2017/07/24

高田文夫が語る「果歩サイドと船越サイドだから、NHKは」

今回は2017年7月17日放送「高田文夫と松本明子のラジオビバリー昼ズ」
オープニングの一部を起こしたいと思います。


高田
朝起きてちょっと暑いなって目が覚めちゃうから、朝テレビつけちゃうじゃない?そうするともうどこも8時9時になるとさ、あんまりやんない方がいいんだけどさ松居一代だ、松居一代だってやるじゃない?

「松居一代記」って読んじゃったけどさ、俺なんか思わずさ(笑)一代記になっちゃうもん。

松本
今すごいですよ、毎日毎日。連日アップしてるんでしょ?チーム松居。

高田
もういいと思うんだけどな。

松本
松居一代さん、先生と同じ誕生日でしたよ。

高田
またそういうことをいちいち広げるなよ、俺なんか大宮エリーみたいになっちゃうから。どんどん横に広がって行っちゃうんだ。もう大宮エリーの直筆の手紙もう俺持ってるし(笑)

松本
先生、入手したの!いつの間に!

高田
しっ!うるさいよ!大声で言うなよ!やっぱりジャーナリスト魂が動くんだよ、こういうことはさ。

松本
先生アンテナが広すぎますね。

高田
綺麗な字を書くだろ?大宮エリーって綺麗な字を書くよ。

松本
作家さんですよね?

高田
そうだよ。それでテレビ見てたんだよ、そしたら「まあいいよ。しょうがないな」とか思っていたら、その点NHKは偉いんだろうなとパッとつけたんだよ。NHKっていうのはさ、旦那の船越さんは午後からでしょ?だいたい「ミヤネ屋」の裏だから。

もう連ドラが終わって8時半過ぎにつけたんだよ。もう生放送で船越さん飯作ってたよ!(笑)

#平野レミ さん生放送69分で14品! 料理番組で「真似しないように」という前代未聞の言葉も飛び出すし“あの”船越さんも参戦 #スタミナ家族に福きたる(togetter)

松本
中山秀ちゃんと。

高田
平野レミと生放送で船越さんがご飯作っているんだよ!あれは偉い!

松本
あれすごいですね。

高田
NHKは逆手に取ってるね。このあれを全部いただき!みたいな。

松本
だってあの時間民放はワイドショー、ワイドショーで。

高田
全部、松居一代なのよ!それでNHKにしたら船越英一郎がフライパンをバーッて、秀ちゃんと嬉しそうに「あちちっ!」とか言ってて2人で戯れてたもん(笑)当分あれだね?NHKは船越と行くんだろうね、心中だね。・・たぶん紅白の司会狙ってるんじゃないかな?

松本
アハハッ!面白い!

高田
この分じゃこのまま引っ張っていってNHK的には船越を全部構えていっておさえていって、司会だよ!紅白もちろん!すごいだろ、そうしたら?

松本
壮大な計画ですね。

高田
紅組は豊田議員だろ?違うっつーの、なんで豊田議員だよ!(笑)「ハゲーーーッ」って言っちゃうだろ、そんな司会いないだろ!歌う人が歌うづらいだろっ!

松本
またそうやって、今もうややこしい情報が盛りだくさんだから!!(笑)

高田
歌う人が出づらい出づらい!本当にそういうことを言わないように!世の中大混乱しているんだから。だって渡辺謙さんもさ、やっぱり二枚目だから謝罪してもみんなやっぱり「格好良い」ってなるのね、やっぱり。

松本
格好良いなって。

高田
南果歩の気持ちも知らないでな、俺は果歩サイドなのか!(笑)

松本
果歩目線・・。先生優しいから。

高田
どんな目線なんだ、果歩目線・・教えてくれよ(笑)あれだって今あれだよ、南果歩を抱え込んでNNHKの連続ドラマ始まったからね、不倫の夫のドラマ。清水ミチコが仲間だからね、主婦仲間で。BSで始まりましたよ、いよいよ果歩で。

NHKがみんなのバーターじゃねえや、聴取率じゃねえや・・視聴率代・・なんだっけ?

松本
受信料!

高田
みんな受信料ひとつ出てこないんだから、歳取っちゃってみんな!受信料で、みんなさ果歩サイドと船越サイドだからNHKは。

松本
偉いですねえ。

高田
それもドーンっと引いたカメラで見ると、実はホリプロサイドだからこれは。分かる?船越サイド・果歩サイド、カメラがドン引きで引くと俯瞰してみると「あっこれは大変だなホリプロは」

だから全てが和田アキ子さんの50周年に向けてのキャンペーンなんだよ、秋の。

松本
先生、芸能界のウラを知ってますねえ。

高田
俺は古いよ、ウラでゴロゴロ転がすから。

松本
そっか、アッコさんも50周年だ!

高田
そうだよ、ジュリーも50周年だから。

松本
オールナイトニッポンも50周年。

高田
松村くんが来年30年だから。「いやー先生にご心配かけちゃって、大竹でございます。太田プロも考えておりました。すいません、気がつきませんで!よろしくお願いします!」

もう大変だよ、お前。松村の30周年・・小っちゃいよ!!俺が扱うものが!ブツが(笑)こっちがジュリーだアッコだってつってるのに!

