2014/03/30

玉袋筋太郎が語る「草野仁さんは人の心臓を打ち抜くスナイパーよ!」

今回は2013年11月29日放送「小林悠 たまむすび」
「オープニング」を起こしたいと思います。


小林悠(以下、小林)
今日のゲストですよ!そこですよ!

玉袋筋太郎(以下、玉袋)
どうですか?草野仁さんですよ。
なんかいろいろあるらしいね、小林さん(笑)

小林
いやあのですね、私やらかしたんです。
初対面で。

玉袋
初対面ってものすごい大切にする人だからね、草野さんって人は。
人との出会いとか。

小林
最初のご挨拶とかをすごく大事されると新書に書いていました、草野さんのご本に。
私、以前ですね「世界ふしぎ発見」の出水さんがいらっしゃらないときの
ピンチヒッターをすることになったんですよ。

あの番組は2本録りで事前の打ち合わせが必要なんですよね。
テレビマンユニオンっていう制作会社がありますので・・

玉袋
細かい説明入ってくるね(笑)
テレビマンユニオン!「笑点」作ってるところですね。
俺のトラック旅も作ってるのもテレビマンユニオン

小林
ああ、もうお世話になっております。
そのテレビマンユニオンさんで5時から打ち合わせだったんですよね、事前に。
で私はまあその・・打ち合わせですね20分遅刻したのかしら?

玉袋
もうキャバクラ嬢が20分遅刻したら20万円の罰金ですよ!

小林
本当ですか!!

玉袋
そうですよ!

小林
それぐらいの損失ですか!

玉袋
うん、それぐらいの金額ですよ。あなた!!

小林
なんかね、川越かどこかでロケをしていまして
でもね渋滞に巻き込まれて、本当に申し訳なかったんですけど
私まだ1年目とかですよ、多分入社1年目とか。

玉袋
やっべー。

小林
それでも会議室にブワーッて駆け込みましたらね。
草野さんが「ホッホッホッ」ってちょっと力強く笑われながら
まあ笑って下さったんです。

笑って下さりながらも、ちょっと無表情だったかな?
っていうところなんです・・

玉袋
何その「無表情だったのかな?」って
これから来る人に対して!
無茶苦茶失礼じゃないか!

小林
大変申し訳ございません。

2014/03/29

映画監督ポン・ジュノが語る「私のシナリオは『変態』というキーワードでくくれるのでは?」

今回は2014年2月13日放送「荻上チキ Session-22」
「セッション袋とじ」
起こしたいと思います。


荻上チキ(以下、荻上)
今夜は大ヒット公開中の映画「スノー・ピアサー」の監督ポン・ジュノさんと
数々のヒット作を手がける映画プロデューサー・川村元気さんの
スペシャル対談をお送りします。

スタジオには解説者としてその対談を実現した立役者
ライターの松谷創一郎さんをお迎えしております。
よろしくお願いします。

松谷創一郎(以下、松谷)
よろしくお願いします。

南部広美(以下、南部)
まずは今夜対談をお送りするお2人のプロフィールを紹介しますね。
最初は、ポン・ジュノ監督からです。

ポン・ジュノさん、1969年生まれ韓国のご出身です。
2003年に実際の未解決事件を題材にした「殺人の追憶」を手がけ
大ヒットを記録

完璧と評される構成力とその類い希なる才能が
カンヌ国際映画祭をはじめ世界で高く評価されました。

2006年には「グエムル-漢江の怪物-」を発表し
当時の韓国映画界で歴代動員数1位を記録
その後もオムニバス映画「TOKYO!」や「母なる証明」を監督

そして現在公開中の映画「スノー・ピアサー」は
世界167カ国での公開が決定するなど
世界的な映画監督として活躍しています。

続いては、川村元気さんのプロフィールをご紹介しますね。

川村元気さん、1979年生まれ横浜のご出身です。
2005年に弱冠26歳で企画プロデュースした「電車男」が大ヒットを記録し
社会現象にまで発展しました。

その後も「陰日向に咲く」「告白」「悪人」「モテキ」
「おおかみこどもの雨と雪」など数々のヒット作を連発

今年は劇団ひとりさんが監督する「青天の霹靂」
岩明均さん原作の人気漫画「寄生獣」の実写映画2部作を手がけるなど
日本映画界をけん引しているプロデューサーのお1人です。

荻上
というわけで、お2人のプロフィールご紹介してもらったんですけれども
今回の企画は松谷さんが企画したということで、

2人合わせてこんな話になったら面白いだろうな?とかって
どんなことを想像しながらセッティングしました?

