2012/06/17

山田五郎が語る「ビリケンの知られざる物語」

今回は、2012年5月24日「荒川強啓 デイ・キャッチ!」
「デイキャッチャーズ・ボイス」山田五郎さんの回を起こしたいと思います。

音声はこちらから

山田五郎(以下、五郎)
大阪の新世界・通天閣にある幸福の神ビリケン
大阪では「ビリケンさん」と、さん付けで呼びますけどね。

1996年だったかな?阪本順二監督の映画の「ビリケン」っていう
杉本哲太さんが主演した映画があってあれで結構有名になったもの・・
まぁ幸運の神様というやつなんですけどね。


これが今年の7月に通天閣開業100周年、100周年ですよ!
それを前に3代目のビリケンさんに交代したんですよね。

このビリケンさんのからだ、特に足の裏に触ると御利益があるっていう
なんか「おびんづる様」と同じ扱いされてて。

で、1980年に置かれた2代目が今いるんですけど
体じゅう真っ黒になっちゃって、足の裏4センチくらいすり減って

荒川強啓(以下、強啓)
あ、そんなにやっちゃったの?

五郎
もう撫ですぎだろ!っていう

強啓
もうテッカテカなってましたからね。

五郎
30年でそこまで減るんだ!っていうのは驚きましたけどね。
で、新しくやって3代目はなんと京都の仏師、あの仏像作る人ですよね。
松久佳遊さんっていう人たちが製作をして、
楠の一木作りで、髪の毛の金箔を貼って金髪になったとかって
新聞に出てましたけどね。

このビリケンって何か?って事なんですけども。
今回の報道とかね、ネット上のウィキペディアみたいな辞典にも
1908年にアメリカの芸術家のフローレンス・プレッツ(プリッツ)さんが作った
幸運の神さまであると。
そのプレッツさんの夢の中で見た神秘的な人物の姿がモデルになっていると。

当時のアメリカ大統領が、27代大統領のウィリアム・ハワード・タフト
この人がウィリアムだから、愛称が「ビリー」だったわけですよね。
そこからビリケンと名付けられていると言われると。
まぁほとんどの資料でそうなっているんですよ。

別にいいんですけど、私もよくこの「ビリケン頭」とか
「ヘアスタイルが似ている」とか色々言われるので、
ちょっとビリケンには前々から興味があって。




それでね、ハワード・タフトの愛称「ビリー」はいいけど、
「ケン」は何ですか?と疑問だったんですよ。
これアメリカのサイトで調べてみたら、
「ケン」はなんと日本語の「君」、つまり「ビリー君」がなまって
ビリケンになった説とかがあったりとか。

あと、元々は日本に「ピリケン」っていう神様がいて
それからビリケンが来たんだとかって書いているっていうのも見たんですよ。

強啓
「ピリケン」っていう神様がいたんだ!

五郎
「いや、いるか?」と思って。
あと、「ビリー君」がビリケンになるか?ってのは、
「それは無いだろ!」と思ってちょっと本腰を入れて調べてみたら、
意外な事実が判明して、なんと今までのビリケン起源説が
間違っていたことが判明したんですよ。

これねまず1908年にアメリカの芸術家っていうか元・美術の先生なんですね。
フローレンス・プレッツさんっていう女性が
シカゴで発表した事は間違いなんですよ、確かに。

ただビリケンというもの自体は彼女が創作したんじゃなくて
1896年、だからそれより10年以上前に
カナダの詩人のブリス・カーメンという人が書いた詩に出て来る
小さな妖精なんですよ。

「ミスター・ムーン」っていう詩があって
その中に小さな妖精がいっぱい出て来るんですよね。
その中にビリケンっていう名前の妖精も出て来るんですよ。

強啓
ほう!!

五郎
で、これを1907年にプレッツさんのお友達の
サラ・ハミルトン・バーチャルさんていうお友達がいる。
この2人はすごい仲良しで生まれ故郷も同じカンザスシティで
2人で一緒にシカゴに出てきて一緒に住んでたくらい仲良し。

そのバーチャルさんが、このブリス/カーメンの詩に
インスパイアされてビリケンを主人公にした詩の連作を
カナダの新聞に連載するんですよ。

それにプレッツさんが挿絵を描いた。
挿絵を描いた時にあのビリケンの姿が出来上がったんですよ。

強啓
あーー、そうなのー!

五郎
だから「夢の中で見た」って、夢で見たのかもしれないけれども。
元々はカナダの詩人が作った妖精をプレッツさんが視覚化したっていうかね。
絵にしたんです。

で、この連載がけっこう人気が出たみたいで、何回か続いているんですよね。
これに目を付けたのが、当時の出版社を経営していた人で。
若いアーティストたちを支援して、「アーツ・アンド・クラフト運動」みたいなのをやっていた
エドウィン・グローバーさんっていう人がが注目して、
ビリケンを商品化しようと、立体化して商品化しようっていうことで。
商標登録や特許登録までして売り出すことにしたみたいなんですよね。

