2012/10/27

玉袋筋太郎が語る「銀メダリストが来日してたんですよ!西武園競輪に」

今回は、2012年9月21日放送「小林悠たまむすび」
オープニングを起こしたいと思います。

音声は、配信期限が過ぎたためありません。

玉袋
ちょっと今日本にね、すごい人たちが来日してるの知らないでしょ?
ベンチャーズじゃないですよ、すごい人たちって言っても。
あの人たちは何回来日してんだ!っていう・・。
初来日から50年って、じゃあメンバー死んでんじゃねぇかって・・違う!


なんと先日行われたロンドンオリンピック
すごかったじゃないの!

小林
感動しましたねー。

玉袋
あのロンドンオリンピックのメダリストが
いま日本に来て競技に参加してるわけですよ。

小林
えっ!だってほら日本の選手だってパレードしたら
大変なことになってね、ニュースになってるじゃないですか!!

玉袋
大変でしょ!
ロンドンオリンピックの自転車競技KEIRINの
チームスプリントで銀メダル・銅メダル獲った選手たちが
いま日本にやって来て、競輪ですよ!
日本の競輪の大会に出てるわけですよ。
これをわたくし観に行きましたよ、西武園に!

小林
西武園ですか!!

玉袋
すごい事でしょ、これ!
メダル獲ってる銀メダルのね、フランスのミカエル・ダルメイダ選手とかね。


小林
カッコいいねー。
・・あ、オランダの人なんですか?フランス?

玉袋
カッコいい選手が来てるわけ。
フランス、オランダ、オーストラリア。
いろんな選手団、今8人来日して日本の競輪でレースやってんです。
それ、西武園でやってるっつーんで、俺観に行ったわけですよ!

小林
すごい!貴重な機会じゃないですか!

玉袋
もう、超満員だと思ったんですよ!
西武園、そんな人が来てるんだから!
言ってみりゃウサイン・ボルトが来てるようなもんですよ!

小林
しかもね、イケメンなんですよね。
フランスの方。

玉袋
イケメンですよ・・。
ガラガラよ!西武園で。すごい事なんだよ、これは!

小林
だって、銀メダリストですからね。

玉袋
ボルトがですよ、河川敷の会社の運動会で
徒競走で走るようなもんですよ!言ってみりゃ、これ!

小林
まぁ分かりやすい例えですよね。

玉袋
トム・クルーズが「梅ちゃん先生」に出るようなもんですよ!
それぐらいすごいのに、注目してるのは俺ぐらいしかいなかった。
あとは普通に昼間競輪場にいるおじさんたち?
・・素晴らしい人たちですよ!



2012/10/22

山田五郎が語る「創刊60周年『明星(Myojo)』」が生き延びたワケ」

今回は2012年9月13日(木)放送・荒川強啓デイ・キャッチ!
「デイ・キャッチャーズボイス」山田五郎さんの回
起こしたいと思います。

音声はこちらから

強啓
創刊60周年って、誠に申し訳ございません!
まだ本が出ているとは知りませんでした!

五郎
「明星(Myojo)」が?ああ、そうですか!


強啓
僕、「平凡」とともに終わりを告げたとばっかり思ってました。

五郎
ああ・・・、そうでしたか。

強啓
いやー知りませんでした、申し訳ありません。
それでね、リスナーの方から、57歳の東京にお住まいの男性なんですが。
「私が明星を買っていた時代。目的は歌本でしたね。
 歌本を手に歌番組を見ながら一緒に歌い、気に入ったらレコードを買ってました!
 今の若い人はどうような利用をしてるんでしょうか?」ということなんですが・・。

五郎
まずじゃあ歌本の話からしますとね。
あれ「Young Song」っていうんですけども、明星の歌本。
実は2年前まであったんですよ、実は。それも驚きでしょ?
今もね、このモノクロページのところに歌本の名残が微かにあるんですよ!ここに。
これ懐かしいでしょ?このレイアウト自体が。

杉浦
ねぇ白黒で、最近の歌の・・ってことですよね?

五郎
はい、FUNKY MONKEY BABYSとかが載ってますからね。
この歌本が4ページくらいあるんですよ。はい、これ名残ですよ。
確かに「明星(Myojo)」の歌本の名残が感じられますでしょ?
「明星(Myojo)」あるんです。


今はローマ字で「Myojo」と書かれていて、
まぁほぼジャニーズ雑誌です。
「60周年記念号」も嵐が表紙ですからね。

先ほど、強啓さんが「平凡と一緒になくなった」というふうに
お話し有りましたけども。
元々マガジンハウス、当時の平凡出版が出した「平凡」というのがあったわけですね。
これ1945年ですから戦後すぐ出たわけですよ。
それに対して1952年に集英社が「明星(Myojo)」を出したわけですよね。

強啓
はぁ、後から出たんだ!

