2014/11/08

時代劇評論家・春日太一が語る「なぜ時代劇は滅びるのか」

時今回は、2014年10月12日放送「SUNDAY FLICKERS」
「一之輔のそこがしりたい」春日太一さんの回
起こしたいと思います。


春風亭一之輔(以下、一之輔)
マイマイ、今日2回目ですけども。
時代劇です、今日は。見たことありますよね?

汾陽麻衣(以下、汾陽)
学生のころはあまり見なかったんですけど、
ここ数年はTBSの「仁-JIN-」ですとか、
「篤姫」とかはちょくちょく見てましたね。

一之輔
ちょくちょく見てました?
ずーっとじゃないんですね?
掻い摘まんで見たというよくある形ですよね(笑)

今日は時代劇に関する本の話題で
タイトルは「なぜ時代劇は滅びるのか」ということで


サンフリではお馴染み過去3回出演
うち1回はですね、電話繋がらず不発という
まあ呑みに行ってすっぽかしたっていう

時代劇・映画史研究家の春日太一さんに
今日はそういうことのないようにスタジオに来ていただいてます。
よろしくお願いします。

春日太一(以下、春日)
どうも、よろしくお願いいたします。
必ずスタジオに来ます。

一之輔
さあこの本についてちょっとご説明を。

汾陽
はい、国民的時代劇だった「水戸黄門」も終了して
もはや瀕死の時代劇、その衰退の原因は何だったのか?

時代劇に精通する著者・春日太一さんが渾身の取材で綴る
辛辣で愛に満ちた1冊となっています。
圧倒的な熱量で放つ時代劇への鎮魂歌です。

一之輔
よろしくお願いします。
Twitterで「仮面ライダードライブまでに帰れるかな?」
ってつぶやくの止めてもらえます?



春日
申し訳ありません・・ギリギリですよね(笑)

一之輔
録画しなさいよ!

春日
いやいや、ちゃんと録画してありますから。
大丈夫です、大丈夫です。

一之輔
出てる人が好きだからって。

春日
ワハハッ

一之輔
「ワハハッ」じゃないですよ!
けっこうでもこれ辛辣な内容というか、厳しい内容・・
でも春日さん前に「時代劇は死なず」っていう本を書いてらっしゃいますよね?

春日
そうですね、最初に書いた本のタイトルが「時代劇は死なず」
っていうタイトルで、これは1970年代に一度時代劇が滅びかかったのを

どうやってその時代劇の作り手たちが乗り切ったのか?っていう
まあ30年前のドキュメントだったんですけどもね。
まあそのときは「死なず」っていう感じでやってたんですけども・・

書いたときは2006年でもう8年経って
もう「死なず」とは言い切れない状態になってしまったなっていうのが
まあ正直なところですよね、現状。


一之輔
「滅びるのか」ですからね。
けっこう現場の人に与えるインパクトなんて大きいんじゃないですか?

春日
そうですね、ただ嬉しかったのは
けっこうこれは現場の人への挑発のつもりで書いたところもあって

そしたら京都の若手監督とかが「春日の首取ってやる」ぐらいなことで
勢いよく「じゃあやってやろうじゃねえか!」っていう人たちも出て来て

一之輔
見返してやろうじゃねえか?って。

春日
それはけっこう嬉しかったですね。

一之輔
けっこう大御所の方もこれを読まれて、言葉を頂いたみたいなのも・・

春日
誰とは言いませんけど「俺の方にも返り血が飛んできたな」とか
「君が斬った分の返り血が飛んできたぞ」っていう人もいたり、

あるいは逆に「もっと書いていいし、もっと取材出来ることもあったんじゃないか?」
ってもっと現状を知っている大御所たちから言われたりとか
そういうのもありましたね。

一之輔
これでも僕読んで落語と繋がるなって思いましたね、落語界も。
今ちょっと持ち返したところありますけど、10年、20年くらい前とか
同じような状態だったような気がするんですよね。

春日
で、同じような誤解のされ方をしてたんじゃないのかな?
っていう気がするんですよね。

一之輔
古臭いものだって・・そこをけっこう感じるんですよね。

春日
そこですよね、だから落語もそうじゃないですか?
古臭いものみたいなふうに言われて、
なんかどうしてもお年寄りばっかり見てるんじゃないか?とか

お年寄りばっかりが喜ぶんじゃないか?って思われているけど
実際はそういうものじゃないわけじゃないですか?
いろんな人たちが聞いて楽しいものだと。

時代劇も本当はそうだったんですね、本来は。
いろんな世代の人たちが見て楽しく、
絶えず現在進行形のエンターテインメントであったのが

いつの間にか古臭いと思われるようになってしまったっていう
そのためにやっぱり衰退が始まっていったっていうふうに思うのでね。

一之輔
そもそも何で古臭いって思われちゃったんですかね?

