2011/07/21

卒業生への言葉で話題になった立教新座高校校長が研究している江戸・遊郭の文化を語る

今回は、
2011年6月14日(火)小島慶子キラ☆キラ 
3時台のコラムのコーナー コラ☆コラ-渡辺憲司さんを起こしたいと思います。
音声はこちら



小島慶子(以下、小島):
今日のゲストは、立教大学名誉教授・立教新座高校・中学の校長先生を
勤めていらっしゃいます渡辺憲司さんです。

先日このコーナーにいらして頂いたときは、非常に震災後にネットでも話題になった
卒業生に向けてのメッセージの真意などを伺ったんですけれども、

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)


今日は、先生のご専門の江戸文化、特に遊郭での人間関係とか
遊郭文化みたいなものをじっくり伺おうかなと思いましてお越し頂きました。
よろしくお願いします。

前回聞き逃したという方は、丁度ご本が出たので

こちらをお手にとって頂ければと思います。

それでですね「JIN-仁-」というTBSドラマが非常の高視聴率で話題ですが
先生はこれが大好きだということで。



渡辺憲司(以下、渡辺):
もう大好きなんですよ!(笑)
まずマンガがいいんですね。原作のマンガ、特に4巻5巻あたりの
中谷美紀さんがやっている花魁の登場するところあたりが最高なんですけど。
やっぱりね、あれにはね「世界の中心で愛を叫ぶ」の
脚本家(森下佳子)と一緒なんですね。
で、そういう「江戸の中心で愛を叫ぶ」みたいな。それも抑えた感じが出てていい!

マンガって言う世界でしか描けないもの、
テレビドラマでしか描けない世界っていうのが
非常に上手くマッチしている作品です。

神足裕司(以下、神足):
ずいぶん入れ込んでいるんですね-。

渡辺:
いやー、そりゃもう入れ込みます!

小島:
立教大学とか立教新座高校・中学とかキリスト教色の強い学校の先生が
江戸文化・遊郭文化にすごく造詣が深いというか
研究してらっしゃるというのはとても意外なんですけど?

神足:
遊郭の研究を本当にしてらっしゃる方が、ドラマとかそういうのを見ると
「あんなのは、ちょっとなー。」って普通言いますよ。

渡辺:
いやいやいやいや!もうね、素晴らしい!
山田(順子)さんの時代考証も良いしね。
もうひとつどっか違う局でやってるのもあるけどね
あういう時代物より全然圧勝ですよ!!

小島:
キリスト教と遊郭文化というのは…。

渡辺:
あ、僕の遊郭の話ですね(笑)
僕の中ではそんなに違和感がないんですよ。
遊郭を研究するというのは、
一番遊女っていうのは、人間の社会の中で
大変な世界を背負っている人なんですよね。
そういう人たちのことを私たちは絶対にわかり合えないんですよ。
わかり合えないけれども、わかろうとする。
わからないって事を前提にしながら、その人達の持っている優しさとか、
我々はどのような形で優しくするのかとか、そういうものだと思うんです。

僕は、お互い同士がわかり合えないっていうのは
非常に大事なことだと思ってるんですね。
今度の本には、それは一番流れているところなんですね。
そういう悲しみとかそういうものを持っている人たち、遊女の世界・遊郭の世界。
そういう人たちをみんなが支え合って生きてきたんですよ。遊郭でも。
そこのところに江戸の文化の本当の美しさみたいなのが
生まれたっていうのは確かなんです。

杉浦日向子さんの本を紹介しようと思ったんだけど、
イーストプレスというところから、
「粋に暮らす言葉」という本が出てるんですけど。
杉浦日向子さんのアンソロジーというか警句を全て集めたものなんだけど、
こういう話がある。


【(江戸の)聞いてはいけないこと】
『長屋に新しく越してきた人に聞いてはいけない3つのこと』っていうのがあって
ひとつは生国(うまれた国)・出身地、あとは年齢と家族構成
例えば「国もとにおっかさんはいるのかい?」とか、
「結婚してんのかい?」とか絶対に聞いてはいけないんだ。

