2011/10/17

宮台真司が語る「イクジイと宮台家の子育て」

今回は、荒川強啓デイ・キャッチ内
「デイキャッチャーズ・ボイス」より
2011年7月15日放送分
2011年7月22日放送分を起こしたいと思います。

NPO法人ファザーリング・ジャパンが提唱する「イクジイプロジェクト」から
宮台家の教育話へと流れていきます。

7/15分音声は、こちらから

7/22分音声は、こちらから



テーマ
「イクジイ」は育児の切り札となるか?

荒川強啓(以下、強啓)
「イクジイ」育児をするお爺ちゃまのことでございます。
子育てをするお爺ちゃまということで、よろしいござんすね?

宮台真司(以下、宮台)
そうですね。まぁファザーリングジャパンっていうNPOが
そういう風に名前とつけてですね。「イクジイ」のシステムを拡げよう
ということで、要するに地域に住んでいらっしゃる
まぁ団塊の世代の方々を中心とするお爺様方にですね、
まぁもうリタイヤされていらっしゃるんで、時間もあるし、
大きな家に住んでいらっしゃる方も多いのでね。
その時間と場所を地域の子供達のために提供していただく。

子育てを助ける「預かり役」になってもらうと。
その代わり、有償ボランティアなのでですね、
時給だいたい800円くらいお支配しますっていうね
こういう図式なんです。

で、僕はね「なるほどこれはよくできたシステムだ」と思うし、
ニーズはあると思うんだけど、たださっきのシステムに依存して、
共同体が空洞化するっていう話と似たところがあるんですよね。



そもそも僕たち10年くらいそうだけど、マンション住まいしてさ、
引越ししたときに両隣と上と下に挨拶をするってことを
しなくなってる人が多いよね。
こういうのって全くあり得ないって僕は思いますし。

あるいは地域の例えば回覧板当番とかゴミ当番が面倒臭いから
そういうのは全部管理人がやってくれるマンションに住むみたいな
人がいっぱいいるでしょ?

それをおかしいと思う感受性がなくて
「イクジイ」に依存するなら、おかしいと思うよ。
そうじゃなくて、隣近所づきあいを普通にやってる中で、
子供が行ったり来たりすると、その時にあそこの家は、
爺ちゃん婆ちゃんがいるから、共働きだけど、
子供が遊びに行っても大丈夫だよなんてことがわかったりして、
子供が自然にそこに行くようになる。

昔の地域社会ってそうだったでしょ?
そういう昔の地域社会を如何にして取り戻すのか?
あるいは何故日本だけが昔の地域社会が完全空洞化したのか?
っていうことを反省する事なしにね、
じゃあ空洞化したんでお金を払えば使える
有償ボランティアシステムを使いましょうっつーのは、
ちょっと本当の筋とは違う。

だから、今の地域の空洞化を前提とすれば、
このシステムはあった方がいいけれども、
「これさえあればオッケー。育児の切り札です!」
とかって言うのは間違い!
なのでそこは要注意かな?って気がしますね。

強啓
ただあれですよね、子育ての時ってのは必死だから、
余裕がないのよ!で、おじいちゃんになると余裕がでて、
子育ての責任からふっと解放されるから、
「あの時に子育てちゃんとしとけば良かったな」っていう
その思いがあって、埋め合わせと同時に、
「かわいらしい」という気持ちがふっと湧いてくるんですよ。

宮台
そこでね、僕が大事だと思うのは、
強啓さんの世代の方々って、いい意味でね、
「子供は自然に育つんだ!」ってやっぱ思ってらっしゃったでしょ?

強啓
うん。

宮台
ところが今の親ってのは、何かって言うと
学校や設置者責任、管理者責任とかを問うモンスターが
めちゃくちゃいるんですよ。
預かったは良いけど、親がモンスターだったら、
コブを作った程度でも、大変なことになりますよ!

だからこの辺ね、「イクジイ」になるためには研修を受けるんだけど、
預ける側もね、研修を受けた方がいいかもしれないと思いますよ。

コブくらいなんだよ!
ちょっと擦り傷・切り傷転んだくらいなんだよ!
ってそんなことくらいで、「なにをしてたんですか!」って
いきり立つようなねモンスターというかそういう人たちがね
たくさんいるっていうのは大問題

強啓
そういう人は「イクジイ」に預けないんじゃないの?
そうなっちゃうと個人的な恨みつらみに結びついちゃうよ。

宮台
あのね、多分あずけますよ。システムがあれば。
うん、そうです。

強啓
あーそう?だって人間関係がわかってないんだよ?

宮台
でもそうですけども、今、幼稚園だって保育所だって
ものすごくモンスター対策大変なんだよ!
ちょっとコブ作るだけで、すぐ親に電話してね・・。

強啓
宮台さんだったらどうします?
「イクジイ」に預けます?

