2015/02/28

ダイノジ・大谷ノブ彦が語る「マーヴィン・ゲイ『What's Going On』は自分のお父さんに向けて歌っている」

今回は2015年1月6日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!その3」大谷レコメンド
起こしたいと思います。


大谷ノブ彦(以下、大谷)
今日はですね、マーヴィン・ゲイの「What's Going On」でございます。
あの昨日ですね私はあの・・レギュラーで「WOWOWぷらすと」
というネットの番組の司会をマキタくんとかと交互にやってるんですけど

「WOWOWぷらすと」昨日はマーヴィン・ゲイの特集で
ちょっと出演してみたんですけどですね、2時間語ってですね・・

この「What's Going On」キャリアでいうと
半分ちょっと手前ぐらいまでしか語れなかった(笑)
それぐらいマーヴィン・ゲイって・・

それを今から6分で語れ・・無理です(笑)
無理ですけど、このマーヴィン・ゲイという人は本当に語り甲斐のある
そして今日の話に続くんですね、国境を越えて愛された歌

これにもすごく通ずるんで、やっぱりどうしても
その熱のままちょっと紹介したいなと思います。

マーヴィン・ゲイはですね、1939年4月2日に生まれて
1984年の4月1日、つまり自分の45回目の誕生日の1日前に亡くなります。

牧師の息子さんなんですね、ところがこのお父さんがですね・・
非常にマーヴィン・ゲイにだけ厳しいんです。
虐待、虐待、虐待の毎日です。

何故か?まあマーヴィン・ゲイ非常にスラッと男前で
しかも歌も上手くてスポーツ万能。
けっこうそれをお父さんが何故か男として嫉妬しちゃうんですね。

このときのトラウマがマーヴィン・ゲイの背中に
ずっとこの十字架として背負っちゃうんですね。
まさに十字架です・・牧師。

しかもそれに向かってですね、これがろくでなしの親父だったらですね。
反抗は反抗で出来るんですけど、牧師さんなんですよ。
地元で愛されてるんですよ。

尊敬されているこの複雑なアンビバレントな環境が
マーヴィン・ゲイの複雑な性格を生んだと言われております。

2015/02/25

ダイノジ・大谷ノブ彦が語る「『りぼん』を歌うTHEポッシボー(チャオ ベッラ チンクエッティ)というグループがいるというだけで日本の文化が豊かなんじゃないかな」

今回は2014年12月22日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!」その3「大谷レコメンド」
起こしたいと思います。

追記:
THEポッシボーは、チャオベッラチンクエッティと改名されましたが、放送当時のまま「THEポッシボー」と表記させていただいています。

大谷
今日紹介するのはTHEポッシボーというアイドルグループですね。
THEポッシボーというアイドルグループのアルバム「1116」


これ実はポッシボーというアイドルグループはですね、
もう動員がグワーンとどんどんどんどん落ちてですね
100人切ってしまった。

一時期は100人を切ってしまったんですが、
V字回復奇跡を起こしまして、2014年の11月16日
これが「1116」ですね。

中野サンプラザ公演を成功させたというね、
今あのいわゆる絶体絶命まで落ち込んでいった
いわゆる彼女たちは出自がハロプロエッグっていうところから出て来て

グループの中に入れなかったみたいなところもあるんですかね?
モーニング娘。とかにはなってない言ってみたら
アイドルの中でも1つちょっと落ちこぼれたところからV字回復

だから歌詞も非常にメッセージ性がすごく強い・・逆転の1発?
なんか俺たちのアイドル!っていう感じがしてね、
そこにグッと来ている人も非常に多いということなんでございますが。

その「1116」の不思議な一曲目「りぼん」という曲
これが衝撃でしたね。
アイドルソングでこういう歌あるんだっていう旋律はすごく美しい歌なんですけど。

2015/02/22

映画監督・村上賢司が語る「『秘宝館』は女性のために作られていた」

今回は2014年12月23日放送「荻上チキ Session-22」
「セッション袋とじ 村上賢司『秘宝館の時代』」
起こしたいと思います。


南部
では、村上さんのプロフィールを紹介させて頂きたいと思います。
村上賢司さんは1970年生まれ、群馬県のご出身です。

16歳から映像作品を作り始めセルフドキュメンタリー映画「夏に生れる」で
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞なさいます。
ロッテルダム国際映画祭、東京国際映画祭で招待上映されました。

