を貸してはったんですよ。それを約束を守らんと返してくれはらへんかって。

で、「待っとけ、こらっ」言うてやすし師匠が「ちょっとこっち来い!」言うて。角曲がったところで土下座しはったらしい(笑)

柳田
ハハハハハ、面白いなあこういう話は。

角田
格好いいですね、僕プロレス好きなんですけど。アントニオ猪木さんも弟子に土下座とかすることがあるらしいんですけど、なんか前田日明さんに一回謝ったことがあるらしくて。だからそういう英雄的な人はそういうこともする野かな?っていう。

巨人
だからほんまに自分が悪いと思ったときは土下座しても謝るという、そういう姿勢なんでしょうね。それが男らしいと言うたら男らしいのかも分からんけども。

本当はね、借りたもんは返さないといかんねんけど。買うたものは払わないかんねんけども。

今では考えられない!?正月の劇場楽屋

柳田
やっぱり巨人師匠が入られたときの吉本とか花月の雰囲気というのは今では考えられないような・・お金が飛び交ったり?

巨人
あのー、はい楽屋では麻雀それからこいこい、トランプみんなやってはりましたよ。麻雀台とかちゃんとあったし各部屋に。もうどこでもこいこいの札はありました。

柳田
そこには巨人師匠とか紳助さんはハマらなかったんですか?一応、避けていたというか・・

巨人
あのー、よく・・時効になります・・か?

角田
大丈夫です。

巨人
きよし師匠とかさんまとかウワーッと売れてお金もらったときには、よく正月なんかにはやってましたね。正月トランプでブラックジャックとかそれからポーカーとか。

柳田
正月の花月は面白かってね。

角田
みんなお酒飲んでやってたとか?

柳田
お酒飲んで出てきはるというかね、面白かったですよ。

巨人
うん、舞台でおしっこチビったやつおったから(笑)芝居でヤマナカさんやったかな・・ちょっと先輩やったけど。ベロベロで出て行って台詞もあんまりない。

舞台にある屋台に横で立ってるだけやねんけど、ジャーって「小便してるで!」言うて(笑)

柳田
いい時代ですよね。

巨人
で、よく(林家)小染師匠が裸でシンバルだけで・・今のアキラ100%みたいにシンバルで隠して舞台出てきはったときはありましたね。「酔うてんねん、ごめんなぁ」言うて(笑)

柳田
小染100%

角田
じゃあ平成の小染師匠なんですね、アキラ100%は。

巨人
シンバルやからでっかかったから隠しやすいんですけどね(笑)それはよくありましたね。

角田
なんか牧歌的な時代といいますか・・。

巨人
いや、ものすごい良かったと思いますよ。

柳田
面白かったー、入れ替えとかもなかったですもんね。1千円くらいでずっと見れんねんやもん。

巨人
出てきて裸でシンバルで隠してるんやけど、チラッと見えたりするんやけどね。そんなん今、写メ撮られてみいな大変なんで。

角田
そうですね、SNSにアップされて。

巨人
そんなん何もなかったからね、スナックの遊びでもヒドい遊びみんなやってましたからね。

そんな中でも休憩時間にはネタ合わせを

柳田
それはあれですか?4時間くらい間がありましたよね、当時の花月って?やっぱりその間は巨人・阪神さんは練習ですか稽古ですか?

巨人
稽古の時間が一番多かったですね。毎週毎週「ヤングおー!おー!」でネタやらなあかんとか、割とネタの番組がめっちゃ多かったんですよ。
ラジオでもやらなあかんとか。

柳田
「笑の会」も出てはりましたもんね。

巨人
「いい朝8時」の毎週の何分とかね、そんなのもあった。割とネタ合わせをやってましたね。

柳田
僕ね、巨人・阪神さんを夕方見るのが好きですね。昼見て夕方見るのが、ネタをやっぱり変えてくれはるんですよ。

おそらく今から考えるとこういう業界やると、いろんなネタをせなあかんからやってはったりしたん違うかな?って。

巨人
そう確かめてたか分かりませんね。ちょっと掛けてたというかね、練習に。

柳田
よく巨人師匠って花月で・・今はやってはるのか分からないですけど、よく靴を飛ばしてくれはるんよ。ツカミで。

巨人
あーはいはい、新婚旅行のネタやったときね。あるある。

柳田
それがもう好きでね!めっちゃ好きで。

角田
柳田少年は。

巨人
その連続3夜のときもやったけど、上手いこといかへんかってちょっとガックリしてた。「上手いこと飛ばへんかったな、靴がちょっと小っちゃかったなあ・・」

あれ大きめの靴はいとかなあかんから。それで飛ばす前にちょっとかかと脱いどかなあかんねん、それいろいろあるんですよ。

柳田
もう1つ聞いて良い?