春日
それはやっぱり「水戸黄門」の影響が大きかったと思うんですよね。
あれがあまりにも当たり過ぎてみんなそれで他の作り手たちも
「水戸黄門」へ右へならえになっちゃったもので

あれが時代劇のスタンダードみたいなふうに思われてしまったわけですよね。
でもそうなったのってここ30年ぐらいの話で、時代劇の歴史で言うと、
それまではあういうのはむしろ邪道に近いものであって

一之輔
勧善懲悪で・・

春日
まあ勧善懲悪は他もそうなんですけど、
ワンパターンってことですよね、物語が。

一之輔
もう何時何分に印籠を出すみたいな?

春日
そうですね、だから「時代劇=王道」で、
なんか定番でワンパターンでっていうのが時代劇の
ある種同じような意味になっちゃってる。

「時代劇=ワンパターン」とか、「時代劇=定番」って思われましたけど、
それは「水戸黄門」以降の話であってそれまでは

時代劇イコールどんどん新しいものを作っていくっていうことが
ある種時代劇のアイデンティティだったんですよね。

それが「水戸黄門」以降大きく変わってしまったっていうのが
1つの悲劇だったんじゃないのかな?っていう
あれが当たってしまったことというのが・・

一之輔
当たり過ぎちゃったってことですか。

春日
あれが国民的番組になってしまったことで、
あれイコール時代劇であるっていう認識を持たれてしまって

それによって若い視聴者が離れてしまったっていう
それが時代劇に起きてしまった大きな悲劇だったんじゃないのかな?
っていう気がしますね。

一之輔
だって爺ちゃん婆ちゃんが見ているイメージですけど、
爺ちゃんばあちゃんはあれが面白いんですかね?

春日
まあ一応それ向けで作っているっていうのがあったと思うんですけど
ただお年寄りも世代交代していきますよね?実際には。

で、戦前からのそういう講談的なものを楽しめたお年寄りから
今のお年寄りって言っても、それこそビートルズ聴いて育った人たちなわけですから

一之輔
70くらいでもビートルズですもんね。

春日
そういう人たちからすれば、それはもうお年寄り向きですらなくて
でも彼らは子ども時代に時代劇を見ていたから
ある種、惰性で付き合っていたんじゃないのかな?っていう気はするので

やっぱりお年寄りの「水戸黄門」を支えた人口も減っていった
っていうのもあったとは思いますよね。

だからあれに特化し過ぎてしまった、特にテレビの時代劇は。
それが言いたかったとは思いますね。

一之輔
ついにでも終わりましたね、何年か前に。

春日
終わったということは1つのエポックではあったんですけれども
僕はチャンスかな?という気もするんですよね。

それによって「時代劇=『水戸黄門』」っていう
僕からすると偏見みたいなものがなかなか抱きにくくなってしまった
っていうのがあるので、

これから時代劇に対する価値観を新たに作っていくチャンスなのかもしれないと
今回の本なんかもその意味を込めて、時代劇って本当はこういうもんだよっていう
メッセージも込めて作った部分もありますね。

一之輔
けっこういろんな役者さんの名前とかも出て来ますけど。

春日
そうですね・・(笑)

一之輔
なんで、半笑いなんですか(笑)

春日
いやいや、出て来ますよね。

一之輔
バッサバサ斬ってますよね。
特に現代劇から時代劇に移って・・移ってないけど

春日
まあ両方やってるっていう・・
だから見てて僕もいいところをとにかく捜そうと思って、仕事上。

それで褒めることが時代劇に新しい人たちに来てもらうチャンスかな?
と思ったんですけど、だんだん「俺、何やってるんだろう?」って
気になっちゃったんですよね。

これを褒めている自分って正しいのかどうか?分からなくなってって。
ちょっともう完全にそっから180度転換して

「やっぱりちゃんと言うべきことは言わないといけないな」
っていうのが正直ありましたね。

一之輔
本の中である役者さんなんですけどね、
自然体で時代劇に望みたいっていうキーワードみたいなのが出てくるじゃないですか?
悪い意味での自然体・・

春日
そうですね、ありのままの自分っていうんですかね?
ありのままの自分でやることが自然体じゃ本来ないんですよね。
見てる人たちが自然に受け止められるものが本来ある自然体なわけで

