2015/10/13

講釈師・神田松之丞が語る「江戸の町人たちにとって怪談噺というのはこういう意味があるんだよ」

今回は2015年7月12日配信『渋谷らくごポッドキャスト「まくら」』
【神田松之丞さんのまくら】を起こしたいと思います。


前回の
講談師・神田松之丞が語る「相撲の話やる前に鰻屋の話行っていいですかね」
続きになります


サンキュータツオ(以下、タツオ)
まずはすごく面白い肩の強さを観ていただいたんですけれども、続いてやっぱり聞いていただきたいのがこの松之丞さんの多面性という意味でこの翌日です。

「谷風の情相撲」まあこの日のまくらは鰻屋の大将、みんなが神みたいなふうに思ってる人とその幻影がどこまであるのか?みたいなのをちょっと昔の谷風っていうお相撲さんの噺を引っかけているのだと無理矢理解釈していましたけど。

この翌日ですよ、7月13日。これは平日の6時から7時の回。神田松之丞さんと橘家文左衛門師匠との「ふたりらくご」というね1時間の短い公演なんですけど。力のある人の激突を観ていただこうという平日の夕方の回。

こちらの方ではですね、こんなお話をしてくれています。この場合は語り手・神田松之丞としてのちょっと怪談噺をするんですけど。怪談とはどういうものだったのか?そして作った人がどういう感じなのか?っていうところをまあ惹き込むような語りで聞かせてくれてます。それではこちらの方を聞いて下さい、どうぞ。

神田松之丞
えー、一席申し上げたいと思いますけどもね。もうあの楽屋が緊張感走ってるんですよ。文左衛門師匠いらっしゃいますからね。もちろん文左衛門師匠はね、僕に優しくしてくれるんですよ。

ニコニコニコニコしてましてね、でもニコニコニコニコすればするほど怖いですね。すごい怖さを感じてね、僕に威圧感を与えないようにすごい師匠は優しいですからやっていただきまして。



であの・・今「勉強させていただきます」って言ったら、文左衛門師匠優しい言葉書けていただきまして、「アハハハ、時間気にしなくていいよ」って言ってるんですけど、その目は笑ってないっていうか・・足の震え止まらないなみたいなのあるんですけどもね。

でもありがとうございます。「ふたりらくご」ということで私は講釈なんですけどね。2人でやる会という文左衛門師匠と一緒にやらせていただくというのはこれは光栄でしてね、何しろ昨日も私はやってたんですよ。

昨日も「谷風の情相撲」つってね、うわーっ!っていうなんかこう盛り上げるような噺やってたんです。でもあれは僕の真の姿じゃないんですよ。

今日は私がやる講談これこそが私の真の醍醐味だなと・・・反応がないとひとりごと言ってるみたいになりますけども(笑)

まあそういうことでね、頑張っていこうかななんて思うんですけれどもね。この「渋谷らくご」面白いのはあれですね、最初にトークがあるパターン、前にトークがあって終わった後に感想を言うトークみたいなとかいろいろあるんですよ。

この僕の中で「フルセット」って呼んでるものがありまして、そのまずトークゲストいるっていう設定があるんですね。これがまずいいじゃないですか。あとタツオさん来てるってこれも大事なんですよ、僕の中で。

で、もう1つそのトークゲストが可愛い子ちゃんっていうのがいいんですよ。「今日は初めて落語聞くみたいだけど、どういう気持ちかな?」「なんか全然分からないんですけど、すごいすごい楽しみにゃ」みたいなやつが(笑)

「あいつに届くのか?果たして!」と、そういう。で終わった後も「どうだった?初めての落語」「なんか全然敷居とか高くないんだなって私もこれから来たいと思います」0点でしょ、コメント?(笑)

そういうのがありますよね、だからこの前、僕もそういう解説みたいなので出たんです。これやりにくいんですよ!芸人が芸人を解説するというのはね。だいたい後輩ですから僕は。ほとんど先輩の前で評をするという。

いやーやりにくかったですんね、生志師匠が特にやりにくかったですよ。だから生志師匠が良いとか悪いとか一切言わなかったですね。僕が立川流の思い出だけしか言ってないです。

なんかそんなようなのがありますよ。僕も適当な某イラストレーターみたいな感じで出たかったですよ。なんか芸人じゃなくてね、カタカナのみたいな名前付けてるやつで・・・僕はなんで「シブラク」のゲストに文句言い出しているんですかね(笑)

いろんなことを思いますけれども、今日は私がやるお噺というのは怪談噺を申し上げようかななんてことを思いましてね。あり得ないんです。

だいたい開口一番って空気を作るところですから、文左衛門師匠がただただやりにくくなるんですよ。滑稽味がね、開口一番でうわーっ!ってやってね、「たーにかーぜー!」とか言ってうわーっ!てお客さんを陽気にして文左衛門師匠到着でいい感じなんですけど。

今日は嫌がらせのようにですね、怪談噺をしようかなというね。この怪談噺というのも面白いものでして、これは江戸時代にたいへん流行ったらしいですね。今も怪談というのは有名ですが江戸時代特に流行った。

なぜ流行ったか?というとですね、この幽霊とかお化けとかいうものがある種、町人にとってたいへんに大事なものだったようでしてね。

私言われたんですよ、うちの師匠の神田松鯉。神田家の宗家、齢73にね。「松之丞、怪談噺というのは江戸の町人にとってどういうものか知ってるか?」こう言われたんです。

知るわけないじゃないですか!知ってますか、皆さん?知るわけないんですよ!で「知らないです」と答えたら、そこでうちの師匠が「実は江戸の町人たちにとって怪談噺というのはこういう意味があるんだ」ってパーンって教えてくれたんです!