角田
はい、どうぞ。

M-1の敗者復活組に熱くなるのはNHK新人賞がきっかけ?

柳田
巨人・阪神さんってね、いわゆるエリート。もちろんものすごい漫才エリートとして来るんやけど。僕ね、師匠ものすごい印象的なことがひとつだけあって。

実は紳助さんが目指したNHKの新人賞があって、そのときの予選で巨人師匠は覚えてはると思うんですけど・・当時「課題漫才」というのと「オリジナル漫才」というのがあって

巨人
ありました、ありました。

柳田
NHKって「課題漫才」って人が書いた漫才を上手くこなせるか?っていう検査もあって、そのときに阪神師匠がネタを飛ばさはったと思うんですよ。

巨人
そうですね。

柳田
それで予選を本来ならば本命視されていた巨人・阪神が落ちるん違うかな?みたいなドキドキがあって、それは子どものとき巨人・阪神は1年目のときですよ。それを兄貴と言うてて。

でも復活当選して勝って、巨人・阪神4連覇ぐらいするんですよね。1年目でABC・・

角田
ああ、各局のコンテストを?

柳田
読売とか前人未踏の4連覇ぐらいをするっていうすごいのがあるんやけど・・

巨人
自分ら兄弟で漫才やったら良かったのに(笑)

柳田
あの戦いでいつも巨人師匠がM-1グランプリで敗者復活戦の人にものすごい熱いのは、自分のあの経験から違うかな?って。

角田
ああ、今年(2017年)もスーパーマラドーナのお2人にメッセージを送っていらっしゃいましたね。

柳田
あれがなければ今の巨人・阪神はない可能性もあるんよね。その予選で落ちてたら・・。

巨人
あのー、運が良かったんですよ本当に。予選で落ちて阪神くんが止まってしまってネタ忘れて。

柳田
10秒ぐらいね。

巨人
そのときに阪神くんは「俺やない」と思っててんって「相方、巨人が間違えてる」って。

僕は阪神くんが間違えてるの分かっててんけど、助ける力がないんですよ。デビュー1年目ぐらいではね。

ちょっと10秒ぐらい空いてしまって落ちたんですけどね、それで次点になって。

(予選を)通っている8組の中の1組が幸之助・福の助さんっていう方が辞めはってん、決勝までに。トップ当選の人が。

そこに僕ら入れてもろうてん。それで決勝で優勝してん。

角田
決勝は自由演技というか規定じゃないということですよね?

柳田
「ぼくは同級生」っていうネタで。

巨人
いや当時のNHKって「規定漫才」と「自由漫才」2本やらないかんねん。

角田
フィギュアみたいなもんですね。

巨人
そう、でも「規定漫才」ってようあんなん考えたねえ。審査員ずーっと同じネタ聞かなあかんねんで!審査員やったら、俺断るわ。

上手い漫才師になるには人の書いた漫才をこなすこと

柳田
でもねその決定的に紳助さんと違うのは、むかし読売新聞の記事でちょっと忘れましたけど・・「笑の会」ってあったんですよ。

「笑の会」というのはいわゆる漫才作家が書くネタを巨人・阪神さんが自分らで稽古してやるんですけれども。

あるときのインタビューで巨人師匠がもう当時20代前半の方が「いや違います、人の書いた漫才をいかにこなすかでないと、漫才は上手くならないから僕たちは1年間『笑の会』にいます。」って言うてはったんですよ。

これが巨人・阪神の原点と違うかな?って思ってね。

角田
憶えてはりますか?

巨人
言うたことは憶えてないけど、そういう考えでしたね。自分で書いたやつはめちゃめちゃやりやすいんですよ、自分のしゃべりやすいように書きますから。

人の書いたものってめちゃめちゃやりにくいんですよ。それをやっていかな将来何十年とできへんなと思っていました。

角田
ちょっとまだまだお話をお伺いします。

(続く)

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