2015/01/31

映画評論家・松崎健夫が語る「今改めて見直したい高倉健・菅原文太の映画作品」

今回は2014年12月2日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!」その2を起こしたいと思います。


大谷ノブ彦(以下、大谷)
今日のテーマは「今改めて見直したい日本映画」
高倉健さんに続き菅原文太さんがお亡くなりになられた2014年
お2人は日本映画の発展に大きく貢献されてきました。

今日は木曜の「キキマス!」でもお馴染みの映画評論家の松崎健夫さんをお迎えして
高倉健さん、菅原文太さんのあの名作映画を今改めて振り返ってみたいと思います。
さあゲストでございます、松崎さんよろしくお願いします。

松崎健夫(以下、松崎)
よろしくお願いします。

大谷
さあ松崎さんはいろいろ幅広く映画を見ていると思いますけど、
今回高倉健さんに続いて菅原文太さんもお亡くなりましたけど
今率直にどんなお気持ちでしょうか?

松崎
そうですね、僕らは本当に全盛期のことを
リアルタイムに知っている世代ではないんですけれども
とはいえ、後追いでいっぱい見ていた世代で

やっぱりそういう人たちが今
どんどん亡くなっている時代なんだなっていうのは
改めて感じるので僕らの立場から言うと

そういう人たちが映画作ってきたときに
どういう思いで作って来たのか?とか裏話みたいなのは
今やっぱり聞いて残さないといけないなっていう思いですよね。

大谷
そうですよね、やっぱりでも今のスターと
当時のスターっていうのは全く違うわけでしょ?

さあ今日はですね、松崎さんに高倉健さん菅原文太さんが出演された中から
今改めて見直したい日本映画を紹介していただきたいわけでございますが
まあいろいろありますよ!松崎さんセレクトで言うと、どのあたり行きましょう?

松崎
僕ね今日ちょっと3点ばかりポイントを考えてきたんですけど。
この2人っていうのはですね、

ニュースでも流れてましたけど2歳違いなのでそんなに年齢は違わないんですよね。
で、この世代他のどういう人がいるかって大谷さんご存じですか?

大谷
同世代ですか?松方弘樹さんとかですか?

松崎
もうちょっと後ですね。

大谷
千葉真一さんももうちょい後?そうなってくると誰だろう?

松崎
この高倉健さん31年で、同じ31年生まれに勝新太郎さんがいる。
その次の年の仲代達矢さん32年生まれで、33年が菅原文太さんで
34年が石原裕次郎さんっていう。

いわゆるそのすごい今でも人気のある俳優さんたちがこのあたりに生まれてて
1950年代の後半から70年代にかけて
まあ第一線で活躍してたっていうことなんですよ。

大谷
みんなモノマネされてますね。

マキタスポーツ(以下、マキタ)
そうだね、でもすごい重要なことだよね。

大谷
これ重要なことなんですよ。
じゃあ今人気のある役者さんモノマネしてます?皆さん。
そういうことなんですよね、記号的なスターですよね。

松崎
そのなぜ記号的になるか?っていう話なんですけど、
例えば高倉健さんにしても菅原文太さんにしても
多少昔の写真と今の写真を比べると年を取ってる感じはすると思うんですけど

でも印象としてあんまりイメージが変わらないことないですか?
昔と今と、それは髪型変えないとか服装のスタイル変えないとか
流行に流されないものを持っているっていうことが1つなんですよね。

それの大きな理由の1つは、彼らがそのスタジオシステムっていうものの中で
生まれてきたっていうことが大きいんですね。

大谷
映画が映画スタジオで作られていた?

松崎
例えば新聞なんかで履歴なんか読むと「東映入社」とかって書いてあると思うんですよ。
「入社」って何だ?っていうスターの入社ってなんだ!って話になると思うんですけど。
この話はお二方によくしていることではあるんですが、

元々映画っていうのは会社の中に社員として入ることによって
役者さんも監督さんもスタッフさんもみんな雇われていたっていう時代だった。

大谷
今は所属事務所っていう・・。

松崎
みんなフリーか所属事務所っていう形になっていると思うんですけど。
この頃は社員として雇われていたっていう面が大きいので、
要はその出たい作品ばっかりに今だってそうだと思うんですけど。

当時はもう出たい作品に出られるわけではなくて、会社が「あんたここ」「あんたここ」
っていうふうにはめ込んでいってその作品に出なきゃしょうがなかったっていう。
アナウンサーだったからよく分かると思うんですけど・・

脊山麻理子(以下、脊山)
分かりますね。仕事は選べないですね。

大谷
アナウンサーだったんですか?