その後、映画作品として「細菌列島」「ゾンビデオ」などを監督
また『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』などのドキュメンタリー番組や

独自のサブカルチャーに着目した「工場萌えな日々」「デコチャリ野郎」
「ラブホテルコレクション」などの映像作品や書籍を精力的に発表し続けています。

また全編8mmフィルムで撮影された最新映画「オトヲカル」は、
山形国際ドキュメンタリー映画祭スカパー!IDEHA賞を受賞されるなど
映画界の鬼才として注目されています。

村上
何者だか全然分からないですよね。
もう意味が不明ですね(笑)

荻上
すごいですね、とにかく「ああ、なるほどこのポイントなんだ!」っていうような
ポイントを突いているなというのはよく分かりました。

というわけで、映像作品いろいろな種類撮ってますけれども
何に萌えながら映像を作ってるんですか?村上さんは。

村上
何に萌えながら?・・映像って伝えるっていうことも大事だと思うんですけど
もう1つはやっぱり記録に残すっていうのが大事だと思うんですね。

やっぱり後生にそういうものがあったっていうものを
残すっていうのが大事だと思いまして、

特にサブカルチャーに注目したっていう部分の「ラブホテルコレクション」だとか
あと今回ご紹介して頂く秘宝館のものっていうのは
もう明日にでもなくなってしまうようなもの・・

もうほとんどなくなってるものもあるんですけど・・ものばかりです。
ラブホテルなんかは特に昭和の時代に作られた回転ベッドがあるだとか
そういう豪華なラブホテルすごいデザイン的に凝っているラブホテルだけを集めたものなので

それがもう明日にでもなくなってしまうようなものを慌てて撮ってる
っていうような状況で。

荻上
ラブホテルってね、その例えば検査があるらしいというとガラリと変えちゃったりとか
時代ごとにもうどんどん内装って変わっていくじゃないですか?
時期ごとのトレンドってそのときしか撮れないですからね。

村上
それか、かろうじて残っているものを情報で調べて撮っているという感じですね。

荻上
面白いって感じるものをとにかくビデオで追い回すっていうことになるわけですね。
そんな中で今日は秘宝館、秘宝館もまた熱いテーマでですけど、
何故秘宝館なんですか?

村上
あのー、1970年生まれっていうことになると
深夜番組がすごく華やかなころじゃないですか?

南部
私、岩手なんですけど2局しか無かったんですよ。残念ながら。
ただ後でいろんな伝説や噂を聞き、
ちょっとアップデート出来る部分はしているっていう感じです。

村上
関東なんで、「11PM」とか「トゥナイト」とか見てて、
マセたガキだったのでそういうのを見てたわけですよ。
でそういうところで秘宝館っていうものは知ってたんですけど。

まあ撮り始めたっていうのはさっきの話じゃないですけど、
「元祖国際秘宝館」日本で最初の秘宝館っていうのは閉館になったっていうことを
聞いたときに映像ではほとんど残されてないんですよね。

それは知っていたので、これはもう壊される前に慌てて撮らなくちゃいけないか!
っていうことで現地に連絡をして撮り始めて、

ただそれは反響がすごく多くて
これは撮り溜めなくちゃいけないっていうふうに思って
撮ってるという感じです。

荻上
今日は秘宝館の話を後ほどたっぷりと。

南部
世代によっては分からないっていう人もいると思うんですよね。

荻上
行ったことないっていう人も多いでしょうからね。

南部
私、行ったことないんですよ。

荻上
あっ、私もです。

南部
行く直前まではあるんですけど。

村上
一番ダメ!そういうの。

南部
入口まで行って結局「熱川バナナワニ園」を選んでしまったっていう・・

村上
ああダメですね、あの時行けば良かったな!っていうのが一番ダメですよ!