五郎
ここの平凡出版と集英社の歴史というのは結構あって、
週刊は集英社の方が早かったんですよ!
1958年に「週刊 明星」が出て、その翌年の59年に「週刊 平凡」が出るんです。

で今度、1964年に平凡出版が「平凡パンチ」を出すんですよ。
それに対して集英社は66年に「週刊プレイボーイ」を出すわけですよ。
ここがこうやっぱライバルでしょ?

この「週刊プレイボーイ」、アメリカの「PLAYBOY」とは全然関係無くて、
のちに集英社は日本版「PLAYBOY」を75年にオールカラーで出しますけどね。

これちょっと女性誌になっちゃいますけども。
70年に平凡出版が「an・an」出すと、71年に集英社が「non-no」を出すみたいな。
この戦後のずーっと平凡出版と集英社の競争があったわけですよね。

そんな中で、先ほど強啓さんも仰ったように1987年に
「平凡」と「週刊 平凡」は休刊しちゃう。
88年に「平凡パンチ」も休刊しちゃうわけですよね。


その88年に「平凡パンチ」が休刊した時は、
「週刊プレイボーイ」が『頑張れ!平凡パンチ』っていう特集を組んで話題に・・
ライバルにエールを送るということで話題になったりしましたけども。

まぁ「週刊 明星」は1991年に休刊になりましたけども。
「明星(Myojo)」も「週刊プレイボーイ」も未だに頑張っていると。

強啓
そうなんだ、今も「明星(Myojo)」は相当売れ行きは・・?

五郎
「明星(Myojo)」ね、雑協のデータによりますと・・
今年のデータだと21万部くらい出てるんですよ。

強啓
えっ!そんなに売れてるの?

五郎
そうなんですよ!結構な部数なんですよ、これ!
21万部売れてるんですよ!
だから、元々は1950年代ですから映画スターですよね?
映画スターということは・・創刊号の表紙は美空ひばりさんですけれども。
映画スターを紹介するということで・・。

これが70年代になってきますと、より歌謡曲のアイドルっていうものが出て来る。
今も完全に「嵐」とかですけども。
昔はお正月とか記念号は必ず男女がペアで表紙になっていて、
つまり男性も女性も読む雑誌でしたね。
強啓さんの頃はたぶんそうでしたよね?

強啓
そうです、そうです。
太田博之さんとかね、小鳩くるみさんとかって
ずーっといったりなんかしてね・・。


五郎
はぁ・・・。
そこまで行きます?三浦友和と山口百恵とかって話じゃないわけですね(笑)

強啓
すいませんねぇ・・・すっごい古かったですか!すいません・・。

五郎
友和・百恵だったら分かる?

杉浦
わかります、わかります(笑)

五郎
そんな感じですよね?まぁそんな感じできたんですけども。
常にその時のスターとかアイドルというものを扱ってきた雑誌。
それで言うと、結局アイドルというものはジャニーズしかないってことが
これはっきりわかりますね。

同じ集英社の子会社でホーム社っていうところが、
「Duet」っていうのを出してるんですけども、これもジャニーズ雑誌なんですよ!
これ両方あわせるとね、「Duet」も13万くらい出てるからね。
ジャニーズだけで35万とか売れるんですよ。
そんなアイドルってもういないですもんねぇ。

いやそれでね、強啓さんも
「まだ続いてるとは思いませんでした!」って
集英社さんに失礼な・・(笑)

強啓
大変失礼いたしました。

五郎
まぁ続いているわけですよ。
形は変わりましたよね?ロゴは。
ローマ字になりましたし、大判になりましたしね。
判型も昔と変わったんだけど続いてきたと。

一方のライバルだった「平凡」「週刊 平凡」というのが
休刊しちゃったのに、「明星(Myojo)」とか「週刊プレイボーイ」が
生き延びられてきたのはどうしてか?というと・・

これ25年も続いてきたわけですから
「平凡」がなくなってから、ライバルの死後25年
生きてきているわけですよ。

よく言われるのが、集英社さんはマンガが
「週刊少年ジャンプ」とかありますからマンガがあるんで、
体力があって続けることが出来たっていうふうに言う人もいるんですけど。
僕はそれだけじゃないと思いますね。

というのは、「平凡」と「週刊 平凡」あるいは「平凡パンチ」が
休刊した1987年と88年ってこれバブルの絶頂期ですよ!
だから、平凡出版・・当時はもうマガジンハウスと名前を変えてましたけども、
絶好調で、全然そんなの少々赤字が出ても屁でもないくらい儲かっていたはずなんですよ。

これはやっぱり経営判断として、例えば「an・an」以降の「POPEYE」だとか
「BRUTUS」だとか「Olive」だとかね、「クロワッサン」だとか。


そういう広告収入依存型のビジュアル誌っていうところにシフトするという
会社の方針の中で「平凡」とか「週刊 平凡」とかいうのは古いっていうことで・・
まぁ僕らの世界で言う「活版の雑誌」って当時言われてたんですけど。
古いっていうことで止めた判断だったわけですよね。

その後どうなったか?っていうのを見てると、
その時に広告収入に依存してビジュアルに大きく舵を切った雑誌っていうのは、
実はその後、バブル崩壊後の広告収入激減の中で大変苦戦して
あるものは無くなり、あるものは部数が激減してるわけですよね?