松谷
まあとにかく韓国で最高の映画監督、トップの映画監督と
日本でトップの映画プロデューサーですから
将来的に一緒に映画を作って欲しいと。

・・ということだけですね、まずは。
まあとにかくそこじゃないですか?

荻上
コラボレーションが見たいと。
ただ実際対談がどうなるか?というのを想像を超えるというか・・
想像しきれないということなのでしょうかね?

松谷
そこは川村さんがなんとかしてくれるだろうと(笑)
で、実際になんとかしてくれたので。

荻上
川村元気さんも何といってもポン・ジュノ監督の大ファンだということで
まずは作品論からスタートしたそんな対談でございました。
もう早速聴いていただきたいと思います。

今回は対談を3つのパートに分けています。
まずは最新作「スノー・ピアサー」やポン・ジュノ作品の魅力について
語っていただきました、お聞き下さい。

2014/03/23

スポーツライター・永谷脩が語る「落合と原の遺恨が再燃か?」

今回は2013年11月22日放送「荒川強啓 デイ・キャッチ!」
「メキキの聞き耳」永谷脩さんの回を
起こしたいと思います。


荒川強啓(以下、荒川)
さて今日の話は「落合と原の遺恨が再燃」って
つまり中日の落合GMと巨人の原監督の話ということですか?

永谷脩(以下、永谷)
そうですよね。
監督時代の落合GMはですね、とかく原巨人に対してですね

冷たく当たってたっていうか・・やることなすこと全て反対のことを
やっていたような気がするんですね。

それで今回、井端選手・・中日80%減で退団を表明しましたよね。
その井端選手を巨人を獲得するという話が出てますよね。

強啓
なんかそういう動きですね。

永谷
巨人と言えば何でもかんでもFAで選手を獲るというのは有名なことなんですが
この井端選手を獲ることを巡ってですね・・
「落合GMが切った選手がこれほどすごいんだよ」ということと

「あなたは切りましたよ」ということをですね
原監督は見せつけるために獲るようなところがすごくある気がしてしょうが無いんですね。

強啓
なるほど

永谷
っていうのはですね、落合監督になったときに
巨人に川相という選手といましたよね?
彼が引退して2軍コーチになるっていう話になったときに

待ったをかけて中日に呼んだのが落合監督なんですね。
ありましたでしょ?

強啓
あああ、2004年のあたり

永谷
それで川相みたいな素晴らしい選手いっぺん死んだ選手っていうのは
本当に必死になってやるんだから、若い人の良い手本になるよっていうことで呼んで
バントの名人だからバントをよく指導してくれという話をしてましたよね?

それと同じことで今巨人には寺内それから中井という若い選手がいますよね。
それから脇谷もいますよ、っていう感じで2塁のポジションは
まだ固定されてないところがあります。

それに西武からFAしてる片岡という選手、彼を獲りに行こうという話もあるし
井端を撮りに行くという話もありましたよね?

そんな中で井端を選んだというのは彼の指導力、彼の持ってる技術っていうのを
若い人の教えてくれっていうのと同時に、彼を使うことによって

中日を見てごらんって、こんだけすごい選手でも巨人は使えるんですよって
言いたかったんじゃないか?と思うんですよね。

強啓
逆に落合さんは「お前さんは見る目がないね」
「本当に井端は終わったんだよ、原さん」と言いたいんありません?

永谷
確かに肘と足首を手術をしましたよね。
その回復が異常に遅れていると言われてたんですが、
本人は順調だっていうような話をしてました。

それと同時に2億5千万ですか?その選手が3千万まで落ちてまでやるならば、
獲ってあげるっていうところでしょ?WBCであれだけ頑張った選手・・
しかもプロ野球の選手会の理事長をやってる人なんですよね。

だからそういう意味でも特別な人間だし、
いろんな意味で野球がもっともっと教えてくれるんじゃないか?
巨人に無いものを持ってきてくれるんじゃないかっていうところで獲ってると思うんですが・・

強啓
ぜひ井端さんはそういう思いで巨人で活躍して欲しいですね。

永谷
そうですね、いっぺん死んだ人がもう一度立ち上がるってことは
素晴らしいじゃないですか!だからそういうところに珍しく
白羽の矢を立てたという意味では巨人良かったなと思いますよね。

ただ若い選手がそのために育たないのだったらば、
これはちょっとマズいような気がしますけど
とりあえず自由契約で獲ったんですからね。

強啓
そもそもこの落合さんと原さんというのは、
そういう犬猿の仲でずーっと歴史を重ねて来たんですか?