松本
ファイヤーヒップスも面倒見てるんでしょ?
【公式】FIRE HIP'S(twitter)

高田
ファイヤーヒップス、今日昼間やっていると思ったら・・今パンを買いに行かせたら空振りだよ!「夕方5時からやりますから」って、待ってられないよ5時までここで。歳とっちゃうだろ!やることいっぱいあるんだから!(笑)

(了)

2017/07/21

活弁士・坂本頼光が語る「日本には活動写真弁士が馴染む土壌があったんですよ」

今回は、2017年5月28日放送「真夜中のハーリー&レイス」
「vs坂本頼光(活動弁士)」の回を起こしたいと思います。


清野茂樹(以下、清野)
さて流れてきたのは「麗しき美」という曲ですね。チンドン屋さんのイメージですけれども、さあこの曲に乗せましてリングインを果たしました今夜のゲストをご紹介しましょう。活動弁士・坂本頼光(さかもとらいこう)さんです、ようこそこんばんは。

坂本頼光(以下、坂本)
どうも、ラジオをお聞きの皆さんこんばんは。坂本頼光でございます。

清野
いいな、もうなんか曲によく合ってますね、やっぱしゃべりが。

坂本
いえいえ、もうドキドキしておりますね。

清野
お手柔らかにお願いいたします。さあ坂本さんはなんてたって活動弁士という特殊な仕事でけっこうびっくりされるんじゃないですか?

坂本
これはね、もう「活動写真弁士」というのが一応正式名称ですけれどもね。「活動弁士」ってちょっと略して、で「活弁士」っていう言い方もあり「活弁」っていう言い方もあって。それで一番縮めると「弁」って言われることもあるんですけど。

清野
えーっ!

坂本
いやこれ本当にネタじゃなくて、昔は浅草でそういうふうに言われていたっていうんですよ。要はこれですよね?皆さん「『活動写真弁士』って何じゃ?」という話になりますけれども。

いにしえの無声映画、サイレント映画ですね。すなわち写真が動いて見えるから「活動写真」って映画は昔言われていた。音声がないわけでございますね。

そこでスクリーンの横に立って、登場人物の声から物語のナレーションに至るまでを全部ひとりで喋るのが「弁士」という「活動写真弁士」っていう仕事があったわけですよ。今でも何人かが頑張ってそれをやっとると、こういうことです。

清野
日本にいま何人いらっしゃるんですか?

坂本
公称10人。

清野
10人って相当少ないですね。

坂本
少ないですね、うーん。しかも生殖能力がある人は4人くらいしかいないと思いますよ、そんなこと言っちゃいけませんけれども。

清野
あと6人は枯れた感じで?(笑)

坂本
もうパンダか何かみたいなね。でも国が助けてくれませんから。

清野
絶滅危惧種に指定されていないと。「絶滅するならどうぞ」という感じの。

坂本
「えっ!もう絶滅してたんじゃないの!?」みたいな。そんな感じですよ(笑)「活動写真弁士」って長いですしね。「落語家です」とか「漫才師です」とか「浪曲師です」とか一息で言えるじゃないですか?「活動写真弁士です」って言うとちょっと長くなるんですよ、自己紹介が。

「活動写真弁護士」って言われちゃったことがあって、司会の人に。「今日のゲストは活動写真弁護士の坂本頼光さんです」つって、「うわっ、弁護士になっちゃった!」って。

清野
いやでも本当によくぞまたその道を目指したというか、志したというかね。

坂本
もともと映画が好きだったんですよね。それでなんでも見たんですよ。ただ無声映画とか弁士っていうのは知らなかったんですけど、中学校2年生のときに王子の「ほくとぴあ」っていうところで、弁士つきのサイレント映画の上映会っていうのがあったんですよ。

清野
中2で?

坂本
学校の授業で、課外授業で。皆さん「映画鑑賞教室」とか行かれませんでした?あれで引率されてズラーッと行ったんですよ。そしたら澤登翠(さわとみどり)さんという現在でもうちの業界で一番偉い方ですけれども。その方が「チャップリンのキッド」という1921年の名画を説明されてて。

それで私はそれを聞いてカルチャーショックを受けたわけですよね。「ああ、こういう仕事があるんだ!」と。はじめて生で見たと。

清野
そうだと思いますよ、だって未だに見たことない人が多いと思いますから。

坂本
それで演奏も生演奏なんですよ。音楽がないから、サイレント映画ですからね。だからもう全部生なんですよ!声も映像も語りも全部生で完全なライブなんですよね。

清野
じゃあ逆にそれまではどんな映画が好きだったんですか?

坂本
いやもう時代劇ですね。

清野
中2で時代劇ですか?

坂本
おじいちゃんっ子だったので、おじいちゃんが家庭のチャンネル権を掌握していたもんですから。「暴れん坊将軍」とかそんなのばっかり見てましたよね。だから時代劇にはあんまり抵抗がなかったし、あと日曜日とかも昼間に古い映画とかやってましたでしょ?あういうのを見慣れていて、大好きでしたね。時代劇は。

今この仕事だから、それが役に立ってますけど。他の仕事に就いていたら、さぞ不幸な人生だったんじゃないか?と思いますよ(笑)

清野
まあまあ、ただの時代劇好きみたいな感じになっちゃってるという可能性もあったと?それで衝撃を受けて「これだ!」と思ったわけですよね?

坂本
それで自分もやってみたいなと思って。落語や講談もなんとなく興味はあったんですよ。やっぱり中学ぐらいになるといろんなものに興味が広がって行きますからね。

で、映画と演芸のハーフというか間になるもの・・そういう芸はないのか?と思ったら、活弁もうピッタリでしょ?だって映画じゃないんですよ、ライブだから。でも寄席とかに出る芸人かと言われたらそういうわけでもなかったわけです。なんかその中間が面白かったんですよね。

清野
いや僕でもその気持ち分からないでもないです。っていうか分かりますよ!やっぱり中2ってけっこうそういう時期じゃないですか?「これだ!」となったら必至に掘り下げるというか、ある意味危険とも言えますけど。僕もプロレスとか実況とかそっちでしたから、気持ちは分かりますよ!