これは、長屋での話だけど遊郭ではもっとそれが要求されるんだよ。
遊郭に行って「お前さん、おっかさんいるのかい?」
「お前、悲しいことでもあんのかい?」そういうこと聞いちゃいけないんですよ。
それをわからないけど、優しくするわけなんですよ。
これが 「粋」 なんですよ。
江戸の面白いのは、セックスというか性的なところで平等感があるんです。

小島:
じゃあ、遊郭に踏み入れたら町民もお侍も同じなんだ。

渡辺:
ときどき武士の顔をして行く奴がいるんですよ。
それは無粋なんですね。それは、「出て行け」ですよ。
それじゃダメでしょ。
そういうところが、戻りますけど「JIN-仁-」という作品にね、
タイムスリップして現代の医者が行くわけですね。
そこで何を感じるかというと、
現代の中でも「やっぱり同じだ!!」ってことを感じるわけですよ。
科学は非常に違いがあるんだけど、人と人のふれあいみたいなものが
非情な悲しみを持っている人たちの中で行われている。
僕なんかマンガ見て泣くもんね。

小島:
お話を伺っているとね、今の方がむしろ細分化されて
学校名とか職業だとかいろんな事で相手をラベリングしていくと。
でも、それを「聞くのは無粋だよ」と。野暮のやることであって、
その人がどこの誰であって、どんなラベリングが出来るかじゃなくて
目の前にいる女・目の前にいる男として結び合うんだよってことなんですか?

渡辺:
そう!だから裸と裸とかね、よく言うんだけど。
そういうものが価値観としてはっきり持っている時代っていうのは中々ない。
もちろん江戸時代っていうのは、
ちょんまげ結えば武士だとかね、あれは人妻だとか
髪の形で全部わかったりするわけですよ。外面的にはわかる。
だけどそれの外面性と内面性とのギャップみたいなものの
内面性で付き合ういうところの江戸の面白さっていうのは、あると思いますね。
そこに「JIN-仁-」は踏み込んでいくんだなぁ。

神足:
単純に言うと「JIN-仁-」というのはね、
未来から来たわけだからスーパーマンなわけですよ。
どんな病気も原因を知っていて治せる。
もっと威張ればいいのに全く江戸の人たちに負けちゃうわけ。
何も知らない人たちの方が偉いわけですよ。

小島:
脚本の森下芳子さんとか、そのあたりが非常に先生からご覧になっても
「よくわかってるよ!」と。

渡辺:
原作の村上さんが、一番最初に「東京人」の「江戸吉原part2」っていう特集で
この中で、「江戸の性病」っていう本を読んで、
それが執筆のきっかけだっていうことを書いてある。
つまり、底辺にそういう悲しみにみたいなものがマンガの中にあるわけですよ。
科学がそれを超えられるか?まぁペニシリンで超えるんだけれどね。ドラマでも。
(ペニシリンを作ること)それがみんなの胸を打つ!
うちの学校の理科の女の先生はね、
子供達と一緒にペニシリンを作ってみたとか、良い話でしょ!
「JIN-仁-」をみて、「よーし、ペニシリンを作ってみよう!!」っていう気になって、
レシピというか青カビから作って、失敗した。管理が非常に難しい。
そういうことをやろうとする面白さってのは、この番組にある。


神足:
僕も医者の友達がいてね、お医者さんってのは単純なんだね。
「JIN-仁-」見てるわけですよ。
で、「自分もあういう医者になれたら!」って思うわけですよ。
今、医者を営業しているんですよ自分で。

小島:
今になって、初回から全く一回も追いつけていないことを・・。
私も見た方がいいですかね。
先生、なんか分厚い本が気になるんですけど。

渡辺:
これがね「色道大鏡」ってやつですよ。

神足さんなんか聞いただけで、よだれが出そうな本なんです。
だけど、これに書いてあるのは
好色・人を愛するときどういう品格を持たないといけないか?
いろんな形があるんだけど、「笠を被る」っていうのがあるんですよ。
遊郭に行くときにだんだん笠を被らなくなるんだけど、
誰かわかってるんですよ、みんなが。
それで、自分が持っていった笠は一旦茶屋において、専用に笠を被るんです。
その笠には、自分の名前の焼き印が押してあるわけです。
それで、その笠はちょっと汚れてなきゃ駄目だって言うんですよ。
新しいのは駄目だ!なんでもそう言うんですよ。
扇子でも白でそのシーズン1回しか使わないものなんだけど
ちょっと汚してから使うんですよ。その方が「粋」なんですよ。
バリバリの背広着て「新入生」って、それは野暮!!