永谷
落合選手が中日からFA第1号で巨人に行ったときに
そのポジションを追われたのは原監督でしょ?

強啓
あ!サード!

永谷
それでレフトに回りましたよね?
それでレギュラーの座を外されながら、ずっと我慢をして

今度はいざ監督になったときに最初のクライマックスシリーズ・・
後のときはクライマックスシリーズじゃなかったんですけれど
そこで敗れたのも原さんですよね、リーグ優勝しながら。

強啓
ペナントを制したのは巨人だった。
で、2位だった落合中日が・・

永谷
3連勝して、逆にやられましたよね?
それでWBCの原監督のときに中日の選手は一切出さなかったですよね。
って言うような意味でいろいろ遺恨が2人の中にはあったような気がするんですね。

強啓
そういうことあったね。
あ、それは大変な仲だわ!!

永谷
それで川相を獲られて恥をかいたみたいな部分もありますし
今度はいざ「倍返し!」というところが原監督にはあるんじゃないでしょうかね?

強啓
なるほど!
それはもう井端選手も相当な覚悟で巨人に行かなきゃ行けないね。

永谷
そうですよね、彼がこれだけみんなの国民的ヒーローになったのは
WBCなんですよ、実はね。
でそのWBCを一番嫌っていたのが落合GMなんですよ。

っていうのは何か?っていうと、選手の保証が出来てないからという意味だったんですが
そういうところからスタートしてるんで、そこで一番名を上げた井端選手を巨人が獲る
っていうのも何となく面白いような気がしてしょうがないですよね。

強啓
そういういろんな背景がそこにはあったんだねー。
面白い、さすがその辺り調べまくりましたね!

永谷
それがあるからやっぱり野球は技術だけじゃないような
気がしてしょうがないんですが。

強啓
いやこれは来シーズン、早くももう火花が散ってるような感じがして
始まってる感じだね。

永谷
年俸をうんと上げれば選手は活躍するのか?
下げて発憤させたら選手が活躍するのか?っていうのも
好対照ですけど面白いですよね。

強啓
はい、ありがとうございました。

(了)

2014/03/18

音楽評論家・萩原健太が語る「島倉千代子の残した音楽とは?」

今回は2013年11月19日放送「荒川強啓 デイ・キャッチ!」内
「メキキの聞き耳」萩原健太さんの回
起こしたいと思います。


荒川強啓(以下、強啓)
今日のテーマは
島倉千代子さんが残した音楽とは何だったのか?を考えるということで

萩原健太(以下、萩原)
そんなたいそうな話をするわけじゃないんですけどね。
島倉さんが亡くなって、本当に大きな損失ではあるんですけどもね。

島倉千代子さんの歌ってた歌で「からたち日記」っていうのはありますけれども
あの曲を聴くとね、日本人の音楽的な特性みたいなのがすごくよく分かるんですよ。

あの曲ね、譜面に起こそうと思ったら大変なんですよ。
だから西洋音楽の楽理に合わせようとするとけっこう大変なんです。

♪こころで好きと叫んでも 口ではいえずただあの人
っていうあれですけど

これね、最初3拍子なんですよ。
♪こころで好きとさーけ・・ここまで3拍子
この後、4分の2拍子で、♪・・んでも が4分の2拍子です。

その後、4分の4拍子になります。
♪口ではいえず ただあの人・・
でここでまた3拍子に戻ります、ウンタッタ、ウンタッタ・・

これね、譜面にするとややこしくてしょうがないんですよ!!
たぶんね日本の人以外には分からない・・

アメリカのミュージシャンに「これやって」って言って譜面渡しても
どうしていいか分からないと思うんですよ。

だけど、日本の人だったら集まって「この歌、歌おう」つったら
平気で歌えるじゃないですか!
これがね、たぶん日本人の持つ音楽的な特性

欧米の音楽だと基本的に通底するビートっていうのがありますよね。
♪ドンツッタンツ、ドンツッタッ・・とか1曲ずーっとそれが流れてて
そこにいろんなメロディーが乗ったりするわけですけど