1908年5月3日のシカゴ・デイリー・トリビューンっていう新聞に、
ボーンと広告を出すんですよ。
「まもなくビリケンという幸運の女神がやってくる」って言ってね。

そこに掲載された写真で、
このプレッツさんという人が変な着物を着てね、
ビリケンの像の前でお香を焚いているわけですよ。
小っちゃいビリケンの前でお香を焚いてる。

杉浦舞
着物を着ているんですね。

五郎
これ着物をなんですよ、変な着物。

強啓
着付けがまたなってない!!
もう裾がバラバラなんだよね。


五郎
ガウンみたいに着てる・・
で、ここに書いてある文章を読むと面白くて、
なんとプレッツさんという人はですね、小さい頃から日本のものが大好きで。
「私は日本人の生まれ変わりだ!」と。
「前世は日本人だったと思う」っていうね、
前世を否定するキリスト教徒とは思えない発言をしてるんですよ。

で、ビリケンはそういう東洋の神秘の神さまだと、
「日本の神さまだ」つってるんですよ。
だから最初「日本の神さま」ということで、
「東洋の神秘・日本の神さま」ということで売り出されているんですよ。
アメリカでは。

だから、多分そこからビリケンは「ビリー君」から来たとか
日本の神さま「ピリケン」説っていうのが出てきたんじゃないかな?っていう
感じに思うんですよね。

更にその新聞広告の文字を読むと面白くって。
その詩を書いたお友達のバーチャルさんと
「昔からカンザスシティにいた頃からね、2人でお香を焚いてお祈りしてたんだ!」って
「そしたら夢が叶った!」って。

「私たちはシカゴに出て来ることも出来たしね。
お友達のバーチャルさんは詩集を発売することも出来たと。
夢が叶う幸運の神さまだ!」つって。
なんかあの雑誌の裏に出ているヒランヤの広告みたいな文章なんですよ、本当に!

これはね、「GOD OF THINGS AS THEY OUGHT TO BE」っていうね
まぁなんて言うか「あるべき姿のものの神さま」っていうか願いを叶える神さまってことで、
それで売り出したんですよ。
これがなんと大ヒット!

強啓
で、大阪に来たのは何故?

五郎
1908年5月3日に新聞広告を出して、先に出しておいてビリケンを発表したんですよ。
そしたら、これが当たっちゃったんですよ!大当たりした。
少なくとも、色んなその新聞記事に載ってる大統領のウィルアム・タフトの愛称「ビリー」から
名前が付けられた説は違うということがここではっきりしたんですよ。

なのになんでそう言われるか?というと、
これタフトの1代前の大統領セオドア・ルーズベルト、
この人の愛称「テディ」からテディベアが生まれてるんですよ。
多分、それと混同したかあるいはそれにあやかって売ったのかもしれない。

本当に何故大ヒットしたのか?はわからないんですよ。
わからないくらい大ヒットして、なんと4ヶ月後にはビリケン人形や
座ってる台座、あれ「スローン」っていうんですけど、「玉座」ってことなんですけど・・とか、
あとグッズを売る会社「ビリケンカンパニー」っていう会社まで設立されるんですよ。

で、ゴンゴングッズが出て、翌年にはその作者のフローレンス・プレッツさんと
権利関係を巡って揉めて新聞沙汰になってる。
ちなみにフローレンス・プレッツさんは「私は月30ドルしかもらってない」
「だけどもっと利益は上がっているはずだ!」みたいなもうそういう争いになって。

こんなブームになったので日本にもすぐに入ってきて、
それで1911年に大阪の繊維会社の神田屋田村商店って人が商標登録してるんですよ。
これ向こうにちゃんと商標登録したのかはわかんないんですけど。

それでその翌年1912年に「新世界・ルナパーク」っていうのが
「新世界」ってすごいお洒落な遊園地だったんですよ。
当時のテーマパークで、通天閣は当時凱旋門の上にエッフェル塔が建ってるあれで・・


強啓
あ、本当だ!

五郎
下が凱旋門で、上がエッフェル塔っていうのが初代通天閣・・
で、周りにパリを模した放射型の家が建って。
夜はライトアップされるルナパーク。

このもうひとつ通天閣と並び立って「ホワイトタワー」っていうのがあって
この中に「ビリケン堂」っていうのがあってここにビリケンさんがいたんですよね。

その後、戦時中に通天閣が燃えちゃったりして新世界が閉園になって、
ビリケンもどこ行ったかわからなかったんですけども。

1979年に「通天閣ふれあい広場」ってのを作る時に
「ビリケンさん甦えらせようや!」って話が出て、
伊丹市の彫刻家の安藤さんっていう方が木造を作って1980年に設置したのが2代目だった。
この度、それが3代目に生まれ変わったって事なんですけどね。

だから、日本ではまず新世界に来た当時は、
「アメリカから来た最新の世界的福の神」っていう売りだったわけですよ。
ところが当のアメリカでは「日本の福の神」として人気が出てたってところが面白いなって。

強啓
その女性が・・フローレンス・プレッツさんがそもそも
そのビリケンというものを世に送り出した。

五郎
ビリケン自体はそのカナダの詩人ブリス・カーメンさんっていう人が
考えた妖精だったということなんですよね。

強啓
大阪に行かれた方は、その事を覚えた上で足をナデナデして下さい。


(了)

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