コラムニスト・深澤真紀が語る「日本が導いたイスラム組織との和平合意」

2016/01/26

JICA ゴールデンラジオ モロ・イスラム 緒方貞子 深澤真紀 倉田真由美 大竹まこと

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今回は2015年11月24日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
「大竹紳士交遊録」深澤真紀さんの回を起こしたいと思います。


深澤真紀(以下、深澤)
まあパリのテロ以降、どうしてもテロとの戦いという威勢のよい響きだったりとか。イスラム教の偏見が話題になったりしてるんですけれども。

意外と知られていないイスラム組織との違った解決方法を模索しているケースがあって、しかもそれに日本が大きな役割を果たしていたっていう。これはけっこうご存知じゃない方が多いんですけど。

NHKの国際報道でも「フィリピン 日本が導いた和平合意」として紹介されて、私もフィリピンのNGOをしている知人に取材したんですけれどもどういうことか?っていうと・・

フィリピンにはミンダナオ島っていう大きな島があってだいたいマニラのあるルソンに次ぐ2番めに大きい島で、国土の3分の1くらい。ここはまあ14世紀にイスラム教が伝わって15世紀にはイスラム教の国もあったんですけど。

16世紀からスペインがバンバン来ちゃって植民地化されてキリスト教になっちゃったんですけど、今でもイスラム教の人がいて。この人たちが最初国を作りたいと。

倉田真由美(以下、倉田)
今でもイスラム教の人がいる?

深澤
多くはないんですけども、フィリピンって敬虔なカソリックの国っていうイメージが強いと思うんですけど元々は土着の宗教があって、そこからイスラムが来たりキリスト教が来たりして。

今はほとんどがキリスト教徒ですけど、ミンダナオの中にはイスラム教で独立したいっていう人たちがいて、これがなんと40年間に渡ってフィリピン政府と「モロ・イスラム解放戦線」って言って「モロ」はイスラム教徒のことなんですけど。

もうこの40年間の間に10数万人亡くなっているくらいの有名な紛争だったんですね。政府とイスラム武装組織の。

ところがこれがなんと40年ぶりにこの「モロ・イスラム組織」に対してフィリピン政府が自治権を認めたんです。さすがに独立は認めなかったんですけど。



自治権を認めようということで包括和平合意が結ばれたっていうことなんですね。もともと「モロ・イスラム」は本当に国家分離を要求していたんですけれども、さすがにそれはちょっと無理であると。

国家分離が無理なのであれば、イスラム教徒のとにかく自治区をちゃんと認めてほしいということで方向転換したっていうのもあるんですけど。

なかなかやっぱり和平って難しくて、じゃあどうして和平ができたのかな?っていうと当時JICA・国際協力機構の理事長だった緒方貞子さん、まあ国連でも有名な方ですけれども。

この方が非常に重要な役割を果たしていらっしゃいまして、2006年にミンダナオに行かれて「モロ・イスラム」のムラド議長と実際に会談をしているんですね。

このときすごかったのは、この時点で「開発支援の専門家を派遣します」っていうふうに緒方さんはおっしゃった。

どういうことかっていうと、日本はそれまで和平合意が結ばれたところの開発は支援してきたんです。安全ですからね、和平合意が結ばれる前に支援するのはやっぱり難しいんですね。

なんですけど「モロ・イスラム」に関してはこれは和平合意の前に支援をした方が人々の生活が安定する、だから先に支援しましょうっていうことで。

太田英明アナ(以下、太田)
これは紛争当事者に支援を約束するっていう?これは異例のケースですよね。

深澤
そうですそうです、異例ですよね。普通はこの人たちをやっつけようじゃないですけど、ただかなりポテンシャルも高いし歴史的にもイスラム教徒の人たちなので彼らの権利を守ろうということで。

ところがその緒方さんが約束してから更に2008年にフィリピンと「モロ・イスラム」の戦闘が悪化したりして他の国の援助者たちは引き上げたんですけど緒方さんは逆に要員を増やした。

紛争が悪くなっても私たちは逃げませんよと。「ここを一緒に乗り切りますよ」ということでそれで「モロ・イスラム」の議長の信頼を激しく得てですね、日本は撤退しないでくれたということで。内戦状態なのに産業の育成を日本がやりまして・・

倉田
内戦状態なのにそこに行った日本人たちがいるってことですか?