宮台
僕はね、「イクジイ」には預けない。
有償ボランティアなんておかしいですよ!
それだったら、隣近所のおばさん・おじさんに預けます。
知ってる人に、当然。

強啓
ということは「イクジイ」ってのは、
育児の切り札とは考えない・・?

宮台
切り札と考えちゃダメで、
緊急避難的な意味では、意味があると思うので、
拡がって欲しいとは思いますが、切り札ではないです。

強啓
でもこれをきっかけとして、
街の活性化というか融和っていうのが拡がって行くんじゃないの?

宮台
そうです!そこは重要なことですよね。
色んな人たちが顔を合わせてコミュニケーションを
するようになったら、なんかの起爆剤になるかもしれないです。

強啓
それをきっかけに、その地域が非常にこう
融和が出来てきたらいいんじゃないの?

宮台
いいですよ。そういう意味ではね、
学校なら学校って言う場所に、いろんなお年寄りさんとかを
いろんな地域の人が入って、子供たちと関わるっていうシステムが
僕はどんどん拡れば良いと思いますよ。
そういう意味では、このシステム単独じゃなくて、
いろんなね地域の子どもたちに関する取り組みと連携する。
それも学校っていう一つのプラットホームをベースにして
連携するようになると、すごくいいかな?とは思いますね。

強啓
ねー、イクメン社会学者・・。
もうちょっと、いろいろ話を聞きたいんですが、
あと10 秒しかないの。

宮台
睡眠時間3時間で子育て頑張ってますよ。

強啓
今度さ、その話で10分やりません?


「宮台家の子育て話(続編)」

強啓
先週は、「育爺」の話をしました。
教育熱心なお爺ちゃま「育爺」の子育て・・。
まぁ「育爺」は子育ての切り札にはならないぞ!
と言う話でしたが、今日はその続編と言うことで。

先ほど、宮台さん睡眠時間3時間ぐらいで
子育て頑張ってるという話でしたが、
それは何故に?何を描いて子育てをされているのか?

宮台
それはね、さっきお話しした原田芳雄さんがね、
重要な役割を演じた「祭りの準備」という映画からいうとね。

これは、1950年代60年代の日本を
描いたものです。高知県のね四万十川周辺なんだけど。
柳田邦男が言ってたことと同じことが描かれてる。
つまりね、昔田舎で育って、神童扱いされて
東京に出てきて例えば早稲田に入る、東大入るってのはね、
どれだけのことだったか?ということです。

つまりね、ものすごい色んな物を背負ってくるですよ。
色んな奴の世話になってね。世話になってんのに、
「もうこんなとこ居られない!」って言って、
出てきちゃうわけだから。
実は、ものすごい負い目も背負ってるから、
だからそこにリターンを返そうとする。
そこからね役人たちの公共心が生まれたんだっつーのがね
柳田の説なんです。大学生で

これが一つの例として申し上げるとね。
昔あって、今無いものは何なのかな?って僕は考えるんですよ。
「祭りの準備」でも原田芳雄さんはヤクザの役を演じてました。
実は僕も京都で転校生で3つの変わった。京都の中でね。
やっぱりね、ヤクザの子供たちに僕は守ってもらったんですよ。

学級委員だったけれどもね。だから担任の先生に対しては、
「こいつら悪くない!」とかって一生懸命かばってあげるわけ。
代わりに彼らは、僕の弟・みそっかす含めてね、
一緒に遊んでくれたりしてたわけ。

だから僕らはお礼で、うちのお袋が良くできた奴でね。
「うちには高いオモチャがあるから、
いっぱい呼んで遊ばせなさい!」って呼んで遊ばせて、
晩ご飯まで食べさせたりしてたのね。

でも学校の先生とかは、
「なんであんな子と遊ぶの?宮台くんは」って。
で、何が言いたいかというと、
僕は子供に絶対の悪があるとか、こいつは悪い奴なんだって
絶対思って欲しくないわけ。

だからじゃあどうするか?っていうと、
円谷の作品を見せてるわけ。
「ウルトラQ」とか「ウルトラマン」とか。
「ウルトラセブン」のいくつか。
何故かってわかりますか?


どうしてかっていうと、怪獣は悪じゃないんですよ。
人間の営みがいろいろあって、怪獣という悪となって、
生まれてくるわけ。

怪獣を倒すと、秩序は回復するけど、万々歳じゃないんですよ。
あれは、僕たちが自分で生み出したものを自分で
壊しちゃってるわけで。

だから簡単に言えば、みんな胸が痛むわけ。
特に子供達は敏感だから、大人社会の欺瞞を知っていてね、
そういう「怪獣を倒して万々歳!みたいなのはウソだ!」って
考えてる。そういうのを見せてるわけね。

強啓
そういうふうにちゃんとわかってるの?