私それを聞いた瞬間「ああ、そうだったのか!」とものすごい納得して感動したのを憶えているんですよ。ものすごい納得して感動したんですけど、何に感動したのか忘れてんですよ。

いろいろ調べて「何に感動したのかな?」と思ったら、うちの師匠が言ってた言葉というのが実はその怪談というのは当時、士農工商で身分制度がすごかったですから町人たちが侍に刃向かう唯一の手段がお化けになって戦う敷かなかったらしいですね。

それぐらい侍というのが怖かった。ですから、そういう人間の心の模様を描いているのが怪談で言わば怪談噺の幽霊というのは町人のヒーローだった。自分たちができない仇討ちをしてくれるヒーローであったと、それが怪談噺なんだそうでございますよ。

・・・・すげえ微妙な空気になっちゃいましたけど(笑)「講談を聞くとタメになる、落語を聞くとダメになる」というこれよく言われる言葉なんですけど、私本気でそれを思ってます。

でこの怪談噺、そういうものでございましてね。いろんな怪談噺もできる方法というのもあるんですけどもね。今日は何をやろうかな?なんてことを迷うんですが、三遊亭圓朝作の物語をやってみようかなと思っております。

まあ圓朝という人は百年前の落語家なんでございますけれども。これがたいへんに優秀な落語だったようなでございます。本当に優秀で、あんまり優秀すぎると疎まれるんだそうでしてね。

それはなんでもそうですよ、先輩や後輩こういうものにもう疎まれる。若いころ圓朝が寄席でトリをとりました。これ嫌がらせのようにですね、前で全部圓朝の得意なものを先輩・後輩がやり尽くしたらしいですよ。

皆さんご存じかどうか分かりませんが、寄席というのは決して同じネタをやってはいけない。また似たような噺もやってはいけない。若き真打ちがトリをとる場合は「あいつはこういうネタが得意だから、これは避けてやろう」というチームプレーがあるんです。

ところが圓朝上手いですから、みんなに疎まれているので嫌がらせのように先輩・後輩が前でズラーッと圓朝の得意なものをやっちゃった。だから圓朝やるネタがなかったんですよ。

何しろこのエピソードがすごいというのは、ただ先輩・後輩だけがやったんじゃないんです。圓朝の師匠の四代目 圓生も嫌がらせに荷担をしていたという。すごい世界ですね。

さあ圓朝考えますよ、普通の人であるならば「こんなことをしやがって!」とただケンカになるだけだと思うんですが圓朝ってのは才能が違いますから。「よし、それじゃあ誰もやらない噺をやってやろう」とこう決意をいたします。

つまり新作、自分で噺を作ってやれば他の者に邪魔をされることはないであろうと。嫌がらせからこの三遊亭圓朝は膨大な新作を作っていく。

まあいろんなところから物語を借りたはしておりますが、「死神」であるとか「芝浜」であるとか「鰍沢」「文七元結」「牡丹灯籠」「乳房榎」「札所の霊験」いろんなありとあらゆるネタを作ってゆく、そして名作「真景累ヶ淵」まで作ります。

この「真景累ヶ淵」というのはどういうお噺か?といいますと、ここが圓朝というのが如何に才能があったかというのが分かるんですが、当時この明治それから少し前くらいというのは神経の病というのがたいへんに流行ったんだそうです。

「そりゃ神経の病だよ」「神経の病ですよ」といわゆる精神の病がたいへんに明治に流行った。圓朝はこれを採り入れるんですね。

「ああ、こりゃ面白い。いま世俗では幽霊お化けなんぞというものがまだまだ信じられてはいるが、所詮は幽霊お化けなんどというものは自分の心の内が作り出すもの。まさに『神経』が作り出すものである」

「本当の幽霊お化けなんぞがこの世にいるわけがない。真に怖いのは人間の心の内である。心の恐れ、畏怖、恐怖、そういうものが幽霊を作り出すのだ。真に怖いのは自分自身の心にあると思いを乗せまして」「真景累ヶ淵」数十時間に及ぶ大作でございます。

このとき圓朝が作った年齢がすごい。なんと「真景累ヶ淵」を圓朝が作ったときの年齢がわずか21でございました。さあ今日は私が申し上げますのがこの「真景累ヶ淵」たいへんに長いお噺の序開き「宗悦殺し」という・・

これ落語家さんがやりますと50分がかかるネタなんですが、私はギュッと詰めて15分でやってみたいと思います。そういうわけでね、一席申し上げたいと思いますが。

タツオ
いや、聞いてみたくなったでしょ、これ?これは聞いてみたくなりますよね。まあ松之丞さん、このほかにも例えば珍しい噺をするときにち「珍品の噺はどうやって継承されるのか?」みたいな話であるとかですね。

それこそ前の人の、上がった人とのエピソードであるとか本当に変幻自在なまくらで自分の噺に惹き込むという力量がございます。この日は三遊亭圓朝師匠が作った「宗悦殺し」をやったわけで・・

このあとに上がる橘家文左衛門師匠がそれを受けて同じ三遊亭圓朝が作った「文七元結」というね、冬のお噺なんですけど。プチ圓朝まつりということで、同じ作者による別の噺というのを落語でやると、またなんかこう乙な演出じゃないですか!

それを引き出しのも松之丞さんだったのかな?という。怪談がなぜ江戸の時代の人たちにとってどういう意味合いのものだったのか?なんていうのも非常に面白いお話でこういったお話も出てくる松之丞さん、奥深いですよ!

なのでできれば「渋谷らくご」に出る松之丞は一席たりとも欠かしていただきたくないかな?というところなんですが。


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(了)

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