脊山
一応、日本テレビに入社して6年、7年・・。

マキタ
あなたですよね?ホステスやっていたっていうのは(笑)

脊山
ああ・・やってません。

マキタ
違うんですね、ああ・・。

2015/01/22

マキタスポーツが語る「自分でそんなこと言うのはあれなんですけど、才能あると思ってたんですよ」

今回は2014年12月2日放送「大谷ノブ彦 キキマス!」
「キキマス!」その1を起こしたいと思います。



大谷ノブ彦(以下、大谷)
さあ時代にもの申す論客が日替わりで登場するキキマスター
今日火曜日はマキタスポーツさんです、よろしくお願いします。

さあ今週はキキマスターの皆さんに共通のテーマで伺ってます。
題しまして「キキマス!人生劇場 人生は山あり谷あり大谷あり」

人生の良いときのピークからしんどかった時期まで山もあれば谷もあり
時には大谷もあります。なんで僕の苗字がこのネガティブな方の・・
まずけっこう浮き沈みが激しいですね?

マキタスポーツ(以下、マキタ)
いや俺自分で客観的に見てこんなに山あり谷ありなの?と思いましたね。

大谷
「バイトをやってる36歳」気になりますけど、どん底時期ありますね。
大谷どころじゃないですね、突き抜けてますね(笑)

マキタ
そう、突き抜けた時期がありましたね。

大谷
これまず一番最初は5歳のときですか?
「いとこに自信を打ち砕かれた」って(笑)

マキタ
あのね僕ねやっぱりあの全能感がすごくあったんですけど、5歳までは。
東京からいとこが来たんですよ、そのときに女の子なんです同級生で
フミコちゃんって子なんですけど。

その子に僕は全能感丸出しで「おい、フミコ!」って言ったんですよ。
「田舎へようこそ」ぐらいの感じで。そしたら

「呼び捨てにしないで」って標準語で言われたんですよ。
それで「えっ!」と思って、「そんな返しあるの!」って思って。

大谷
返しにどっきりすることってあるよね。

マキタ
だから返されたことが無かったわけですよ、きっと。
しかも女の子にそういうパーンってひっくり返し食らって「ええーっ」って思ったのを
全部近所のオバちゃんに見られてたみたいです。

大谷
そこでガクンと落ちて?

マキタ
そこでなんか初めて「女って怖えな」とかって思いまして。

大谷
これしばらく閉じ籠もっちゃうんですよ。

マキタ
でなんかね、とにかく女の子に対する苦手意識が出来てしまって
女の子の前で下半身を出すぐらいしか出来なくなってくるんですよ。

逆にそういう極端なことをするアピールしか出来なくなっちゃって
普通にしゃべるということが出来なくなっていった時代がありました。

大谷
でも10代、17ぐらいですか?地元の人気者になるんですよね?

2015/01/15

骨ストレッチ考案者・松村卓が語る「骨に意識をちょっと変えただけで動作が変わってくる」

今回は2015年1月9日放送「おはようパーソナリティ道上洋三です」
「話のダイジェスト」を起こしたいと思います。


道上洋三(以下、道上)
今年の私のモットー・目標は筋肉をつけると
70過ぎて何言ってんねん!とこう言われますけど
いや今だからこそ柔らかい筋肉が必要なんだと。

左半身の筋力が落ちてるって言われたんですよね。
でいうことでそれを目標にって思っていた矢先にですね
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』っていう本を見つけまして



これをお書きになったのが甲野善紀さんと松村卓さんっていう
日本古来の武術を体の柔らかくする、あるいは上手く使うっていう方に
古伝書と実技の両面からなさっている甲野さんと