そうやってみてきますと、集英社っていうのは
マンガって広告収入に依存しないでマンガを売った収入で稼ぐ商売ですよね?
そういう経験もあったせいか分からないですけども。
販売収入で食っていこうという考え方って・・

もちろん女性誌なんかで広告収入依存型の女性誌も
集英社も出してますけども、そういう考えがより強かった・・。

強啓
つまりは販売収入でやっていこうという?

五郎
なんとかやっていこうという、
言ってみれば読者の方を向いた仕事っていうのに
より軸足が大きくかかってたからなんじゃないかな?っていう気はしますね。

そのおかげで25年間寿命が延びたんじゃないか?と思うんですよ。
その間、大きな変化というと80年代のビジュアル時代って言われた時の変化があった。
この時、ビジュアル化をいろんな雑誌がしたわけですよね?
その結果、原価が上がって広告収入に依存せざるを得なくなって。
バブル崩壊後、広告収入が減ったと同時にドカーッと落ちたわけですよね。

次の大きな変化って2000年代になって、インターネットだと思うんですよ。
この時に、やみくもにインターネット化しないと!ということで
タダで情報を流しちゃったところも、やっぱダメになっていった。


だから結局ね、よく「時代の変化についていけないで消えていった」みたいなって
雑誌が休刊すると言われるでしょ?
だけど僕は、時代の変化についていけないものが消えていくんじゃないと思うんですよ。
時代の変化に踊らされて自分の本質を見失ったものが
消えていくじゃないか?っていう気がするんですよね。

強啓
なるほど、変化に踊らされて!本質を見失って!
ああ・・。

五郎
はい、だって「明星(Myojo)」さんなんてこう言ったらなんですけど
「アイドル雑誌」ってまぁそりゃ古いですよ!
で、「週刊プレイボーイ」みたいな活版雑誌も古い。
でも結局生き延びているのはそれですよ!

「週刊新潮」にしろ、「週刊文春」にせよ。
メディアとしては非常に古い形態ですけども、
どうして生き延びたか?というと、
そりゃやっぱり、よりたくさんの読者に買ってもらって
その収入で食べていくという情報産業の基本を
ずっと守ってきたからなんじゃないか?っていう気がしますけどね。

強啓
なるほどね・・そうか・・本質を見失っちゃいけない。

五郎
そう、時代の変化に踊らされて本質を見失ったものが消えていくんだと。

強啓
重いねぇ・・。

(了)

2012/10/18

コラムニスト・深澤真紀が語る「『女子力』より『女子術』に長けてる方が良い」

今回は、2012年9月11日放送「大竹まことゴールデンラジオ」
「大竹メインディッシュ」深澤真紀さんの回を起こします。

音声は、配信期限が過ぎたためありません。

太田英明アナ(以下、太田)
今日のお客様は、コラムニスト・編集者として活躍中
フジテレビ系列の「とくダネ」のコメンテーターも勤められています。
また、平成18年には、「草食男子」「肉食女子」という言葉を産み出しました。
深澤真紀さんです、こんにちは。

深澤真紀(以下、深澤)
こんにちは、よろしくお願いします。

真鍋かをり(以下、真鍋)
よろしくお願いします。
現在「とくダネ」は今、金曜日?

深澤
金曜日ですね。

真鍋
私いま月曜なので、ちょっとやっぱり曜日が違うと
本当にお会いするのが・・

深澤
年に1回、2回とか・・忘年会とか(笑)

太田
あの・・小倉が大変お世話になっております(笑)
どんな立場でも無いですけど(笑)

真鍋
誰ですか?(笑)

太田
あの・・深澤真紀さんというと、
「草食男子」「肉食女子」という言葉を最初に仰った方ということなんですけども。
これそもそも最初に使い出した意味合いと違った意味合いでいま世の中に
流布しちゃってるってことなんですよね?

深澤
はい。流行語ってだいだいそうなんですけど。
私自身は今どきの若者を「とてもいいな」と思って
まぁフラットだし、そもそも「草食」って仏教国の日本では
むしろレベルが高い・・精神性が高いというガツガツしてない・・

私自身もバブル世代なんですけども。
バブル世代とか上の世代よりも全然良い世代が生まれてきたな!と思って


真鍋
あ、良い意味だったんですね!!