日本人はむしろメロディー単体が流れるところに拍があるっていう
だから独特の・・日本人が持ってる情感とか・・その間とか
言葉が持ってる響きとかそっちに全て音楽がこうくっ付いてくっていうかたち

これをだから、例えば「あんたがたどこさ」ってあるじゃないですか?
あれも普通にやってますよね?日本人ね。

あれも拍ていうと基本4分の2拍子ですけど、
♪あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ ここに4分の3拍子が2つ入ってる
でまた ♪熊本どこさ って4分の2拍子になってる

片桐千晶
何にも考えずに歌ってました!

萩原
考えずでしょ?
あと、盆踊りとかでね。よくが♪月が出た出た~ 
ってやってるじゃないですか?

あれね、たぶんみんな聴いてると途中で太鼓とか手拍子おかしくなってますよ(笑)
というのは ♪三池炭鉱のー うらに出た って
ここで1発、4分の3拍子が入ってるんですよ。



それ気にしないでみんな、こんななってやってるから
♪三池炭鉱のー うらに出た ってここでウラになっちゃってる、ここのところ
もうめちゃくちゃなんです、そういうの関係ないんですよ。

だから日本人はビートに弱いってよく言われますけど
ビートに弱いというよりは、ビートなんか日本人には関係なくて
むしろ情感とか間とかを評価してこその日本人特有の音楽性なんだと。

これこそ日本人の美学なんだ!っていうふうに考えて
ちょっと今後、そういうのを頭に入れていただいた上で
往年の島倉千代子さんの歌声をちょっとここで聴いていただきたいんです。

ちょっとアナログ盤でバチバチ言ってますけど
それも含めて往年の歌声ということで楽しんでいただきたいと思います。
島倉千代子さんで「からたち日記」



強啓
健太さん!流石!本当、おっしゃる通り!!

萩原
これややこしいでしょ?
その西洋的な楽理に合わせようとすると難しいんですけど
日本人としてはとっても素直に受け入れられるメロディー

ただ最近はね、宅録とかも増えてきたしヒップホップとかも人気あるし
みんなこのドラムマシーンとかそういうのでビートを置いてから作る曲とかが
増えてきているじゃないですか?

だんだんそういうふうに日本人も変わってくると思うんですけども
やっぱりこのね、日本人ならではのテレパシーのような音楽性みたいなのを
無くさないで欲しいんですよね。

強啓
それと島倉千代子さんがそんなものを全く感じさせないで
語りかけるようにスーッと入ってきますね。

萩原
この人はやっぱりフレージングだとかフェイクだとかそんなふうな言い方で言いたくない
本当「節を回す」っていうね、節回しってのがすごく日本人の情緒みたいなものを
見事の表現する方だったと思うんですよ。

だからやっぱ島倉さんが亡くなって、こういう日本人特有の音楽性みたいなものが
失われてしまうことっていうのがね、僕はとても残念だと思うので
これはね、若い世代の人ももう1度この感じっていうのを恥じるんじゃなくて

これを誇らしく思って受け継いでって欲しいなと
思うことを提言しに来たわけですよ。

強啓
それで高いところのこのコロコロコロッっていうところが鈴のような
あれがその・・何拍子というのもシュッと取り込んでしまっているいるという

いやああ、健太さんに教えてもらってまた島倉千代子さんの魅力を
再発見したような気がします。

(了)

2014/03/14

音楽評論家・高橋芳朗が語る「震災があった直後から音楽なんて完全に忘れてたんですよ」

今回は2014年3月7日「残業支援系ランキングトークバラエティ ザ・トップ5」
ハイライト部分を起こしたいと思います。


高橋
このお仕事に関するランキングということで
江藤さんにずっと聞きたいことがあったんですよ。

本当は1回目の放送のねオープニングトークでするつもりだったんですけど
ちょっと時間がなくて諦めたんですけど。
タイミング的に今がちょうどいいかな?と思って

自分の中でちょっと忘れられないラジオの放送があってですね。
それがこのTBSラジオの2011年3月12日土曜日の
「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」