短距離のランナーとして10秒前半の記録をお持ちになりながら
怪我が多かった現役時代にトレーニングを見直して

やっぱり筋肉ではなくて骨の活用に重点を置いた「骨ストレッチ」
そちらの方が大事なんだとおっしゃる松村卓さんの対談集なんですけどね。
で、これ読むと「えっ筋肉か?やっぱり骨なんかな?」と思い始めて

今日はですね、筋肉より骨を使うというのはどういうことなのか?
というのをこの対談集をおかきになったスポーツケア整体研究所を主宰する
松村卓さんにうかがいます。松村さん、おはようございます。

松村卓(骨ストレッチ考案者・以下、松村)
おはようございます、松村でございます。
よろしくお願い致します。

道上
いきなりなんですけど、この筋肉より骨を使うっていうのはどういうことなんでしょうか?

松村
そうですね、全く筋肉を使わなくて骨だけ使えということではなくて
その筋肉と骨と関節を上手く連動させて動かすことによって
筋肉の力をより最大限に使えるよっていうことをただ伝えたいだけなんですね。

道上
筋肉はいるんだ、やっぱり?

松村
今の常識では筋肉が骨を動かすっていうことになってるんですが
私の師匠の甲野善紀先生がよく言われるその古伝書とかですね、
昔の達人の動きを分析しようとしたときに

どうもその筋肉がメインで動いてたら、こんな動作はまず出来ないだろう
あり得ないだろうっていう動作が多いらしいんですね。

そこでもしかしたら、常識というのは常に変わるものですから
筋肉に意識するよりは骨に意識した方が?ということで
取り組んでこられた結果やっぱり技が上達したと。

骨も神経が通ってますから、筋肉に意識するのを
骨に意識をちょっと変えただけで動作が変わってくるということで
今そういう形で皆さんにお伝えさせて頂いているのが現状ですね。

道上
昔、私も陸上をやってましてね腕立て伏せを100回とか200回とかね
腹筋を200回とかね、スクワットとかバーベルをベンチプレスで60kgとか
っていうのをずーっとやってきて、結局故障して走れなくなったんですけど。

そういう意味では松村さんと私は全く一緒なんですけど、
だからこの本で対談なさっていることが非常によく分かるっていうか
そちらの方向の、つまり今までのトレーニングの常識を覆すものですよね。これ?

2015/01/07

COWCOWが語る「僕らインドネシアNo.1ロックスターと楽屋が一緒やったんですよ」

今回は2014年11月27日放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」
「大竹メインディッシュ」COWCOWさんの回

起こしたいと思います。


光浦靖子(以下、光浦)
私、この話を聞きたいわ。
インドネシアの活動を噂で、私Youtube見ました。

私インドネシア語学科だったんで
インドネシア関係の情報が入ってくるの、やっぱり同級生から。

そしたらまずテレビでCOWCOWが売れてるって言う前に
まず情報が入って日本人の芸人が今インドネシアでウケてるよっつって
連絡が入ってそれでYoutubeで見て、そしたらCOWCOWだったの。

「あたりまえ体操」やってたの。
インドネシア人の中で。

大竹まこと(以下、大竹)
お前、多田はあれ?なんかインドネシア人と思われてるの?

光浦
絶対思われるよ、絶対おるよね。

大竹
お前嘘ついてごまかしてる向こうで?

COWCOW多田(以下、多田)
ごまかしてないです。バリバリ日本人なんですけども。

大竹
「帰ってきました」って言っただろ?

多田
言うてないです(笑)

大竹
拙いインドネシア語で言っただろ?

多田
純粋な日本人ですけども、確かに見た目がね。
ちょっとインドネシア人っぽいんで、
そのままちょっとスッと入れたっていうところはあるんですけども。

光浦
どう、楽しい?インドネシアどうでした?

COWCOW山田善し(以下、山田)
いいですよね、まあその「あたりまえ体操」
「セナム・ヤン・イヤ・イヤラ」っていうのが向こうで
Youtubeですっごい見られてるんですよ。

光浦
行ったのは1回だけ?

多田
もう4回行かせてもらって、向こうの番組とかイベントとかに
呼んで頂いてるんですよ。

大竹
今度、お前とネプチューンの真ん中のやつと一緒に行こうとかってないの?

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