荻上
子どものころとかは、秘宝館に行くと
エッチなことが出来るんだっていうように思ってました。

村上
半分当たりです。

南部
あの・・スカートがフワーッて風でまくり上がるっていう話は
みらうじゅんさんに聞いたことがあります。

村上
まさしくそれが秘宝館の一番典型的な展示物です。

荻上
今日はね、秘宝館は今どうなっているのか?
これから伺って行きたいと思います。

2015/02/15

登山家・栗城史多が語る「楽しくなかったら下山しろ」

今回は2014年12月1日放送「大竹まことゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」栗城史多さんの回
起こしたいと思います。


阿川
本日のお客様をご紹介いたします。
1982年のお生まれ北海道のご出身で現在32歳でいらっしゃいます。

8千メートル級の山岳登山の様子をインターネットで全世界に生中継をするという
独特の登山の仕方をしていらっしゃって、
時には号泣しながら自分の弱さをさらけ出す姿に大きな注目が集まりました。

2012年エベレスト挑戦中に凍傷で手の指9本の第2関節から先を失われました。
約2年の治療とリハビリの末、復活し今年7月には世界第12位の高さを誇る
ブロードピーク登頂に成功されました。

本日のお客様、登山家の栗城史多さんです。
どうもお久しぶりです。

栗城
どうも、お久しぶりです。

大竹
ようこそ、いらっしゃいました。

阿川
凍傷になられる前にテレビの番組でインタビューして
「危ないんだからさあ」みたいな話をしてたら、
その後ニュースで大変な凍傷をされたっていうふうにちょっと・・

栗城
2012年の秋のエベレストで両手と足と、あと鼻も凍傷になりまして・・

阿川
鼻はその赤いのは?

栗城
ちょっとまだ残ってるんですよね。
8,070メートル地点のところで強風でもう下山を決意したんですけれども
その下山中に両手と両足があっという間に凍傷になりまして

阿川
あっという間なんですか?

栗城
手の感覚自体はだんだん無くなっていくんですけれども
もう本当に1日ぐらいで

阿川
でもそれ予防・・「あっ、来たぞ」みたいなので
なんとか止めることは出来ないものなんですか?

栗城
一応、保温はきちんとやってはいるんですよね。
それでもよくヒマラヤの先輩方も指なくしてる人も多いんですけど。

あれは何故なるかって言うと?人間の体の中で一番酸素が必要な場所は脳なので、
酸素は1/3で気温がマイナス35度で風速30メートルの風が吹くと
体感温度はマイナス55度くらいになるんですよ。

すると脳の方に酸素を行かせなきゃいけないので、
指先の方とかから・・

阿川
体が「みんな酸素行けーっ!」って号令する?

栗城
そうです、それで細胞が閉じていくっていうふうに言われてますね。

2015/02/10

ダイノジ・大谷ノブ彦が語る「長渕剛っていう人のフィルターを通したら完全なるオリジナルになってしまうというこの妙!」

今回は2014年12月3日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス」その3・大谷レコメンド
起こしたいと思います。


大谷ノブ彦(以下、大谷)
さあ美味しいものの紹介が終わったところで
いつも音楽を1曲、私が毎日グッドソングを選んでお送りする
「大谷レコメンド」のタイムでございますが。

毎週水曜日はあなたからのリクエストということで
先週、リクエストで長渕剛さんの曲を1曲レコメンドしてくれませんか?
ということで1週間考えて悩みに悩んだんですけどね。

良い曲が多すぎましてですね、例えばこれハガキをいただいております。
40歳の方です、ハガキっていうのが有り難いですね。
お年玉ハガキでございますけれど。

ハガキ
紅白歌合戦の発表があった放送のときに長渕ネタが紹介され
曲を掛けていただくことを約束してくれましたが、
お願いしたからには普段あまり掛けてもらえない名曲を

大谷さんには聴いてもらいたくリクエストします。
この曲は先日お亡くなりなった菅原文太さんが出演されていた
「北の国から」の放送回で流れていた曲でございます。

長渕さんが若かりし頃に実際に会った
実在する人物を基に作られたこの曲です。

大谷
ということで「西新宿の親父の唄」でございますね。
これは名曲でございます「やるしか今しかねえ」って
「北の国から」でもね、「ながみぞつよしだー」なんてことを言ってました。