深澤
全然良い意味だったので!!
あのー未だに怒られるんですけど、
「いや・・良い意味でつけたのになぁ・・」と思って。

真鍋
今なんか「あまり元気がない」とか、「やる気がない」とかー。

太田
「性欲がない」とか、「おとなしい」とか。

深澤
全くそういう事は無くて、あの全然留学してないとか
そういうこともデータ的に出てないですし。
「若者を悪い」というデータは間違いなんですけど。
まぁ社会の状況が悪いので「若者叩き」されがちにはなってますね。


2012/10/12

カンニング竹山が語る「放送禁止2013は既に始まっています」

今回は、2012年9月3日放送・ニュース探求ラジオDig
「カンニング竹山の黒ぶちメガネ」を起こしたいと思います。

音声は配信期限が過ぎたため、ありません。

竹山
さぁというわけで、「黒ぶちメガネ」ですけど。
今かかってる曲が今年の僕が昨日までやっていた
『放送禁止2012』のテーマソングなんですけど。

この曲は何か?と言いますと。
これは昔、僕がカンニングというコンビを組んでいる時に、
左とん平さんの『ヘイユウブルース』という曲があるんですよ。
それも最高の曲なの!


当時、ラップじゃないけど語りというのかな?
左とん平さんがラップみたいな感じで語るんだけど。
当時の日本のジャズマンの大御所たちが裏で演奏しているというのを
昔、本か何かで聞きまして。

で、『ヘイユウブルース』やりてぇな」ってずっと思ってて
色々権利持っている方とかいるから、その方にお願いしたり何かして・・。
ミッキー・カーチスさんとかが絡んでて・・で、お願いしたら
「やれ!やれ!」ということで「やっていいよ」って許可もらったりとか。
とん平さんに許可もらったりとかしまして、
『カンニングのヘイユウブルース』というのを出したんですよ。

その代わり・・『ヘイユウブルース』の話が少し長くなりますけど・・
もうほとんど歌ってないわけ。
「何がヘイユウブルースや!!」ってただ俺が言ってるだけなの。
で、「ヘイユウ!ヘイユウ!」ってサビのところだけ中島が歌ってるところ。

2012/10/06

伊集院光が語る「基本的に24時間テレビの開催は賛成派ですよ」

今回は、2012年8月27日放送
「伊集院光 深夜の馬鹿力」ポッドキャストを起こしたいと思います。

音声はこちらから

伊集院
えー、あの話題いきますか?
24時間テレビ。

24時間で・・これね最初にはっきりさせときますよ!
基本的にどっちかっていうと僕、24時間テレビの開催は賛成派ですよ!
賛成派!


で、いろんな意見があるじゃないですか?
その-・・偽善であるとか、何であるとか・・。
あとどれくらい正しいのか知らないけど、
「制作費がいくらかかってるのに結局集まるお金がいくらだ」
みたいなことを言うじゃないですか?

あと、タレントがギャラもらってんじゃねぇか?とか
そういうその細かいこととかは僕の中では全部抜きなんです。
全部抜きで。

まぁピーク時より下がってるかもしれないけれど、
今回も番組の終了時点で2億8千万かなんかの募金が出てるでしょ?
「もうそれでいいじゃん」っていう。

よく言う、「じゃあ休んで制作費を全部寄付すればいいじゃねぇか!」
っていう話に関しては・・。
いやだから、休んだらその制作費を出してくれるところは無いから
それはもう机上の空論で「言ってもしょうがないじゃない」っていうとこなので。

まぁ僕理論は去年も発表しましたけど、
「むしろ愛と絆だ大切だからやってるんだからやってるんであって、
視聴率やその募金額やそういう問題じゃないんですよ」みたいな
言い訳をしたからには一生やれよ!っていう俺の中では
もう「止めるの禁止」みたいなところ。
だからある意味、超賛成派言ってもいいでしょう。

あのー、手短に、手短にね。
今年の24時間テレビの・・。
ちゃんと見たのは「ヤングマン」のところと、
あとは走ってんなってところを何カ所か見たんですけど。


まず1つは24時間テレビ始まる前の事前の番組とかからも
ちょっと思ったんですけども。
あのー両方の意見を言えるんですけども・・。
佐々木健介夫婦の子供たちの・・特に次男のテンション低過ぎねぇ?
その(笑)・・次男のイヤイヤ感っていうか・・シャイなのかな?
シャイネスボーイなのかな?

長男はわかんないけど、ハキハキした子じゃないけど
これテレビ的に「ここ行かなきゃいけないな」みたいなところを
すごい理解してる感じが俺の中では「子供ってそうじゃなくてよくない?」って思うのね。

なんかすごく長男の頑張ってる、そういう意味での頑張ってる。
走ってるところじゃない、そこ頑張ってるところに心打たれるのね!
この空気の中で「調整するのは僕だ!」っていう感じが打たれるのね!