要は東日本大震災の翌日の放送で
江藤さんが急遽アシスタントを。

江藤
そうなんですね、いろんな交通とかそういうライフラインの情報を
ニュースとかを伝えるというので・・
そのとき初めて宇多丸さんに会って。

高橋
そっか、なんかけっこう震災の翌日じゃないですか?
ほとんどの番組は割と放送中止になって・・

江藤
もちろんまだテレビもラジオもコマーシャルもないし。

高橋
まあ報道特別番組ばっかりで編成されていて。
まあ僕、「ウィークエンドシャッフル」もたぶん中止になるだろうなと
思ってたんですよ。

そしたらその中で放送決行になったんですよね。
なんかバラエティ要素の番組やるのはちょっと不謹慎っていうか・・

江藤
っていう雰囲気はね、ありましたね。

高橋
そういう中でこうなんて言うんですかね・・
作り手側というか、送り手側がどんな状況で放送していたのか?
すごい聞きたかったというか・・

で、普段の構成とちょっと違ったじゃないですか?
ただひたすら曲をかけてリスナーの方々のメールを読んで
情報を伝えるっていう、それだけのシンプルな放送だったんですけど。

あのときのこと憶えてます?
江藤さん、入社してどのくらいでした?

江藤
私あれがですね、2年目でもうすぐ3年目っていう。

高橋
うわじゃあまだちょっとホヤホヤだ。

江藤
そうなんですよ!だから実は芳朗さん聞いてくださってたことは
すごくビックリですし、私のことを認識してくれてたんだっていう

高橋
僕はあの放送で江藤愛という人を認識しました。

江藤
すごく驚いたんですけれども。
あのときは正直、何も考えてわけじゃないですけど
考えられなくて、とにかく一生懸命というかもういっぱいいっぱいだったので

正直こう・・アッ!って真っ白だった部分はあるんですよ。
終わった後に「じゃあ何やった?」「自分が何が出来たのかな?」って言ったら
未だに分からないところではあるんですけど

やっぱり目の前で宇多丸さんが熱い気持ちをこうメールを紹介して
音楽かけてっていうのはすごく自分の中で「いいなあ」って思いましたね。
すごくやりながら勇気づけられたことは憶えてます。

自分が何を言ったかは忘れたんですけど。

高橋
いや僕も本当にそうで、なんであのときの放送を忘れられなかったか?っていうと
とにかくもう3月11日
あの日本が見舞われた最大のピンチつってもいいと思うんですけど

しかも何が起こってるのかもよく分からなくて
情報も錯綜しているし、まあテレビ・ラジオをつけても報道特番ばっかり流れてて
もう恐怖と不安でガチガチになってたんですよ。

そんな中で3月12日の「ウィークエンドシャッフル」が始まって
もう忘れられないんですけど、僕あの日薄暗い部屋の中でもう簡単な料理を作って
妻とご飯を食べながらラジオを聞いてたんですよ。

ものすごく勇気づけられて。
で、震災があった直後から音楽なんて完全に忘れてたんですよ。
それどころじゃなかったんですよ!

でも1曲目のライムスターの「そしてまた歌い出す」っていう曲がかかって
で、1曲かかるごとに緊張が解けてったっていうか
なんか硬直していたものが・・まあ身体も心も硬直したものがほぐれてったいうかね。


江藤さんもあれだよね?
SMAPの曲を?

江藤
私も「1曲選んで」って言ってもらえて

高橋
江藤さんも選曲してましたね。
ただシンプルに音楽かけてリスナーのメールを紹介して
情報を伝えるだけの放送だったんだけど、本当にすごい励まされて

でもなんか今思えば僕もラジオをやるようになって
あれがこうラジオの基本っていうか本質なのかな?っていう気が
すごく思って

なんかラジオっていうメディアの魅力っていうか
こう受け手と送り手の距離の近さみたいなのをなんか
思い知らされた放送でした。

江藤
そこになんか自分がいて、でいま芳朗さんと仕事をするって
なんだか繋がってる感じですね。

高橋
いやそうだから今期トップ5の初回の放送で
江藤さんに何が言いたかったか?っていうと

あの3月12日の「ウィークエンドシャッフル」は
自分の中でものすごく大きなラジオ体験になってるんですよ。

それはあのなんだろう?ラジオファン・ラジオリスナーとしても
音楽に携わる仕事をやってる者としてもね。

だからまあそんな自分の指針になってるような放送をやった人と
一緒に番組を出来るっていうのはすごい光栄です。
っていうのを言おうと思ったんですけど。

江藤
うおー、ありがとうございます!