その自然体ってものを創り出すためにはいろんな技術であったり
作り込み方っていうのが本来は必要なんですけれども、

そこを考えずに今の自分の自然体でやっちゃったもので
それを時代劇の空間に置いたら違和感にしかならないわけですよ。
浮いちゃうわけで、それが起きてしまったわけですよね。

一之輔
「俺なりのやり方で」みたいな、悪い意味で。
落語も一緒だもん、基礎が出来てない人が
俺なりのやり方で古典をアレンジしますみたいな・・

「俺の解釈で」ってやると
ちょっと鼻持ちならないものになってしまって

春日
やっぱり同じですね、基礎があるから逸脱が出来るっていうのが
これが時代劇もそうで、やはりかつてやってきた人たちっていうのは
それなりに新しいものを作っていったわけですけれども。

その前提にはいろんな基礎的な芸のことは分かった上で
「じゃあここを変えて行こう」って初めて見えるわけで、

そうじゃなくていきなりやってきて・・
まあそれによって結果的に上手くいく場合もありますけれども、
基本的には無残な結果に終わってしまうっていうのは多いですよね。

一之輔
でもやっぱり人気者を使わないといけないっていう
状況もあるわけでしょ?

春日
そうですね、それはまあ昔も基本的には
人気者を使うっていうのは前提にあると思うんですけど、
その人気者と言われる人たちの意識が低いっていうんですかね?

前はもうちょっと人気者と言われる人たちも
やっぱり役者として成長しようとか。この時代劇のこの演技をこうしようとか
あとスタッフもこう盛り上げようってあったんですけど

今はもうちょちょっと現場に出たらもう東京に戻ろうっていうんですかね・・
そういう意識の人もやっぱり多いので。

一之輔
周りもそうですよね?
「あんた、こうしなきゃいけないんだよ」って言う人がいないっていう・・

春日
なかなかその監督も含めて・・
また監督も分からない人がやっちゃったりするので
役者に注意できないんですよね。

昔は監督って言うのは必ず役者に「こうすべきだよ」とか、
「こういうときにはこうした方がいい」とか
それが演出になっていくわけなんですけれども。

それが今、出来ない。
監督も分からない人がやって、あと時間がないというのがありますよね。
なかなか今スケジュールがタイトで予算もないっていう中でやってるので

役者に対して演出する時間がない・・
演出する時間がないって変な話なんですけど。
そういう状況にもなってるっていうね・・

一之輔
けっこうだからこれ読んでいるともう八方塞がりで
どうしようもねえんじゃねえ?って・・
まあヨソの者がそういうのを言うのは失礼なんですけど・・

っていう意識を持っちゃうんですけど、
こっからやっぱり先ドーンと行く可能性はないことはないわけですよね?

春日
ないとはないと思うし、ここで八方塞がりと思ってもらうことが大事かな?
って現場の人たちも含めて、だから俺たちがどうぶつかっていくか?を
考えて欲しいなと、それは見る側も含めてですよね。

だから考えるきっかけになって欲しいなっていうのは、
正直ありましたね、この本は。

一之輔
もうダメだ、滅亡寸前な現状を認識するっていうのは大事ですよね。

春日
だから「ヤバい!」ってまず思って欲しいっていう。
どっかでまだぬるま湯感覚があるとか、「何とかなるんじゃないか?」って
どっかで思っていたり・・

一之輔
そのうちまたバブルが来るよ!みたいな(笑)

一之輔
そうですね、でももう「吹かないから、風は!」っていう感覚があるから
まず自分たちで吹かせる努力をどうするかを考えるきっかけに
して欲しいなという気がしましたね。

汾陽
愛があるからこそ厳しい表現を敢えて使われている
っていうふうに感じましたよね。

春日
愛がなかったらなかなかね・・ただ辛かったですよ、書いてて。

一之輔
愛がなかったらただの悪口になりますからね(笑)
これだから皆さん是非読んで頂いて・・
めちゃくちゃ売れてるんでしょ?

春日
そうです、無茶苦茶売れてます。

一之輔
鼻持ちならないですね(笑)

春日
もう驚きました!
ここまで売れるとは思いませんでしたね。


(了)

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