次男の「まぁー乗ってないね、この企画」っていう感じの
どのタイミングでも全員の、羽鳥アナだったり他のレポーターの人だったりの
期待を一身に背負って来る「わかるな?」っていうマイクを全て裏切っていく(笑)・・感じや。

あとそうね・・「24時間テレビ史上初のリレーによる・・」みたいなやつは、
別にお前らの決めるルールだから(笑)
別にそこの「史上初」を「オリンピック史上初」みたいなそういう空気にするのを
「何なの?」って思いながら見てたのと。

なんかすごく頓珍漢っつーかね。
もう頓珍漢だって、既に24時間テレビは俺の中で「奇祭」って感じだから
なんかわかんないけど「もう決まりだから」っていう。
マラソンするとかしないとか、何のためにマラソンをするんだ?みたいなことは、
「もうそういうもんだ」っていう。

「何でこどもの日に柏餅食ってるんだ?」
「で、その柏餅食った後の葉っぱを股間に付けて『アダムとイブ!』ってやるんだ!」って
「みんな!全員が全員!どの家庭でもやるんだ!」って言いますけど・・。
「それが端午の節句なんです。」ってことだったりとか。


なんかわかりませんけども、ハロウィンの日に「何でカボチャを?」っていう。
「何でカボチャを人の顔にくりぬくの?」って言われても、
「何か由来があるんでしょうけども、そんな、そんな!」っていうやつだから。
「いいや」って流すもんだと思うんですけども。

今年の奇祭ぶりがすごいと思ったのが、
テーマの中にいつもやっぱり、言い方難しいんだけど
「ハンディキャップあるんだけど頑張ってますよ」っていう人をすごく応援する
テーマが絶対あるじゃないですか?

それと更にその地震以降もみんな
「自分はこの事で勇気づけられて頑張ってます」っていうのがあるじゃないですか?
更には、「節電」っていうのがあるじゃないですか?

この3拍子がすごい奇祭っぽくなってるじゃないですか?
この3拍子がどうにもこうにも統制が・・辻褄が合わなくなってるなと思うのが、
まず、「節電」つって深夜帯もずっと平均17%取ってることって喜んでいいの?
って思うんだよね、だってテーマ「節電」だったら、
「我々はずっとチャリティーをやってますが一旦テレビを消しましょう」って話じゃんか?
野暮な話をするようですけど!

そこがなんかわかんないけど、なんかわかんないけど!
「平均の数字上がりましたよ!」って事とどういうふうに両立するもんなの?
って思うのが1個。

それと丁度パラリンピック直前「これから開催されますよ」っていう時期に
「え、そこは行かないんだ!」っていう感じ。
更には、これ北海道もネットされてますから北海道の方はどう体感されたかが
重要なんですけど、途中で地震がそれも震度5弱っていう
北海道からしたらけっこう大きな地震が来るんだけど、
「そこの情報も行かないんだ!」っていうあたりが
もうかなり24時間テレビの奇祭ぶりというか、なんかわかんないけど
うーーー・・・。

もはや、元々の事とか関係無いっていう、
ただただ巨大な男根を街道沿いずっーっとみんながわっせわっせって運んでる感じの。
「その街道は元々その先に神社があって田んぼのど真ん中だったから、
その頃は田んぼに神さまが種付けをすると豊作になる」
っていう事だったんで男根だったんですけども。

「今、もう既に街道の周りにマンションがいっぱい建ってますし、農業がほとんど無いんです。」
「でも男根は行きます。ただ男根は素材が軽くなったんですよ!」みたいな(笑)
「そこ?そこなの!」みたいな。
だから外国人が見て”Oh!crazy!big penis!! big penis!! AHAHAHAHA!”
ってなってるやつが・・なんかその感じを受けちゃうんですよね。


ただなんかここの発言ばかりクローズアップされると、
超反対派みたいになるんですけど、それでも2億8千万っていう額が
困ってる人に行き渡るということに対して
「まぁそこはそれなんじゃないの?」って思ったりするのと。

あと年々不況もあって確実になってると思うんだけど。
もはや視聴率がグンッと上がっているのに、
募金額が下がってくってことは見方が「どうなるんだか、見てやろうか?」っていう
「またグダグダになってるよー」っていう見方を占める方がガンガン増えてる様な気がして。

スポンサーにお金を出してもらおうとしたりする企画書の中で、
割と支えになるのは「今年、視聴率が歴代○位までまた伸びました」
みたいなことが支えになるわけで。
そうやって考えると、支えてるのは下手したらアンチの人が
かなりの部分支えてんじゃねえかな?っていうのをね。
まぁ私こと「デンジャラスクイーン」は(笑)
まぁ僕も膝が今、痛いんで。デンジャラスクイーンは思いましたね。


あ、今すごい面白くなるところで池田ディレクターが「CM」って言ったから・・
すごい面白くなるところなのに・・
なんで時間配分がいつまで経っても出来ないんだろう・・。
何なんだろう?ちゃんと佐々木健介親子は時間にゴールしてるのに!
何でこの程度のことが何年経っても!!!はあーあ!!