坂本
やっぱり、あの・・舞台の下手に陣取るわけですよ。あくまでも真ん中がスクリーンですよね。だから清野さんで例えるとリングが主であり、アナウンサーは従であるみたいなね。

だからその脇役なんだけれども、縁の下の力持ちというかね。逆に言うとその人のしゃべりがマズかったら映画がダメになるみたいな。生殺与奪を握ってる感じがゾワゾワッとしたわけですよね。

清野
じゃあでもそれをやろう!と思ってもなり方が分かんないですよね?

坂本
分からなかったんですけどもね、でもそうやってライブでやってらっしゃる。つまり興行を打っていらっしゃるわけですよ。だからまあ高校2年でちょっと私、中退しまして。映画好きとかいろんな他のことがたたりまして・・

もう「弁士をやろう!」と中2のときに受けた感動がまだそのまま持続していましたんでね。それで澤登さんのところに訪ねたら、そのころに3人くらいしかいなかったんですよね。

清野
今10人なのが、3人だったんですか?

坂本
ちょっと増えたんですよ(笑)それはあとで説明しますけれども・・。

清野
さっきの生殖能力は関係なく?(笑)

坂本
それはちょっと・・すいませんねえ本当にもう。それで澤登さんが弟子をとらないって方だったんですよ、そのころは。「もう趣味でやった方がいいよ」って言うんで、最初趣味でやっていたんですよ。サークルみたいなのがあったんですよ、活弁の。

そこにいたんですけど「やっぱりプロになりたいな」「これでおまんまが食べられないかな?」と思ってたんですよ。そしたら20歳のときに「東京キネマ倶楽部」っていうのは鶯谷にできたんですよ。そこは1年365日無声映画を上映するっていうとんでもないレストランシアターだったんです。

清野
それが当時あったわけですね?

坂本
それはもう今は営業はしてません。

清野
99年当時は。

坂本
それで365日弁士付きで無声映画をずっと上映するレストランってなると、3人しかいないんじゃ足らないわけですよ、ローテーションが。

清野
3日に1回やらなきゃいけないわけですからね。

坂本
だからオーディションで役者さんだったり声優さんだったり、いろんなそういうのに興味がある人「オーディション」っていう雑誌が当時あって、それに出て。

坂本くん今度うちも経営に関わるから」っていうんでその澤登さんの会社から口をきいてもらってオーディションに参加して、それで合格してそれで弁士でデビューできたわけですよ。一応、形だけはプロということになって。

そのときに山崎バニラさんというね、今ドラえもんのジャイ子とかやられている彼女と同期という。

清野
そうだったんですね、じゃあたまたまそういう募集をしていたからやっぱり良かったもののってやつですね。

坂本
そうしないと、もう師匠がいないわけですから私は。つまり入門してその社会に入ったっていう証明がないわけですよ。

清野
なんとなくアナウンサーに近いような気もしますよ。僕らも何も免許も何もないですから。

坂本
でも入社が証明ですよ、それがやっぱりちゃんとした公的なところにね。でもやっぱりそういう素人ですから僕はね。そのころ、全然お客さんも正直言って入ってなかったんです当時。有名な人が出るわけじゃないしね。

400人入るんですよ、そこ。でも2人とか3人とかねお客さんが。2人は困りますよね(笑)例えばカップルで来たらね「今宵はあなた方2人の貸切りでございます」とか言ってごまかせるけど、ボサッとしたオジさんが2人バラバラで来て、すごい離れたところに西と東で座ったりしたら「どこ見りゃいいんだ!」っていうぐらいで。

清野
確かにこれはツラいですね(笑)

坂本
だんだん出されるまかないとかも、粗悪になってきてね。経営陣とかの視線が痛くなってくるわけです。スタッフとかも、だって客来なきゃ腐りますからね。それで結局1年を待たずして瓦解しましてね、そこは。

それで「どうしよう!?」とせっかく弁士でデビューしたのに、本拠地がなくなっちゃったわけですよ。

清野
いやー、プロレスっぽいなあなんか。団体が消滅するみたいな(笑)

坂本
かといって他の団体なんかないんだから。もう1団体しか(笑)

清野
そうか!1団体だから他に行けないんだ!

坂本
そうですよ!みちのくってわけには行かないわけですよ。それでしょうがないってそこで辞めちゃった人もいるけど、しょうがない自分たちでお金出してフィルムを借りたり小屋も借りてやろうっていうインディーズですよね。普通のバンドとかと同じで、もう自分で全部やる。

清野
自主制作、自主興行だ。それってそうどう活弁が、活動写真が好きじゃないとできないっすよね?

坂本
でもね、無声映画も好きでしたけど・・やっぱりどこかにアナウンサーさんとかじゃないですけど、語りに対する憧れというかそういうのもあったんじゃないですかね?

清野
それは何が芽生えだったんですか?語りとかしゃべりに対する憧れっていうのは?

坂本
それはですね、おそらくなんですけれども。子ども時代におじいちゃんが時代劇を見ていたり、あと演歌の番組とか見てますでしょ?

そうすると「にっぽんの歌」とかあういう演歌の番組とかありますと、番組の始まりのところにね。「浮世舞台の花道は表もあれば裏もある」とか来宮良子さんのあういうのとか。

時代劇でも最後に「親子のケンカを直したら、笑顔のまま○○路をあとにするのでありました」みたいなそういうナレーションみたいなのがあったりすると、なんかその心地よいものをね。そういうのを聞いたりして、こういうのを真似してしゃべったら面白かったりするわけですよ。ちょっとおじいちゃんたちがウケたりしてね。

清野
あー分かるなあ。そういうのいいですよね。刷り込みがありますよね。

坂本
「スベって転んでケガをした。痛さつらさにゃ泣かないが、人の情けに泣けました」とかなんかそういう完全に七五調が七・七・五とかそういう「ああ面白いもんだな」と思って。なんか子どもがそういうのをやるとお年寄りとか先生とかが珍しがって喜んでくれますからね。

清野
いややっぱりでも七五調って基本心地良いんですよね。日本人には。

坂本
どうやらそういうDNAに刷り込まれているんじゃないですかね?