深澤
そうです、JICAの人たちが行ったんです。これ意外と知らないでしょ?

しかもその「モロ・イスラム」というイスラム側の産業の育成をしてあげて、例えば魚の養殖場を作ってあげたりとか。

そうすると魚の養殖場ってやっぱり安定して魚が獲れるのでこれがビジネスになってだんだん安定してきたりっていうことになったりしたもんですから

2011年にはアキノ大統領とフィリピンの、「モロ・イスラム」のムラド議長
が初めてトップ会談をすることになってこの場所が日本だったんです。つまり第三国じゃないとこういう話し合いってできないんですけど。

これもう完全に極秘でフィリピンの人たちも知らないし、日本の政府もごく少数しか知らない大変な極秘の会談が行われて

これが和平合意の転機となって「日本がとにかく仲介してくれたのでアキノ大統領に会うことにしました」っていうふうに「モロ・イスラム」の方も言ってるしアキノ大統領も「日本が間に入ってくれたから」っていうことを言っていて

まあ緒方さんはどうしてミンダナオにそんなにこだわったか?というと、ミンダナオってやっぱり第二次世界大戦のときにけっこう日本軍はその戦争の戦場にしたところのひとつですよね?

太田
これ小野田さんがいたところじゃないですか?

深澤
そうだと思いますね。フィリピンはそういうような日本兵がたくさんいたところなのでつまり日本はフィリピンの復興に責任があると。

しかも日本はアジアの中で唯一世界的な発展を遂げたのだからアジアの中でそれを進めるべきであろうっていうふうに緒方さんは思われて、紛争中であっても「モロ・イスラム」を支援しながら信頼を勝ち得てきたということで。

それがために2014年にはとにかく自治権を認めようということでフィリピン政府もやっぱりかなり譲歩した。

「モロ・イスラム」を国じゃなくてもいい自治権を認めてくれればいいっていうことで、他にも教育を与えたりして2015年には中学校を作ったり。もう40年前の紛争で壊れて以来学校がなかったりとか。

あとまあJICAとは関係ないんですけど個人的にミンダナオに行って、この方は児童書の編集者の方の松井トモさんって方なんですけど。10年以上ミンダナオで寄宿舎を作って避難している子どもたちを育てたりっていうことで。

かなり日本人がミンダナオのこの件に関しては非常に信頼を得ていているんですね。ただもちろんそんな簡単にやっぱり40年続いてきた紛争なので

簡単には和平合意は締結されたんですけど、今年もやっぱりどうしても偶発的に、そうは言っても下々の人たちには伝わりきらないんですよ。

なかなか伝わらないんで、またちょっと戦争が起こったりとかもしているんですけど。ムラド議長の方はとにかく17年間和平交渉が実は水面下で行われていたので、なんとか頑張るというようなことを言っていて。

トップ同士は和平を続けるというようなことを言っていて。とにかく来年には「モロ・イスラム」が自治政府を作りましょうっていうことで、今年に入ってからも武装解除に着手する式典っていうのをやって。

それはどういうことか?っていうと、ゲリラ兵が1万人いるんですけど。そのうち150人ぐらいが銃を返上するとかそれを各地でやりましょうよということをやっていて。

もちろん全然パリのテロとは背景も全然違うんですけど、これかなり第3の方法というか、やり方としてはこういう考え方もあるんですよね。

太田
これあの紛争の当事者である「モロ・イスラム解放戦線」にJICAが支援するっていうことは相当フィリピン政府は反発したんじゃないんですか?

深澤
もちろんフィリピン政府の合意を得ているんです。フィリピン政府としてももう疲弊していて・・

太田
なるほど、解決の手段としてとっかかりとしてそういうことがあったと。

深澤
もちろんですね、それはもうその自治権を認めても良いと。でも「モロ・イスラム」はもしかしたら国として分離したいんじゃないか?だから自治権を認めるためにはそういう・・

太田
まあ生活の基盤が安定しなきゃいけないっていうこともフィリピン政府が理解して?