(了)

2012/10/03

樋口真嗣監督が語る「意外とみんなミニチュア好きなんじゃん!」

今回は、2012年8月23日放送「ニュース探求ラジオDig」内
「藤木TDCのCDT」ゲスト・樋口真嗣監督を起こしたいと思います。

音声は配信期限が過ぎたため、ありません。

藤木TDC(以下、藤木)
これからもしね、まだ『特撮博物館』行ったんですけども。
行ってない人に是非アドバイスしたいのは、樋口さんが作られた
『副館長の余計なヒトコト。』っていうフライヤーのようなものが
入り口の近くのさりげなく置いてあるんですよね。

樋口真嗣(以下、樋口)
これ本当に最後の1週間で作ったので。
最初、決まってなかったんです。

藤木
でもこれを読むか読まないかで大違いなんですよ。
博物館の見え方っていうのがね。
しかも全部手書きで書かれてて、こういうのはね・・
SF大会とか初期コミケみたいなもので
みんなこういうものを作って配ってたりするような・・。

樋口
俺の中では、宮崎駿さんっぽくやったつもりだったんですけどね。
ジブリ主催なんで、ジブリっぽさで宮崎駿さん・・
しかもこの紙全部ポニョのメモ用紙で書いてるんですよ。
全部これ消してあるんですけど。「ポニョ」って全部書いてある・・。

「ポニョ」のメモ用紙がすごい分厚いのが余ってて
それに全部書き始めて・・。



藤木
手書きでイラストと文字で展示のみどころみたいなものをですね。
そういうものをビッシリ裏表に書いてあってこれが実に参考になるというか
展示のキモですよね?要点を実にまとめてあったりとか。

樋口
そうですね、だからあのー・・藤木さんだとかだと分かると思うんですけど。
子供のころに見たものが全部ミニチュアだったら、
ミニチュアであることって当たり前だったじゃないですか?
でも今の子供たちって「何でミニチュアで撮ってるの?」って言うんですよね。

藤木
ああ、CGが当然だったりするわけですからね。

樋口
しかもそこにあるウルトラマンがバンザイしてる人形とかあるわけじゃないですか?
「何で人形で撮ってるの?」って言われるんですよ。
「何で?」って言われた時に、自分たちも「そう言われれば当たり前に撮ってたな」と。
疑問を差し挟まずに撮ってたんですね。それを先輩たちがやってるから。

でもよくよく考えたら、「そういえば何でなんだろう?」って。
ある意味、自分たちも「じゃあ特撮って何だったんだろう?」って。
好きで始まって仕事でやってたけど、でも実は「何でこれそうなんだろう?」って・・

藤木
そうなんですよね、怪獣の着ぐるみとかもそういうウレタンで
あんな人間が中に入るでかいぬいぐるみ作って入って動いてるのって
あんまり外国では無いですよね?
モーションコントロールとかクレイアニメだったりとかするようなことはあってもね。

樋口
「何でなんだろう?」っていうのをもう一回ね・・。
実はあれなんですよ、展示をやることによって自分たちが
もう一度学び直したっていうことがすごく多かったんですよね。
「何でなんだろう?」って考えた時に楽しかったですけどね。

藤木
それとね、僕はやっぱりその「副館長の余計なヒトコト。」っていうフライヤーの
一番最初に書いてあるんですけど、
展示品を集めるのがまず相当大変だったんじゃないか?っていうのと。
まぁそれみんな捨てたり無くなってたりするようなことがあって。
それと有っても非常に壊れた状態だったりとか汚れた状態だったりするようなものが
多くてそれを修復して展示しないと・・。

今回展示されてるようなピカピカの状態にはならないっていうような
ちょっとその辺のご苦労のことを。

樋口
まぁ俺は全然苦労してないですよね。
たまたま私と庵野と共通の友人であって「ガメラ」の時から
怪獣造形をお願いしてた原口智生っていう友人がいるんですけど。


彼が、本当に一人でいろんなものを直してたんですよ。
その特殊メイクという仕事に対して自分の中でそろそろ違う事やりたいって
自分の中で本当にやりたいことをやりたいってなった時に
何を始めたか?っていうと残されたミニチュアを直すことだったんですね。

藤木
原口さんはこの「特撮博物館」の図録売ってる最後の方に
修復のことについて書かれてますよね?
マイティジャックのでかい3mくらいあるミニチュアを修復する・・。

樋口
あそこにあるミニチュアの半分以上は原口さんが直してるんですよ。
実は、残ってるものってやっぱりボロボロなんですよ。
かといってそれをみんなが望むような綺麗な形にするのではなくて。
昔、撮影所で使ってた時のような状態に復元するっていうことに
ものすごいこだわって作ってくれたんです、原口さんが。

藤木
色とかを出すのがすごく大変なんですよね。
質感とかもミニチュアの質感っていうのがあると思うんで、
ただ直せばいいっていうもんじゃなかったです。

このコラムでも1回やりましたけど、「ウルトラマン・アート!」の方に行くと
今回の展示にもかなり協力してると思いますけど、
西村祐次さんっていう方のコレクションで。
それは本当にボロボロのままで、ウルトラセブンのブーツとか
当時使ってたものが本当にボロボロのままで残ってて、
ベムラーの尻尾のかけらとかが展示されてて・・。

樋口
まぁ今回も半分は西村さんのコレクションなんですけど。
残りの半分は原口さんの新たに作ってくれたのを。

藤木
あと怪獣の着ぐるみそのまま残ってるものはほとんど無いですよね?