清野
いや実況もそうなんですよ。「ツーストライク、ワンボール」みたいなやっぱりあういうのが気持ち良いんですよね。

坂本
だからもしかしたら、でも演芸よりでしたから。僕が子どものころに見たプロレスとかはやっぱり古館さんとか辻さんとか「おおーっと!」とかやっぱり七五調とはちょっと違うじゃないですか?

「なんということだ、これはまさに・・」とか。あれも面白いなと思ったんですけど。なんかそれからもっとさかのぼった昔の力道山のころとかの、あういうののビデオとかNHKのやつとかを見て。あのアナウンサーは面白いなと思って、全然違う。

清野
「力道、空手チョップ一線」みたいなね。

坂本
そうそう、「さあ対戦相手はルーテーズ」「六尺豊かな 大男 気合い十分 今まさに日本の力道山に果敢に挑戦してまいりました」とかそういうね。

清野
佐渡アナウンサーとかね、当時のね。

坂本
「大会開催前に 委員長であります大野伴睦氏より花束の贈呈です」

清野
ハハハ、よくご存じで(笑)

坂本
「芸能人を代表して森繁久弥さんが花束の贈呈であります」とかなんかあういうのが面白いなとか思って。

清野
いいですね!大好物ですよ僕も。

坂本
それで対戦する相手も何かエンタメ感しかない・・エンタメ感しかないと言っちゃ言い過ぎですけど(笑)ミイラ男の人とかね、ノートルダムとか。あのころに時代はちょっとあれかもしれませんけど。昭和のプロレスっていうのは外国人レスラーが怪しい人が多い。あういうのも面白いなと。

清野
興行ですよね、だからね。お金を取って面白いものを見せるよっていう、そこがやっぱりはじまりでしょうね。でも気持ちはよく分かりますよ。でもそれって観に来る人って、活動写真を誰が観に来るのか?

坂本
お年寄りでしたね。それは無声映画を好きで劇場に足を運んでいた当時で。そもそも明治29年に日本に活動写真、映画の原型っていうのは渡ってくるんですよね。アメリカとフランスからだいたい同時期にね。

そっから派生してきているんですけど。だからね昭和の10年代の前半くらいまでは無声映画っていうのはあるんですよ。昭和初期には「トーキー」って言って「トーキング」喋っているっていう意味で「トーキー映画」ってつまり現在の映画で発声している映画、普通の映画。

それまではサイレント時代、だから弁士が必要だったんですけど。昭和10年代にいらなくなった。ということは昭和10年代に産まれている人は無声映画を知っている人がけっこういる。だから今でも90歳くらいの方とか。

さっきおっしゃっていた杉山さんとかは絶対ご存じですよ。小っちゃいころに「なんとなく親に手を引かれて観たような気がする」とかね、「祭りの縁日の舞台で、神社でやっていたような気がする」とか「小学校の校庭で夏休みにやっていたような気がする」とか。

今の後期高齢者の方は覚えていらっしゃるんじゃないか?「オヤジが好きだった」とか「うちにアルバムがある」とか。

清野
じゃあそういう人に向けてやるとものすごい喜んでもらえますよね?

坂本
2000年に一応デビューして、あと自分でライブをやるようになったときは、下北沢ではじめてライブやったんですけど2001年に単独ライブを「坂本頼光単独ライブ」を。下北沢に明治43年生まれの方が来ましたからね、90いくつで!もう心配になっちゃってね。お引き取りいただいた方がいいんじゃないか?みたいな(笑)

清野
「お引き取り」っていろんな意味があるから・・(笑)

坂本
あっ!そうかそうかそうか・・お帰りということでね。でもそれは当然ですよね。だってその方が幼いころに見ていたような時代の映画をやるわけですから。

清野
だから昔はあれですよね?花形だったんですよね、この仕事っていうのはね。

坂本
もうね大正15年1926年ぐらいの調べで全国8,000人いたんですね。

清野
8,000人も活弁士がいたんですか!それが今は10人、もう激減ですね。

坂本
なんかもう火山が爆発したみたいな、隕石が落ちてきたんじゃないかというようなね(笑)

清野
ポンペイの街か!みたいな。

坂本
「何があったんだ!」みたいな、それは映画に音がついたってことですよ。そしたらもう用がないわけですから。しゃべる弁士も演奏する楽士もいらなくなっちゃった、リストラされちゃった・・。

清野
じゃあ海外は・・フランスとかアメリカはどうしていたんですか、無声映画の時代って?

坂本
MC的な人はいたんですけど、逐一説明するような丁寧に、そういうような人はいなかった。またね、ちょっと局地的に生まれても日本みたいに浸透しなかったんですね。

清野
じゃあ日本は活弁の先進国だったんですね?

坂本
先進国というか、もうそういうのに馴染む土壌があったんですよ。だってもう落語があって講談があって浪曲も明治になってあってね。おまけに人形浄瑠璃とかには必ず義太夫っていって語りの人が横にいて、要するにあれはナレーションなわけですよ。

つまり、何かに対して説明とかナレーションとか付けるっていう文化っていうのは大昔からあるわけですね。

清野
確かに日本人はそういうのが好きなんでしょうね。

坂本
「これなんで音がついてないんだ?」と、「音も声もついていないとこれじゃいかん!と何か付けようよ!」って。やっぱりアレンジャーなんです日本人というのはね。何かイジらないとどうしようもないんですね。

それをより良くしようと思ったんじゃないんですか?だって昔たぶん明治・大正は特にマイクがないですから。だから昔の弁士のレコードとか音源をちょっと聞くと・・

「ああー、そのときであった。中山安兵衛は叔父の危急に駆けつけんと出でや髙田馬場へ」とか頭の上から出すようなね。

清野
はいはいはい、高いところから。遠くに飛ばしたいからね、声を。

坂本
だからそうしないとマイクがないから、そういう口調に自ずとなるわけですよね。今のお年寄りが「『時は元禄14年』とかあれだろ?」って言われるんですけど。だからそういう刷り込みがあるんじゃないですか?