高橋
なんか時間がなくて言うチャンスが無くて・・

江藤
いやいや、今回この仕事の話をするって
自分でちょっと照れくさいなっていう思いがあったんですけど
そんなふうに言ってくれるなんて・・なんか嬉しいですね。

高橋
いやいやいや、本当は手鏡が汚いとか
そんな話を言いたいんじゃなかったんですよ(笑)

江藤
ついに壊れそうなんですよ(笑)
外れだしちゃってさ・・。

高橋
ハハハハハ(笑)
江藤さん、どうなんですかでもテレビと比べてラジオの仕事っていうのは?

江藤
ああ、テレビと比べてラジオ?どう?
でもすごく私、ラジオ好きでですね。

高橋
江藤さんはやっぱり「ラジオの子」っていう感じがしますよね。

江藤
もちろんテレビも大好きだし、やり甲斐持ってやってるんですけど
なんでしょうね?この・・上手く表現できないんですけど・・
すごく心安らぐというか・・っていう居場所で

でもかと言って自分独りよがりの放送ではなく
例えば家でひとりで聞いてるときにラジオが独りじゃないって思わせてくれてるみたいに
そういう放送が出来たらいいなーと思いながら

いつも原稿を読みながら何かを考えてます。
こう目の前聞いてくれている誰かをイメージして。

高橋
だからあういう貴重な経験もされてますから
江藤さんやっぱりこれからもずっと
ラジオを続けていただきたいなという感じはしますけどね。

江藤
はい、是非!!
是非「新メニュー警察」を4月以降も続けてもらえると!
ありがたいですね!!

高橋
編成の方、よろしくお願いします!!
江藤愛プレゼンツ「新メニュー警察」・・ハハハハハ(笑)

江藤
結局いつもの感じで終わっちゃいました。
すいません(笑)

(了)

2014/03/08

山田五郎が語る「略奪された名画がたどった数奇な運命」

今回は2014年11月7日放送「荒川強啓 デイ・キャッチ!」内
「デイキャッチャーズ・ボイス」山田五郎さんの回
起こしたいと思います。


荒川強啓(以下、強啓)
今日のテーマはこちらです。

片桐千晶(以下、片桐)
「略奪された名画がたどった数奇な運命」

山田五郎(以下、山田)
はい、これちょっと話題になってますよね。
11月4日かな?ドイツの雑誌で「フォークス」っていう
まぁFOCUSですね、っていうのがあるんですけども。

そこがですねミュンヘンに住んでいる80歳の男性の自宅のアパートから
ナチスが略奪したと思われて、大戦で行方不明になっていたとされていた絵画
約1,500点が発見されたと報じたわけですよね。

で、これね日本の新聞は
「ピカソやマチスやシャガールなど巨匠作品が目白押しで未発表作品も含まれていて
 総額10億ユーロ(約1,300億円)以上の価値がある」みたいな
そんな話ばっかり強調してるんですけど・・

強啓
確かに、金額はガーンと出て来てますよね。

山田
金額が注目されてるんですけどね、この事件、実はけっこう奥が深くてね。
いろいろ考えさせられる事件なんですよ。

2014/03/03

筑波大学教授・綿抜豊昭が語る「江戸時代は性に対しておおらか、でもバレたら大変なんですね」

今回は2014年2月11日放送「荻上チキSession-22」
「セッション袋とじ」綿抜豊昭さんの回
起こしたいと思います。


荻上チキ(以下、荻上)
今夜のお客様は、「江戸の恋文」の著者で
筑波大学教授の綿抜豊昭さんをお迎えしております。
よろしくお願いします。

綿抜豊昭(以下、綿抜)
こちらこそよろしくお願いいたします。

荻上
ということでバレンタインデー間近で
まあチョコの贈り合いとかね、最近いろんなものを贈り合ったりとか
「友チョコ」とか「義理チョコ」とか

同性同士だろうがなんだろうが贈り合おうじゃないか!
みたいな話になってますけど

南部広美(以下、南部)
あと「自分チョコ」とかね

荻上
まあ一方で年賀状の数が減ったりとかね
いろいろ手紙文化はどうなるんだ?っていう話はございますけれども

恋文の江戸時代の状況について研究しているのが綿抜さんですので
当時の状況をいろいろうかがっていきたいと思うんですけれども

江戸時代において手紙のやりとりをするっていうのは
割とメジャーな行為だったんですか?

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