深澤
もちろんです。フィリピン政府のバックアップがなかったらJICAは勝手なことはできないので。

ただフィリピン政府がそれを言っても「モロ・イスラム」は信用しないですから、そこに第三国として日本が入ったっていうことなんですよね。

大竹まこと(以下、大竹)
このあと逆に「モロ・イスラム」みたいなところにもっと原理主義というか過激なものがそこに入ってくるようなことはないんですか?

深澤
あっ、ありました。40年間の間には「モロ・イスラム」だけではなくてアルカイダ系の組織も入ってきました。

ただこれはフィリピン政府が完全に武力制圧したんですね。ただ「モロ・イスラム」に関して言うと土着っていうことなので、完全に武力制圧していいというふうにフィリピンも思っていなかったんですね。

だからその辺はフィリピン自体が歴史に翻弄された国なので、やっぱり絶対的な正義を持っている国ではないですよね。

わりと寛容なカソリックのほうなのでどこかで彼らを認めたいという気持ちがあった。ただやっぱり40年間の間に端本等にいろんなイスラム組織があってアルカイダがやっぱりそこで勢力を広げようとしたり

「モロ・イスラム」もアルカイダ系と手を組んだりしたこともあったんですけど、「モロ・イスラム」の中でもアルカイダと手を組むのは違うっていう声があったり、まあとにかくいろんなことがあったらしいんですけれども。

大竹
あれはどうなんですか?逆になんかフィリピンはアメリカと上手くやっているじゃないですか?そういう意味ではアメリカからの要請とかみたいなのはないんですか?

深澤
ですから、アメリカがアルカイダ系を制圧してくれたんです。これに関していうとフィリピン政府もアルカイダ系は制圧して下さいっていうことで「モロ・イスラム」に関しては完全制圧をすべきかどうかはフィリピン人なので難しいって言って。

大竹
よくそれが上手く分けられるみたいな・・難しいね。

深澤
そうなんですけど、もちろん完全には分けてないと思うんですけれども。やっぱりもともとフィリピンの土着の人たちと外から来る人たちちょっと分けてそれぞれの組織が違いますし、いるところが違うのでそこは40年の間にいろいろなことがあったみたいです。

フィリピンはとにかくいい意味で他の国の力を使うのが上手な国なんですね。そういう意味ではアメリカにも頼り日本にも頼りだけどフィリピン人なので完全制圧することはやっぱりやめたいっていうことが大きな動機の1つだったそうなんです。

ですから、実はこういうことが大小問わず各地で行われているのも事実なんですね。アジア系ってやっぱり本当にいろんな国に植民地化されたりとかしているので絶対的な正義を必ずしも希求していないので・・

例えばインドなんかも世界で1番テロが多いんですけど、これも武力と和平と同盟とかをしながら少しずつ弱体させるとか

けっこういろんなテロとの戦い方の方法論を持っている国っているのが各地にあるんですよね。アジアとかアフリカとか。そのケースがやっぱり私たちはあまり知らないので。

倉田
そうですね、極端にどっちかっていう話ばっかりになっちゃってね。

太田
第三者的な立場にあるものとか組織とかってすごく重要ですよね?

深澤
それは本当ね、日本はそれができるのでこれこそ最も「積極的平和主義」じゃないですか!「共に我々も先進国としてテロと戦う」とかっていってもあまり日本って役に立たないと思うので。

やっぱりこういうJICA的なかたちで国際社会に貢献していくほうがよっぽどいい。実際に実績があるわけですしね。でも日本人がこれを知らないわけだから。

倉田
たいへんな実績ですよね?

深澤
こういうことをもう少し選択肢として私たちは知っておかなければいけないし、考えないといけないっていうことだと。

大竹
ここで取った日本の道がいろんなことに関わっていく、日本のこれから世界と付き合っていく方法かもしれないもんね。

深澤
結果的には経済的にもプラスになるので、そうするとフィリピンでビジネスができるとか。必ずしも単なるボランティアではないんですね。

経済的にもメリットがあることなので本当にJICAとかNPOとかNGOとか日本はすごく優れたことをやっている方が多いのでもっとそこに力を入れて行きたいなと今回のことで改めて思いました。

(了)

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