2万円くらいの本で、八木書店から出ているんだけど
これを一生注釈をつけようと思ってやってるわけです。これも惚れ込んでる。
元禄時代。1700年くらいに書かれた。
藤本箕山っていう遊び人だね(笑)こういうのをバカモノっていうんだよ。
バカってね、今の言っているバカと違うんですよ。
「破家」って書くんだよ。これがバカなんだよ。
つまり、家という概念を壊していく人。
武田信玄っていうのは、「破家」ですよ。織田信長も「破家」。

それがだんだん江戸の後期になると、馬と鹿を間違えるような
知的愚か者を「馬鹿」というようになる。それは大間違いだ!

小島:
もともとの意味で言えば、人々を捕らえて不自由にしている
因襲(しきたり)みたいなものを破っていく。

渡辺:
因襲というよりか、だいたい親不孝者みたいなもの。
でもエネルギーはある。「悪」という意味ですよ。
「悪源太」って言うのは、良い意味ですから。
悪-wikipedia
エネルギッシュっていうこと。
そういう意味で家を破産させて駄目な奴なんだけど、
そいつが書いたんですよ。
フケの取り方とかさ、女の人はどんな格好がいいとか。

小島:
女性の中には、もしかしたら

「どっちにしても女の人をお金で買いに行くなんて
所詮、性欲を満たすために行くから、
文化とは人の心とかそんなの言い訳よって
下品なことやってるのに変わりはないわよ!」

っていう人もいると思うんですけどね。
でも、先生はお互いに問わず語りで一期一会かもしれないけど
人との出会いを求めるっていう心の交流を
求める気持ちがあったとおっしゃるのですか?

渡辺:
僕は、絶対そういうことは無くすべきだと思いますよ。
現代でそういう倫理観が変わってきている。社会体制も変わってきている。
明治以降それは為すべきことではないと思うけど、
江戸時代にはその概念がなかったんだよ!
そういう倫理観があった人もいた。
全国でいえば上杉鷹山なんかは売春を禁止しているからね。
地方によってはあるけれども、基本的にはそういう考え方は無かったんだよ。
でも、無かった中で優しさが発揮されるっていうところを
汲み取らなければならない。
それは昔の時代を全部今の時代に移し替えて
色んな事を論ずるのは、それは違うと思う。

小島:
文化を研究するっていうのは、
その時代の生活感覚とか時代環境とか
今と異なることを研究することでありながら、
でも今にも通底する人の気持ちの有り様とか、暮らしの実感とか。
その両方、一見正反対に見えますけど今と
「どう異なるか?」っていうのと「どう同じなのか」ということを
研究することでもあるから、
これは遊郭研究においても同じ事だってことなんですね。

渡辺:
そう。それは同じことだし、ちょっとだけ言っときたいけど綾瀬はるかさんね(笑)
あの人の「おっぱいバレー」 これは言い映画だね!!
教師になるきっかけが万引きをやったていう話なんですよね、最初に。
その時にそれを黙って聞いている先生がいて、
その子が立ち上がるのを待つわけです。保護して。
あの話はねー。教育実習生いっぱい来ているけれど、
先生になろうとしてる人は必ず「おっぱいバレー」を見ること!
切符を買うときは、僕も照れたけどね(笑)
だけど、一番良い先生になるには自分にどっかで
痛みとかを持っている人になって欲しい。
いい、本当いい。それにピッタリのひたむきな彼女の演技も
「いいなー。」と思っているんですよね。


神足:
先生ご本人が、江戸時代みたいですね。
僕は不思議だったんですよ。「時に海を見よ」ってネットに流れて、
どっかの高校の校長先生がこんなことを言ってるって誰かが言われて。
ネットで読んだときに、
「そもそもどんな人だろうか?会ってみようか・・?変なんじゃないか?」
と思ったんですよ。それは時代が違うんですよね(生きている)。
その謎が2回、3回と会う度にだんだんとわかってきました。

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