清野
でも当時の弁士ってめちゃめちゃ稼げたんじゃないですか?だってもういなきゃいけないし。

坂本
ピンキリでしょうけど、売れてた人は月に1,000円とかね。月に1,000円というのは昭和の初期とかですよ。そのころ大学卒のサラリーマンの初任給が20円とかですから。家賃が7円とかですから。そのときに月に1,000円ですからね。

清野
すごい高給取りですね。

坂本
だから「飲む・打つ・買う」ですよね。それでもうだから身体をすぐ悪くしちゃったりして、やっぱりけっこう交代が激しいわけですよ、栄枯盛衰が激しい。

清野
みんな無茶しちゃうっていうか・・プロレスラーみたいだな。

坂本
それでまさか映画に音声がつくなんて思ってない。この世の春だと思ってるわけですから、ずっと。でも何人かが生き残りましたね。やっぱりちゃんと芸があって、それが徳川夢声さんだったり。徳川夢声さん、このラジオ日本で宮本武蔵の読み語りを戦後にやっていらっしゃったんです。

清野
うわーすごいなあ。あのでも昔のそういう映像とかはどうやって手に入れるんですか?フィルムあっての弁士じゃないですか?

坂本
フィルムはですね・・戦争をまたいでも無事に残っていたフィルムなどを使って澤登さんたちもやっていらっしゃったわけです、我々の戦後の先輩たちも。それを我々はお金を払って借りるとか、そういう場合がありますね。

あとは最近はヤフオクですよね。骨董品で出るんですよ、たまに。それですごい競るんですけど。

清野
どれぐらいからスタートするんですか?

坂本
最初は2,000円とか3,000円ですよ。やっぱりいよいよ最後の日になると一気にバーッと高騰しましてね。

清野
残り15分くらいでアラームが来たりするんですよね。

坂本
「もう大丈夫だろう」なんて油断しているともうダメです。

清野
「高値更新」が来るんですよ。

坂本
去年ね、結局落札することはできませんでしたけどね。「限りなき前進」っていう映画があるんですよ。

清野
何年ごろの?

坂本
昭和15年だったか16年だったかちょっと忘れちゃいましたが。小津安二郎原作・内田吐夢監督っていう要は名作なんですよ、映画史的には。

トーキーで普通の映画なんですけど、あえてサイレント版にしてあるフィルムだったんです。ちょっとこれマニアックになっちゃうんで端折りますけれども。とにかく我々弁士がズズズッてよだれが垂れるようなものなんですけど。これがね、最終的に55万まで行きましてね。

清野
えーっ、そんなに上がったんですか!で、入札に参加して?

坂本
「えーっ、もう無理だわ」つって、だって果てしもないんですもの。これより上に行っちゃって、もうないんですからお金。

清野
それはもう弁士以外の人も参加しているということですね。

坂本
コレクターですよね。昔からコレクターの方が金持ちっていうのは常識ですから。でもコレクターの人の気持ちも分かるんですよ。まず欲しいというのは同じですから。またコレクターの方っていうのは大事にしますよ。

大事にして表に出さないんですよね。そうするとそのフィルムはもうないんで秘匿されちゃうと永久に日の目を見ない可能性もあるわけです。だってどなたが落としたか分からないから。でもやっぱりなんとかいろいろ欲しいでしょう、しかしなんとか私に!みたいな。

清野
弁士の方が持っていた方がいろいろな人の目に触れますからね。

坂本
こっちも仕事で使うというのはちょっと弱いところはありますけれども。必ず多くの人に見せられるように・・興奮するとロレっちゃうんですけど(笑)本当そうなんですよ。

清野
でも気持ち分かるもん、悔しいですよね・・財力で負けるというのはね。分かるわ。

(ゴング)

ああーっと、ここでゴングが鳴りました!えー時間切れのゴングが鳴りましたよ、坂本さん。

坂本
そんなにしゃべりました、私?

清野
もう30分なんですよ、本当なんですよ。皆さん言うんですけどね。

坂本
すいません。

清野
時間切れのゴングでございます、試合終了なんですよ。

坂本
なんかもうほとんどしゃべりませんでしたね、予定の内容をね。

清野
予定なんてないですよ!プロレスにそんなものは。

坂本
あっ、そうでした。すいません、これは失礼しました。

清野
えー時間切れ引き分けということで引き分けの場合はタイトルマッチはチャンピオン側の防衛ということになります。我々番組側が324回目の王座に防衛成功となりました。もうしわけございません、チャンピオンベルトをお渡しすることはできませんが、振り返ってみてどうでしたか?

坂本
いやーもうちょっとやりたいですね。

清野
じゃあちょっとこのあと軽く延長戦を。

坂本
やっちゃっていいですか?