樋口
まぁ怪獣の着ぐるみは基本的にラテックスって言って
空気に触れてどんどん劣化していくゴムなんですよね。
ゴムなんでどんどんボロボロになってしまってもう残らないんですよ。

今回たまたまメカゴジラかっていうと、
あれだけウレタンなんですよ!
布団とかに使うウレタンあるじゃないですか?
あれのすごい密度の濃いやつのシートを組み合わせて作ってるんで
ゴムを使ってないんですよね。腐らないんですよ!

江藤愛アナ(以下、江藤)
なんでそれだけ生地が?

樋口
メカだからですよ!

藤木
メカ感を出すために・・。

樋口
カチカチのそういうの、だから設定上は「スペースチタニウム」っていう
宇宙の合金なんですよ!出来てるのはウレタンなんですけど。

藤木
あれは東宝にあったものなんですか?個人蔵ですか?

樋口
個人蔵です、あれも西村さんが。

藤木
あとは樋口さんがやられた「ガメラ2」の時の着ぐるみですか?
それとあとキングギドラがあるくらいですよね?

樋口
あとゴジラ・・。

藤木
ああゴジラがありますね。

樋口
小林知己さんって方が作られた・・何の話かさっぱりわからないと思いますけど・・。
ゴジラって1種類じゃないんですよ、1作品ごとに色々と形が違う・・。
平成初期の「平成ゴジラ」と呼ばれてるゴジラのほとんどの形を作った人がいるんですけど
その人の工房を再現するという形でゴジラの型を置かせてもらっている・・。

藤木
ゴジラファンは「あの時のゴジラがいいよね!」っていうのがあるんですよ!

樋口
それで色々な派閥争いになるんですよ!
お互いを認めない(笑)

藤木
今回の博物館、自分の中では「学習する」っていうことをおっしゃってましたけども、
結構多くの人が来てましたよね?
やっぱりやってみて意義はあったっていうような感じは?手応えはありました?

樋口
手応えというか、「こんなにみんな特撮が好きなんだ!」って。

江藤
意外に女性が多かったですよね?

樋口
あ、そうですか!ありがとうございます。
何だろうな?自分としてはより良い映像を作ろうと思って
「じゃあ良いところはミニチュア使ってそうじゃないところはCG使ってもいいじゃん!」
って思ってたわけですよ。

藤木
まぁそういう世代ですよね?

樋口
分け隔て無く良いものを使うってつもりでいたら、
「意外とみんなミニチュア好きなんじゃん!」って。
「ミニチュアの方が喜んでくれるってどういうことだ!」とか。
結構その辺は正直混乱しましたよね。

藤木
でも大変さでいくと現場のね、映画の製作段階の混乱さでいうと
たぶんミニチュアの方が相当困難なわけですよね?

樋口
いや困難じゃないですよ!お金がかかるだけなんで。
あのお金を出してくれれば全然困難じゃないんですけど、
みんなお金を出してくれないから困難になるんですよね。

なので、ラジオの前のお金を出す人!
お金を出して下さい。

藤木
今回、樋口さんの監督作の新作で「巨神兵東京に現わる」っていうね
ショートムービーが「特撮博物館」に行くとあまねく見られるというような感じですけども。
あれは映像としても非常によく出来てたんですけど、
新しく挑戦したところもたくさんあったと思うんですけど。
どんなご苦労があったとか、どういうところを見て欲しいとかありますか?

樋口
いやまぁ短いんで、見てればすぐ終わっちゃう(笑)
だから見逃さないで欲しいなっていうのはあります。

藤木
でも結構怖いんでね。

江藤
怖いですよ!
子供がねウワーンって泣いてたんですよ・・。

樋口
まるであの時の自分のようです・・。
むかし子供の頃やっぱり泣いて。

藤木
怪獣映画を見て、怪獣じゃなくても「マタンゴ」とかあういうSF映画を・・。


樋口
やっぱり子供の頃みると怖いんですよね。
でも怖いんですけど、それが実は昔だったら「少年マガジン」とかのグラビアを見ると
「あれは実は映画だったんだよ」って当たり前ですけど、「人が作ったものなんだ」っていう
撮影風景の写真とかが載ってるわけですよ。