長渕剛 西新宿の親父の唄 投稿者 maruimarui2121

実際に西新宿でおそらく長渕さんが通っていたお店なんでしょうか?
まあフィクションかノンフィクションか分かりませんけど、
おそらくそれに近い経験、モデルにあるようなエピソードはあると思います。

2015/02/06

嘉門達夫が語る「阪神大震災のときは、被災地に歌いに行ったときに『こんなん言うてええんかな?』ってやってみたら、『よう言うてくれた!そうやねん!』って」

今回は2014年12月3日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!」その3を起こしたいと思います。



大谷
3時のあたまいつもグッドミュージックを聞いていただいて
ちょっと一息入れようという時間なんですけど、
今日はせっかく嘉門さんいらっしゃっていただいておりますので

ここで1曲歌っていただけるってことで・・
あっ、CDを掛けるという形でってことで、分かりました。
えーとこの曲は「希望のマーチ」これはどんな曲なんでしょうか?

嘉門
これは東日本大震災のチャリティシングルで
なんかまあそのときに作ったんですけども。

あういうときこそ子どもからお年寄りまでがみんなが前向きになって
楽しく歌える、あるいは演奏できるそんな歌があった方がええんじゃないか?
ということで作ったんですね。

大谷
嘉門さんでも2011年の5月だから、もうあってすぐ・・

嘉門
5月に作ったんかな?リリースやったっけ?

大谷
いやだって、それすぐじゃないですか?

嘉門
すぐやったんですよ。
で、ブラスバンドで演奏できるように愛媛県の中学校の先生が
17パートの楽譜に全部起こしてくれて、

楽譜とかはいろんなところの吹奏楽部・ブラスバンドに配って
その被災地には行けないけれども四国の中学生が演奏することによって
なんか被災地への思いを伝えたり、だからそんな感じの活動になっております。

大谷
あのー、今もそういう復興支援活動っていうのをやられてて?

嘉門
そうですね、何度も足も運んでおりますが

大谷
僕もあのイベントとかで大船渡とかもちろん石巻も行ってるんですけれども。
あのー、亘理町(わたりちょう)っていうところでは
「みんなの祭り 無礼講」というイベントをやったりとか

嘉門
そうそう、これは今年は陸前高田も行きましたしね。

大谷
僕、不勉強で知らなかったんですけど。
1995年阪神大震災、今から20年前ですか?
そのときにも500万円の義援金と自宅を売却して?

嘉門
これちょっとまあ・・だいぶ尾ひれ付いてるんですけれども(笑)

大谷
まあでもかなりその・・1人の個人が出来るとしたら
けっこう限界な感じの・・。

嘉門
あのときは神戸に泊まってたんですよ、ホテルオークラの27階に。
めちゃくちゃ揺れて、で1日お世話になって。次の日船で淡路島経由で
関空から東京に帰ってきて、なんか自分だけ逃げてきたような感じになって

ちょうど泉谷さんがオールナイトニッポンで震災特番やってて
「被災したやつ電話してこい!」って言うから俺電話して
で「何か一緒にやらせて下さい」って言うて泉谷さんとチャリティライブとかを

それもニッポン放送絡んでるがな!
俺の人生ニッポン放送めちゃくちゃ絡んでるやんけ!

大谷
ハハハハハハ(笑)そうなんすね。
今もでもやっぱりいろいろやっていきながら
思うところってたくさんあると思うんですけど

例えば、阪神大震災のときに出した「怒りのグルーヴ」っていう曲
これなんかも要はある種アンチテーゼあるじゃないですか?

嘉門
阪神大震災のときは、被災地に歌いに行ったときに
「高いグラスは割れて ビールのおまけのグラスしか残ってへんやんけボケー!」
とか言うて、

「こんなん言うてええんかな?」ってやってみたら、
「よう言うてくれた!そうやねん!」って

「トイレの水を流すのがこんなに大変やったと思えへんかったぞ!」って言うたら
「そう!よう言うてくれた!」みたいな、
「あっ、言うた方がええんや!」って思うたんですよ。

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