清野
「いいんだね、やっちゃって」ってな感じでやりましょう。

(了)


2017/07/01

コラムニスト・やきそばかおるが語る「東京の人はなかなか地方のラジオ局の番組を聞かない」

今回は2017年5月21日放送「真夜中のハーリー&レイス」
「やきそばかおる(延長戦)」の回を起こしたいと思います。


清野茂樹(以下、清野)
それでは、コラムニストのやきそばかおるさんとの延長戦でございます。よろしくお願いします。

やきそばかおる(以下、やきそば)
よろしくお願いします。

清野
もう放送盛り上がりましたね。

やきそば
あー、面白かったですね。どこに行きたいとか言わなかったですね。

清野
ハハハハハハ、いやもういっぱいありますよ!(笑)それはもうプロレスラーと一緒で満員のお客さんの前で試合をやってみたいっていうは・・。

やきそば
まあ、それはありますよね。でも心地良いところでやるっていうのも大事ですからね。

清野
確かにね、それは大事!確かに大事ですよね。

やきそば
でも1度の人生なのでっていうところもありますよね、ハハハ(笑)

清野
だから大きい会場でマディソンスクエアガーデンとか、日本武道館とかで試合もやるけど、新木場1stRING小さいところでやるのもいい。だから両方知っているのがいいですよね?

やきそば
そうそうそう、そうなのそうなの。

清野
小さいリングだけしか知らないっていうのはちょっとね・・っていうのはありますよね。でも本当ラジオ番組ってね、よくほらたまに特集されるじゃないですか?この間も「ラジオ読本」でしたっけ?読んだんですけれども、いろいろ業界人の。

やきそば
いろんなおすすめの番組ですよね。あれね、あの番組本のポイントが1個あって・・あれを見ていると「あっ、この推薦者は本当にラジオをよく聞いているんだな」っていうラインナップのときがあるんですよ。

例えば、まあよく聞かれている放送局、AM放送局とかをラインナップしている人ももちろんいいんですけど。そうじゃなくて「おっ、このマニアックなところをついてきたか!」とか。

紹介している放送局が「bay-fm」と「NACK5」と「ラジオ日本」とかだと「おお、よく聞いてるね!」みたいな。だからそういうのを僕はもっとやりたいんですよね。

清野
だいたい皆さん赤坂の方だったりとか、集中してますよね?

やきそば
あれね、けっこう奥歯を噛んでいる人が多いと思いますよ、やっぱり。

清野
そうなんですよねえ、まあだから結局ラジオってチャンネルで聞くっていうか・・朝TBSラジオを付けたらそのまま夜までっていう人が多いんですかね?

やきそば
あのね、僕いつも思うのは関西の番組もよく聞くんですよ。

清野
それはradikoで?

やきそば
radikoで。それで傾向としましては例えば関西の人は・・関西はラジオの好きな人が多いって言われているんで関西の人は例えばネット放送とかだったりとかで東京の番組を聞くと。ところが東京の人がなかなか地方の番組を聞かないっていうんですよ。

清野
あー!確かにあんまり周りに居ないかも知れないですね。

やきそば
だからそこをなんとか曲げたいんですよね。だから別に僕は東京だけど例えば北海道のSTVラジオも聞きますし、沖縄のRBCIラジオも聞きますし、南海放送も聞くし、FMも聞くしみたいな。

だからなるべくそういうのをいろんな人に「こういう番組あるけど、どう?」っていうふうにちょっとおすすめしたいですよね。

清野
普段はどういうサイクルでラジオを聞かれるんですか?

やきそば
僕は音が無い状態が嫌なんで、絶対何か音をかけているんですよ。まず朝起きた段階で、例えば朝は日によって違いますけれども7時だったり8時だったり9時だったり、まずラジオをつけて。それで寝るのがだいたい朝の4時とか5時なので、そこまでオフタイマーをかけて。

清野
すごいですね、ほぼじゃあ1日聞いていますね。それで別に特定のチャンネルってことじゃなくて、本当にザッピングしながら?

やきそば
そう、だから僕もともと・・ラジオって割りと1県につきAM1つとFMを1局みたいなって多いじゃないですか?でも僕、山口の下関の方に住んでいたんですけど。そうすると山口のAM・FM、あとNHKですね。

あと福岡で民放が5局あるんですよ。それとNHK。あと大分放送南海放送も入るんですよ。

清野
ちょっと山口は特殊ですね、じゃあ。

やきそば
そう、「電波銀座」って呼んでるんですけどね。だから僕、小学校の時からラジオを聞いているんですけど。けっこういろいろ当時から聞いていたんですね。

清野
ああ、なるほど。松村邦洋さんとかもけっこういろいろ聞かれていたって言いますもんね。

やきそば
ああ、田布施出身のね。

清野
山口だから。

やきそば
そう、それで広島の番組のアシスタントやったりとかもしてましたもんね。

清野
そうそう、RCCでしたっけ?


やきそば
「サテライトNO.1」とかもやってたりしていてって、そんな感じなので東京の方がいろんなTBSラジオからラジオ日本からNACK5とか聞けるのと同じような状況ではあったんですよね。

清野
層だったんですね、今もう本当にチューニング回さなくてもワンタッチですからね。

やきそば
周波数知らなくてもいいっていう、だからね逆にいろんな放送局聞いて欲しいんです。例えば長崎とかってちょっと面白いことが起きていて。長崎の「創成館Wings Time」っていう番組があるんですけれども、これ15分番組で高校の校長先生がしゃべっているんですよ。(2017年7月時点では「創成館Wingsウルトラフライデー HYPER!!」金曜18:45~)

創成館っていう学校があるんですけど、ここが1社提供で。もともと実は荒れていた学校なんですよ。これを今の若い校長がいて40代の校長がいて立て直したんですね。学校の経営から全部、荒れていた奴も全部立て直して甲子園で強豪校になったんですよ。

この校長が本当にやり手の校長でラジオで喋っているんですけど、何か陽気に喋っているんですけど「明日からあれなんですよね、うちの高校は修学旅行なんですよ!ハワイ行くんですよね」みたいな(笑)

清野
そんな話をラジオでしていると!

