2016/02/28

大竹まことが語る「上岡龍太郎さんの凄さがそのときになってはじめて分かるの」

今回は2015年12月10日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
オープニングの一部を起こしたいと思います。


大竹
今日はね、ちょっとだけいろんなニュースがあったんで太田さんの方に移りたいと思うんですけども。太田さん、まずはじめは野坂昭如さんがお亡くなりになって。

太田
そうですね、85歳でお亡くなりになりました。まあ大竹さんもずいぶんお仕事でご一緒されたということですよね?

大竹
そうですね一緒になってるんですよね。まあね、いろんなお仕事されていて他でも野坂さんを偲んでいろんな曲をかけたりしている局もあったようです。

えーとあれだよね?この「♪文化放送 文化放送」っていうあれの・・

太田
はい、QRの歌「QRソング」を作詞したのが野坂昭如さん。日本の放送局で一番最初にステーションソングを作ったと言われているのが文化放送で、その作詞が野坂昭如さん。



あと「おもちゃのチャチャチャ」とかも作詞をされたのは野坂昭如さん。

大竹
まあ記憶に残っているのは直木賞をお取りになった「火垂るの墓」皆さんもお読みになっている方もいらっしゃると思いますが。

まあどんなお話だったかな?というね概略をちょっとだけ太田さんの方から朗読で読み上げてもらうことにしました。

太田
これ映画化されたときのとあるサイトからのあらすじです、ご紹介します。

”終戦近い神戸は連日B29の空襲に見舞われていた。幼い兄妹清太と節子は混乱の最中、母と別れ別れになった。清太が非常時の集合場所である国民学校へ駆けつけると母は既に危篤状態で間もなく息絶えてしまった。
家を焼け出された兄妹は遠縁にあたる未亡人宅に身を寄せた。しかし上手くいっていた共同生活も生活が苦しくなると、しこりが出てきた。
未亡人は学校へ行かず防火訓練にも参加しないでぶらぶら遊んでいる2人に対して不満をぶつけるようになった。清太は息苦しい毎日の生活が嫌になり、ある日節子を連れて未亡人の家を出た。
そして2人はわずかの家財道具をリアカーに積み、川辺の横穴壕に住み着いた。兄妹は水入らずで貧しくとも楽しい生活を送ることになった。
食料は川で獲れるタニシやフナ、電気もないので灯りには蛍を集めてビンに入れていた。
節子は幼心に母の死を知っており、蛍の墓を見ながら偲ぶのだった。しかし楽しい生活もつかの間やがて食料も尽き、清太は畑泥棒までやるようになった。
ある晩、清太は畑に忍び込んだところを見つかり、農家の男に散々殴られた挙げ句警察に突き出されてしまった。
すぐに釈放されたものの、幼い節子の身体は栄養失調のため日に日に弱っていった。清太は空襲に紛れて盗んだ野菜でスープを作り節子に飲ませたがあまり効果はなかった。
ある日、川辺でぐったりしていた節子を清太は医者に診せたが「薬では治らない、滋養を付けなさい」と言われただけだった。
昭和20年の夏、日本はようやく終戦を迎えた。清太らの父は海軍にいたが生還する望みは薄かった。
清太は銀行から下ろした金で食料を買い節子におかゆとスイカを食べさせるが、もはや口にする力もなくしていた。
節子は静かに息を引き取り、清太は1人になったが彼もまた駅で浮浪者とともにやがて来る死を待つだけだった。”

大竹
はい、まあ戦後すぐだね。終戦直後混乱した中で兄妹2人がたくましく生きていこうとするんだけども、まあ幼い分電灯もない洞穴みたいなところで生活をして、楽しくはあるんだけどどうしようもない生活の中、妹が亡くなると。

たしか何かドロップの缶か何か持っててね、ドロップの缶の中に・・

光浦
おはじき。

大竹
おはじきを飴だって舐めたりね、してたりするのがあって。光浦はこの本をなんとかどうにかしようと思ったことがあったんだって?

太田
今、少しご紹介したのはサイト「映画.com」のあらすじからお送りしたんですが。ご本を読まれた方、実際に映画をご覧になった方いろんな印象をお持ちだと思うんですけどね。

光浦
私は映画をテレビでやっててね、やっぱり家族で見てて見れんくてね。もう私はね、この「火垂るの墓」1本観るのに何年もかかりましたね。何分割もしてもうちょっとずつ観ましたね、映画を。

で野坂さんの本は確かね、国語の教科書にね、一部分・・中学だったか高校だったか載っててね、一部だったんですよ全部は載ってなかった。でもその一部読むだけで私はもうね、読めんくてね。

大竹
まあいま光浦、目がちょっと赤いですけれども。僕はね、これを脚本にして上岡龍太郎さんが朗読をなさって・・朗読じゃないんだよ!全部憶えて、暗記して舞台で語ったわけだ。

後ろに星空をバックにしてね、舞台にほんのちょっと斜を付けてね。斜めにして登場しながら上岡さんが朗読していくのよ!まあ時間にして40分か50分はあっただろうね。

もうね、ものすごいんだよ!クールで。人の心を打つっていうことはこういうことか!って思う。まあ文章もすごいんだけど上岡さんの立ち居振る舞いから
・・

そのなんていうの・・いかに対象を突き放してね、クールに人に届けるか。だから文章がもうビンビン伝わってくる!

その中で僕が思ったのは、この清太っていうのね。それで文章で言うと「清太」って読みやすいんだけど言葉にすると「せいた」ってすごい伝わりづらいのよ!

「清太は・・」って言うと。まあ「きよた」君とか他の読み方にすればいいんだけど元通りだったらやっぱり「せいた」って。

それをものすごい上手い「せいたは」っていうふうにビシッて切るとね、小学生ぐらいの男の子がズボンッと頭の中に浮かび上がってくるようなね。

それでこの脚本が、まあ上岡さんのスタッフが作ったんだけど。あまりにすごいから俺1部いただいて出来るかどうか分からないけど、しばらく温めてからやろうとしたんだよ。

・・もうね、最初の1ページで言葉詰まっちゃって出来ないのよ!俺、何回かやったんだよ。それでも出来ないんだよ!

それは何年か経ったあとなんだけどそのときにこの文章もすごいけど、それを伝えた上岡龍太郎さんの凄さがそのときになってはじめて分かるの!

(了)

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