そういうのを見て、「ああ!なんだ!泣いて損した!」とか思いながらも
「あれを作った人たちってすごいな!」ってそのころ思ったんですよ。

だから実は今回の「巨神兵」って何のために作ったか?っていうと、
「これはどうやって作ったんだろうか?」ってことを説明するために作った。

藤木
メイキングの方がむしろ重要なのかもしれないですよね。

樋口
作ってる過程をそもそも見せるという前提で、
「じゃあどういう話にしようか?」っていう。

藤木
だから映像だけ見てると、「ああCGなんだ」って思ってたところが
実はミニチュアで全部作ってたってことになると「ええーっ!そうなんだ!」っていう


ネタバレしていいかわかんないですけど、
最後の方に爆発シーンが・・核爆発みたいなシーンがあるんですけど、
「ああ、CGでよく出来てるな」って思ったら、実物で綿を拠ったものが飾ってあって
「これだったんだ!」っていう。

樋口
意外と綿って多いし、別にすごいそれに対して「素晴らしい!」って
言って頂けるのは嬉しいんですけど。
実はジェームス・キャメロンが昔やってるんですよ。
「エイリアン2」っていう映画で最後に同じようにエイリアンが巣食ってる
発電所みたいなのを爆発しちゃうわけですよ。
爆発して命からがら助かって良かった!って時の全景のカットが
本当に綿なんですよ同じように。

あの頃まだCGが無い時代だったんで、ジェームス・キャメロンって今でこそ
「アバター」とかでものすごいCGを使って・・湯水のように使って
大成功している監督ですけど昔は綿を使って同じように核爆発を撮ってたわけですよ。


藤木
だから何回も行きたくなるのは、そういう素材とかがわかるんで
前半に宇宙船とかメーサー殺人光線銃とかいろいろ
ミニチュアの車とかロケットとかそういった武器とか出て来るんですけど、
よくみると木製とかね、木を削って作ったりブリキを叩いて作ったりするっていう
手作業感っていうのがね、わかるのとわからないのとだと有り難みというか・・。

要するに近所のおじさんが木を削って何か飛行機の模型を作ってくれるようなものの
延長上であういう未来的なロケットも作られてるっていうがね事があったりして。
そういうところを知ると、より「ああ、特撮ってこういう時代のものだなぁ」っていうのが分かるし。

樋口
それが結局・・なんだろうな・・。
アメリカから「スターウォーズ」がやってきた時に
「ブリキのロケットじゃお客さん喜ばないよ」って
全部あの辺のミニチュアを捨てちゃったわけですね。

藤木
小松崎茂さんのタイプの流線型の・・
いわゆる子どもが想像するロケット的なものは全部捨てて
色んなディティールがごちゃごちゃ付いてる・・。

樋口
もうプラモデルの部品がぐちゃぐちゃっと付いた
そっちの方がリアルに見えるしカッコイイとみんなその時は思ったわけですよ。
俺も思ったし!

藤木
そうですよね、まぁまた「エイリアン」とかの時代になるとまた全然変わってくるし。
特撮のミニチュアのデザインとかがだいぶ違ってくるんですけど。

樋口
でもそうなると、どういう事が起きるか?っていうと。
倉庫に入ってる面積ばっかりとるブリキのロケットなんていらないっていう
話になるわけですよ。

「もう1回これ撮影で使えますか?」って言ったら、
「そんなの誰も使わないよ・・」ってそういう時代があってやっぱ全部捨てちゃったんです。
その時に生き残ったのがあそこに残ってた今回展示されてるロケットたちなんですよ。

藤木
・・っていうね、激動の時代を生き延びた本当のわずかなものを綺麗に修復して・・
もう本当はホコリまみれだったり・・。

樋口
いやもうボロボロだったものを全部綺麗に・・。

藤木
あのー、地下に下りていくと特撮倉庫がセットみたいに作ってあって、
そこに展示してるものがあったりするじゃないですか?
あれの中の見える所に置いてある戦車とかもあるんですけど、
棚の上とかに何気なくあったりするという、このフライヤーの中にも
「何かがどこかにあるよ」って言って書いてあるようなものが
棚の上のポコッて置いてあったりして、
「こんなところにこんなふうに置かれてるの!」っていうのを想像すると・・。

樋口
だからあそこのあるロケットたちも綺麗になる前は
あれと同じようなもっとサビだらけでボロボロの状態でそこに置かれてたんですよね。

藤木
というね、もう聞いても聞いても聞き足りない感じがするんですが。

樋口
楽しいですか?こういう話は。

藤木
いや、僕はすごく楽しい!と・・。

樋口
社会と向き合った話をしなきゃいけないと俺は教わってきたんですけどね・・(笑)

(了)

話題に出ている『特撮博物館』は、
東京都現代美術館にて2012年10月8日(祝)まで開催しています。

実際に『特撮博物館』に行かれた方の感想の記事も併読されると
より雰囲気が掴んでいただけると思います。

【わりとチャイナなブログ】
館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技 1 
館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技 2 
館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技 3 
【オタクな一口馬主】
館長庵野秀明・特撮博物館に行ってきました 1Fフロア 
館長庵野秀明・特撮博物館に行ってきました 地下フロア 
ミニチュア特撮課外講座 第1部
ミニチュア特撮課外講座 第2部

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