やきそば
そんな話を、最初この方アナウンサーだと思ってたんですね。でも「修学旅行でハワイ」ってどういうこと?って思ったら、喋っている人が校長だと思って「なんて明るいんだ!」と思って。それでホームページを見たんです、創成館の。やっぱり明るいんですよ!

「ああ、この明るい校長先生の話を聞いちゃうと学校のファンになっちゃうわな」っていう感じですよね。これFM長崎で放送されているんですよ。これね、なかなか東京だとね、こういう放送ってなかったりするんですけれども地方ももっと自由なんですよね。


清野
確か甲本ヒロトさんも長崎の番組を?(「DJANGO BANGO DELUXE(ジャンゴバンゴデラックス)」土曜19:30~)


やきそば
よくご存じで、実はやっていらっしゃるんですよね。

清野
ずーっとやってらっしゃるんですよね。

やきそば
あんまり公にしていないですけれどね。実はやっているんですよね。

清野
僕もラジオの地方局出身ですけど。地方でやってもなかなか届かないみたいなところもありますからね。

やきそば
これでもね、ラジオが好きな人と話すと例えばレコード会社のプロモータさんとかラジオが好きなディレクターさんとかと話しているとけっこう聞いてますよ。

清野
そうですか?

やきそば
発掘してますね、番組を。例えば仮に福岡しかしゃべってないミュージシャンがいてその方のしゃべりを聞いて「この人しゃべりが上手いじゃん!」ってなったら「ちょっとゲストに・・」みたいな。いくらでも有り得るんで、夢が詰まってますよ。

あとね、このコンセプトがすごいなと思った番組が1個ありまいて「ドットーレ山口のドキドキラジオ'84」っていう番組なんですよ。
ドットーレ山口のドキドキラジオ'84 youtubeチャンネル


清野
どこのチャンネルなんですか?

やきそば
これ東海ラジオです。

清野
やっぱり東海ラジオはけっこういろいろありますね、伝統がありますしね。

やきそば
これね、最初タイトルを聞いたときに「なんだろう、これ?」と。まずドットーレ山口さんがどういう方なんだろう?と、でなぜ「84」なのか?と。いろいろと気になるじゃないですか?

それでちょっと調べたら、ドットーレ山口さんはまずお医者関係の方なんですね、まあ一般の方なんですけど。この「ドキドキラジオ'84」は何か?って言いますと実はドットーレさんが大の岡田有希子ファンなんですよ。

岡田有希子さんってまあ自殺しちゃった方なんですが、まあ大ファンがいっぱいいて。岡田有希子さんのことを絶対に忘れちゃいけないと。実はファンイベントも今までやってらっしゃる方なんですよ。岡田有希子さんのファンを集めて懐かしい曲を流すという。

それで岡田有希子さんを忘れさせないためのラジオをやりたいと。そこで実は岡田有希子さんが「ドキドキラジオ'84」っていう番組を名古屋でやっていたんですね、当時。

その音源を使わせてほしいというのを岡田有希子さんのご両親のところに何回も嘆願に行くわけですよ。なかなか最初はOKが出なかったんですけど、ついにOKが出まして。その音源を使った番組を作っているんですね、毎週。

清野
えっ、毎週!?じゃあ岡田有希子さんの声がそこで流れているんですか?

やきそば
まあ音源ですね、当時の。

清野
でもラジオの番組の音源ですよね?

やきそば
もちろん、もちろん。

清野
ということは、岡田さんの声も流れて?

やきそば
流れて、それでドットーレ山口さんの岡田さんに対する思い出とか。他のフリートークとかもいろいろあるんですけど、とりあえず岡田有希子さんファンが集まれる場所をということで作っているんですね。この熱意ってちょっとグッとくるじゃないですか?

清野
いや、すごい!他にないでしょうね。

やきそば
これ、ギャラクシー賞ですよ!

清野
そうですよね!いや思いますよ!

やきそば
そうなんですよ、そこなんですよ!

清野
こういう番組にやっぱりスポットを当ててほしいですよね。いやー僕だからね、やっぱり「賞」って別に「お前こだわってないって言ってる割りにこだわってるじゃねえか!」言われるかもしれないですけども(笑)

やっぱね、そのベストテンじゃなくてそのベストテンに入っていない「もうすぐベストテン」に入りそうな曲にやっぱりスポットライトを当てるというかね・・「あっ、こんな番組あったの!」っていうのにスポットライトを当ててほしいですよね。

やきそば
だから僕「本屋大賞」ってあるじゃないですか?僕はあれすごい好きで店員さんが選ぶっていう。

清野
書店が選ぶっていうやつですね。

やきそば
あれの「ラジオ大賞」をやりたいんですよね。

清野
リアルラジオ大賞!

やきそば
これ誰がどう選ぶか?っていうのがちょっと難しいところではあるんですけれども。例えば全国の本当に北海道から沖縄の番組それこそ15分番組から短い番組も全部含めた中からコンセプトだったり、内容だったり楽しさだとかだったりとかっていうのを全部含めて「これ!」っていうのを1つ出したいなと。

でもこれは大賞として1個決めるのが目的じゃなくて、そこにたくさんの作品がノミネートされることによっていろんな人が「あっ、こういう番組もあるんだ!」っていうことを認知してもらえたらいいかな?って思うのね。

清野
そうですよね「ああ、ドットーレ山口さんっていう方がいるんだ!」っていうね、それですよねえ。

やきそば
それだけね、番組って全国に眠っているんですよ。

清野
いやだから僕思うのはやっぱり・・何年か前にギャラクシー賞のパーソナリティ賞でね、FM沖縄の西向幸三さんっていう方が賞を取られたんですけれども。あれがねもう、僕が西向さんを存じあげているので・・局アナなんですよ。やっぱりすごい嬉しかったですね、彼が賞を取ったことが僕も。


やっぱり局アナの方が取ると、余計ミュージシャンとかタレントがとるよりも僕は立場が一緒だから・・今は違いますけど、なんかやっぱ嬉しいですよね。

やきそば
twitterでラジオのことをいっぱいツイートしてるんですけど、全国のいろんなラジオ局の面白い番組の話とかツイートしてるんですね。

それなぜか?っていうと、僕も地方局にいろいろ行っていろんな話を聞いていてわかるんですけど。一歩間違うと地方局の方ってスネちゃうんですよ。

清野
スネる?