宮台
わかるんですよ!!
それでいくと、勧善懲悪ものを見るとどうなるかっていうとね。
「悪い人は悪いって好きじゃないんだ」って
いう風に言うんですよ。
3歳の半ばのときにもうそれを言ってました。

あとね、昔あって無かったもの、
昔、いっぱいノイジーなものがあったでしょ?
色んなものが暗渠化されて無かった、
柵も無かった、屋上も入れた、どこも入れた。

だから僕は、森に連れて行って遊ぶわけ。
森行って、得体のしれない物がいっぱいあるから。
特に夕暮れ時になると怖くなってくるわけですよ。
動物の声とか鳥の声とかもしてね。

そういう得体のしれない怖いものを経験すると、
子供たちって確実に成長するんですよ。
で、「あういう所に妖怪っているんだよね?」って
ゲゲゲの鬼太郎・68年バージョンを見せてること前提ね。

ゲゲゲの鬼太郎は、妖怪と人間のハーフなので、
まぁ人間の側にも付かないし、妖怪の側にも付かない、
曖昧な奴なんですよ。勧善懲悪じゃないの全然ね。

そういう意味でいうと、アトム大使時代の鉄腕アトムと同じ。
って言ってもわかんない人がいると思うけど・・。
まぁいいや、両義的な存在なんですよ。

そういう森の経験をするでしょ?
で、「妖怪ってこういうところにいるんだよね?」って
わかるじゃないですか!で、その後ね、
「もののけ姫」見せたわけですよ。
最後にダイダラボッチが大きく膨らんで
バーって倒れて、そうすると森が全部綺麗な野原になって、
花になって・・。ってのがあるじゃないですか?

で、うちの子がね、説明しなくても完璧にわかったんですよ。
つまり、怖い森がなくなって、みんなが普通に住めるようになって
でも妖怪って居なくなっちゃったんだよね?って
それって、あまりいいことじゃないねー。」ってちゃんと言うの。

「もののけ姫」の大人だって掴めない主題を
森の経験があれば、掴めるようになるんですよ。わかります?
で、僕は何度も言う60年代のテレビ・ラジオってね
作る人は本当に死ぬ気で作ってたから、
ルーティンなんて全く無かった。

悪をただの悪として描くなんて、絶対有り得なかった!
悪には必ず理由があるんだ!って描いた。
68年から大阪万博(70年)の時までね人気だった「怪奇大作戦」
悪い奴として出て来る奴の半分がね、かつての15年戦争で犠牲になったというか
こき使われてですね誰も認めてくれなかった元兵隊さんなんですよ。
素晴らしい!

円谷さんっていうのはね、ああやって人々が忘れようとした
戦争や戦後を何度も思い出させる作品を作ってくれたの。
そういうのを見せたいんです。子供たちに。で、見せてきてる。

強啓
しかしそうすると、はびるちゃんはもう相当お利口で
色んな世界が理解できてるんですね。

宮台
っていうか僕はそういうふうにしようと思ってるんですが、
まぁ色んな問題はあります。

僕はね勧善懲悪はいけない。だからね、絶対駄目なことは無いんだ!って言ってる。
「いたずらもちょっとしていいよ」「いじめてもちょっとくらいはいいよ」
「あのね、悪いことを言ってもちょっとくらいならいいよ。」
「でもやりすぎはいけないよ!」って言ってたんですね。
そうでしょ?だって絶対行けないっていうのは、ないもん。

強啓
そしたら、奥さんはなんて言ってたの?

宮台
それがね、冒頭に言っていた「我慢」問題で、
「ちょっとくらいはいいでしょ?」とかってやって、ちょっとで終わらないんですよ。
で、僕が「やりすぎは駄目だ!」って言ってもブレーキがかからないわけ。

僕の妻はですね、「要するに、どうせ怒れないわけでしょ?」って。
怒ってるんだけど、全然バカにされちゃってて・・。
「パパが『ちょっとくらいいいじゃん』って言ってた」とかって、
「ちょっとぐらいはいいけど、やり過ぎなんだよ!」って全然無視されてる状態なので・・。
ちょっと困ってます。

困っていて、どうやって僕が威厳を取り戻したり、
やりすぎにブレーキをかけられるのかについて・・。
でも何かを買ってあげるっていうのは絶対に駄目だってわかってるんです。

こんだけ忙しくてね、睡眠時間もないとね、
「○○買ってあげようかな?」って言っちゃったりするの!ポロっとね。
で、「ああ!また言っちゃった!」って・・。

強啓
ということは、今自分と戦ってるの?

宮台
ああ、戦ってますね。
いやもう本当に大変ですよ。
なので、僕の申し上げてきたこととズレてきたんだけど、
昔あって、今ないものをよく考えて子育てをするっていうことがね、
日本社会を悪くしないためにはとても大切。

「悪い奴は悪い!良い奴は良い」みたいな
トートロジーみたいな単純なやつが多すぎる!!
そんなんじゃ駄目です。

強啓
でも、やりすぎは駄目よ(笑)

関連コンテンツ

スポンサードリンク