やきそば
「どうせ他の人は聞いてないんでしょ?」みたいな。

清野
あー、分かる分かる!はいはいはいはい。

やきそば
なんかそのちょっとどんよりしたのって感じることが無きにしもあらずなんですよね。でもその中でもすっごいやる気がある人がいて、例えば鉄道の魅力を伝える番組とかが福岡のRKBラジオとかあったりするんですけど。

そういうのかって実は丁寧に作ってあって、これはぜひ全国の鉄道ファンに聞いてほしいなみたいなことになるとツイートしたりするんですよね。ひょっとしたらその関係者の方が見ているかもしれないじゃないですか?リサーチとかやっていて。

そのときにちょっとでも「あっ、聞いていてくれている人がいるんだ!」みたいなのを何か分かってくるとちょっとでもいいかなっていう・・本当に小っちゃいことなんですけれど。僕はラジオが好きな人がもっと「この番組面白いよ」っていうのをどんどん言って欲しいなっていうのはね、思いであるんですよ!

清野
これはもう、やきそばさんが主催して大賞を作るしかないですね。

やきそば
ねえ、やりたいですね。

清野
僕もお手伝いしますので。

やきそば
これで大賞が「真夜中のハーリー&レイス」が(笑)

清野
お前、自作自演じゃねえかよ!と(笑)

やきそば
出来レースじゃねえかって、ものが飛んできたりとかしてね。

清野
そんなことはしませんけれども、いやでもそういうがあると良いっすよね?

やきそば
本当にね、本当に眠っているんでやった方がいいと思いますね。

清野
そうなんですよ、ラジオやっている人間はすっごい励みを欲しがっていますので。あと裏方さんとかね。

やきそば
裏方さんで名物な方っていうのもいらっしゃいますもんね。

清野
ええ、だいたいどこにもいるじゃないですか?

やきそば
あと、音響効果の方とかね。

清野
放送作家さんとかね、いろいろ裏方さんとか。だから僕、安住さんとかの番組とかすごくいいなと思うのがエンディングで言うでしょ?クレジットを「あれ良いな!」と思って。

やきそば
あれ、愛があるんですよね。安住さんの番組(日曜天国)って聞いた話によると打ち合わせとか本当に綿密にやるみたいですね。だから何かね・・人間って手間が掛かっているものに対して「これって手間がかかっているな」っていうのを見抜く能力があるらしいんですよね。

「これは大変だぞ!」みたいなのを、だからできる限りそこを見せられるような番組もいいのかもしれないですけどね。「実はこの人すごくいっぱい調べているよね」とか。

清野
そうなんですよ、だからそれをスタッフ任せじゃなくてパーソナリティ自らそれをやらなきゃいけないっていうかね・・。

やきそば
だからね、さっきのradikoの話をいっぱいしてて、あれなんですけど。昔ね、西川貴教さんのオールナイトニッポンって、放送されている放送局を全部言うんですね。

清野
ネット局を?

やきそば
「この番組はSTVラジオ、青森放送・・」って全部言っていくんですよ。これは地方に住んでいる人間にとってめっちゃ嬉しいんですね。


清野
嬉しい、嬉しい。

やきそば
今だと「中島みゆきのオールナイトニッポン月イチ」っていう番組があるんですけど、そこは早朝3時から5時までの番組なので4時を回ると天気予報を言うんですよ。

そのときに放送局の所在地ごとに言うんですね。「今日のお天気です、STVラジオのある札幌のお天気は・・」「RCCラジオのある広島のお天気は・・」とかって。これが好評で地方で聞いている人間からすると「ああ、ちゃんと自分たちのことを分かってくれている」っていう。

清野
そうですよね、いやーキー局の鑑ですね。

やきそば
それをちゃんと言うっていうのが良いですよね。だからもっと渋いことを言うと、長崎だとNBCラジオってあるんですけど。佐賀局もあるんですよ。これは長崎放送の佐賀支局みたいなものなんですよ、言ってみれば。

だから単体のAM局はないんですよ。そこは「NBCラジオ佐賀」っていうんですけど、この「NBCラジオ佐賀」まで言ってくれると佐賀県の人は大喜びするわけですよ。


「あーっ、『佐賀』言ってくれた!」って。そこまでやると良いかな?って思うんですよ、だからそういうのをちゃんとやっていくみたいなのがいいかもしれないですね。

清野
あーっ、手間かけてやるのがやっぱりラジオですね。手間かけよう!この番組も手間をかけましょう。ちょっともう話が尽きませんけども、今度また。非常の今日は楽しい時間でございました。早速いろいろ取り入れて、またこの続きを我々の負けを上手く転がしていって再チャレンジに行きたいところですね。

やきそば
ちょっと上手く活かしたいですよね。

清野
だからまたギャラクシー賞もう1回出すか?もしくは、やきそばさんの作る「ラジオ大賞」に出品するか?

やきそば
そうですね、ちょっと大賞は難しいかもしれないけれど(笑)

清野
そんなわけでお時間でございます、ありがとうございました。

(了)

真夜中のハーリー&レイス 公式facebook



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